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『別の神様の気配』  バーシュウレイン視点

 体中の筋肉と関節が悲鳴を上げた。膝はガクガク。今にも崩れ落ちそう。

 しかし、ルビーは苦痛に顔を歪めながらもチャレンジを続けた。だがいくらがんばってみても、でんぐり返しさえできなかった。

「現時点において、お主の技量は幼稚園生レベル以下と見なす。よって、身柄を拘束する。その場に身を伏せよ」

 おどけた口調で、エメラルドがストップをかけなければ、ルビーの体はどうなっていたか分からない。

 イタタタタ、

 ルビーは絨毯の上に大の字になり、精根尽き果てたという表情を浮かべていたが、しばらくすると明るい声で「私のやりかたが悪いだけなのよ。さっきは、間違いなく宙に浮いたんだから。もう一度、やってみる」と言った。

「あなたって、こんなに楽観的に物ごとを考える人だったかしら?」

 あきれ声で言うエメラルドに、ルビーは肩で息をしながら応じた。

「そこに証拠の映像が残っているでしょ。一度出来たことはできるはずよ」

「でも、三人とも再現できなかった。これも、りっぱな証拠」

 冷たい口調で言ったエメラルドはパソコンに視線を移すと、ルビーの静止画像をしばらく眺めてから続けた。

「体が宙に浮いた浮かないは別にして、こういう動作が無意識にできた背景に、お石様以外の要素が絡んでいると考えたら、どうなるのかしら」

「お石様以外の要素?」ぴくりと身体を震わせたルビーが、上半身を起こした。「つまり、それって……」

 ルビーが言葉を選んでいるうちに、エメラルドは自分の意見を披露した。

「私たちには、他の神様もついているってことよ。その神様が、私たちの体の中のスイッチをオンにしたり、オフにしたりするたびに、私たちは右往左往」

「その考え方だったら、今の状況の説明ができそうね」同意を示したルビーは、念を押すように言った。「となると、あのチクリ光線も、お石様とは無関係だったってことになるわね」

「そう考えた方が自然でしょ。私たちにとって、お石様は商売の手助けをしてくださる神様」そこでエメラルドは、あかね色に染まりはじめた外の景色に目をやった。「だいいちチクリ光線がやってきたのは、あの方向」

「そうだったわね」視界の隅に沈みかけた夕陽を捉えたルビーの目に活気が戻った。「それを確かめようとしたとき、私は宙返り、あなたたちは、ふわりとジャンプ。つまりあのチクリ光線は、神様からの招待状。はやく、わしの元にやってこい。そんな意味が込められていた」

 と言いながら立ち上がったルビーは、パソコンの前までいくと、デスクトップのアイコンをクリックして、この付近の地図をモニター上に呼び出した。

「三分待っててね。その神様の居場所を突き止めるから」

 グーグルマップの検索欄に、マンションの住所。そしてそのあとに、神社、と付け加えて、エンターキーを押すと、モニター上に十数個の赤い点が現れた。

「この画面を、左側に辿っていけば、私たちの神様の所在地が分かる」

 ルビーは嬉しそうな声でそう言いながら、マウスを操作した。

「でも、肌に御利益がある神様っていたかしら」

「日光東照宮にお参りすれば、健康長寿の御利益があるってテレビでやっていたわよ。でも、方角が違う」

「学問の神様といえば、太宰府天満宮だけかと思っていたけど、他にもあるのね。知らなかった」

「金比羅さまは、水の神様だと聞いたことがあるけど、水商売の人たちも、そこにお参りするのかしら」

 最初のころは、そんな無駄口をたたいていたルビーとエメラルドだったが、次第に口数が少なくなってきた。いくら探しても、西の方角に神社らしきものを見つけ出すことができなかったのだ。

「おかしいわねぇ」

 ルビーが自信なさそうに首をひねると、エメラルドが続いた。

「まさか、チクリ光線の源は、インドとかカンボジアあたりじゃないでしょうね」

「違う違う。方角が違う」

「勘違いしないでよ。本気でいっているわけじゃないんだから」

「だったら、黙っててよ。気が散るだけなんだから」

 しばらくの沈黙の後、エメラルドが口を開いた。

「ひょっとしたら、私たち集団催眠にかかっているんじゃないかしら?」

 モニターを睨んでいたルビーが、きつい目をエメラルドに向けた。

「じゃあ、監視カメラの映像はなんだったっていうの!」

「カメラかパソコンの、どちらかが故障しているのよ」

「それはない。絶対に」

 と、それまで黙っていた黄色地のブラウスが割り込んできた。

「ねぇ、ねえ、そこのおふたりさん。私の意見も聞いて頂戴」

 二人の視線が自分に来たところで黄色地のブラウスは、

「まだ結論を出すべき時じゃないと思うの」

 と言った。

 とたんに、ルビーとエメラルドに安堵の表情が浮かんだ。黄色地のブラウスの言葉の中に「べき」の二字が入った場合、状況が好転する確率が高いことを、ふたりは知っていたからだ。

「その理由を教えて」

 ルビーが言うと、黄色地のブラウスは、待ってましたというように、にこっと笑った。

「あなたよ」

「私?」ぽかんとした表情を浮かべたルビーは、自分を指さして、もう一度言った。「私?」

「そうよ、あなた」黄色地のブラウスは少し間を置いてから「どう? 体の調子は」と訊いた。

「いきなり、調子って言われてもね」ルビーはしばらく自分の体を眺めたあと「別にどうってこともないわ、いつもどおり」と言ったところで、先ほどまでの痛みがすっかり消えていることに気づいた。


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