表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/129

『屋号に対するカロンの反応』             管理人側視点

 僕の部屋は、十二畳程度のワンルーム。

 パソコン用として、ニトリで買った折りたたみデスクはベッドの横。

「ちょっと待っててね」

 ノートパソコンを手に取り、キッチンテーブルに置くまでの十数秒の間に、僕は考えをまとめた。

「結論から先に言うよ」と言ってパソコンを立ち上げた。「究極のビジネスモデルが、通用するかどうかを試すことに決めたんだ」

 真向かいに座って、僕の様子をうかがっていたカロンが、すこし身を乗り出した。

「つまりそれは、消去法によってということなのね」

 カロンが何を言いたいのか分かったが、とぼけた。

「どういうこと?」

「わたしの暴力を未然に防ぐ最善の策が、それなのね」

 明らかに冗談だと分かる声だった。カロンは僕が否定することを前提として、そんな言い方をしたのだろう。

「そうだよ」

正直にそれを認めると、彼女は肩透かしを食らったような表情を浮かべた。久しぶりに僕のペースで話が進められそうな予感に、うれしくなった。

「最初は、そう思っていた。でもね、シャワーを浴びているうちに、あの時の一連の言葉は、僕の本能が言わせたのかもしれないと思うようになってきたんだ」

「本能?」

 思案顔になったカロンは、小首をかしげながら天井を見上げた。

 僕は祖母から聞いた話を、少し加工して話した。

「ばあちゃんが言っていたんだ。自分では失言だと思っている言葉の中に、宝の山につながる何かが隠れていることがあるってね」

 カロンの視線が再び僕に戻ってきた。

「ふぅーん」

気のない返事に聞こえたが、彼女の目には、興味津々という光が宿っていた。

「じゃあ、あなたは見つけたわけね、宝の山につながる何かを」

「多分、そうだと思う」

 自分では断言したつもりだったが、自信のなさが言葉に出たらしい。

「たぶん?」

 尻上がりのイントネーションには、挑戦的な響きがあった。僕はムキになって答えた。

「何事も、やってみなけりゃ分からないってことさ」

 しばらくの沈黙の後、カロンは口元に皮肉っぽい笑みを浮かべた。

「で、いつそれを実行するの?」

「名刺が出来次第」

 パソコン画面の名刺作成ソフトのアイコンをダブルクリックして、カロン側に向けた僕は、椅子を持って彼女の右側に座った。

「この中に、君の大嫌いなものがあるけど、悪しからず。なにしろ、君と出会った直後に作った名刺なもんでね」

 保存フォルダーから呼び出した名刺に、プースケの文字を見つけたカロンは「アララララ」と歌うような節をつけて笑ったが、嫌そうなそぶりは見せなかった。

「これが、究極のビジネスモデルの名刺なの?」

 名刺にあるのは、プースケと住所と、僕の携帯電話番号だけだった。

「いや、これは単なるベース。これから業種を打ち込む」

 名刺の左上にカーソルを当てて、キーボードを叩くと、カロンは僕の顔をのぞき込んだ。

「これ、キ、キ、ヤ、と読むの?」

 声の感じからすると、聴き屋が、どのようなビジネスなのか理解できていないようだった。でも僕はそれを無視して、カーソルをプースケに移動させると、右クリックから切り取りを選んだ。

「そうだよ。聴き屋。でも、この屋号は使わない」

 プースケの文字が画面から消えると、カロンは、ちょっと遠慮がちな声で訊いてきた。

「もしかすると、聴き屋の屋号は、今わたしの頭の中にあるものを使うつもり?」

 もちろん、それに決まっているだろう、

 と答えるつもりだったが、違う言葉が飛び出したのは、あれほど親しみを持っていたプースケを、いとも簡単に削除した自分を責める気持ちがあったからだろう。

「事業とプライベートを混合してはいけないと思うんだ」

 心にもないセリフの後、再び口が滑った。

「実を言うと、とっておきの屋号があるんだ」

 言いながら、まずいことになりそうな予感に体が震えた。

 プースケの名刺は、カロンが僕だけの彼女になりますように、という願いを込めたもの。働く意欲のない人間が、屋号なんて考えるはずがない。

 その屋号、なんて言うの? 

 話の流れからすると、当然そんな質問がくる。

 どうしよう。なんと言って逃げようか。

 そんな焦る僕の脳裏に、ぽっかりと浮かんできたものがあった。それは、死の間際に祖母が言っていた言葉だった。

 助かったと思った。なるほど、これならぴったり。悪くない。ばあちゃんありがとう。

 僕はその言葉を、頭の中で数回繰り返してから声に出した。

「音の響きとしても良いと思うんだ。聴き屋。ちぎれ雲。ねっ」

 同意はもらえなくても、反対はないだろう。それぐらいの自信はあった。でもなぜか、カロンの顔から表情がすっと消えた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ