何気ない会話の中で感じたこと 管理人視点
その提案は渡りに船だったが、僕は迷ってしまった。
というのも、カロンと知り合ってもうすこしで二年になるというのに、彼女のことをほどんど知らなかったからだ。
どういうわけか、カロンの場合、誕生日、住所、部屋の間取りはもちろん。好きな食べ物、嫌いな食べ物といったようなものまでもが重要機密事項になっているらしく、何度ききなおしても、そのたびに笑いでごまかされつづけてきた。
空を飛べる、あるいは宙に浮かぶ、子供が言いそうな冗談話とはいえ、彼女が自分をそれになぞらえて話をしたのは、きょうが初めてだった。
荒唐無稽の話の中に、カロン自身に関する情報、もしくは、それにつながる小さなヒントが隠れているかもしれない。何かの拍子に口を滑らすかもしれない。そんな期待を胸に抱いて、冗談に付き合っていた訳だ。
でも結局、カロンの要望を受け入れることにした。
カロンは、昨日からずっと機嫌が良い。これなら僕の話を、穏やかな気持ちのまま最後まで聞いてくれるはず。このチャンスを見逃す手はない。
「わかったよ。でも、ひとつだけ約束してほしい」
「約束?」カロンは怪訝そうな表情を浮かべた。「途中で怒らないでね、なんて言うつもりじゃないでしょうね」
心の中を見透かされたようで、ひやりとしたが、冷静を装った。
「そんなこと、一度だって考えたことはないよ」厳密に言えば嘘だが、とりあえず、彼女の問いかけを否定してから続けた。
「さっきの話を、もっと詳しく聞かせてほしいんだ」
「さっきの話って、何?」
カロンは、とぼけた声で言った。
たぶんそう来ると思っていた僕は、具体的に伝えた。
「君が、三階建てビルの屋上を見下ろせるって話のことだよ。飛べるんだよね、君は大空を」
どんなふうに話をすり替えるのだろう、切り替えるのだろう。そっちの方に興味があったが、思いがけず、さきほどの流れのままだった。
「もちろん、飛べるわよ。そうでなきゃ、このアパートまで来れないでしょ」
想定外の返事に、とっさに応じることができなかった。
「ねえ」カロンは僕の目をのぞき込むようにして言った。「鶴の恩返しっていう物語を知っている?」
唐突に話が変わってびっくりしたが、その話は、幼い頃祖母から何度も聞いていたし、テレビのアニメで見たこともあった。
「ああ、それくらいはね」と答えてから質問した。「それと、君が空を飛べることと関係があるの? まさか、君は鶴の化身ってことはないよね」
カロンは、僕の顔をしばらく眺めてから、寂しそうな笑みを浮かべた。
「わたしが言いたいのは、そんなことじゃないの」
その口ぶりから想像されるのは、一つしかないことは僕にでもわかった。
でも僕は、それを口にしなかった。
カロンの秘密を暴かない方がいい。正体がわかった瞬間、彼女は僕の前から姿を消す。直感的にそう思ったからだ。




