『僕と三人を結ぶ太い綱』 管理人側視点
ベッキーのその言葉で、僕はネット検索の途中だったことを思い出した。
パソコンに目をやると、検索ボックスの中で次の命令を待っているカーソルが見えた。
僕はそのカーソルを眺めながら、先ほどの、しばし待たれよの、頭の部分について考えてみた。
しばしって、どれくらいの時間をいうのだろう。
一呼吸分? 一、二時間? 二日、三日?
考えがまとまらなかったので、訊いてみた。
「しばしって、どれくらいの時間なんですか?」
「ハイ、せんせい」
笑顔になったベッキーとガウチが、同時に手を挙げた。
せんせいが冗談だとわかっていた僕は迷うことなく、声の大きかった方を指さした。
「じゃあ、あなたからどうぞ」
「私がコーラを持って戻ってくるまでの時間だと思います」
「ハーブティの場合は、もう少し時間がかかります」
僕達のやり取りを見ていたカモシンが、すぐに意見を取りまとめた。
「私たちが飲み物の用意をするあいだ、ちぎれ雲さんは先ほどの作業をつづけるというのはいかがでしょう」
気が進まなかった。さっきは話の流れでキーボードを叩いただけ。しかしここで断ると、僕と彼女らのあいだに芽生えはじめた何かが萎れてしまう。
そう思った僕は、
「じゃあ、そうします」
と答えたついでに、先ほどから言おうと思っていたことを口にすることにした。
緑、赤、黄。原色に近い和服姿の三人と、ロングライフデザイン賞を受賞したアーロンチェアの組み合わせは、映像的にハッとするものを感じさせる。
でも、大小様々な種類のパソコンとディスプレイに囲まれたこの部屋においては、違和感の方がはるかに大きい。
それに彼女らは、このあと二時間以上も、何の取り柄もないつまらない僕という男と付き合わなければならないのだ。前金をもらったお礼として、せめてゆったりとした服装でくつろいでもらいたい。
「もしよかったら、部屋着に着替えて下さってもかまいません。僕としても、そのほうが緊張しなくてすみますから」
「お気遣いありがとうございます」丁寧なお辞儀をしたカモシンの目に、感謝の色が浮かんだようにみえた。
カモシンは、他のふたりに顔を向けた。
「どうする?」
「ありがたくお受けいたします」
ベッキーとガウチは声を揃えて言った。
僕は本当に、自分と同じ名前の人物に興味はなかった。
だいいち、自分自身に興味をもったことがない。自分の頭の中から消えてしまった記憶さえ気にならない僕がどうして、同姓同名とはいえ、赤の他人のことを調べなければならないんだ。
しかし、なにはともあれ、そうしますと答えてしまった以上、検索をはじめないわけにはいかない。
もし先ほどの声が天からの声だったとすると、もう一度同じ言葉が聞こえてくるはず。
ネット検索の際、僕が使うのは、 ”と ”の間にキーワードを書き込む、いわゆる絞り込み検索。
”南まさき ”
と、先ほど打ち込んでおいたままになっているのを確認してからエンターキーを押すと、天からの声もなく、72件がヒットした。
しかし最初のページに写真はなかった。
どこかのブログを開けば、僕の写真。あるいは僕の記憶を刺激する何かが載っているのかもしれないと思ったが、その可能性は果てしなくゼロに近い。そんな面倒な作業をするより、映像に切り換えたほうがはやい。僕は画像をクリックした。
だが、残念ながらというか、当然というか、表示された画像を最後までスクロールしてみても、僕に似た人物の写真はおろか、何かを思い出させるような画像さえ発見することはできなかった。
最初から期待なんてしていなかった。にもかかわらず僕は、落胆に似たものを感じた。
三人は、僕に関する情報を持っているといったわけではない。僕と同じ名前の人物をネット上で見たと言っただけ。そのことがわかっていたというのにだ。
「こちらにどうぞ」
僕を呼びに来たのはカモシン。案内されたのは、先ほどの和室。
三人は、お揃いの服に着替えていた。
紺色の綿パン。七分袖の白のTシャツ。
ちがうのは、アクセサリー。
カモシンがエメラルド色のブレスレット。ガウチは赤い石の指輪、たぶんルビー。ベッキーは黄色い石のイアリング。
ファッションや宝石類に興味がない僕でも、彼女たちが身に付けているものが、高価なものであることがわかった。
どうですか、この服装。
僕を見つめる三人の目がそう言っていた。
着るものが変わっただけで、三つ四つ若くみえた。でも僕は何も言わずに、三人の前の席に腰を下ろした。
「まずは、ちぎれ雲さんと同じものを」
意味ありげな笑顔を浮かべてベッキーがクーラーボックスから取りだしたのは、瓶入りのコーラ。
「よろしかったら、何杯でもどうぞ」
コーラは瓶入りが最高。そんな書き込みを見たことがあったが、買おうと思ったことはない。自販機、近くのコンビニ、ショッピングモール。そんなところでそれを見たことがなかったからだ。
「ひょっとすると、ケース単位で買うんですか?」
「ええ」それからベッキーは、コーラを飲むまねをした。「瓶入りが大好きなんです。こうやって、天井を眺めながらコクコクと」
「よっぽどお好きみたいですね、えっと……」
彼女のニックネームを忘れたわけではない。口に出して言えなかっただけだ。
するとベッキーは、恥ずかしそうに顔をうつむけた。
「ベッキーと呼んでください」
先ほどまでの僕だったら、やんわりと断っていたと思う。
若く見えるといっても還暦は過ぎているはず。そのうえ芸能界だったら大御所と呼ばれてもおかしくないような雰囲気を漂わせている。頼まれたとしても、簡単に引き受けることはできない。
でもそのリクエストを受けることにした。出会ったときからつづいている僕をみつめる三人の目差しに変化がないことを思い出したからだ。
「じゃあ、これから先、みなさんをニックネームで呼ばさせていただきます」
といったところで、僕はあらためて出会いの不思議さに気づいた。
「偶然って面白いですね。もし僕が他のマンションに名刺を投げ入れていれば、僕達は、互いの存在さえ知らずに人生を終えていたかもしれないわけですからね」
言いながら思った。三人のうちのだれかが同意の仕種か、相づちを打つだろうな。
しかし、三人共に首を横に振った。
明らかな拒否反応。しかし、三人の目には笑みが浮かんでいた。戸惑った僕は、首の振り方が一番大きかったカモシンに訊いてみた。
「僕の言い方がおかしかったんですか? 言葉づかいを間違えたとか……」
「今日の出会いは偶然ではありません」
あまりにもはっきりと言われたので、次のセリフが出てこなかった。
「私たちと、ちぎれ雲さんは見えない糸で結ばれているんです」
この手のセリフは、若い男女のあいだでしか通用しないと思っていた僕の頭の中が混乱するのがわかった。しかし、なぜこのタイミングで、そのようなことを言いだしたのかとなるとさっぱりわからなかった。
もしかすると、三人だけにわかるギャグなのかもしれない。ふとそんなことを思った僕は、冗談だとわかるような声で応じることにした。
「仮にその糸が見えるとしたら、直径はどれくらいなんですか?」
カモシンは真剣な表情で天井を見上げてから答えた。
「運動会の綱引きで使う綱より、ずっと太いと思います」




