表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/129

重大発表のちょっと前 バーシュウレイン視点

 姿見の前でサングラスを外したカモシンは、久しぶりに自分の顔をじっくりと眺めてみた。

「よっ、いい女」

 自慢話を嫌う自分の口から、そんなおどけたような声が漏れたのはわかったが、おどろきはなかった。自分を嫌な女だと思うこともなかった。

 身長、体重、体型、あのころとほとんど変わらない。なのに、どうしてこうも見とれてしまうのだろう。

 しかしカモシンは、その理由を知っていた。わかりすぎるほどわかっていた。だからこその、このサングラス。だからこそ、自分の顔を見ることを二年もの間、避け続けてきたのだ。

 ごく自然に、片手で髪をかきあげたカモシンは、ひとつの流れのように、細くくびれた腰をくねらせてみた。

 わるくない。このわたし。

 心でつぶやいて、足もとから、徐々に視線をあげる彼女の顔に、柔らかな笑みが広がっていく。

 カモシンは、四十年前の選択が間違っていなかった喜びを、改めてかみしめた。

 あのとき、思いとどまってよかった。捨てなくてよかった、このドレス。

 視線の先が目元にきたところで、あの屈辱の言葉がよみがえってきた。

「お前には、軍服の方がよく似合う」

 張り倒してやろうか。本気でそう思った。でも、店が大繁盛したのは、あの言葉のおかげ。

 本人は何も気づいていない。でも、わたしにとって、あいつは大恩人。あのジジイ、あのときすでに七十を超えていた。ジジイの名前が、長寿番付にないところをみると、すでにあの世に旅立ったらしい。

 もし、今のわたしをみたら、どう思うだろう。何と言うだろう。あのジジイ。

 ピピピピピ、

 三分十三秒後にせまった開始時刻を知らせるアラーム音に、カモシンは回想を打ち切った。

 801号室まで徒歩で、十三秒。それを差し引くと、待機時間はあと三分。

 日常生活において、三分あれば、たいていのことができる。パンチに自信のあるボクサーなら、一生遊んで暮らせるだけのファイトマネーを手にすることも可能。

 しかし、何もせずに時間がくるのを待つだけとなると、話は別。時と場合によって、せっかちになる性格がでてきたらしく、たった十秒でさえも、途方もなく長い時間に感じられるようになった。

 暇つぶしに、なにか……

 部屋を見回したカモシンは、いいものをみつけた。

 送付済みのメール。スマホを手にしたカモシンは、先ほどふたりに送った文面を、クスクス笑いながら読んでみた。


『緊急告知』

 

 本日、午後八時三分十三秒より、バーシュウレイン本部事務所。(以前、関係者の間で、お石様の間と呼ばれていた801号室)にて、重大発表がございます。

『演題』

「濃度85度。超広幅テンプルサングラス着用に至った経緯。及び、それにまつわる、エトセトラ」

 飲み物類の用意なし。ただし、持ち込みは可能でござる。

 時間に余裕のある方は、ぜひご近所さん、お誘い合わせの上、お越し下さいませ。

(注。参加資格者は、当マンション八階の住民のみとなっております。お間違えございませんように)

 追伸、この件に関する事前質問は、一切受け付けません。電話、メール、ドアノック。そのような迷惑行為は、お慎みくださいませ。


以上。本日の講師、カモシンからでした。オホホノホ


 たったこれだけのメール作成に、一時間かけた。

 国語力のないわたしにしては、上出来だと思う。

それに、あのふたりの勘は鋭い。開始時刻。ござる言葉。オホホノホ。この三点だけでも理解してくれる。

「安心して頂戴。白内障。緑内障。まったく関係なし。もちろん、ベーチェット、糖尿、そんな言葉も無関係」

 ふたりは、メールに托したコメントを瞬時に読み解き、今や遅しと、ドアが開くのを待っている。

 しかし、歓迎の花束はない。拍手も、クラッカーも。そんな形式的なものより、もっと大事なもの。涙を浮かべた顔が、わたしを出迎える。

「わかってるのっ! わたしたちが、どんなに心配していたのか」

 そんなセリフの用意もない。

 たぶん、ドアにへばりつくように待っている。ふたり同時にしゃくり上げ、ふたり同時に抱きついてくる。セリフがあるとすれば、こんなもの。

 よかったよかった、病気じゃなくって。

 そんなふたりに、わたしはこう返す。

 いらっしゃい、いらっしゃい。思いっきり抱きつきなさい。悔し涙しか知らないこのドレスを、ぐしょぐしょに濡らして頂戴。うれし涙の味を教えてやってね、このドレスに。

 と、そこまで想像したとき、カモシンの思考が止まった。

 ……うん?

 本当に、わたしの本意が伝わったのだろうか?

 嫌な予感がした。

 辛いときこそ、陽気に振る舞うこと。

 バーシュウレイン結成前の、わたしの口癖。あれをベースに、この文面を読んだとしたら、どうなる?

わたしの体を気づかい、心を痛めているふたりに、より大きな心配のタネを植え付けたことになる。

 胸がドキンと鳴った。

 可能性は、ゼロではない。

 一秒でもはやく、ふたりを安心させてやろう。

 一旦は、部屋を出ようとしたカモシンだったが、心を切り換えた。

これからわたしがやろうとしていることは、結果的には、二年がかりで仕込んだ、たった一度っきりの大芝居。

 だとしたら、あのふたりの記憶に残るような芝居を見せて上げましょう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ