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わたし、待つわ  バーシュウレイン視点

 改名後、本部とよばれるようになったこの部屋で、会議のようなものが行われるのは、二年ぶりだった。

 ふたりがいるのは、お石様の前。高さ八十センチのフラワーボックスで仕切られたジャンスペと呼ばれるコーナー。ちなみに、ジャンスペの由来は、マージャンができる程度のスペース。

 本音の話し合いには、互いの息づかいさえも感じられる狭い空間が最適。そのような発想の元に設けられたのだが、正方形のテーブルを囲む四つの椅子が埋まったことは、一度もない。

 不安げな顔で、スマホの文面に見入っているベッキーが、ため息まじりにつぶやいた。

「いったい、どんな話になるのかしら」

 それにつられたのか、ガウチの口から、ぽろりとこぼれ落ちたものがあった。

「今、どうなっているのかわからないけど、サングラスで隠すようになった原因なら……」

 といったところで、ガウチは話をやめた。余計なことをしゃべっている自分に気づいたのだ。

「あと数分したらわかる話なんかして、ごめんね」

 ガウチとしては謝ったつもりだった。しかし、ものわかりのいいベッキーは、なぜか不満の表情を見せた。

「へんなところで止めないでよ。知っていることがあるんだったら全部教えて。でないと、余計不安になるじゃない」

 いわれてみれば、確かにそうだ。中途半端な情報は、悪い方向への妄想を膨らませるだけ。メールが届いた直後、わたしも混乱状態に陥った。

 これは何かのジョークに決まっている。最初はそう思った。なのに気づいたときは、カモシンの部屋の前。我に返ったのは、ドアノブに手を伸ばしかけたとき。

 ここを開けてよ。顔を見せてよ。どうして、八時過ぎまで待たなくちゃならないの。どうしてわたしを苦しめるの。ドアを叩いて、そう叫びたいのを、必死で堪えて引き返した。

「整形の失敗」

 ガウチが最小限の言葉を選んだのは、それだけで伝わると思ったからだ。しかしベッキーは、怪訝そうな表情を浮かべて、ちいさくつぶやいただけだった。

 セイ、ケイ?

 時間の無駄を避けたかったガウチは、すぐに付けくわえた。

「目よ、目。目の整形」

 え? ベッキーは驚いたように口を半開きにした。

「あのカモシンが?」

「そう」ガウチは意識して大きくうなずいた。「あの人の性格を知っている人は、絶対に信じない。でも、わたし直接訊いたことがあるの。『別人みたいに見えるけど、目を触ってもらったんじゃないの』って。もちろん、ジョークっぽい口調で訊いたんだけどね」 

「いつごろの話なの?」

「二年とちょっと前。その次の日から、サングラスで目を隠すようになった。わたしから逃げるようになった」

「そういえば、あの頃から、わたしとも、あまり……」独り言のようにいって、しばらく壁の一点を見つめていたベッキーが、確かめる口調で訊いた。

「本人が、整形を認めたっていうことよね?」

 もちろんよ。

 そう返そうとしたが、思いとどまった。あのときの会話の中に、整形や失敗という言葉はでてこなかった。

 でも、ガウチには自信があった。確信と言い換えてもいい。

 あれ、これ、それ、わたしたち三人の間では、それだけで、互いの意思を伝えることができる。受け取ることもできる。いかなる状況下であっても。

 それがあったからこそ、ケシ粒より小さかったバーシュウレインが、これほどの規模へと成長できたのだ。

 しかし、今の場合、ニュアンスで伝えるのは危険。いくら相手がベッキーだとしても誤解を与える恐れがある。

 ガウチは、正確を期すために、そのとき返ってきた言葉だけを口にした。

「『よくわかったわね。実をいうと、このことで困っているの』それだけだったけど、カモシンが悩んでいるのは見え見えだった」

 チチチチチ、

 セットしておいた午後八時のスマホのアラーム音。話を打ち切ったガウチは、入り口のほうに顔を向けた。

「どうやら、あのドアが開く時刻が八時三分十三秒ってことらしいわね」

 ベッキーは反射的にうなずいたが、今のセリフの中には、重要な意味が含まれていることに気づいた。

「ドアが開いた瞬間、何かが始まるのね。きっと、末期的症状に追い込まれた自分を茶化すような、」そこで言葉を詰まらせたベッキーは、いやいやをするように、激しく首を振った。

「そんなの見たくない」

 涙声でベッキーが吐き捨てると、ガウチはすっくと立ち上がった。そして静かな声でいった。

「やめさせてやる」

「でもどうやって?」手の甲で涙を拭きながら、ベッキーが顔をあげた。「入り口で待つの? 入ってきたら、そのままふたりで羽交い締め?」

 ガウチはそれを、頭の中でイメージしてみた。やれないことはなさそうだ。成功する確率も高そう。でも、スマートさに欠ける。へたをすると、決意を固めたカモシンのプライドを粉々に打ち砕く。

 何か良い方法はないかしら?

 天井を眺めて頭をひねっていたガウチの表情が柔らいた。

「部屋の灯りを全部消せばいい。上映中の映画館にサングラス。オタオタするに決まっている。気勢をそがれて、パフォーマンスする気も失せる。私たちは、ドアの横に張り付いて、やり過ごすだけでいい」

 うなずきながらそのアイデアを聞いていたベッキーの目が輝いた。

「だったら、廊下で待ちましょうよ」

「だめ」ガウチは即座に否定した。だが、ベッキーにはそれは織り込み済みだったとみえて、一呼吸置いてから、落ち着いた声でつづけた。

「確かめてみたいの」

「何を?」

「もしかすると、ほとんど見えていないのかもしれない」

 ガウチは、ドキッとした。

 自分が一番恐れていたのは、そのことだったのだ。しかしガウチはそれを口にしなかった。でも、秘密にするつもりもなかった。カモシンの部屋のドアが開く時刻が迫っていたからだ。

非常灯だけになったうす暗い廊下に出たところで、ガウチはあわてて、ベッキーにささやいた。

「どこに隠れるつもり?」

 ベッキーは、前を向いたままで答えた。

「隠れる必要はない」

 は?

 唖然とするガウチをよそに歩き出したベッキーは、カモシンの部屋の前の壁に寄りかかると、今にも泣きだしそうな顔で、真正面のドアを見据えた。


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