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『チカチカマンションにて』 管理人視点

 自分の意思とは違うことばだったが、言ってしまったものはしかたがない。

 しかし考えてみると、こっちのほうが僕の本心そのもの。

 知ったかぶりはするな。ヘタをすると、詐欺罪で逮捕されるぞ。好奇心より身の保全を図れ。

 といったようなアドバイスの声は、どこからも聞こえてこなかったが、僕自身が無意識のうちにそのような判断を下したらしい。これを社会的成長というのだろうか。だとすれば、僕はやればできる人間ということになる。

 一旦はそんなふうに受け取ったが、すぐに思い直した。僕はそんなに賢い人間ではない。

浅はかな考えしかもたない僕に代わって、守護霊がことばを発したのかもしれない。

 だが、そんなことはどうでもいい。こんなところに長居は無用。

 でも、僕は悪事を働いたわけではない。未遂に終わったわけでもない。電話がかかってきたから、ここまでやってきただけ。

 自分のほうから仕事を断ったのは、いまの僕には、相手の要望に応えるだけの知力も知恵もないことを自覚したから。

 逃げるわけではない。へりくだる必要もない。正々堂々と帰ろう。しかしその前に、相手の労をねぎらってやろう。

 手間暇かけて、あんな横断幕まで用意してもらったのに、ごめんなさい―

 と言いかけたとき、なぜか三人そろって深々と頭を下げた。

 だれかが僕のうしろを通りかかったのだろうと思って、振り返ってみたが、だれもいなかった。

 僕の顔が彼女らに向いたのを見計らったように、緑色の着物の女性が口を開いた。

「まことに申し訳ございませんでした、ちぎれ雲様。私どもの自己紹介は、店内で、と思っておりました」

 一瞬僕の頭の中は混乱した。

 その声の響きの中に、一方的に仕事を断った僕に対する怒りも、戸惑いもなかったからだ。どちらかといえば、機嫌を伺うような口調だった。

 悪い気はしなかったが、違和感を覚えた。

 なぜ僕に謝らなければならないのだ。彼女らは、僕になんの迷惑もかけていない。それに、リーダーらしき人物が、僕みたいな若造に、丁寧な言葉づかいをする理由もわからない。

 僕はさっと観察した。

 三人は若く見える。でも、全体の感じからすると、僕の祖母と似たような年齢のはず。祖母と違うのは、三人には、セレブのオーラが漂っているところ。

 セリフの中に、ちぎれ雲があるところをみると、僕を聞き屋として認識していることに間違なさそうだが、何か釈然としない。

 考えられるのは、最初のボタンの掛け違え。彼女らはそれに気づいていない。

 だとすると、つじつまが合いそうな気もするが、いずれにしろ、ここで僕の立場をはっきりさせておく必要がありそうだ。彼女らが何かを誤解しているとしたら、それを解いてやろう。

 僕は、あたりを見回してから、ゆっくりとした口調で言った。

「僕には、あなたがたが、アーケード街の再開発を手がけていらっしゃるメンバーに見えます。でも、僕は、その道のプロではありません。まったくの素人です。僕にできることは、あなた方の話をうかがうだけです。でも、いかなる助言も提案も持ち合わせていません」

 言い終えた僕の頭の中にあったのは、これで、聞き屋・ちぎれ雲の最初の営業活動が終わった。ということだけだった。

 

 しかし、その十五分後、僕はチカチカマンションの最上階にいた。

 広さ十二畳の和室。掘りごたつ形式のテーブルに、僕は三人と向かい合わせで座っていた。

「いいですか、僕はただのアパートの管理人です。聞き屋ビジネスは、単なる思いつきです。たとえ話を聞いたとしても、僕の耳を素通りするだけです。なんの役にも立ちません。名刺にあった法外な料金は、お金の無駄遣いにしかなりません。考え直してください」

 マンションまでの車の中で、繰り返したせりふを、もう一度言った。しかし相手の反応は変わらなかった。

「法外な料金と言われましたが、それでも結構でごさいます。すでに用意してあるんですよ、ちぎれ雲様」

 なんとか依頼を断って欲しかった僕は、気になっていたことを口にした。

「その、ちぎれ雲様はやめてくださいませんか。調子が狂うんです」

 調子が狂う? だまって聞いていれば、なんてことを言うの。そんなことばから始まって、じゃあ今回は中止にしましょう、に変わっていくのを期待したが、だめだった。

「どのようにお呼びすればよろしいのでしょうか。ちぎれ雲様のことを」

 カロンとの会話に慣れている僕にとって、丁寧なことば使いは、ある種の罰ゲームのように思えた。

「そうですねぇ」僕はしばらく考えてから言った。「ちぎれ雲だけでけっこうです」

 しかし三人は同時に首を振った。「いくらなんでも、あなた様をそのように呼ぶことはできません」

 言われてみればたしかにそうだ。ちぎれ雲だけだとしたら、けんかをふっかけられたような気分になるのは間違いない。

「じゃあ、様だけは、やめてください。様だけは……」

 そんなやりとりがしばらく続いたあと、結局、三人は僕を、ちぎれ雲さん。僕は三人を、カモシンさん。ガウチさん。ベッキーさんと呼ぶことになった。

 でも僕は再度確認した。

「みなさんの話を伺う前に、これだけは、はっきり言っておきます。今回は、一時間分の料金で、三時間お話を伺います。でも、料金は前金とさせていただきます。一旦受け取った料金は絶対に返しません。一円の値引きもしません」

 わざと料金を繰り返し、その部分を声を高くして言ってみたが、そこになると、なぜか三人は嬉しそうな笑みを浮かべた。

こうなればしかたがない。僕はカロンの指摘を思い浮かべながらつづけた。

「基本的には、どのような話でもけっこうです。でも、警察沙汰になるようなものは、受け付けません」

「はい、承知しました」三人は大きくうなずいたが、僕がストップウォッチを取りだして「ではそろそろはじめましょうか」と言うと、ガウチが思い出したように立ち上がった。

「その前に、料金をお渡しします」 

 たぶん、料金三万円を三等分したのだろう。ガウチは預かっていた料金を自分の部屋に取りに行くのだろうと思ったが、そうではなかった。

 ガウチが向かったのは、部屋の隅においてあった四角い風呂敷包み。

「よいしょ」

 着物姿に似合わないかけ声と共に、ガウチがそれを持ち上げたとき、先ほどの三人の笑顔と、今朝の電話の、小切手でもよろしいでしょうか? が繋がったような気がした。

 風呂敷の中には、段ボールかプラスチックの箱があり。その中には三万円分の硬貨が入っている。

 小切手ではなく、現金でおねがいします。僕は今朝の電話でそう言った。

 電話を切ったあと、三人のあいだで、こんなやりとりがあったのだろう。

 一時間三万円は、いくらなんでも高すぎますよね。そのような高額料金でしたら、小切手でいかがでしょうかのジョークが通じない相手には、三万円の重さで思い知らせてやりましょうよ。

 一円玉は一グラム。三万円だと三万個。重さにすると、三十キロ。でもいくらなんでもそれは失礼。あからさますぎる。それにこっちがぎっくり腰になってしまったら、笑い話にもならないわ。だったら、百円玉でどうかしら。

 箱の中には百円玉が三百個。とお詫びをかねたケーキかなにかが入っている可能性が高い。

「こちらに置いておいても、よろしいでしょうか」

 ガウチが四角い風呂敷包みを下ろしたのは、僕から一メートルほど離れた場所。

「ありがとうございます」

 座布団から降りた僕は、姿勢を正したあと、きちんとしたお礼のお辞儀をしてから、風呂敷包みを手元に引き寄せた。

 どうやら僕の推測の、半分は外れたらしい。

 ずっしりとした重みを感じたから、中身が硬貨なのか紙幣なのかはわからなかったが、箱の材料は、僕が考えた種類のものではなかった。

 どうやら彼女らは、僕が想像したよりも、はるかに上品で洒落たセンスの持ち主らしかった。

「もしかすると、手提げ金庫に入っているんですか?」

「さすがですね」ガウチは嬉しそうに笑った。「どうぞ、そのままお持ち帰り下さい」

 ガウチがそう答えたとき、僕は、初めてもらった貯金箱も、手提げ金庫の形をしていたことを思い出した。

 小学二年の正月。あのとき祖母は、こんなことを言っていた。

「中の千円札は、種銭だからね」

「なんなの? たねせんって」

「教えてもいいけど、自分で調べてごらん」

種銭が、常に財布に入れておく使わないお金のことで、種銭を入れておくと、金運アップが期待できる。

 ということを知ったのは、ずっとずっとあとになってからのことだった。

 風呂敷に包まれた手提げ金庫が、貯金箱なのか、安物の本物なのかわからなかったが、心遣いとしては、非常に嬉しかった。

「言い忘れましたが、聞き屋・ちぎれ雲にとって、皆さんが最初のお客様なんです」

 と言うと、三人は涙目になった。そして「ありがたいことです、ありがたいことです」を繰り返しながら、珍しい生き物でも観察するような目で、僕を見つめた。

 僕はそんな視線を受け止めながら、こんなことを思った。

 たったこれだけのことで、どうしてこんなにも喜ぶのだろう。

 互いを、カモシン、ガウチ、ベッキーと呼び合うこの三人は、いったいどのような関係で結ばれているのだろう。

 先ほどのレストランの店名、バーシュウレインは、だれがつけたのだろう。どんな意味があるのだろう。

 この三人の中で、だれが最初の話を聞かせてくれるのだろう。で、その話の内容は?

 次々と浮かんでくる思いや、疑問に気をとられていた僕は、いま頂いた料金を種銭にして、仕事に励みます。とつづけるつもりだったことをすっかり忘れていた。

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