『頭の中を吹き抜けた風』 管理人側視点
冗談とも本気とも取れる言い方に、対応を考えた。でも僕はそれに合わせられるような話術の持ち主ではない。
「じゃあ、その太さだという証拠を見せて下さい」
小学生でも言えるセリフを返すのが精一杯。
「お任せ下さい」にこっと笑ったカモシンは、僕の目の奥を覗きこむようにしてつづけた。
「神様のお告げを信じますか?」
見えない糸から綱引きへ。綱引きから神様へ。
あちこちに飛ぶ話に、僕の思考は追いつかない。しかし僕にとっては、そのほうが都合が良かった
話の主導権を向こう側に渡してしまえば、話の進め方に悩む必要はない。その方がものごとがスムーズに進む。結果として約束の三時間はあっという間に過ぎてしまう。良いことずくめ。
もしかすると、段取りの悪い僕に業を煮やした三人は、着替えをするあいだに今後のことについて話し合ったのかも知れない。だとしたらありがたいことだ。
しかし、喜んでばかりはいられない。
ヘタにウケを狙うとドツボにはまる。思わぬ方向に会話が進むだけならいいが、話がねじれて不穏な空気に包まれる恐れがある。
気をつけなければならないのは、すべて正直に答えること。
「いえ」
とだけ言って反応をうかがったのは、相手の意に沿わない答だったかもしれないと思ったからだ。
しかしカモシンはもちろん、やりとりを見つめているベッキーとガウチの表情に変化らしきものは見受けられなかった。どのような言葉が返ってきてもいいように、幾通りかのセリフを用意してあるのだろうか。
「それでは最先端科学についてはどうですか? 世界的に有名な学者が発表したものだったら、無条件で信じますか」
神様の次にきたのは、最先端科学。でも、なぜか受け止めることができた。
たぶんそのとき、神様と最先端科学が繋がっていることを容認する下地が、僕のどこかで育ちつつあったのだろう。
しかしその時点において、僕の中では、神様と最先端科学は、まだ真逆の位置にあった。
カモシンがどの程度のことを最先端科学と呼んでいるのか知りたかった僕は「ちょっと待って下さい」と言ってからつづけた。
「その最先端科学の中に、ニュートリノの質量とか、重力波の存在の有無が含まれているとしたら、なんともいえません。僕の理解の範囲を超えているんです。はっきり言うと、神の領域なんです。そのあたりのことは」
するとカモシンは、さも驚いたといったように目を見開いた。
「どうしてそのようなことを、ご存じなんですか、ちぎれ雲さんは」
でも、僕に言わせれば逆だ。
カモシンのような高齢者に、ニュートリノとか重力波といった知識があることの方が驚きだ。
「カモシンさんは宇宙科学研究所に勤めていたんですか、それとも今でも現役なんですか?」
早口で言う僕の表情はひきつっていたのかもしれない。カモシンは僕の緊張を和らげるように、優しい笑顔を浮かべてその問いにこたえてくれた。
「最近はワイドショーなどでも、そういったニュースを取り上げてくれるんです。それも、素人にもわかるようなイラスト付きなんですよ」
なるほどそうだったのかと納得した。
僕は見逃したが、NHKのサイエンスZEROに出演した2015年のノーベル物理学賞の受賞者梶田隆章氏が、ニュートリノが質量を持つことをわかりやすく説明してくれたらしい。
ちなみに僕の場合、その方面の知識の主な仕入れ先は、ASTROARTSという専門サイト。
「話を元に戻しますね」
カモシンはそこで一呼吸した。
「私たちと、ちぎれ雲さんを結ぶ見えない糸を可視化する装置を、我々は所有しているんです」
ゆっくりとした口調。セリフも短かった。だいたいのことは理解できたが、その中に耳慣れない言葉がひとつあった。
「カシカってなんですか?」
コーラ190㎖。ジンジャー、シナモン、カルダモンをブレンドしたハーブティー一杯。それと虎屋の羊羹三切れを胃の中に入れた僕は、ふたたびパソコン部屋に移動することになった。
リビングを通る際、三人は黒い石に一礼すると、そこに並べられていた封筒を一枚ずつ手に取った。
進行役のガウチは右隅のデスクの前に座っている。彼女の目の前にあるのは、コントロールボックスらしき四角い箱。
で、僕はというと、部屋の真ん中。カモシンとベッキーに囲まれた格好で、天井から降りてきた二百インチ相当のスクリーンを見上げている。
「これからお見せするのは、星明かりの中でも色彩を忠実に再現できる4K対応ネットワークカメラで撮影したものです。市販はされておりません。試作品です。世界初の4K監視カメラの映像と言ってもよろしいかと」
監視カメラという言葉を聞いた瞬間、頭の中を風が吹き抜けた。
そしてしばらくしてから、しばし待たれよのあとに聞こえてきた言葉と、六桁の数字が、僕の脳裏に浮かびあがってきた。
このような現象は、初めてだった。
なのに、なぜか心は落ち着いていた。
ただ僕の両肩の部分を分厚い鳥肌が覆っていて、むず痒さに似たものを感じたぐらいだった。
と、僕の口が勝手に動き出した。
「メモ用紙とボールペンを貸してくださいませんか」
そのときだけは不思議な感覚に陥った。勝手にしゃべる僕を、もうひとりの僕が温かい目で見守っている。そんな感じだった。
「ポスト・イットでよろしいでしょうか」
予期していなかったそのことばで、よみがえったものがあった。
ポスト・イットの開発秘話だ。
失敗の山の中に、とんでもない宝物が隠れていることがあるらしいの。
僕の記憶の中では、それは小学生の頃、祖母から聞いた話になっている。
でも祖母の顔を思い出すことができない。もしかすると、そのようなストーリーの映画かテレビドラマを見たのを、自分の体験だと思い込んでいるだけなのかもしれない。
「僕としてもそのほうが嬉しいです。二枚お願いします」
カモシンが持ってきたのは、未使用の五十枚綴り。黒い石が祀ってある仏壇のような箱の引き出しにあったものらしい。
「ありがとうございます」
手間を取らせたお礼を言ったとき、もうひとりの僕が消滅していることに気がついた。
一枚目に、235953。
二枚目に、チキンレース。
力を込めてはっきりと書いたものを四つ折りにして、正面を見つめていたカモシンに手渡した。
「もしかすると、いま書いたこれは、僕に降りてきたお告げかもしれません」
笑いながらそう言ったとき、バーシュウレインの三人は、ぶるっと体を震わせた。
理由は訊かなくても分かった。
今僕の背中に起こっている現象が、彼女らにも起きているのだ。
「冷房の効きすぎですか?」
わざとそう言ってみると、表情を硬くしたカモシンが硬い声で答えた。
「鳥肌です。私たち三人は、今朝からずっとこのような状態がつづいているのです」




