下山中でも、現実知る
とりあえず私は、土木工事員の男に持っていかれる事になった。
聖なる山に居座るのは基地の建設の邪魔になるから、この男が勤める建設会社の支部に、報告がてら私の措置をどうするか聞きに行くらしい。まだどうなるかは全く分からぬが。
ちなみに、私がいるからといって基地建設が中止にされるという事はないそうだ。
私聖剣なのに?と問いたくなったが、聖剣の存在自体を忘れた国が出した公共事業ならばそれも当然か、と思って何も言わなかった。涙は堪えた。
え?結局このまま生きる事にしたのかって?
フン、当たり前じゃないか。生きていれば希望は見付けられるものだろう。多分おそらくきっと。
「む、そういえばまだお前の名を聞いていなかったな。何と言うのだ?」
「俺の名前はダイル・ペーカント。ダイルと呼んでくれ。そっちは、シュ・・・シュバ、リッ・・・なんたらだよな?」
「シュバンテ・リッヒ・ドゥ・アスラだ!まぁ長いから、普段はシュバンテと呼べ」
「了解、シュバンテ。んじゃ、お前はこのまま持ってくぞ」
「構わん。元から手で持ち運ばれる物だからな。・・・両手ではなかったが」
「悪かったよ!真っ二つに折って悪かったよ!でも早く元気出せって!」
ダイルは私の柄と折れた刃を左右の手でそれぞれ持つと、聖なる山を下山し始めた。
「だが悪いな。まだ現在の世界がどう変化しているのかほとんど分かっておらぬから、下山する間にいろいろと質問したいのだ。バックパックからでは話しづらい」
「大丈夫大丈夫。結構シュバンテ軽いし、俺も昔の話は聞いてみたいからな」
「私の重量は持ち主の丁度良い重さに自動的に変化するぞ」
「マジ?すげー便利じゃん。流石だな聖剣」
・・・今の私は、昔であればアイアンゴーレムが押し潰されるくらいの重さになっているのだが、あまり気にしない方が良いだろう。
いつまでも今の世界に驚いていないで、私の記憶や知識の方をこちらに直していかなければな。
ダイルが順調に山道を歩いていく。
山自体はそこまで険しくなく、標高は高いが傾斜は低いので、土木工事員であるこいつなら時間はかかるものの余裕で登り下り出来るだろう。
だが、静か過ぎる山の風景を見て不審に思った私は、ダイルに尋ねる。
「なぁ。山を登っている時道中に魔物、もといモンスターがいなかったか?」
私を守護するために生み出された数多のモンスター達が、どこにも見当たらないのだ。
近寄る者には見境なく襲い掛かるよう命令されているはずなのだが・・・。
まさか、こいつがレベルの暴力で一匹残らず葬ったのか・・・!?
「え?全然いなかったけど?」
「何ぃ?」
そんなはずはない、と私がこの山の事情を説明しようとした時だった。
道のど真ん中に、うっすらと小さな魔法陣が描かれている事に気付く。
「おい、あそこに魔法陣があるぞ」
「ん?あ、ほんとだ。登ってくる時も全然気付かなかったぞ」
ダイルが魔法陣の前で立ち止まる。
覚えがないためそこから感じられる魔力を探ってみると、これはリッチ──最上級魔法使いモンスターの一種。聖なる山には1人いる──が100年くらい前に作ったものらしい。
「・・・ふむ。どうやら私に対してのメッセージが残されているようだ」
「誰からだ?お前が言うモンスターからか?」
「ああ。ここからいなくなった事と関係してるかもしれない」
魔法陣に魔力を注ぎ込む。使われる側である剣だが、聖剣だからこれくらいは出来る。
すると魔法陣が淡く発光し出し、宙にいくつもの文字が浮かんだ。
聖剣の力は、世界中の全言語を訳す事も出来る。魔物の文字を読む事など容易い。
「何々・・・?」
『聖剣へー
いつアンタの封印が解かれて今の世界を見るのか分からないから、ここに魔法陣を残しとくよ!
封印されてるアンタにゃ届いてないだろうけど、ウチら魔物は魔王様から魔力を貰ってる。
長い間受け取ってるから、既にアンタなんて足下にも及ばないくらい、ウチらは強くなったんだ。
つい最近までは、ウチらの使命だしアンタが可哀想だからと思って守護者を続けてきたんだけどさ。
でももうアンタを守る意味も必要もなくなったし、てか立場逆だし、ぶっちゃけめんどくなった(笑)
つー訳で、聖なる山()の魔物全員ここから出て、自由に生きてく事にした。メンゴ☆
時代に取り残されたアンタはいつか目覚めて絶望にうちひしがれるだろうけどドンマイ!
まぁ頑張ってちょー
超可愛くなったリッチより☆
P.S.レベル1500突破ー!いえーい!』
「・・・ふっざけんなあああああああああああああああああああああああああああああ!!」
「うおぅっ!?」
「なんっだこいつは!何サラッと時代の波に乗ってんだよ!自分達は魔物だからって普通に魔力貰って強くなって主人追い越して出ていきやがって!私を起こしてくれたって良かったじゃん!封印されててざまあみろってか!?畜生!あいつらも私の事見捨てやがった!私だって自由に生きていきたかったわ!」
「お、おいシュバンテ・・・!」
「しかもこの文面!完ッ全に舐めてるよね!?何タメ口きいとんじゃコラァ!私を上回って調子乗ってるな!?つかリッチ!いつの間に貴様そんなにチャラくなった!?「メンゴ☆」とか「ドンマイ!」とか「頑張ってちょー」とか!嘘だろ!?以前は「聖剣様、素晴らしい活躍でしたね!」とか「聖剣様の事は私が守ります!」とか慕ってくれてたよね!?主を抜いた途端豹変し過ぎだ!そんで最後の追伸!レベルの報告とかすな!悲しくなるわ!てか狙ったな!?私を落ち込ませようと狙って書いたな!?もういいよバカァー!!」
「お、落ち着けって・・・」
ダイルが心配そうに宥めてくる。本気で同情してくれているようだ。私の事を折ったがそれはわざとではないそうだし、案外良いやつなのかもしれない。
「・・・ふぅ・・・問題ない。不満ぶちまけたらちょっとすっきりした」
「そ、そうか。落ち着いたんならいいが」
「まぁあいつらを許した訳ではないがな。全力で叫んで二重の意味で疲れたが、この先もこんな理不尽な現実があるのかと思えば、いつまでも一つの事で怒ってたり悲しんだりしていられないからな」
「おぉ・・・大人だなぁ」
「お前よりもずっと年上だからな」
「いやでも待てよ?感情のままに叫び散らしてる時点で精神年齢低くね・・・?」
「言うな!それ前の勇者にも言われたのに!」
別の件でショックを与えられはしたが、ダイルのおかげで平静になれた。うむ。やはり持つべきものは良き話し相手だな。
魔方陣のあった場所を消し飛ばし、下山を再開させた。
当初の希望通り、道中私はダイルと話して現在の世界についておおよその状態を知る事が出来た。
先程私が驚愕した事実の細かい部分や、その影響によっていろいろと変化した国や街の様子、仕事や職業、物品の動向、さらには民衆の噂話、最近のトレンドまで、実に幅広いジャンルの情報を得られた。
中には全世界の平均レベル上昇、戦術・魔法の発達など、今の私にとっては少々耳が痛くなる話も多かったが、これからの生活に不可欠な知識だったのでしっかりと聞いた。
とても有意義な時間を過ごせたのではないかと思う。
ごつごつとした山道を歩く事1時間。
山の麓に、木製の小さな小屋が建っているのが見えた。ダイルの勤務先である建設会社、『金の杭』の先行部隊が建てたものだ。
基地の本格的な工事に入る前に、建設予定地であるこの山の様々な情報を調査する先行部隊が、まず最初に本部から派遣されたらしい。
ダイルはその一人で、下見の下見という訳で最初に頂上まで登らされていたようだ。本当にこいつ下っ端なんだな・・・。
小屋に辿り着き、ダイルがドアノブに手をかけてドアを開け──
「ただいま戻りやし──」
「おっっせぇんだよこのボケがッ!!」
「ゴブゥッ!!?」
──た瞬間、中にいた女性が猛烈な跳び蹴りをしてきた!?
「ダイル!?」
目にも止まらぬ速さでキックされたダイルは、綺麗に真っ直ぐ吹き飛んで地面を何度も転がる。
暫く来た道を高速で戻ると、途中にあった大岩に衝突してぶち壊し、やっと停止した。
誰がどう見ても致命傷である。
え?私?
蹴られた瞬間にあいつが両手とも離したから、私はその場にカランカランと落ちて難を逃れた。ギリギリセーフ。
しかし危なかった。あんな一撃を食らっていたら、今の私では粉々の粉微塵になっていただろうな。
掠るどころか衝撃すらも感じなかったのは奇跡と言えよう。
「全く、この程度の山を登り下りするだけにどんだけ時間かけてんだ!このアホ!」
「ぐはっ、ちょ、痛っ」
ダイルを蹴り飛ばした女性は文句を言いながらつかつかと歩いていき、ダイルの身体を何度も踏みつける・・・うわぁ、あれ下っ端とかいうレベルじゃないだろう。扱いが奴隷並じゃないか。
「・・・ってやり過ぎじゃねぇっすかぁ!?」
「おっと」
と、力尽きたフリをしていたダイルが起き上がって殴りかかるが、難なく避けられてしまった。
逆にお返しのボディーブローを貰い、沈黙してしまう。
「うごっ、ふ・・・」
「はん、私に逆らおうなんて百年早いわ!」
「待っ、俺に、喋らせ、ろ・・・!」
「なんだ?調査結果の報告以外受け付けんぞ?」
「それ、だっつの・・・遅れた理由でも、あるわ・・・!」
鳩尾を殴られて呼吸困難になったダイルは、苦しげにうめきながらも言葉を繋げる。そして、弱々しくこちらに指を差した。
「あれ、だ」
「んん?お、何か落ちてるな」
その女性は振り返ってやっと私の存在に気付くと、ドアの前まで戻ってくる。
「折れた、剣?」
いぶかしげな表情で刀身を眺める。
今の今まで彼女の暴力行為を見ていたので些か恐怖心はあるが、挨拶はせねばならんだろう。
そして撃沈してるダイルの為にも、早く事情を説明しなければな。
「・・・初めまして、私は聖剣だ」
「うわおぅっ!?喋ったぁ!?」
女性は飛び上がって驚いた。
・・・しかしこのリアクション、今まで何十回何百回と見てきているのでいい加減飽きてきた。最初の頃は楽しかったのだがな。