表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/129

『ふくしき七回シネマ館? なにそれ』  管理人側視点

「つかぬ事をお伺いしますが……」ベッキーはそこで気を持たせるように一呼吸置いた。「ちぎれ雲さんの友人に、イニシャルがPの方はいらっしゃいませんでしょうか?」

 P? イニシャルが、P?

 何かと聞き間違えたと思った僕は、すみませんが、と言った。

「もう一度、言ってもらえませんか?」

 ベッキーは、なんのためらいも見せずに、それを繰り返した。

「ちぎれ雲さんの友人に、イニシャルがPの方はいらっしゃいませんでしょうか?」

 僕の聴覚に異常はなさそうだった。でも、念を押した。

「ENDのEではないですよね。PTAの、Pですよね」

「そうです。Pです」ベッキーは満足そうな笑みを浮かべた。「機密文書流失問題で脚光を浴びている国、パナマのP」

 イニシャルPで思い出した人物は、ふたりしかいなかった。

 ポール・マッカートニー。歌手で俳優のピーターこと、池畑慎之介。

 でも、どちらも僕の友人じゃないし、会ったこともない。

 それに現時点で友人と呼べるのは、カロンただひとり。でも、どこをどういじくったとしても、カロンとPは結びつかない。

 ベッキーの意味不明な質問にぽかんとする僕に代わって、ガウチが言ってくれた。

「ちぎれ雲さんに、外国人の友達はいらっしゃらないみたいよ」

だがベッキーはそれを無視するように、僕に顔を向けたままでつづけた。

「じゃあ、トリエステという名前に心当たりはありませんか?」

 トリエステ?

 一瞬、肥満に悩む小鳥専門のエステサロンのことかと思った。

 でもそんなペット用の施設、聞いたこともなければ見たこともない。

 しかしベッキーの真剣な目を見ている限り、冗談で言っているようではなかった。

 トリエステ、トリエステ、トリエステ……

 とりあえず頭の中で何回か繰り返してみたが、何も浮かんでこなかった。

「トリエステは、僕の記憶から逃げ出したのかもしれませんね」

でもそれは、あと十数分で三時間を迎えることに気づいた僕のリップサービスでしかなかった。

 しかしベッキーの表情に変化はなかった。僕の反応は想定内。そんな感じだった。

「じゃあ、これはどうですか。ふくしき七回シネマ館」

「はあ?」

 首を傾げたのは、僕だけではなかった。

 怪訝そうな顔で僕達の会話を聞いていたガウチが、高いトーンで言った。

「なにそれ?」

「あら?」ベッキーは、呆れた顔をガウチに向けた。「今朝、南まさきで検索したとき開いたでしょ、そのサイト」

「ざんねんでした。私が確認したのは画像だけでございました」

 ガウチが冗談口調でそう言うと、ベッキーは視線を僕に戻した。

「もう一度、検索していただけますか。南まさきで」

 無駄です。インターネット上に、僕に関する情報は何もありません。そう言いたかったが、面倒だったので、指示に従うことにした。

 絞り込みで検索すると、72件がヒット。

「一番上をクリックしてください」

 左クリックと同時に現れたのは、南まさき氏のマイページ。

「ほらね、ちゃんとあるでしょ。検索するんだったら、こんなところもチェックしなきゃだめ」

ベッキーの勝ち誇ったような声に、ガウチは僕の背後のスクリーンを、僕はパソコン画面を睨んだ。

 僕と同姓同名の人物は、小説投稿を趣味にしているらしく、画面上に完結済みの作品名がいくつか並んでいた。

 上から順にタイトルに目を通しているとき、ベッキーが言った。

「確認のために、腹式呼吸を七回していただけますか?」

「え?」僕は顔を上げた。「確認?」

「ええ」ベッキーは当然でしょうというような声で言った。「このサイトの持ち主が、ちぎれ雲さんなのかどうかを確認するんです」

 無意味としか思えない会話がこうもつづくと、さすがにうんざりしてきた。

 はやくアラームが鳴らないかな。

 そんなことを頭のすみに思い浮かべながら、助けを求めるつもりでガウチを見ると、彼女の表情は、僕とベッキーの噛み合わないやりとりを楽しむものに変わっていた。

 こうなれば、自分で言うしかない。

「何のために、やらなければならないんですか? こんな無意味なことを」

 わざと、無意味の部分を強調して言ったのに、ベッキーは余裕の笑顔で答えた。

「何ごともやってみなくてはわからないからです」

 それで僕が納得すると思ったらしい。でも僕はそんなふうに言われると意地になるタイプ。

「骨折り損のくたびれもうけ、ということわざがありますよ」

「おっしゃるとおりです」そこで彼女は意味ありげな笑みを浮かべた。「でも腹式呼吸には、くたびれた体をリラックスさせる効果があるらしいんです」

 完全に僕の負けだった。こうなれば、相手の言うとおりにするしかない。しかし疑問を残したままで従いたくはなかった。

「どうして七回なんですか?」

 するとベッキーは待っていましたと言うように、テーブル越しにパソコン画面を覗きこみながら指図した。

「まず一番下の、それは誰も知らない映画館を開いてください。ええ、そうです。そうです。そして第一話の、長い長い物語の始まりの十七行目から読んでみて下さい」


 自分の体内に隠れていた映画館へのアクセス方法を発見したのは、ちょっとした偶然からだった。

 僕は友人のPに、その方法を伝えた。

「目を閉じた状態で、腹式呼吸を七回繰り返してみろよ。びっくりするようなことが起きるぞ」

 だが、Pの場合、何回試しても、僕と同じような現象は起きなかったらしい。

「残念ながら、俺の身体の中に映画館は存在していないようだな」

 諦めたような口調でいう彼に、僕はこうアドバイスした。

「指紋の模様が人によって違うように、アクセス方法もそれぞれ違うと思うんだ。お前の場合、くしゃみ三回かもしれないし、あくび二十六回かもしれない。チョコレートにわさびをたっぷり塗って食べた直後に現れるかもしれないぞ」

 でもPは笑って相手にしなかった。


 腹式呼吸を七回繰り返すことによって、体の調子が格段に良くなる。

 そんな医学的発見に至るまでを記した読み物かもしれない。

 そんな思いを胸に目を通していた僕は、あまりのばかばかしさに、笑ってしまった。

 真面目な顔で、荒唐無稽な小説の一部分を試させるベッキーの思考回路はどうなっているのだろうと思った時、こんな考えが浮かんできた。

 昨日から今日にかけてのことは、すべてこの三人が仕組んだことではないだろうか。

 でも僕に対する大がかりないたずらだったとしても、悪意は全然感じなかった。

 それに、飲み物、菓子類付きで、三万円の収入は悪くない。

 だとしたら、最後は彼女らが満足するかたちでおわらせるのが、僕の勤め。

 僕は座ったままで目を閉じた。そしてゆっくりとした声で言った。

「じゃあ、始めます。回数は皆さんが数えて下さい」

 イチ、

 三人の声を合図に、僕は鼻から息を吸った。そして腹がパンパンになったところで、先ほどの文章を思い起こした。

 腹式呼吸のやり方は書いてあったっけ?

 ざっと目を通しただけだったので、ほとんど中身を覚えていなかった。結局僕は、鼻から吸って鼻から吐くことにした。

 ニィ、サン、シィ、ゴー、ロク、

 カウントが増えるに従って三人の声は小さくなっていった。

 たぶん、何かが起きるのを期待しているのだろう。でも、僕自身に何の変化もなかった。

ナナ、

どのタイミングで目を開けようか。

 そんなことを考えながら七回目の呼吸を終えようとしていた僕は、新たないたずらに引っかかったことに気づいた。

 突然目の前に、巨大なスクリーンが現れたのだ。

 映っていたのは、青い空をバックに、色とりどりの花が咲き乱れる小高い丘。遠くに霞んで見えるのは海、もしくはおおきな湖なのだろう。

 音がないところをみると、俗に言う環境映像らしい。

 毒を食らわば皿まで。

 そんなことわざがある。だとしたら、アラームが鳴り響くまで、このままの格好でいてやろう。

 僕は、自分が目を閉じたままだということに気づかないまま、周囲三百六十度に広がる雄大な景色を、じっくり眺めることに決めた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ