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『レストラン・バーシュウレイン』    管理人視点

 公共交通機関の利用者の減少に歯止めがかからない。

 そんなニュースを良く見聞きする。でも僕が乗ったバスは平日の昼間だというのに、座席の半分近くが埋まっていた。

 子供を背負った若い母親。営業マンらしき会社員。作業服の二人連れ。小学生四人を引き連れた女の先生。ぼんやり外の景色を眺めている女子高生。二組の老夫婦、等々。

 乗客の中で一際目立っていたのは後部座席に陣取った8人の若者。お揃いのトレーナー服。がっちりとした体格。目つきは鋭いが、全員が人の善さそうな顔。ラグビーかレスリング部の学生なのかもしれない。

 トレーナー姿の一団が、僕と同じバス停で降りることに気づいたとき、僕はラッキーと思った。

 この中のだれかに訊けば、電話帳にもないレストランの謎が解ける。

 彼らに前後を挟まれる恰好でバスを降りた僕は、たまたま視線が合った一人に歩きながら訊いた。

「すみません。このあたりに」

 と、そこまで言ったところで、なぜか彼は、ニッと笑った。そして「しばらくお待ち下さい」と言うと、仲間に声をかけた。

「全体、とまれ」

 ごく普通の声だった。にもかかわらす、七人は瞬時に反応した。

「はいっ!」

 同時に声を発し、その場で足を止めた。しかも、両手を後ろに組んで胸を反らせた姿勢で、真正面を見据えている。

 え?

 僕には、何が起きたのかわけがわからなかった。

 これは、どういうことですか? ただ道を尋ねたかっただけなんですけど。

 と言おうとしたのだが、出てきたのは、実に間の抜けた声。

「コッ、コッ、コッ、コッ」

 ニワトリの鳴き真似にもならない、情けない声。

 たぶん僕はそのとき、かるいパニックに陥っていたのだろう。しかし相手には、僕が何を言おうとしているのか、伝わったようだ。

 彼は、何も心配いりませんよ、というような笑顔を浮かべると、

「どちらまで行かれるのですか?」

 と落ちついた声で言った。

「あ、えっと、この近くに、バーシュウレインという、レストランが、あると聞いたのですが、ご存じですか?」

 まだ動揺が収まっていなかった僕は、途切れ途切れに言った。

「その店なら知っています。このまままっすぐ行けばオーケーです。次の信号の手前を左折。アーケード街の真ん中にあります。五分もかかりません」

 バーシュウレインという店が存在していたことに安心した。歩いてすぐということに、ホッとした。

「ありがとうございました。助かりました」

 と礼を言うと、彼は決まりが悪そうな顔をして、自分の頭の後ろに手をやりながら「あのぉ」と言って、少し上目づかいで僕を見た。

 嫌な予感がした。

 でも、店は閉まっています。潰れました。そんなセリフが付けくわえられる。と思ったのだが、ちょっと違った。

「お願いがあるんですけど……」

 その表情からは、無理難題を押しつけてくる心配はなさそうだった。でも僕は、もしそうなった場合どうやって断ろうかと身構えながら言った。

「はい、なんでしょう」

「我々は、たった今、重要人物を警護する訓練を終えたばかりなんです。その成果を試してみたいのですが、いかがでしょうか」

「はあ?」

 

 結局僕は、目的地に着くまで人間の柱に挟まれるかたちで歩かなければならなくなった。

 前と後ろに三人。左右にひとりずつ。身長170センチの僕が、見上げるような大男ばかり。

 たぶん、すれ違う通行人からも、道路を通り過ぎる車からも、僕の姿は見えていない。要人警護全国大会があったとしたら、彼らは上位入賞するんじゃないだろうか。

 ムンムンする汗の臭いにむせかえりそうになりながら、そんなことを考えていると、とつぜん僕の視界から彼らの姿が消え、代わりに現れたのは、壁に立てかけられた古い板看板。それに書かれていた文字は、バーシュウレイン。

 あ、ここだ。

 思わず心の中でつぶやいたものの、錆び付いたシャッターが、閉まったままだということに気づいた。

 ランチタイムの稼ぎ時に、店を閉める経営者なんているはずがない。

 あらためて周囲を見回してみると、営業中の店は一軒もなかった。破れた天井から射す太陽の光が、目に痛いだけ。

 究極のシャッター商店街。

 やっぱりそうだった。

 予想は立てていたが、現実にそれが起きると、さすがにがっかりした。

 今朝の電話は、いたずら電話。あるいは、二度とマンションに近づくなの警告。無駄足だったけど、ここまで来る過程で、親切を知った。この八人には礼を言おう。

 しかし振り向いたとき、彼らの姿はもうなかった。

 見知らぬ世界に、ひとり取り残された気分。

 これからどうしよう。心細さに腕時計を見ると、十二時四十分。

 ちょっとだけだが、希望が湧いた。

 約束の時間まで、二十分もある。

 早く着き過ぎただけ。今朝の彼女は、レストランの中ではなく、店の前で待っていて下さいと言ったのかもしれない。このアーケード街全体が、定休日ということも考えられる。いや、そうだ。きっとそうだ。あの声は、人を騙すような声ではなかった。これまで騙された記憶は無い。しかし、人が騙されるのは、詐欺師は詐欺師らしくないから……。

 交互に浮かぶ、ポジとネガ。

 ま、どっちにしろ、ここまできたんだ。しばらく待つことにしよう。

 と心を決めたとき、ガラガラガラという音と共に、シャッターが開いた。

「お待ちしておりました」

 中から出てきたのは、和服姿の三人。

「むさくるしいところです。申し訳ございませんが、どうぞおはいりください」

 誰かと間違えられたと思ったが、どうやらそうではなさそうだった。


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