my HERO
多くの人ははじめましてになるかと思います。
もし、知っている方が居れば、いつもありがとうございます。
他に描いている連載作品の、雛形になった作品を序盤だけ文章にした物です。
その為、「俺たちの戦いはこれからだ!」という形のエンドになっております。
それでもよろしければ、目を通してくれると嬉しいです。
特に連載予定もなく、長くもないので、時間はかからずに読めるかと思います。
「大丈夫だから!アリア、これで最後だから!きっと平和になるから!」
少年が少女の手を引いて走る。叫んだ言葉は少女を勇気付ける物であったが、必死に自分に言い聞かせた様な焦燥に塗れている。
後ろからは、数え切れない人数の足音が聞こえ、二人が追い詰められているのが容易に予想できた。
必死になんとか生き延びようとする少年の足は、二年もの間、紛争に巻き込まれ鍛えられてはいたが、それでも、すでに限界は近い。
尚、走り続けるのは、初恋の少女の手を握っているからだろう。
裏腹に手を引かれている少女は実に幸せそうだった。
長い距離を走り、息は乱れ、足を動かすのも辛い。なのに、その顔は満ち足りて嬉しそうに笑っていた。
「もう良い。ヒイロ」
少女、アリアはゆっくりと足を止める。
「今まで、良く仕えてくれたな。ここで良い。そなたの働きは伝説となろう。例え私が、ここで朽ちても、な」
足を止めたアリアを無理矢理連れて行く程の力は少年にはない。それも、そのハズで少年は召喚された当初、小学高学年程の年齢で、今だ男と呼ぶには頼りない。
初恋の少女、アリアを守りきれなかったという事実が、悔しくて少年は顔を歪め、それでも何かに縋るように叫び続ける。
「大丈夫だよ、アリア!何度も危ない状況を潜り抜けて来たんだ!今回だって……!」
そう必死に叫ぶ少年の唇にアリアは一指し指を当てて、そっと抑えた。
死を間際にしても、揺るがない強い意志を持った瞳に少年は現状を忘れて魅了され、アリアが最後の最後まで自分が大好きだった魔女であった事を嬉しく思った。
「わかったよ。あーあ、残念だけどアリアと一緒なら悪くないかもね」
「ほう、残念とな?歴史に残る偉業を達成しておきながら我侭な男だな、ヒイロは」
アリアの言葉に少年は唖然とする。彼にとって、現状は志し半ばに追い詰められている状況なのであり、目的を果たせたと言うには程遠い。
「はは、やはり無意識に走っていただけだったか。ヒイロ、私は、ここに来たかったのだ」
アリアは今までにないくらいの幸福感に包まれていた。それは、好意を寄せている少年に手を引かれていたなんて小さな理由ではない。
長年に渡り迫害を続けられて来た魔法使い。その雪辱に終止符を、他の誰でもない自らの手で打てると言うのに、小さな命一つ。何を躊躇う必要があろう。
「このマナ。この地形なら辺り一面、全てを巻き込む事も可能よ。そして魔法使いを嫌ってる帝国の連中は、今、ここに大半の戦力を割いている。なんといっても、稀代の魔女アリアと異世界の剣士ヒイロが居るからな」
小学校に入るのと同時に習い始めていた剣道、少年はその稽古に行く途中に唐突に異世界に召喚され、魔女アリアと共に、魔法使いの平和を目指し戦ってきた。
少年の戦果は褒められた物ではないが、何度もアリアを救ったのも事実であり、帝国の魔法使いを敵視する人種にとっては非常に厄介な英雄であった。その二人の居場所を捕らえた帝国反魔法使い側としては、是が非もなく今打ち倒すしか選択肢はない。
元より、魔法使いと共に歩もうとする共存派の力は日に日に増しており、今日この戦いを逃せば反魔法使い派は失脚を免れない互いにとっての最終決戦である。
「私たちは勝ったのだ、ヒイロ。後は妹がなんとかしてくれるだろう」
「……そっか。僕は結局、ヒーローにはなれなかったけど、みんなを救う事はできたんだ」
少年とアリアは屈託無い笑顔を浮かべ、ひと時の間を置いて、アリアが口づけをすると、少年は顔を真っ赤にして彼女の名前を呟いた。
「しかしな、ヒイロ。私は君を犠牲にするつもりはないのだ。……君は怒るかもしれんがな」
その言葉と同時に二人の頭上に黒い渦の様な物が出現する。それは、異世界と異世界を繋ぐ扉であり、少年の住んでいた世界と繋がる扉であった。
「アリア……?何これ……冗談でしょう?」
アリアが何をするつもりか察して少年は動揺する。
本来なら生きて返れる事を喜ぶべきかもしれなが、そしたら目の前の魔女は一人ぼっちになってしまうのではないのか?そして、二年もの間、共に戦ってきた少年にとって、それは許されざる事だ。
「私の勝手な意地で呼び出したのだ。お願いだから生きておくれ、ヒイロ。あぁ、それとこれを渡して置こう。全ての魔法を解除するアーティファクトだ。もし、ヒイロが、またこの世界に来る事があれば……運が良ければまた出会えるかもしれぬ」
徐々に浮き上がって黒い渦に吸い込まれるように消えて行くヒイロの首に短剣の形を模したアクセサリーを付ける。
少年の記憶はそこで途切れていて、その後にアリアが絶対零度の氷結魔法により、周囲の反魔法使い派の軍の殆どを自分ごと氷の檻に閉じ込めた事は知らない。
現世に無事に帰還した少年は、二ヶ月の間『神隠し』にあっていたとの事で一時は時の人となったが、その原因が明かされる事はなく、少年の発言も小学生だった故に妄想か重度の恐怖により錯乱したと片付けられてしまった。
ただ一つ、二ヶ月では考えれない程、成長した少年は、その両親ですら最初は本人かと疑う程であった。
それから、更に数年後……。
「部長、どうしたんですか?ボーっとして」
「ん?あぁ、ちょっと昔の事を思い出してな」
「しっかりして下さい!決勝戦ですよ?しかも、三連覇という偉業!」
すでに少年とは呼べなくなった青年は、あれからもずっと剣道を続けていた。
しかし、異界にて二年の間、命賭けの戦いを続けていた青年にとって、部活の剣道という物はいとも退屈な物である。
それも当然で本来なら二年程多く年齢を重ね、経験も違いすぎるので、年上の熟練した剣士との試合以外は圧倒的の一言なのだ。それは、ここ名門の剣道部でも、そう違いはない。
「一年の時は多少苦労した物だが……時間というのは残酷な物だな」
「まったく何を言ってるんですか?第一、決勝戦は部長も楽しみにしてたじゃないですか!」
決勝の相手は「天才」と呼ばれた剣士、山田。
高校から剣道を始めたのに、二年になる頃にはすでに名門のレギュラーの座を掴み取り、今や青年とまともに打ち合えるのは彼一人しかいない。
「そうだな」と小さく相槌を打ち、青年は決勝の舞台に向う。
山田は、卒業後はどうするのだろう?と、そんな他愛も無い事を考え、できたら剣の道は続けて欲しい。と願わざるを得ない。年上との対戦もいいが若く荒々しい戦いを青年は好んでいた為、山田の様なライバルは是非に欲しいのだ。
青年はマネージャーに急かされて、決勝戦のコートへと向かう。目の前にいる選手、山田と向かい合い、しゃげみ、竹刀を構え立ち上がり構える。
それだけで、先程までの雑念が嘘のように消え去り、目の前の選手しか見えなくなった。この集中力も命賭けで戦ったからこそ身に付いた物であり、青年の強さの一つと言えよう。
しかし、だからこそ今回ばかりは、幸か不幸か青年と山田との間の空間が僅かに揺らいでいる事に気づかずに、左後ろ足で強く地面を蹴った。初手は、牽制のつもりであり、素直に愚直に、しかし早く強く繰り出した一撃である。
本来なら、山田程の相手に、非常に高いレベルで基礎ができているとは言え、こんな単純な面撃ちで有効打が奪えるハズがない。しかし、踏み出した青年は山田や他の観客からは、幽霊のように消えて見え、青年本人からは辺りの景色が突然緑を基調とした物に変わり、目の前には見知らぬ薄汚い格好の中年が現れた。
「やべっ」
と、口には出してみたが、そうそう咄嗟に急停止できるハズもなく、竹刀は目の前の中年の頭を強く叩きつけ、昏倒させる。
「ナンダ、オマエハ!?」
「ッチ、マジョノショウカンマホウカ!!」
叩き付けた男の仲間らしい3人が、青年を罵倒する。が、いきなり現れた人物に頭部を強打されれば、それも仕方ない事だろう。
それよりも青年にとっては彼らの言葉が不自然に聞こえる事の方が気になった。言っている事も意味もわかるのだが、どうにも国語の古文を聞いているようなわかり難さがあり、頭で理解するのに少し時間がかかるのだ。無論、慣れ親しんだ日本語であれば、このような事はありえない。
「アナタハ……?」
ふと、場にそぐわない少女の声が響き、青年は驚き、少女の方を見る。そこに、自分の初恋の女性が地べたにへたり込んでいるように錯覚したのだ。そして、それと同時に感じている違和感の正体を突き止めた。
落ち着け、頭を切り替えろ!青年は、そう自分に言い聞かせる。理由こそ不明ながらも、青年は自分が数年ぶりに異世界に召喚された事を理解した。しかも、どうやら同じ世界らしく、それは青年が小学生の頃に四苦八苦して覚えた異世界言語が物語っている。
「君は、もしかして……アリアなのか?」
「どうして私の名前を……?でも、ちょっと発音が悪いわね。私の名前の発音はアーシアよ。ア・ア・シ・ア」
頭の切り替えに成功したらしく、今度は彼女の声がはっきりと聞き取れた。そして、それと同時に青年は理解してしまう。
どうやら、彼女は青年の恋焦がれた少女ではないらしい。よく見れば、アリアの蒼みがかった黒い髪とは裏腹に、仄暗い真紅であり、長さも腰を超える程であったアリアと比べると半分程しかない、そして当時のアリアより幾らか大人びている等細かな差異が見られる。
「お願い、いきなりで悪いとは思うんだけど……お願いだから助けて!」
少女がそう叫ぶと、先程、頭を強打し昏倒していた中年の男が、まだふら付きながらも手に大きめのナイフを持ちながら立ち上がる。
「なんだ、お前……。魔女の味方をするってんなら容赦はしねーぞ!!」
流石に、竹刀では大きなダメージは与えれないようだ。
相手は総勢、4人。力量は不明。しかし、その手に武器を持っている事から多少の腕はあるべきだと考えるべきであり、青年にとっては不利になる要素しかない。それでも、青年は守るかのように少女の前に立ち、彼女を安心させるように叫ぶ。
「大丈夫か?アーシア。安心しろ、オレが守ってやる。なんたって、オレは……」
勝てるかどうかなんてわからないが、青年は自信満々に竹刀を構えて叫んだ。その言葉は、前回召喚された時にアリアに言った事であり、青年の名前がヒイロと誤解された原因ともなる言葉だ。
「オレは、ヒーローだからな!」
◆
森の中を一人の少女が逃げ回り数人の男が、それを追いかける。少女の名前は、アーシア。森の中にある魔法使いの村の住む、召喚魔法師だ。
その日、召喚魔法の練習をしていた彼女は運悪く、魔女狩りと呼ばれる連中に見つかり、逃げ回っていた。帝国と魔法使いの和平が結ばれ100年たった今でも、一部の反魔法使い派と言われる連中はしぶとくのさばり、暗躍している。
そして、彼女の使う召喚魔法とは、精々、動物や人を呼び出す程度であり戦闘に向いているとは言い難く、動物や他人を、こんな事件に巻き込むのもアーシアには抵抗があった。
しかし、すでに長時間逃げ回る彼女の足は限界に近づいており、比較的何もない場所で地面に躓き転んでしまう。
こんな所で死ぬのか?召喚魔法においては天才と言われた私が?やだ、嫌だ、そんなの嫌だ!アリアは必死に考えた末に、自らの指先を噛み千切り、地面に血の魔方陣を描く。
本来なら、魔力で魔方陣を作ればいいだけだが、わざわざ血を使った意味は、その召喚が彼女にとって特別な物であるからだ。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
アリアの身勝手な都合で召喚される何かに、彼女は謝罪をしながら魔法陣を描く。
もしかしたら、一般人を呼び出し、ただの巻き添えとして殺してしまうかもしれない。その事を思うと気が重いが、自分が何もせずに死ぬのも嫌だった。
だから、せめて自分自身を触媒にした最高の魔法陣で、自分が本当に呼び出したい人物に最も近い何かを呼び出そうと決めた。
彼女が求めているのは、英雄だ。
100年前に、稀代の魔女と共に魔法使いの為に戦った剣士ヒイロ。アリアが呼び出したいのは、彼だったが、それは無理だとわかりきっていた。何故ならヒイロは100年も前に、魔女と一緒に永遠の愛を近い永久凍原で今も眠っているのだから。
それでも、小さい頃から聞かされてきた英雄は、彼女にとって初恋の人だった。見たこともない英雄に恋をするなんてアーシア自身、どうかと思っていたが、その気持ちは止められず、その結果、召喚魔法なんて、決して多数派ではない魔法に手を出し、周りに才覚を認めさせる程に熱心に勉強してしまった。
「おい、見つけたぞ、魔女が!!」
魔女狩りの男に見つかったが運よく、魔法陣は完成した。もしかしたら、召喚に成功した所で自分は殺されるかもしれないが、それでも、彼女は魔法を発動させ、叫んだ。
「お願い!助けて、ヒイロ!!」
そして、時空を超えるゲートが開き、本来なら有り得ない程の速さで飛び出してきた何かは、まるで風のように、魔女狩りの男を打ちのめした。
その動きは、最初からアーシアを助けようとしていたかのように、迅速で彼女は目を奪われてしまう。
『やべっ』
と、青年は何かを口にするが、その言葉の意味は少女にはわからない。
「何だ、お前は!?」
「ッチ、魔女の召喚魔法か!!」
男達が慌てて、叫ぶ。それに、大してアーシアも惚けた声しか出せない。
「貴方は……?」
もしかして、ヒイロ?と続けようとしたが、そんな事は有り得ないと考え直し、頭をぶんぶんと振り落ち着く。
彼が何者なのかはわからないが、魔女狩りの一人を打ちのめした動きが只者ではない事くらい、武術に疎いアーシアにもわかり、安心する。
「君は、もしかして……アリアなのか?」
「どうして私の名前を……?でも、ちょっと発音が悪いわね。私の名前の発音はアーシアよ。ア・ア・シ・ア」
ふいに、青年に自分の名前を呼ばれ、アーシアは驚いた。そして、反射的に、多少の発音の悪さについて、人差し指を立て、強い口調で反論してしまい、少し後悔したが、青年はそんな事は気にしないかのようだった。
気づくと、先程、昏倒した男がすでに立ち上がりかけている。アーシアは、意を決して青年に叫ぶ。
「お願い、いきなりで悪いとは思うんだけど……お願いだから助けて!」
それと同時に魔法使い狩りは、立ち上がり、大きなナイフを構え青年を罵倒する。
しかし、少年の態度は悠然としたもので、颯爽と彼女の前に立つと手にした、武器を構え、自分自身を親指で指し、彼女が最も欲しかった英雄の名前を口にする。
「大丈夫か?アーシア。安心しろ、オレが守ってやる。なんたって、オレは……オレはヒイロだからな!」
実際には少しだけ違うのだが、アーシアの耳にはそうとしか聞こえなかった。
どこから召喚したかもわからない彼が何故、自分の名前を知っていたのか。何故、伝説の英雄の名前を名乗るのか。疑問は尽きないが、アーシアは自分の鼓動が高鳴るのを感じて感情のままに、力弱く呟いた。
「助けて、ヒイロ!!」
「おう!」
対する、青年……ヒイロの声は力強く、間髪をいれず、最初に昏倒させた男に襲い掛かる。
竹刀を上に振り上げると、男は反射的に腕を上げ頭を守ろうとする。先程、狙われた場所と同じなので、当然の行動とも言えるが、ヒイロは竹刀の軌跡を半月に変え、上から振り下ろすように胴を力強く叩く。
子供の時召喚された時は木刀を持っていたからよかったが、今持っているのは竹刀だけだ。そして、竹刀はお世辞にも強い武器とは言えない。軽く扱いやすいが重い一撃を与えられず、人体の硬い部分を思いっきり撃てば折れる可能性すらある。
しかし、胴を思いっきり打たれればしばらくの間、呼吸もままならず動く事は難しい。無論、殺傷力等皆無である為、時間稼ぎにしかならないが、相手の戦意を殺ぎ、逃げる事をヒイロは考えていた。
次いで、まだ様子を見ていた三人の中で一番右側の男に突っ込み、目にも留まらぬ速さでナイフを持つ手首を打つ。
同年代では熟練者ですら、反応できないヒイロの籠手撃ちに魔女狩りは武器を落とし手首を押さえ、下がる。
有無を言わさない非道な戦いではあるが、いかな熟練者であれど、多少なり腕に覚えのある相手を迎え1対4では、精々勝率は半々と言った所だ。
その為、方法等選んでいられないという判断だったが、流石に三人目ともなると奇襲も通じず、初撃を後ろに飛ばれ避けられてしまう。
が、あくまで実力差に危機を感じて飛びのいただけであり、彼我の実力の差は明らか。ヒイロは、そのまま摺り足を伸ばし、相手の喉元を突く。下手したら殺しかねない一撃に、撃った後で後悔をしたが、どうやら入りが浅かったらしく、男は喉を押さえ咳き込んでいるので、重症ではないだろう。
しかし、その一瞬の思考が命取りになり、最後の一人を相手に、ヒイロは竹刀の内側への接近を許してしまう。
本来なら、やってはいけないミスに舌打をしつつも、後ろに大きく跳ぶ。それだけで距離は離せ、後は最後の一人を倒せば、なんとか逃げれるだろう。と、思っていた。
「魔女の手下が!死ね!」
「危ない、ヒイロ……!あぅっ!!?」
自分の後ろから同時に二つの声が聞こえる。
後から聞こえたのは、アーシアと呼ばれた少女の声であり、後半の声は痛みを堪えるように、くぐもっていた。
「アーシア!?お前らあぁ!!」
着地した途端に背中に何か暖かい物が当たり、それがアーシアだと気づくが、彼女はヒイロの体を支えにしながらも崩れ落ちる。
本来なら、すぐにでも抱きかかえたい所だが、敵がまだ二人もいる為、そうもいかない。ここで冷静さを失えば、アーシアが助からないであろう事だけは、状況がうまく飲み込めていないヒイロにも理解はできていた。
目の前の男を考えも無しに叩く。先程までは、どう無力化しようと考えていたが、その結果がコレだ。実力で上回っていたからといって油断していた自分を恥じ、倒す事を最優先に考える。
竹刀を構えたまま振り向くと、そこには先程、籠手を撃った男が、立ち上がり武器も持たずに立っている。
「へ、へへ、ざまぁみろ……。魔女め!」
男はそう言残すと後ろを向いて一目散に逃げ出した。ヒイロにとっては追いかけたい所だが、追う戦いは不得意である上に、アーシアを放って置くわけにはおかない。
「アーシア!」
うつ伏せに地面に倒れ、肩で息をする彼女を抱きかかえると、その肩にはナイフが刺さっていた。あの男はヒイロに気づかれないように立ち上がり、後ろに跳躍した途端にナイフを突き出した。だが、それをアーシアは文字通り体を張って止めたのだ。
ヒイロも、アーシアの肩のナイフを見つけた瞬間、それを理解した。
「……すまない。守るとか言っておきながら」
「ううん、ありがと。貴方が居なかったら私、殺されてたと思うし。でも、やっぱりヒイロには及ばないかなぁ」
アーシアは激痛に耐えながらも無理矢理笑いながら、軽口を叩く。確かに、目の前のヒイロと名乗った男は自分を守ってくれて、格好良かった。でも、伝説の英雄ヒイロの武勇伝に比べると幾らか頼りないかな。なんて、それがヒイロ本人だとは思わず、失礼な事を考えながら。
「ここは……魔女の森か?って、事は近くに魔の村が?」
「魔女の森って、貴方いつの人よ。ここは、平和の森。魔女の森なんて呼ばれてたのは、それこそ100年も昔よ?」
「ひゃ、ひゃくねん?おいおい、何の冗談だよ……」
ヒイロはそう呟くが、肩に深い傷を負ったアーシアにそんな余裕はない。今、普通に話しているだけでも、かなりの無理をしているのだ。
「っと、とりあえず、アーシアは魔の村の住人でいいのか?」
そう、聞くと答えるのも辛そうに、アーシアは首だけで頷いて返事をする。命に別状は無いが、重症である事に変わりは無い。
しかし、ここは魔法の存在する異世界であり、魔の村にさえ行けば、治癒の手立てはあるだろうと、目処を付け、ヒイロは付けたままだった面と籠手を外し、無造作に地面に置いた後、アーシアをおぶる。
「ちょっと……勝手に何してくれてるのよ、英雄さん」
「村まで送り届ける。場所が変わってたら教えてくれ」
アーシアは、その言葉に含まれた意味に気づかなかったが、ヒイロは一つの事実に気づきつつあった。元の世界でも何度か考えた事はあるが、考えても仕方ない事であった為に、思考を放棄していた事柄だ。
しかし、今、アーシアに聞くのも酷だろうと、ヒイロはそのまま歩き出す。彼の記憶の中では魔の村は、その場所から二時間程歩いた場所にあったハズだったが、彼の成長に伴い予想より早く付いていた。
村の場所は、彼の記憶通りであり、昔の記憶より建物が増えている気はするものの、非常に懐かしい場所だった。
◆
「ねぇねぇ、お兄ちゃん、本当にヒイロなの?」
「あぁ、本当さ。お兄ちゃんは、帝国と戦ったんだぞー」
「えー、なんで帝国の人たちと戦ったの?帝国の人優しいよー」
怪我をしたアーシアを運び込んだヒイロは村の広場で暇を持て余していた。アーシアは治療中であり、村の大人は、遠巻きにヒイロを見ており、相手をしてくれるのは子供達くらい。アリアが一緒でなければ村に入れなかった時よりは開放的になっているようだが、今だ閉鎖的な村のようだ。
「英雄さん。こんな所で何してるの?」
子供相手に、与太話を続けてどれだけ経っただろうか。
気づけば、アーシアが傍まで歩いてきていた。肩の傷は完全に塞がっているようで、服に穴が開き、一部が艶かしく露出しているが、怪我らしき物は見えず本人も、平気そうにしている。
「怪我はもういいのか?」
「うん。治癒魔法ってのが、あってね。あの程度の怪我ならすぐに治るわ」
ヒイロの知識の中の治癒魔法は、そこまで万能でもない。どうやら、経過した百年という年月は、魔法技術も進歩させたらしい。
ヒイロの感覚では数年ぶりに訪れた魔の村ではあったが、世界の時間は百年流れている。残念ながら、ヒイロが期待していた懐かしい再開は今の所ただ一つもない。その事実に、少し落ち込みながらも、再び、この地を踏めた事は純粋に嬉しく思っていた。
そんな彼にアーシアは申し訳なさそうに話しかける。
「英雄さん。……ごめんなさい」
突然の謝罪にヒイロは困惑する。
いきなり召還した事、争いに巻き込んだ事。考えれば多少思い当たるが、その程度の事にしては目の前の少女は非常に思いつめた表情をしている。
「悪いが……何を謝っているのかがわからない」
そう返すと、アーシアは泣きそうになりながら、長くはないスカートの裾をギュっと握り締める。
「私は……『召還』しかできない。貴方を送り返す術が私には、ううん。少なくとも、この村にはないの」
この村。とか言ったが、少なくともアーシアの知る限り、魔の村以上に魔法に精通した場所は存在しない。つまり、それは帝国の影響下にヒイロを元の世界に返す手段が存在しない事を意味する。
死にたくない一心で勝手に別の世界の人間を呼び出し、助けて貰い、その恩人に対して帰る方法を用意できないなんて、恩を仇で返すような真似を彼女はしてしまった。その事実から目を背けられる程、彼女は強くなかった。
「なんでもする……!住む場所も用意するし、ご飯だって。帰る方法も探すけど、私、召還魔法以外は……」
「なんだ。そんな事か」
必死に許しを乞おうとするアーシアの言葉に対してヒイロの返答は非常にあっさりとした物だった。罵倒を覚悟していたアーシアは呆気に取られたが、実はヒイロには、この世界でやりたい事があり、それが帰る宛てに繋がる物だった。
「なんでもしてくれるってのは都合がいいか。とりあえず、魔女アリアの話を聞かせてくれないか?」
「へ?あ、うん」
色々な覚悟を決めていたアーシアは、少し呆けヒイロに100年も前の魔女の話をする。
「魔女アリアは、まだ昔、帝国と魔の村が戦争していた頃の人でね。その圧倒的な魔法で魔の村を守っていた天才よ。進歩した今の技術でも彼女の魔法を打ち破れる人はいない。アリアは召還した異世界の英雄ヒイロと帝国と戦って、遂に帝国の魔法使い狩りの主力を一層して、今の帝国と魔法使いの関係を築いた英雄よ」
「そのアリアは、今はどうしてるんだ?」
「……アリアはね。最後の戦いで英雄ヒイロと永遠の愛を誓って自分達毎、魔法使い狩りを溶けない氷に閉じ込めたの。通称、アイスパレス……今もアリアはヒイロと共に、そこに眠っているわ」
事実を知っているヒイロにとっては、多少事実が歪められているが、ヒイロを送還した事実はアリアしか知りえない為、仕方ないだろう。
そして、何度も何度も考えた事がどうやら、当たっていたようだ。
アリアは別れの際に、ヒイロに全ての魔法を無効化するアーティファクトとして、ヒイロに小さな剣のアクセサリーがついた首飾りを渡し、運が良ければ、また会えるといった。100年の時間が経っていたのはヒイロにとって予想外ではあったが、時間軸のズレくらいの予想は当然していた。ヒイロが予想していた事をアリアが考え付かないハズもない。
つまり、アリアは封印魔法を使い、長い間全てを閉じ込めるつもりではないのか?そして、それを解除する手段を預けてくれたのではないか。とヒイロは考えていたのだ。
そして、アーシアの話を聞く限り、それは当たっているようだ。それなら、ヒイロがアリアを救いに行かない理由はなく、アリアなら世界の扉を自在に開けるのだ。幸いにも、此方の世界で一年過ごしても、向こうでは一ヶ月程度しか経たないらしい。心配をかけてしまうのは心苦しいが、ヒイロ自身、懐かしい世界で少しゆっくりしていきたい誘惑に勝てそうもない。
「とりあえず、気にするな。こっちにもこっちの事情がある。呼んでくれた事についてはお礼を言いたいくらいだ。ありがとう」
「ど、どういたしまして?」
アーシアは余りにも気楽に済ませるヒイロにどうしていいかわからなくなり、そこでもう一つの用件を思い出す。
「そうだ。長老様が呼んでいたわ」
「長老?」
「うん。この村の代表ね。長老ルーナ様よ」
ヒイロの知識では長老なんて居ずにアリアが村を仕切って居たが、それも百年の年月で変わった事だろうと納得をする。が、その聞き覚えのある名前にヒイロは驚いた。
「ルーナ!?ルーナちゃんか?」
「……貴方、意外と馴れ馴れしいわね。ルーナ様よ」
アーシアはそう嗜めるが、ヒイロはその名前を聞いて驚いたのも無理はない。召還された当時、自分より一つ下だったアリアの妹の名前だった。
◆
「失礼します」
「ようこそ、異界の方。まずは村の者を救って貰った事、感謝致します」
長老の家と案内されたのは、昔、アリアとルーナが住んでいた家とまったく同じ場所だったが、以前の小屋と言っても差し支えのない住居よりは大分立派になっていた。
中に入ると、記憶よりは大人びた、だが予想よりはずっと若い女性が出迎えてくれた。
「この村の代表のルーナと申します。そして、感謝と共に重ねてお詫びを申し上げます……。申し訳ありません。今の私達に、貴方を返す術はありません……」
アーシアと同じく、申し訳なさそうに詫びる女性は、少女ルーナの面影を残していた。外見の年齢では20代であろうか。とても、100年の時が過ぎたとは思えないが、最初に名前を聞いていなければ気づかない程度には成長している。
こうなると、普段は余り物事を深く考えないヒイロとしても、どう接していいか迷ってしまう。
昔は親しげに、それこそ友達と話す感覚で一緒に居たが、今の明らかに年上の女性に対して、そう気軽に接していい物か?ただでさえ、剣道に打ち込んでいた為に社会経験も女性経験も薄いヒイロにとっては難問である。
しかし、いつまでも悩んでいる訳にもいかず、礼儀にも疎いヒイロは結局、昔と同じ喋り方をする事にした。というか、実用的な選択肢がそれしかなかった。
「久しぶりだね、ルーナちゃん。綺麗になった」
余りにも馴れ馴れしく話しかけてくる異界の人間に、長老ルーナは怪訝な顔をするが、一瞬で、それが誰なのか気づき、信じられないという思いを抱きながら、昔のようにヒイロを呼ぶ。
「まさか、ううん……でも……もしかして、お兄ちゃん……?」
「うん。僕だよ、ヒイロだよ。ただいま」
ヒイロもわざと昔の口調に戻して、ルーナに笑いかける。
ルーナは驚愕し固まりつつも、その頬は涙が伝って行く。彼女にとって、ヒイロは大好きな姉と共に、アイスパレスで氷漬けになって幽閉されているハズだったのだから、無理もない。
「お兄ちゃん!どうして!?ねぇ、お姉ちゃんは?」
すっかりと幼い少女になったルーナの問いに、ヒイロは目を伏せて首を振る。
「アリアは最後の瞬間に僕を助けてくれたんだ。……送還魔法で、元の世界に返す事によって、ね。ソレからの事は僕にはわからないけど、多分、アイスパレスっていう場所に居るんだろう?」
「そう……ですか。こほん、ともかく……!ヒイロ、貴方だけでも無事で嬉しく思います。それにしても、また会えるなんて……」
咳払いと共に、ルーナの口調が大人びたそれになる。やはり、時間はたっているようで、その口調に無理はなく今や自然なものなのであろう。それならばと、ヒイロも今の自身でルーナと話し始める。
「アーシアに感謝だな。いつか、この世界に来たいとは思っていたんだが、方法が検討もつかなくてね。彼女が襲われて『英雄』を望んだから、ここに来れた」
「アーシアが……ですか。彼女は私の孫なんです。つまり、彼女にとって姉さんは大叔母ですね」
ヒイロはどうりで……と、納得する。
一目見た時にアーシアとアリアを間違えたのは、単純に血の繋がりがある故に似ていたのだろう。アリアとルーナも良く似ており、強気で活動的な姉と、落ち着いて知恵の回る妹として二人は仲の良い姉妹として村に周知されていた。
「それにしても、ヒイロ。どうして……また、この世界に来たいと望んでいたのですか?ヒイロの居た世界は平和だったと聞いています。帰れたのなら、それに越した事はないと思うのですが……」
「ん?あー、大した理由じゃないよ」
そう一拍起きヒイロは、この世界に来たかった……いや、彼からしたら来るべきだった理由を語る。
「ヒイロ、をさ。本物の『英雄』にしたかったんだ」
「……お言葉ですが、ヒイロは魔女アリアと共に帝国との和平の架け橋を築いてくれた『英雄』として語り継がれていますよ?」
「そうだろうけど……そうじゃない。結局、アリアを犠牲にしてしまった。永遠の愛を誓って、二人で心中した結果の平和なんて『英雄』の仕事じゃない。そんな、物悲しいエンディングじゃヒイロは報われない」
彼の言う「ヒイロ」とは、昔の自分の事であろう。つまり、彼は過去に残した遺恨を清算する為に、再び、異界の地へと足を踏み入れたかったのだ。
しかし、それはルーナも考えていた事だ。大好きだった姉の犠牲の上の平和なんて、ルーナにとっては許せない。それ故に彼女は人一倍勉強し、今の魔法を身に着けた。
「ありがとうございます、ヒイロ。でも、無理なんです……。ヒイロの世界では数年と言ったところでしょうか?でも、貴方が居なくなってから、此方では百年もの歳月が過ぎています。それでも、私がまだ、この姿で居る訳は……時間を操作する魔法なのです」
「時間の操作……?」
「はい。帝国の協力もあり、魔法技術は飛躍的に進歩しました。その中でも、私は時間を操る事に重点を置き、勉強しました。全ては……姉を助ける為に」
時間を操ると言うのは並大抵の努力ではなし得ない。今のルーナが時間魔法を扱えるのは、姉と同じ天才の血筋故だろう。
彼女はヒイロに語る。姉の才能には到底追いつけるものではない。だからこそ、時間魔法を学び、姉が魔法を使う前へと時間を巻き戻そうとした。しかし、時間を戻すという行為は時間魔法の中でも最高難易度であり、彼女でさえ数秒が限度である事を。
数百年経った今、時間を戻る事でアリアを助けるのは非現実的である事を。
「姉さんをなんとかしたくて、自分の時を止めて、こんなに長い間生きて来たんですけどね」
ルーナはそう言って、少し悲しそうに笑う。
「そうか。でも、良かったよ。ルーナが生きててくれたお陰で物事はスムーズに運びそうだ」
「……私も、またヒイロに会えて嬉しいです。帰る方法は探しますので、暫しの間、ゆっくりしていってください」
「ん?そうもいかない。言っただろう?俺はアリアを助けに行くんだ」
まるで今のルーナの説明を無視するようにヒイロは、軽々しくそんな事を言う。ルーナは、そんなヒイロに軽い苛立ちを覚えた。
彼女とて、救えるものなら何に変えても姉を救いたい。しかし、それができずに、無駄に長生きしてしまっている現状、その悔しさが、情けなさが、ヒイロに向けて八つ当たりにも似た感情を抱かせた。
「ですから……姉さんを救う方法は!!」
そんなルーナの前に、ヒイロは笑いながら、いつも見につけていた首飾りを見せる。
「それは……?」
「全ての魔法を無効化するアーティファクト、だってさ。アリアのお墨付きだ。別れる前に貰ったんだが、これならどうにかなるんじゃないか?」
「これは、姉さんがいつも身につけていた……!?そんな効果が?聞いた事はないですが、姉さんがヒイロに嘘をつく意味が……」
どうやら、この首飾りの効果は、アリアは誰にも教えず隠していたらしい。事実、ヒイロも別れ際に初めて聞いた程だ。
「てわけで、俺はアイスパレスに向かう。小さな『英雄』ヒイロの話をちゃんとハッピーエンドにしないとな。氷漬けになった魔女は、成長した少年に助けられて幸せに暮らしました、ってな」
アリアの事を全面的に信頼しているからこその自信がヒイロにはあった。きっと、アイスパレスに行けばなんとかなる、と。
ルーナからしたら半信半疑ではあるが、彼女もアリアを救えるかもしれないなら藁にでも縋りたい思いである。
「……姉を、お願いします、ヒイロ」
そう言い頭を下げようとするのを、ヒイロが止める。
「やめてくれ。これから世話になる事も多いだろうし、迷惑もかけるかもしれないんだから」
そう弱気に言うヒイロを見て、ルーナも自然と笑みが毀れる。それは、遥か昔、二人が兄と妹に近しい関係であった頃のままだった。
◆
「お、いたいた。アーシアー!」
「……なんで貴方がアリアの家から出てくるのよ」
元、アリアの家に荷物を置き、外にいたアーシアに声をかけると、そんな風に蔑まれる。ルーナが定期的に管理をしているとは言え、今はただの古家であるアーシアの家を使わせて貰える事になったヒイロとしては心外だが、『英雄』ヒイロと同じだけアリアを尊敬しているアーシアにとっては心中穏やかではない。
「しばらく、ここに住ませて貰う事になった。ちゃんとルーナから許可は貰ってるよ」
「お婆様を呼び捨て……まぁ、いいわ。貴方は私の英雄さんだものね」
アーシアは諦めたように溜息を吐くが、命の恩人であるヒイロに小言を言うつもりはないようで、仕方なしと諦める。
「ところで、どうしたの?何か用?」
腰に手を当て興味なさそうに話すアーシア。
「……なんでも言う事聞くんじゃなかったっけ?」
「う、うるさいわね!」
だが、その姿勢もヒイロの軽口であっさり崩され、真っ赤になって怒鳴る。どうにも、「なんでも」の部分に今更ながら後悔しているらしい。
「ちょっと頼みがあってな。召還魔法、得意なんだろ?ちょっと取り寄せて欲しい物があるんだが、できないか?」
「イメージがあれば多分できるわ。貴方の私物?それなら、貴方のイメージを私が拾うから、手を繋いで……繋い……ううん、ちょっと待って」
「あぁ、俺の武具なんだ。頼めるか?」
「へ!?ちょ、っと……本当に?」
実は、アーシアは魔法の勉強と『英雄』ヒイロに対して非常に一途であり、同年代の男と話した経験もほとんどなかったりする。そんな彼女が、惚れるハズはなくとも「ちょっといいな」程度に思っている男性と手を繋ぐのは大変、勇気がいる行動なのだ。
「あぁ、これから、武器がないと困る」
「武器が……そうよね。うん、わかった」
そう言ってアーシアが差し伸べる手をヒイロは軽く握る。
私がこんなに緊張してるのに、なんで貴方は平気なの!?と、アーシアは理不尽な怒りを覚えるが、それを口に出すわけにはいかない。
ヒイロはヒイロで、アリアとアーシアを無意識のうちに重ねてしまっている為、アリアと手を繋ぎ慣れている彼は、今更、その程度の事でアーシアを強く意識する要素がなかったりする。
どう見ても、頬が赤くなっているアーシアを見ても、魔法という物を良く知らないヒイロは、そんなものなんだろうと納得してしまい、アーシアの淡い好意が気づかれる事は、残念ながらなかった。
そして、空間がまた歪み、幾つかの物体が地面に落ちる。それは、森の中に捨ててきたハズだった籠手だったり、竹刀よりも遥かに攻撃力に優れた木刀等の、部活用品だ。
「……これでいいの?」
「あぁ、ありがとうな!これで、帝国の連中と戦える」
帝国の連中と戦う。百年もの昔は当たり前の言葉だったが、今や犯罪告知に等しい野蛮な言葉でしかなく、アーシアは眉をひそめる。
「ちょっと、やめてよね。私、なんでもするって言ったし貴方を呼び出した責任は取るつもりだけど、私の召還のせいで帝国の人に迷惑がかかるのは嫌よ?」
ヒイロの袖を掴み、心配そうに上目遣いで見上げるアーシア。
ソレを見て、ヒイロも時代の違いと自身の言葉の足りなさを自覚する。
「大丈夫だよ。俺が戦う帝国の人は大昔の帝国の人だ」
「大昔の……?それって、もしかして戦争時代の話?」
「あぁ、そうだ。俺はアリアを助けに行く。でも、アリアを助けると、悪い帝国の連中も生き返る可能性が高い」
帝国の反魔法使い派の主力が現代に蘇れば、決して小さくはない騒ぎが起こるだろう。それでも、ヒイロはアリアを助ける事に躊躇いはなかったが、なるべく平和裏に事を運ぶつもりだった。
その為には、自分の身を守る力が最低限必要であり、その為に武具を用意して貰ったのだ。現帝国の人にも協力を仰いだり、現存する魔法使い狩りの勢力を弱らせたりやる事は非常に多い。なのに、自分の身すら守れないのでは話にならない。
その姿を見て、アーシアは自分の知っている『英雄』が、すぐ目の前に立っているかのような錯覚を覚える。実は、錯覚ではないのだが、それをアーシアが知るのは、もう少し先の話だ。
「ねぇ、やる事、いっぱいあるんでしょう?」
「あぁ、かなり多いな。何せまずは知識が足りない。その上で何からやるかを考えなければいけない。何をどうしたらいいやら、だ」
「……現地の人が一緒に居たら便利よ?貴方が本当にアリアを助けに行くなら、この村に留まっている訳じゃないんでしょう?道案内とかも、必要だと思う」
「そうなんだが、残念ながら俺の知り合いはルーナだけだ。長老である彼女にそんなに頼る訳にもいかないしな」
困ったように喋るヒイロ。そして、そんな困難に立ち向かう姿に惹かれている自分に気づくアーシア。
彼女は意を決して口を開く。それは、アーシアのこれからの人生を大きく変えるもので、これから先、彼女を魔法使いとして、大きく成長させ、女性として強い感情を抱き、帝国の人と協力し合い、稀代の魔女を復活させ、反魔法使い派と戦い……果てには、稀代の魔女と一人の男を争う事になる言葉だ。
「私を、連れて行けばいいんじゃないかな?」
別にどっちでもいいのよ?と、感じられる言葉を残しながらも、アーシアは強くヒイロと一緒に行きたいという感情に駈られていた。ただ、『英雄』に憧れ、恋焦がれるだけの人生ではなく、少なくとも自分にとっての英雄である目の前の人と道を歩んでみたかった。
それは、ヒイロとしても願ったり叶ったりであった。他の人相手なら、遠慮もしていたかもしれない。だが、目の前の少女をアリアと切り離して考えるのはヒイロには不可能であり、アリア相手は迷惑を掛け合う存在であるが故に、彼女にも自然と頼ってしまう。
「それは、ありがたいな」
「でしょ?じゃぁ、これから……よろしくね?」
ヒイロは手を伸ばし、アーシアは動揺を隠しながら、その手をとる。
実は、後で蘇ったアリアに、色々、怒られるのだが、今のヒイロはそれを知るハズもない。
これは、小さかった偽者の『英雄』を本当の英雄にする為のエピローグ。