『検索ワード。高木たかし ちぎれ雲』 バーシュウレイン視点。
「お訊きしたいことがあるんですが……」ガウチはおそるおそる訊ねた。「何度もその歌を歌ってくれた方というのは、ちぎれ雲さんのおばあさんだったと解釈してもいいのでしょうか?」
言い方がおかしかったかな。ガウチはそう思ったが、ちぎれ雲は、嬉しそうな声で答えてくれた。
「ええ、間違いありません。今思い出しました。でも祖母の顔は浮かんできません」
やった!
ガウチは心の中でガッツポーズをした。
自分の質問で、ちぎれ雲の記憶がひとつ蘇った。これがきっかけになって、失われた記憶のすべてが元に戻るかも知れない。
しかし、そのあとにつづいたせりふに心が萎えた。
「その歌、ユーチューブにあるはずです。調べてみましょう。今すぐに」
自信に満ちたちぎれ雲の声に、目を輝かせるカモシンとベッキー。しかし、ガウチは小さなため息をついた。
何喜んでいるの、あなたたち。とっくの昔に調べたわよそんなこと。だって、屋号のちぎれ雲は、ジュウリラが口ずさんでくれた曲と同じなんだもん。あったわよ。同じタイトルの歌。それもトップページに。とてもいい歌だった。でも、私の知っているメロディーじゃなかった。残念ながら、ちぎれ雲さんは、ジュウリラの息子でもなければ、孫でもなかったみたい。
そのことを言おうか、どうしようか、と迷っているうちに、ベッキーが勢いよく立ち上がった。
「私、パソコンを持ってきます」
足早に部屋を出るベッキーの後ろ姿を見送りながら、ガウチは腹を決めた。
こうなれば、流れに任そう。それに、今そのことを言いだすと、開きかけたちぎれ雲さんの記憶の扉が閉じてしまうおそれがある。
「ありがとうございます」
礼儀正しくお辞儀をしてベッキーからパソコンを受けとったちぎれ雲は、検索画面を立ち上げたところで、何かに気づいたように、反対側に座っている三人を見回した。
「パソコンがこの位置だと、皆さんからは、画面が見えないですよね」
それを予測していたように、カモシンが微笑んだ。
「大丈夫です」と言ってテーブルの小さな引き出しから取りだしたのは、小型のリモコンだった。
「この部屋で、DVD映画を楽しむことがあるんです。そのパソコンも無線で繋がっているんですよ」
カモシンがリモコンのボタンを押すと、微かなモーター音とともに、カーテンが閉まり、ちぎれ雲の背後の天井から百インチスクリーンが降りてきた。
検索ボックスに『ちぎれ雲』と打ち込んだちぎれ雲が、検索ボタンを押すと、今朝ガウチが見たものと同じものがスクリーンに映しだされた。
「あ」
小さな声を上げたのは、 腰を浮かすようにして画面を見つめていたベッキー。
「ちぎれ雲さんの言った通りだわ。あったわよ、ほら、あそこ」
宝物でも見つけたような声で、画面を指さすベッキーに、ガウチは思った。
がっかりするのは目に見えている。そんなことのために時間を消費するくらいだったら、先ほどのあのことを、言った方がいい。
しかしやめた。流れに任すと決めたことを思い出したガウチは、これからの展開を、第三者的立場で眺めることにした。
スクリーンを見つめていたカモシンが、ゆっくりとベッキーに顔を向けた。そして諭すような低い声で言った。
「でも、あそこに新曲ってあるわよ」
ガウチは、あらためてカモシンの横顔を見つめた。
たまにピントの外れたことを言うこともある。でも、ここ一番というときの冷静さは、とても真似できない。さすがはバーシュウレインのリーダー。
「あらら、またやっちゃったみたいね、早とちり」
ベッキーのおどけた声を聞きながらガウチはカップに残っていたハーブティーを一口飲んだ。
「そう言えば、そうですね」
ちぎれ雲の声はつぶやくような小さなものだったが、落胆の響きはなかった。
「ま、とにかく一度聞いてみましょう」
ちぎれ雲はそう言うと、無造作に画面をクリックした。
案の定、イントロ部分でカモシンとベッキーは首を傾げた。ふたりの顔から表情が消えたのは、和服姿の女性歌手が一番を歌い終えた時だった。
ふたりの視線が自分にくると予想したガウチは、ストップウォッチをみる振りをして顔をそむけた。
「この曲は、リメイク版ではなさそうですね」
とちぎれ雲が言ったのは、四分あまりのその曲が終わったときだった。
このあと、彼はどんな反応をみせるのだろう。
興味津々ガウチが見つめる中、ちぎれ雲は、しばらくのあいだ天井を睨んでいたが、やがてにこっと笑うと、ぽつりと言った。
「歌手の名前は、高木たかし」




