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『僕の脳を引っ掻いたもの』     管理人側視点

 神に対するカモシンの概念をいとも簡単に変えたもの。

 それは、僕がもう一枚のポスト・イットに書いた文字。チキンレースだった。

「ほ、ほら見てよ、こ、これ」

 震える声で、カモシンはそれをふたりに見せた。

 しかしガウチとベッキーは、これがどうしたの? というような顔をしただけだった。

 三人はすべて同じ考え方をする。そう思い込んでいた僕にとって、とても意外な光景だった。

「ど、どうして、チキンレースのことを、ご存じだったんですか? ちぎれ雲さんは」

 カモシンの声には戸惑いこそ残っていたが、視線のブレは、もうなかった。僕をじっと見据える目は、ドラマで見る女性捜査官のような鋭さがあった。

 その迫力に押された僕は、一瞬取り調べを受ける真犯人になったような気がした。

「聞こえてきたんです。アパートを出る、直前でした。しばし待たれよの、ちょっと、あとです」

「つまり、昨日だったということですね」

「ええ、このマンションに向かおうとして、椅子から立ち上がったときでした。間違いありません」

「どの方向からでしたか?」

 畳みかけるような質問に、僕は天井を見上げた。

「頭の上です」それから視線を戻した。「天井裏にだれか隠れているのだろうと思いました。でも、だれもいませんでした」

 と、そこで思い出したことがあった。同じセリフが十分くらいあとに聞こえてきた件だ。

 でもそのことを言おうとしたとき「ねねねね、カモシン」とガウチが強引に割り込んできた。

「チキンレースの話は、もういいんじゃないかしら」

「え?」

 カモシンが驚いた顔をすると、ガウチは「だって、ほら」と言った。ガウチの視線の先にあったのは、僕が持ち込んだストップウォッチ。

「あと四十分ちょっとしかないのよ」

 僕が反射的に壁時計に目をやったのは、百円ショップで購入したストップウォッチだったからだ。

 しかし高価そうに見える壁時計も、二時間以上が経過していることを示していた。

「それもそうね」カモシンは、あっさりと提案を受け入れた。「この話、三時間あっても足りないかもしんないしね」

 でも僕としては、ここで話を終えて欲しくなかった。カモシンだけが、チキンレースに食いついてきた理由を知りたかったからだ。

 僕は少し考えてから言った。

「時間は気にしないでください。このあとの予定はありません。何時間でも付き合います」

 しかしガウチが、たしなめるように言った。

「それはいけません。自分を安売りすることになります」

「安売りではありません。開業記念サービスの一環です」

 そんなふうに口が勝手に動いたのは、僕の心のどこかに、話を聞くだけで三万円は高すぎるという気持ちが根強く残っていたからだろう。

 しかしガウチは喜ばなかった。呆れたような目で僕を見た。

「サービスという言葉は、使わないで下さい。私たちに失望感を与えるだけです」彼女はそこで少し間をおいた。「正直に言わせていただければ、ちぎれ雲さんのことを、あなた様と呼びたいくらいなんです。私たち三人は」

 ガウチがそう言うと、ほかの二人も大きくうなずいた。

 僕と三人は見えない糸で繋がっている。それ自体は認める。

 でも、彼女らの接し方が理解できない。まるで神か仏のように崇め祀られているような気がして、気持ちが落ち着かないのだ。

 頭の中では、そんなことを考えていたのだが、僕の口が勝手に動くことはなかった。

 黙り込んでしまった僕に、ガウチが話を変えた。

「もしよろしかったら、ちぎれ雲を屋号に選んだ理由をお聞かせ願えませんでしょうか」

 ちぎれ雲。

 それは、僕の記憶の中では、死の間際に祖母から聞いたことになっている。

「人は死んだらどうなるの?」

 祖母は目を閉じたまま微笑んだ。

「他の人のことはわからないけど、おばあちゃんは雲になるの」

 その時僕が知っていた雲はひとつしかなかった。

「じゃあ、入道雲になるんだね」

「これ、秘密だけどね」

 僕の手を取った祖母が、最後につぶやいた言葉が「ちぎれ雲」だった。

 でも、自信はない。単なる妄想の可能性がある。僕の脳が勝手にそのような状況を作り上げただけかもしれない。

 そのことを告げると、ガウチはがっかりしたように、肩を落とした。

「いずれにしろ、歌とは関係なかったわけですね」

「歌……ですか?」

 と問いかけた瞬間、何かが僕の頭の中を引っ掻いた。

「関係あります」気づいたときは言っていた。「その歌も覚えています。祖母が何度も歌ってくれました」


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