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『カロンに報告』  管理人側視点

 だが、3D映像をも凌駕する超リアルな映像に圧倒されたのは、十数秒程度だった。

 画面の左隅に丘の小径を駆け上がってくる少女の姿がちらりと見えたところで、映像は元に戻り、リピート再生になってしまったのだ。

 一瞬故障かと思った。だが、そうではなさそうだ。

 一般家庭の天井や壁の平面部分に、八等星を含めた十二万個の星を映しだすプラネタリウムはネットでも買える。でも、4K画質を上回る動画をそのように映す機器はまだ売り出されていない。

 たぶんこの映像システムは、試作段階。今後様々な改良を積み重ねたあと、世界最大級の放送機器展覧会NABのような場所で、大々的に発表されるのだろう。

僕は同じ場面が四回繰り返されたところで目を開けた。

「映像機器のアドバイザーをなさっているんですか?」 

 すごいですね、皆さん方は。そんな意味を込めて訊いたわけだが、三人はわけがわからないといったような表情で互いに顔を見合わせただけだった。

 メーカーとの関わりを口にするのも秘密事項になっているのだろうか。でもそうだとしたら、なぜ時間切れが近づいたこの時点で、僕のような人間に披露して見せたのだろう。

 そんなことを考えていたとき、テーブルの隅でチチチチチと虫が鳴くような音。

 百円ショップで買ったストップウォッチだ。

 ヤッホー、ヤッホー、大声で叫びたい気分だった。

 内容はどうであれ、自分で提案した三時間をなんとか乗り切ることができた。ずぶの素人が、準備運動もせずに、初のフルマラソン42・195キロを走り切ったようなもの。

 聞き屋としての役目を終えた開放感に、つい笑いがこぼれそうになる。

「過ぎてしまえば、あっという間ですね」

 と言ってアラームを止めた僕に、ベッキーが上目づかいで訊いてきた。

「もしかして、今何かが、見えたのではありませんか?」

 口調は遠慮がち。でも、グイと顔を近づけてきた。違和感を覚えた僕はちょっと考えた。

 ひょっとすると、見てはならないものを見てしまったのかもしれない。でも僕としては、このまますんなりと終わらせたかった。

 終わりよければすべてよし。

 そのパターンに持っていきたかった僕は即答を避け、質問で返すことにした。

「見えたとすれば、どのようなものだと思われますか?」

「そうですねぇ」ベッキーは意味ありげに一呼吸置いてから「断片的、映像………」と答えた。

 短い言葉の最後を自信なさそうに濁す芝居がかった言い方。まるで犯人に自白を促す刑事の声。

 ムカッとした。

 冗談じゃない。僕は何も悪いことはしていない。責任を取らなければならないのは、機密情報を漏らすミスを犯したあなたたち。最先端技術の漏洩を防ぎたいのなら、赤の他人に見せちゃだめでしょ。

 僕は心の中でそんなことを言ってから口を開いた。

「ええ、おっしゃるとおりはっきり見えました。でもご安心下さい。僕は秘密は守ります。それが聞き屋としての務めです」



 かねては何も思わず通り過ぎる道。大通りからアパートまでの折れ曲がった細い路地が、なぜかいつもの数倍以上の長さに感じられた。

 額にふきでた汗を拭う余裕もなく、やっとの思いでアパートまでたどり着いた。

 肉体労働をしたわけでもないのに、体がだるい。息があがる。

 理由はわかっている。持ち慣れない上に、片手で持つと、ずっしり重たくなる風呂敷包み。それといつもは使わない神経を使ったせいだ。オーバーヒートした僕の体が休息を求めているのだ。

 玄関で脱いだ靴の片方が裏返ってしまったが、並べ直すのも面倒くさい。

 よいしょっと、

 中年オヤジが言いそうなかけ声とともに風呂敷包みを置いた僕は、そのまま倒れ込むようにしてベッドに仰向けになると、急激に重さを増しはじめたまぶたを閉じた。

 ゆっくりとした呼吸を何度か繰り返すうちに、身体がだいぶ楽になった。

 やっぱり住み慣れた部屋が一番。日当たりは悪い。窓を開けると錆の臭いのする湿った空気が流れ込んでくる。空調はない。ベッドはたいてい湿っている。でも気持ちは落ち着く。心も安らぐ。

 体のこりをほぐそうと、何気なく体をひねって驚いた。

 僕の体のあちこちで、気色の悪い音がしたのだ。錆び付いた金属同士をこすり合わせるような音。これまで聞いたこともない異音に、不吉な予感を覚えた。

この部屋を空けたのは半日にも満たない。自分ではそう思っている。でも実際には、何十年もの年月が流れたのではないだろうか。

 今の自分は、昔話の浦島太郎のラストシーンと似た状態に置かれているのかもしれない。 荒唐無稽。その認識はあったが、僕は自分のあごの辺りを両手で触ってみた。

 長いヒゲはなかった。でも安心するのははやい。風呂敷包みの中身が玉手箱の可能性はゼロではない。仮に煙モクモクで、それを吸い込んだ場合、僕は何歳ぐらいのお爺さんになってしまうのだろう。

 そんなくだらないことを考えているうちに、僕は深い眠りの中に引き込まれていった。


「何時だと思ってんの?」

 そんなせりふでカロンが僕を揺り起こしたのは、夕日が沈んでしばらくした頃だった。

 いきなり起こされ、まだ頭がぼうっとしている僕の目の前に、フワフワの白い服をまとったカロンの顔が近づいてきた。

「体内時計が故障しているんじゃないの?」

僕にとって、そのセリフはすごくありがたかった。さっと上半身を起こした僕は、ベッドの縁に腰掛けているカロンに言った。

「ずいぶん久しぶりのような気がするんだけど、何ヶ月ぶりだっけ?」

 カロンは、ちょっと眉をひそめて、何か考えるような目をした。

 僕の胸がどくんと鳴った。

 半年ぶり。数年ぶり。

 彼女の口から、そのようなセリフが飛び出す予感がしたのだ。でもそれは考えすぎだった。

「昨日のこと、覚えていないの? 私たちアイデアを出し合ったでしょ、ちぎれ雲の名刺」

 セリフの中に、名刺、という言葉があったことにほっとした。そうそう、その名刺一枚から、僕の人生がよい方向に変わりそうなのだ。

 玉手箱の線も消えた。煙を吸ってお爺さんになる心配もなくなった。

「ははは、冗談だよ冗談。はっきり覚えているよ。君のアドバイスのおかげで、聞き屋ビジネスの成功はまちがいなし」

 カロンの顔に安堵の色が浮かぶのが見えた。

「たくもう、びっくりさせないでよ」

 そのあとの展開は予測できた。カロンが怒ったふりをして頬をふくらませる。それから僕は、彼女を驚かせた罰としてくすぐりの刑に処される。しかし、いつものパターンではなかった。カロンは真面目な顔をして、意味不明なことを口にしたのだ。

「あなたの頭の中を、また触ったのかと勘違いしちゃったわよ」

「え?」

 僕は一瞬、何を言われたのかわからなかった。

 僕の頭の中を? また?

 でもすぐに笑顔を作って「悪い悪い」と頭を掻いた。僕はそのせりふを、たまに出くわすカロンのスベりギャグだと受け取ってしまったのだ。

 くすぐり攻撃を避けたかった僕は、そこで強引に話題を変えた。

「そんなことより、ほら」

 ベッドの脇に置いていた風呂敷包みを掴むと、そのままテーブルに向かった。

 最初は僕ひとりで風呂敷をほどくつもりだった。でも喜びは分かち合った方が倍増する。

「一緒に見てみようよ、このおみやげ」

 ベッドに腰掛けたまま、こちらを眺めているカロンに呼びかけた。

「なになに、何もらってきたの?」

 カロンは、いつものように滑るような足取りやってくると、僕の前の椅子に腰をおろした。

「実を言うと、何が入っているのかわからないんだ」

 と返したが、ウソをついたわけではない。風呂敷の中に三万円が入っているのは間違いない。問題は、それがどういう形で収められているかだ。

 持った感じでは四キロ弱といったところ。

 真っ先に考えつくのは一円玉から五百円玉までの硬貨、三万円分がぎっしり詰まっているパターン。だが、虎屋の羊羹、あるいは高級メロンの下に、一万円札が三枚並んでいる可能性も排除できない。

「ねぇねぇねぇ」カロンが何か思いついたように言った。「ところで料金設定はどうなったの? あのままの三千円で決まり?」

 さすがはカロン。要点はきっちりと押さえている。

 ここで変に勿体ぶって時間を取り過ぎると、彼女の機嫌を損なってしまい、結局はくすぐりの刑。ここはあっさりいこう。

「実を言うと、初日から客が飛びついてきたんだ。この中に入っているのは、その料金三万円」

 え?

 カロンの小さな口が半開きになった。

「一日に、十人? 一日のうちの十時間話を聞いたってわけ? すごいわね」

「ちがうちがう、一カ所で三万円なんだ」

「ということは……」カロンは、頭の中で計算をするような表情を浮かべた。

「一カ所に十人集まったってことね。効率よかったわね」

 考え方としては間違ってはいない。

「そうじゃないんだ、あのね」

 と言ったところで、昨日から今日にかけて、僕が経験したすべての出来事は、一言や二言で言い表せる程度の話ではないような気がしてきた。


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