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『他人声』    管理人側視点

「ただ今から、聴き屋プロジェクトを開始いたしまーす」

 声高らかに、とまではいかないが、この部屋に似合う程度の大きさの声で言って、体をノートパソコンに向け、ちょっとだけ間を置いてから、景気づけに、パンパン、と両手を打ち鳴らした。

「何が始まるの?」

 期待感に溢れた目が、僕を見た。知っているくせに。胸でつぶやいてから答えた。

「名刺だよ、名刺。ビジネスを立ち上げるとき、必要なものはいっぱいあるけど。名刺がないと始まらない。だから、これを仕上げる」

「仕上げる? 名刺って、印刷屋さんに頼むものじゃないの? これはその原案じゃなかったの?」

「最終的には本職に任せる。でも、その前にリハーサル。自分のアイデアが通用するかどうかを試してみたいんだ。もしものことを考えるのも、経営者の責任だしね。リスクは最小限にとどめたいから」

 モニター上に呼び出した名刺のレイアウトに視線を戻した僕の肩越しに、カロンが嬉しいことを言ってくれた。

「裏付けはないんだけど、うまくいきそうな気がするな」

 その励ましの言葉が、僕の中の何かを引き出してくれたのかもしれない。急にやる気が出てきた。

「最初は黒一色にするつもりだったけど、ちょっと遊んでみようか」

 画面上の『聴き屋』をクリックした僕は、それを青に変えてみた。するとすぐに反応があった。

「あ、何か違う」

 以前立ち読みした本の中に、商売繁盛の秘訣は、お客様の言葉に耳を傾けることという項目があった。

「どこが、どう違って見える?」

「そうねぇ」カロンは、ちょっと考えるように首をかしげた。「どう言えばいいのかしら。一言で言えば。色の持つ不思議さ、かな」

 僕もそう思った。とたんに、名刺に活力が生まれたような気がした。

「じゃあ、これも」

『ちぎれ雲』をクリックしたところで、ふと思った。ものは試し、思いっきり派手な名刺にしてやろう。心の中でそう言ったとき、脳裏に浮かんできたのが、タウンページの表紙、黄色と黒。そういえば、栄養ドリンクのリゲインも、阪神タイガースのユニフォームもこの配色。黄色と黒の配色は目に焼き付く。なぜか元気がでる。住所と電話番号は黒意外に考えられない。だとすると、黄色は『ちぎれ雲』

 カラーパレットで黄色を選んでダブルクリック。だが次の瞬間僕の口からでたのは、気の抜けた声。

「あれー?」

 選ぶ色を間違えたかと思った、

 これが黄色? 

 派手さがないどころか、存在感そのものがない。別の色に変えよう。そう思った時、僕の口が勝手に動いた。

「ちがう」

 一秒弱。三文字。なのに、自分の声ではないことが分かった。滑舌の良い声。はっきり拒否する声。

「違うって、何が?」

「いやね」決まりが悪かった僕は、指先で頭のてっぺん辺りを掻いた。「君にも聞こえた? 今の声」

 彼女に怪訝な表情が浮かんだ。

「聞こえたから、何がって、言ったのよ。聞いちゃいけなかったの? 」

「いやいや、僕が言いたいのはそんなことじゃない。ただ、」

「ただ、どうしたの?」

「頭のどこにもない言葉が、いきなりポンと出たから驚いているんだ。それに何だか自分の声じゃなかったみたいだし」

 僕の顔をじっと見つめていたカロンが、にこっと笑った。

「たぶんいまのは、あなたの心の中の声よ」

 心の中の声。そういった話はよく聞く。僕は、しばらくそのことについて考えてみた。

「仮にそういうものがあったとしたら、実際の声として出てくるのは、おかしいんじゃないかな。自分の頭の中だけで聞こえてくるから、心の中の声というんだと思うよ。だって、ほら、大勢の人がいる静かな場所で、いきなり、卑猥な言葉や、人に恐怖を与えるような言葉が出てきたとしたら、本人が驚くだけでなく、周りの人まで巻き添えにしての大パニックが発生する可能性もあるわけだろう?」

「ねぇ、質問していい?」

 この後のセリフは読めた。でも僕は

「どんな?」

 と言った。

「あなたの中心にある考えって、そういった種類のものなの?」

 冗談と分かっていたが、つい、ムキになった。

「たとえ話は極端の方が分かりやすいと思ったから、そう言ったんだ。なのに君は」

 そこまで言ったときは、椅子を持って彼女の横から離れていた。

「足も短いけど、気も短いのね」

 カロンは僕をおだてるのが、とても上手。でも怒らせるのはそれ以上。こんな状況になったとき、いつも思う。もう少し大人にならなくちゃいけないな。だが、タイミング良く放たれる、からかいパンチは、僕から冷静さを奪い取る。

「君にはわからないかもしれないけど、真剣なんだ。しばらく黙っていてくれ」

 彼女の反対側に椅子を置いた僕は、パソコン画面をこちらに向けた。

「ねぇー」

 僕を怒らせた後、必ず、こんな間延びした声が追いかけてくる。ここで僕が黙っていれば、カロンは間違いなくどこかへ消える。一回だけそれを体験している僕は、それ以来、どんなに腹の中が煮えくりかえっていたとしても、なんらかの言葉を返すようにしている。

 何でございましょうか。女王様。

 そう言ったつもりだった。だが、声として出てきたのは、全く別のものだった。

「白地に黄色は目立たない。輪郭を付けるべきよ」

 まぎれもない女性の声。僕もカロンも固まった。


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