閻魔大王、できれば木曜日に帰る
ここは地獄。群雄割拠の動乱が続いている世界。
暴虐と血飛沫舞う毎日であるが、それは常時とは限らない。血が着いた手となっても平穏感を現す一ページもあった。
「はーい!料理できましたよー!今日は猪の鍋っすー」
血抜き作業によって両手は真っ赤か。これはもう終わった者を食する段階へと入ってしまったからだ。
兵士達に配られる食事が完成し、みんなが鍋の方へ寄っていく。
「おおー。今日は鍋かー。寒いこの地だから食いたかったぜ」
「やっぱり温かい鍋は最高だよな」
鍋、飯。果物が少しと、品目に物足りなさが感じる内容であるが、その温かな器に皆心を休ませた。
「あちちち」
「やっぱり鍋サイコーだ」
食事は命の活力。目を逸らしているが、何かを奪い取り食らうこと。殺すの正当化を体現する命のカラクリ。
「ご、ごちそうさま」
ある1人の兵士が早々と食事を止めてしまった。
「どうした?スープとご飯だけで足りるのか?」
「いやー、俺。猪の肉ってあんま好きじゃなくてな。なんか味が濃すぎないか?濃い甘いのは好きなんだけど」
ご飯を1杯頂いたが、肝心のおかずはほぼ手付かず。肉が嫌いと言っているが、野菜まで残している始末だ。
炭水化物ばっかで、獲る食事も偏っている。
「お前、もしかしてチョコ食いすぎて食えないだけか?」
「ギクッ」
「菓子でこの世の中、生きようとするなら間違いだぜ」
まったくもってその通りだ。過度な間食は良くない。太る原因となる。糖尿病はとってもキツイから、ちゃんとした食事から始める健康管理をしなければならない。
兵士に限らず、会社で働くクソ野郎な社蓄共、まだ若さで滾る学生共にも通じている。
「お前。どうした?なぜ、皿にある物を残すんだ?」
「え、え、閻魔大王様!!」
戦時中に食のわがままが起こる。これは軍を率いている上司側の責任でもあった。この”閻魔大王”こと、トームル・ベイは食べ物を残した自分の兵士を憤怒100%で睨みつけていた。兵士が飲んでいた鍋のスープがあっという間に外へ流れそうなど迫力。
「たかが、食い物と思っているのか?」
お、恐ろしい。このお方の実力たるや、何十万の軍すら壊滅させる。地獄最強の男。屈服しか選択できない、驚異的な圧力。
「す、すいません!」
し、しかし。私の胃は、チョコレート、ポテトスナック、おせんべい、飴玉、クッキー、ケーキ、プリン、パフェなどの菓子によって埋め尽くされている。ご飯をなんとか流し込んだが、これ以上は無理。甘キツイゲロを吐く事態になる。
「食べ物を残すとは」
「ひ、ひぃぃっ。お許しを!!お許しください!」
しかし、閻魔大王は兵士の失態をまだ見ていなかった。戦闘時ではない今の閻魔大王はどちらかといえば、
「貴様ーー!!生ゴミを増やす気かーー!!この地域の生ゴミの日は月と木だ!!今日は火曜だぞ!もう、捨てられないだよ!」
主婦。……さらに言えば、オカン寄り。
「好き嫌いで食べ物を残したその日!捨てられないと知った絶望を知らんのか!?鍋だからって、一度皿に移せばもう戻せない!!不味くなるし、作法にも悪い!腐った果物を捨てなければならない絶望感!賞味期限が切れた卵を捨てる計画破綻の衝撃!!ホント、申し訳ないんだぞ!」
「は、はい!!」
閻魔大王の自宅周辺の、ゴミ出し。
火曜と金曜が燃えるゴミだ。しかし、こうして軍を率いて遠征しているため、先々週の生ゴミを捨てられずにいた。結構臭くなっているので早く家に帰りたい。少なくとも、金曜日の朝には自宅に帰って急いでゴミ出しをしたいのだ。
「どうして用意された食事を食べられない!?不味かったのか!?猫舌だからか!?」
「そ、それは……」
「貧困、飢餓、敗北者共から、奪い取った食料を捨てるとは無礼千万!!食え!!食える物を食うのが、勝者の義務なのだ!!」
主婦寄りの思考から軍の長の頭角を示す助言。怒りに満ちている部分は、生ゴミが捨てられないこと。
兵士は閻魔大王の立会いもあっては逃げられないと悟って、残った鍋を必死に乗って喉に通していく。
「ぐっ、ぐっ……」
もう間食は止める。このお方の前で食べ物は残せない。たとえ、生ゴミが捨てられる日であっても、この人は見逃さない。
「そうだ。それでいい」
「はぁー、はぁー」
「しばらく横になれ。おい。毛布といちお、ビニールも用意しろ」
食事は身体の基礎。強い兵士を作るためには当然の洗礼。だからこそ、”閻魔大王”は強く。率いる軍も最強と謳われるのだ。
「ところで捕虜達に分け与えるお菓子の数が少ないそうなんだが……」
「あ、それは俺が少し食いました。すいませんでした」
横になりながら、あっけらかんに事実を吐いてしまった兵士。ゲロを吐くよりも容易いと分かる謝罪。
「間食しすぎなんだよ!テメェーーー!!」
「ギャーーーー!!」
閻魔大王は即刻兵士を蹴り飛ばしたそうだ。でも、なんとか吐かない程度の加減はしてくれた。部下達にはお優しい。
閻魔大王が捕虜にお菓子を与える奇癖は生きる希望を知って欲しい単純な手法であったからだ。基本的に戦争に関係のない者、あるいは巻き込まれた者には配慮するのが彼等だ。




