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『ゾクリに似た感覚』 バーシュウレイン視点

 その瞬間、ガウチは、自分が真っ白い光につつまれたような錯覚を覚えた。

「ここはどこなの?」

 そのつぶやきを待っていたかのように、目の前に色鮮やかな映像が映しだされた。

 しかし、ガウチに動揺はなかった。

 それは、昨夜見た夢とまったく同じもの。それは、自分が生まれ落ちた瞬間からの映像だった。

 はっきり覚えていること、うっすらとしか思い出せなかったできごと。すっかり忘れていたあの日の思い出。それらのすべてが、くっきりとした輪郭をもつ映像として、目の前で再生されていた。

 たぶんこれは、とガウチは思った。

 昨夜の夢が、夢ではなかったことを、私に伝えるための映像。

 ガウチがそう結論づけた瞬間、映像は終わり、目の前に、心配そうな顔で自分を見つめているカモシンとベッキーの姿が現れた。

 ふたりは同時に口を開いた。

「大丈夫?」

 ガウチはにこっと笑ってうなずいた。

「もちろんよ」

 それからふたりに安堵の表情が浮かぶのを見届けると、自分の腕時計に目をやった。

 私の意識が飛んでいた時間は、長くて十秒。短ければ三秒。

 たったそれだけの間に、これまでの自分の人生、六十有余年分を再確認できた。

 このことを話したら、ふたりはどんな反応を示すのだろう。

 しかし、ガウチには、今そんなことを言うべきではないぐらいの分別はある。

「ねえ、ねえ」ガウチは意識して軽めの声で呼びかけた。「いまから、調べてみましょうよ。誰がこの名刺を入れたのか」


 名刺をポストにさし込んだのは、ガウチの同級生ではなかった。監視カメラの記録映像によって、それは証明された。

 ガウチと同じ年齢の六十七歳の男に、若作りのメイクを施したとしても、こんなふうには仕上がらない。たとえ、ハリウッドの特殊メイクの専門家がそれに挑戦したとしても、絶対無理。

 ガウチは、ベッキーがいれてくれた緑茶を一口味わってから言った。

「ジュウリラは、もっとごつい顔をしていたわ。遠くからでもわかるガニ股だった。それにあいつは遠い昔に亡くなったはずよ」それから湯飲みを置くと、両肩を何回か上下させたあと、こんなことを言った。

「ねえ、ゾクッとこない?」

 すこしの間があって、ふたりは小さく首を振った。

「私たちにはちょうどよ、この設定」

 ふたりが室温のことだと思っていることに、ガウチはホッとした。

 ときどきだが、ガウチはカモシンとベッキーが羨ましくなることがある。それは、見えないものの存在を信じないところだ。 

 ガウチ自身は、自分をエンジニアだと思っている。パソコンは結構詳しい。ネットの使い方も心得ている。物事は科学的に判断しなければならない。勘や運に頼ると、肝心なところで失敗する。心の芯ではそう思っているし、それを実践している。

 しかし、それを実行しようとするとき、首筋に鳥肌が立つことがあるのだ。

 誰にも言っていないが、ガウチはそれを「ゾクリ」と呼んでいる。

 長年の経験から、今ではゾクリがきたときは、実行する直前であっても、それを中止するようにしているわけだが、今感じたゾクリは、それとは違う種類のものだった。

「実を言うとね」ガウチは名刺にある住所を指差した。「これを見るたびに、ゾクッとするの」

「えっ?」

 ふたりの目が輝いた。

「キタキタキタァ!」カモシンが、まるで子供がはしゃぐような声をあげた。それから両手をパチパチと叩いた。

「久しぶりね。あなたの第六感。なになになに、何を感じたの?」

「でも、今日のこれはね」ガウチは落ちついた声で言った。「そんなものじゃないの。ひょっとすると、もしかして。その程度なの」

「それでも十分よ」

 カモシンとそんな会話を交わしている間に、ベッキーがノートパソコンを持ってきた。

「ありがとう」

 ガウチはパソコンが立ち上がるとすぐに、グーグルマップの検索欄に名刺の住所と番地を打ち込んだ。

 エンターキーを押す前から、ガウチの全身を分厚い鳥肌が覆った。身震いしたいのをこらえて、ガウチはふたりに声をかけた。

「いい? 押すわよ」

 返事はなかった。しかし、ガウチにはわかった。

 カモシンとベッキーも、今の自分と同じような状態になっている。

 寒くもないのに、肩をすぼめていた。ビクンビクンと、身体が小刻みに震えているのが、はっきりとわかった。


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