表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/11

終章

「ケケケ、やっぱり見つかっちゃったしさ!」

 真っ赤な目と口のウェイターは、聞き慣れた不気味な笑い声を上げた。

「お前、やっぱりメトネスか!」

 ジークはスゥを後ろに庇いながら、周りを憚って声を潜めて言った。

「……ま、想定内ってか、予定通りだけどさ!」

 メトネスはニヤニヤ笑いながら、勝手に話す。

「それにしてもいいのかい? こんなところでオイラと戦ったら、楽しいパーティーのお客様たちはどうなっちゃうしさ?」

「スゥ、部屋に行って、オレの刀を取って来い。それまでコイツはオレが何とかする」

 ジークがそう耳打ちすると、スゥはコクンと頷いて、その場から走った。

「おっとぉ、疫病神は逃がさないしさ!」

 メトネスはスゥが逃げようとしているのを見て言った。

「残念だったな。その前に、オレがお前を逃がさない」

 ジークはそういうと、スゥに意識を集中して『力』を解放した。すぐに、ジークの体が白銀の光に包まれる。ウェイターの腹に手を当てると、地面を蹴ってもろともに瞬間移動した。また例の、自分の体が光になるような奇妙な感覚に包まれ、一瞬後には二人は会場の窓を突き破り、外の芝生に着いていた。後ろの方で、突然割れた窓にパーティー会場が騒然となっていたが、ジークにはそっちに注意を払う余裕はなかった。

 メトネスは音による幻覚を操って来る。もしも一度でも幻術を掛けられてしまえば、スゥが助けに来てくれるまで、太刀打ちができなくなってしまうだろう。

 となれば、幻術を使う隙を与えないようにするしかない。ジークはすかさず、強化された拳で、ウェイターの腹を加減して殴った。どっちにしても、まずはこのウェイターを脱ぎ去らせなければ、話は始まらない。

 続いてジークが放った回し蹴りが、ウェイターの腰の辺りを強打した。哀れなウェイターはそれによって大きく吹っ飛ばされる。

「ケッ、コイツ、全然役に立たないしさ。アンタもなんだかズイブン強くなっちゃってるみたいだしさ!」

 メトネスはそう悪態をつくと、ウェイターの耳からニュルニュルと這い出してきた。そこに、動きを先読みしていたジークが飛び掛かる。

「おっとぉ! 危ないところだったしさ!」

 メトネスは、かろうじて自分の体を霧に変えて、ジークの攻撃をよけた。そして、体を元の人型に戻すと、すかさず呪文を唱え始めようとした。

「させるか!」

 呪文を唱えさせたら終わり。そう覚悟していたジークは、すぐさま再びメトネスに蹴りを放った。

「何度やってもおんなじだしさ!」

 メトネスは霧に変化して蹴りを素通りさせたが、なぜか少し苛立たしげな様子だった。そして、ジークから逃げるように上空に飛び上がると、体を元に戻して再び呪文詠唱の体勢になる。

 ジークは地面を思いっきり、まっすぐに蹴った。体が光のようになって飛び上がり、上空に逃げたメトネスに追いつく。

 そしてメトネスの顔面目掛けて拳を放った。今度はメトネスも予想外だったのだろう、霧状化が間に合わず、強化されたパンチをまともに喰らって、まっすぐ地面に打ち付けられる。

「お前は実体を持った体でないと、術を使えないようだな。それに術を使うとき、隙ができる」

 ジークは地面に降り立ちながら言った。まだ勝ち目はある。

「もうこれ以上、お前たちの事でスゥを不安にさせる訳には行かない。悪いが、ここで終わりにさせてもらうぜ」

「ケッ、やだね!」

 痛々しい様子で立ち上がったメトネスは、口を大きく開いて金切り声を上げた。ジークは一瞬、メトネスの術の一種かと思い身構えたが、どうやら今の所、何かが起きた様子はない。

「……だいたい、スゥの事をそっち側の仲間みたいに言われるのは心外だしさ!」

 メトネスが苦し紛れで吐いたであろうその言葉は、ジークの胸に深く突き刺さった。

「どういう意味だ」

 ジークはメトネスを睨んで言った。

「ケケケ、アンタだって気づいてるんじゃないのかい? スゥ・ロ・ヤマ・イシュラーグの正体が、いったい何なーのーか♪」

 ジークが怯んだのを見て、光明を見出だしたメトネスは意地悪そうな声でゆっくりと言った。

「……やめろ……言うな……!」

 ジークは拳をにぎりしめて、低い声で言った。その様子に、メトネスはさらに調子に乗る。

「そうさ、スゥ・ロ・ヤマは悪魔さ。アンタも知っての通りね」

 ジークはさらに強く拳をにぎりしめた。今までの事から、ほとんど分かってはいたのだが、そのもやもやした疑念が、全ての事情を知っている悪魔であるメトネスに言われたことで、一気に鮮明となってしまった。

「……やめろ……!」

 ジークはその言葉に意味がないことを知りつつ、鋭い怒りを篭めて言った。

「しかも、ただの悪魔じゃないのさ。アイツの持ってる能力『魔之手』はオイラたち悪魔族の中でも最も最強にして凶悪! まさに、スゥ・ロ・ヤマは人殺しの為だけに生まれた『生きた殺人マシーン』なのさ!!」

 その非道な言葉を聞いたとき、ジークの中で何かが壊れた。

「黙れぇーっっ!!!」

 ジークは叫びながらがむしゃらにメトネスに飛び掛かった。しかし、放った拳は難無くメトネスの手の平に止められてしまった。

 見ると、ジークの体からは白銀の輝きが失われていた。ジークの中から『スゥを護る』という意識がなくなり、メトネスにたいする怒りだけに捕われてしまった為に、『力』が消えてしまったのだ。

「ケケケ、そんなんじゃオイラは倒せないしさ!」

 メトネスは嘲笑って、ジークを蹴飛ばした。ジークは呆気なく吹っ飛ばされてしまう。『力』が消え、武器もないジークにはもう、為す術はなかった。メトネスが悠々と呪文を詠唱するのを、ジークは血が滲むほど握りしめて、ただ見ているしかなかった。

「……スゥ……」

 敗北を覚悟したジークの口から、自然とその名が出て来るのだった。



 スゥは、必死の思いで城の廊下を走っていた。その腕には、ジークの二本の刀が抱かれている。それは身長百四十センチのスゥには持ち上げることさえ大変なほど重かったが、今のスゥにはそんな重さを感じている暇などなかった。スゥは手の皮が剥けるのも構わず、顔を真っ青にして全力疾走していた。

 スゥの耳には、絶対に聞きたくなかった音が聞こえていた。それは、ジークの魂が、危険に曝されている事を示す不協和音だった。おそらく、メトネスの幻術を掛けられてしまったのだろう。それは、スゥに想定しうる最悪の事態だった。

「ジークさん……ジークさん……!」

 スゥは目に涙を浮かべながら、繰り返し呟いた。それで何かが変わる訳ではない事は分かっていたが、スゥにはそうすることしかできなかった。

 せめて、自分が到着するまで、無事でいて欲しい。スゥはただそれだけを願って、自分にできるかぎりの早さで走りつづけた。間に合いさえすれば、もしかしたら、またオカリナの力を使うことができるかもしれない。まだ、ジークを救えるかもしれない。

 しかし、そんなスゥの儚い望みさえも、スゥが廊下のある角を曲がった時に、敢なく打ち砕かれてしまうのだった。

「ハッ、待ってたぜぇ、スゥ・ロ・ヤマぁ!」

 その声を聞いた瞬間、全てを察したスゥはその場で硬直した。

 そこには、獣と人間の中間のような真っ黒な姿。その背中からは長く強靭な九本の尻尾がそそり立っている。そしてその真っ赤なギラギラした目は、欄欄と輝いてスゥを睨んでいる。

「もう、愛しのリィトのガキも助けには来れねぇ。この前の借り、たっぷりと返させてもらうぜぇ!!」

 悪魔・ベリウスは、さも楽しげな声で言うのだった。



「一体、何が起こったのですか!?」

 突然窓が割れるという怪奇現象を目の当たりにして、騒然とするパーティー会場で、アトルは意見を求めるようにカーラを見た。

「分からん。だが、窓の割れ方からして、恐らく内側から何かが飛び出して行ったのだろうな。念のため、見に行ってみるか?」

 カーラは破片を眺めて言った。

「ええ、でも、まずは会場の混乱を諌めないと」

 アトルは緊張した声で言った。周りでは、パニックになった人々が右往左往しており、このままでは身動きも取れない。

「待て、アトル、あれを見ろ!」

 突然、カーラが上を指差して叫んだ。アトルもそれにしたがって天井を見上げると、そこにはありえない光景があった。

 天井から下がっている、巨大なシャンデリア。それは、スピルナ屈指の名工たちが長い時間を掛けて作り上げた、この世に二つとない豪華な物だ。その大きさも重さも、当然尋常ではない。


 それが、宙に浮いているのだ。


「一体、何が……!?」

 アトルは絶句した。どんな力によって浮されているのかは分からないが、あれがこのパーティー会場に落下でもしたら、当然大惨事になる。

「もしや、悪魔の仕業か?」

 カーラはアトルに聞いた。カーラと違い、アトルは何度か悪魔と遭遇している。悪魔に関する知識は、カーラよりもずっと豊富だ。

「いえ、僕の知るかぎりでは、物を浮かせる能力をもつ悪魔など、いないはずですが……」

 アトルは考え込んで言った。悪魔の特徴についてはジークからも聞いているが、悪魔の能力は『体のパーツ』に関する能力のはずで、テレキネシスのような超能力を持っている訳ではないはずだ。

 だんだんと、会場の人々が自分の頭上で起こっている現象に気がつきはじめた。パニックはさらに広がり、大変な騒ぎになっていた。

「どうする、アトル、このままでは大変なことに……」

「急かさないでください! 今、考えているんです!!」

 そう叫んでアトルは再び脳内を整理し直した。

 ジークが確認した悪魔は三体。それぞれ、目・耳・尾を司っている。その中に、物を浮かせるものなど……


 ……いや、いた。


「分かった!」

 その瞬間、アトルは全てを理解した。そして、突然手を宙にかざした。

「来い、ロゥエル!」

 アトルがそう叫ぶと、手の平に青い光が収束して行った。そしてその光が形を成していき、やがて一本の実体を持ったレイピアとなった。アトルが『継承』する神器、神剣『ロゥエル』だ。

 アトルはそれを手で掴むと、そこにぐっと力を篭めた。すると剣は、柄から切っ先に向かって、次第に青い光に包まれて行った。

「アトル、何をする気だ?」

 カーラは訝って尋ねるが、アトルは集中しているせいか、聞いていなかった。

「はあぁ……たぁっ!!」

 アトルは掛け声とともに、青い光に包まれた剣を天井に向かって振った。青い光は剣から離れ、衝撃波となって天井へと飛んで行った。

 すると、三度目の怪奇現象が起きた。宙に浮いたシャンデリア、天井、全てが一緒くたになって、真っ二つに裂けたのだ。浮いたシャンデリアは影となって消え、元通り天井にぶら下がったシャンデリアが現れた。

「アトル、どういう事だ!? 説明しろ!」

「ジーク殿が戦った相手に『目』を司るグルナという悪魔がいます。あれは、そいつが作り出した幻覚だったんです!」

 それを聞いたカーラが天井に目をやると、そこには真っ黒な人間のような姿が浮いていた。

「私の幻覚を破るとはね……なるほど、お前がメトネスの言っていた『継承者』という訳か」

 グルナは、アトルを見下ろして言った。

「お前が悪魔か!?」

 カーラが大声を上げる。

「いかにも。私は『目』を司る悪魔、グルナと申します」

 グルナはふふふと笑いながら言った。

「アトル、お前は窓の外を調べて来い。あっちも悪魔の可能性がある」

 カーラは言った。アトルが振り返ると、窓はまだ割れていた。グルナの幻覚ではなかったのだ。

「こいつは私が何とかする」

「分かりました」

 アトルはすぐにその言葉にしたがった。こういう時はスピードが命だ。いつでもカーラの言葉には迷わず一瞬で従えるように、普段から訓練している。

 アトルがその場を立ち去ると、グルナは笑った。

「『継承者』をあっちに行かせていいのか? 『神器』がなければ私の幻覚は破れないぞ」

 するとカーラは不敵に笑った。

「お前の言う『神器』とは、例えばこんなやつか?」

 その手には、真っ黒に染められた、柄の両端に刃のついた巨大な鎌が握られていた。

「ホウ……」

 グルナは強がって言ったが、だんだんと余裕をなくしているようだった。



「ひゃあっ!」

 スゥの頭上にある天井が破壊され、破片がスゥに降り注ぐ。スゥは辛うじて横に避けたが、小さな破片が手をかすった。

 どうやらベリウスはスゥを生け捕りにするつもりのようだった。そうでなければ、ここまで逃げることもできなかっただろう。

「ハッ、いい加減諦めろよ。なぁ!?」

 ベリウスは獲物を追い詰めた猟師のように悠然と歩いて来る。スゥはヨタヨタとした足取りで、何とかかんとか距離を保っていた。

「……お前、なんで諦めないんだぁ?」

 ベリウスはそんなスゥの様子を見て、聞いた。

「そんなによろよろになってまで逃げる意味が、どこにあるんだぁ」

「あ、あたしは……」

 スゥは、消え入りそうな震える声で言った。

「ジークさんが、待ってる……ジークさんが、あたしの事を待ってくれているから……だから、あたしは、行かなきゃいけないの!」

「ハッ、オレはなぁ、そういうのが一番嫌いなんだぁ! アニキには手荒に扱うなって言われてたが、ちょっとくらいキズモノになっても、気にゃしねえよなぁ!!」

 ベリウスはそう言うと、九本の尻尾をブワッと孔雀の羽のように広げた。そして、そのうちの一本をスゥに向けて突き出した。

「いやあぁ!!」

 スゥは死を覚悟して悲鳴を上げた。が、ベリウスの尾がスゥに届くことはなかった。

「スゥ、よく言ったな! アタシはあんたみたいのは、結構好きだぜ」

 その暖かい声を聞いて、スゥは閉じていた目を開いた。そして、目の前でベリウスの尾を防いでいる人影を見て、目頭が熱くなった。

「カレハ……さん……ありがとう、ございます……」

「ほら、行ってやれよ。ジークが待ってるんだろ?」

 カレハはニヤリと笑って言った。

「……はい!」

 スゥはそう言って、刀を抱えて走って行った。

「ったく、ジークはつくづく果報者だな」

 スゥの後ろ姿を見ながら、カレハは呟いた。そして、ベリウスに向き直った。その間も、右手に握られていた曲刀はずっとベリウスの尾を床に押さえ付けていた。

「さぁて、そういう訳だ、ここを通す訳には行かないぜ」

 カレハはベリウスを睨んで言った。

「ハッ、いつまでもそうやって余裕こいていられると思うなぁ!!」

 スゥを逃がしたせいで、ベリウスは相当苛立っているようだった。



「ジーク殿! 大丈夫ですか!?」

 パーティー会場の外、アトルが目撃したのは、その場に倒れたジークの姿だった。

「一体、何が……」

 アトルは不意に口をつぐんだ。近くに怪しい気配がする。恐らくは、グルナの仲間の悪魔だろう。

「……そこかっ!」

 神経を集中し、悪魔の居場所を突き止めたアトルは、そこに向かってロゥエルを振るった。さきほどグルナの幻影を破ったのと同じ、青い衝撃波が近くの林を襲った。

「ケッ、危ない危ない。さすがのオイラも、神器の攻撃を受けたら、ただじゃ済まないしさ!」

 その林から、人型のメトネスが飛び出してきた。

「……あなたとは、前に一度会いましたね」

 アトルは冷静な声で言った。確か、ジークに聞くところに拠ると、メトネスは耳を通じて幻術を使ったり、人の体を乗っ取ったりする悪魔のはずだ。

「貴方が、ジーク殿に幻術を掛けたのですか?」

 アトルは内心ジークの身を案じながら聞いた。

「ケケケ、さあね」

 メトネスは不気味に笑った。

「ま、すぐに分かることだしさ。なにせ、あんたも同じ目に会うんだからさ!」

 メトネスはそう言うと、上空に逃げて呪文詠唱の体勢に入った。

「どうやら、あなたは僕を見くびっているようですね」

 アトルはロゥエルに再び力を篭めた。今度は衝撃波を放つときよりも強い光が、ロゥエルの刀身だけでなく、アトル自身も包み込んだ。

 すると、二本の青い光の筋がアトルの背中から伸び、青い翼を形作った。

「な、何さ、それ!」

 メトネスは身の危険を感じ、慌てて逃げようとしたが、アトルが翼を羽ばたかせ、空を飛んでメトネスに追いつく方が、ずっと速かった。メトネスの目の前に、青く光る剣が迫る。

「はあぁ……たぁっ!」

「くそぉ!!」

 メトネスはすぐに体を霧状化したが、それは無意味だった。アトルが大振りに振るったロゥエルは、霧状化したメトネスを袈裟掛けに切り裂いた。

「ぎゃああぁ!!」

 メトネスの悲鳴が響き渡る。どうやら、神器の一つであるロゥエルの一撃は、霧状化した悪魔にも通用するものらしかった。

 人型に戻ったメトネスの体は、肩から腰までほぼ両断されていた。しかし、それでもまだ何とか命を取り留めているようで、ゼェゼェと荒い息をしている。

「これで、終わりです!」

 アトルはそう言って、再びメトネスに切りかかった。

 だがその時、アトルの目の前で、突然空間がグラグラと歪みだした。アトルは即座に、それが幻影であることを見破り、ロゥエルを振るった。幻影は真っ二つに裂け、元の世界が現れたが、そこにメトネスの姿はなかった。

「アトル、済まん! 悪魔を、そちらへ逃がしてしまった!」

 地上から、カーラが叫ぶ声が聞こえた。なるほど、カーラのところから逃げてきたグルナが、幻影を囮に使い、アトルが怯んだ隙にメトネスを連れて逃げたのか。アトルは地上に戻りながら考えた。

「……ジーク殿、大丈夫ですか?」

 地面に到着したアトルは、ジークが目を覚まし、起き上がっているのを見て、尋ねた。

「……ああ、済まない、アトル」

 ジークは額を手で押さえながら答えた。

「あなたともあろう者が、どうしたんです?」

 アトルは心配そうに聞く。

「いや……少し、油断しただけだ……」

 ジークは敗北感の滲んだ声で答えたが、重大な事を思い出して、はっと顔を上げた。

「おい、アトル、スゥがどこにいるか、知らないか!?」

 ジークの真剣な声に、事の重大さを感じたアトルは、急いで辺りを見回す。

「そういえば見かけていませんね。まさか……」

 その時、城の中から悲鳴が聞こえた。それは、紛れも無くスゥの悲鳴だった。

「ジーク殿は、ここで休んでいてください!」

 アトルはそう言い残すと、ロゥエルを手にすぐに悲鳴のした方向へ走り去って行った。

「休んでろ、だと……? ふざけるな……ここでオレが行けなくて、どうするんだよ!!」

 ジークはアトルに向けてではなく、自分に向かって罵倒した。そして、まだダメージの残る体に鞭打って、ゆっくりと立ち上がった。



(こいつ……挑発してくるだけあって、とんでもなく強え……!)

 ベリウスと戦いながら、カレハは思った。ジークなどのような特殊な力を持たない生身の人間であるカレハにとって、ベリウスと戦うのは尋常な事ではなかった。それでも、これだけ持ちこたえているのは、偏にカレハの実力のお陰だ。

「ハッ、どうした!? もうギリギリかぁ!?」

「誰が!!」

 それでもカレハは諦めるつもりはなかった。こんなやつらの手にスゥを委ねるなど、考えただけでも吐き気と頭痛と腹痛が一緒くたになって襲い掛かってくる。せめて、スゥとジークが合流するまでは、持ちこたえなければならない。それに癪な話だが、スゥと合流し、刀を受け取ったジークが助けに来てくれれば、勝つ見込みもある。

「ハッ、さっきも言ったはずだぜぇ。オレはそう言うのが、一番嫌いだってなぁ!!」

 ベリウスはそう叫んで、九本の尾を天高く振り上げた。九本の尾は互いに絡まり合い、縒り合わさって一本の巨大な尾に変化した。一本だけでも城の柱を断ち切るような尾が、九本一緒になったと考えると、その破壊力は想像もできなかった。

「ぶっ壊してやるよ! 夢も希望も可能性も、全部まとめてなぁ!!」

 ベリウスは懇親の力で巨大化した尾を振りかぶった。

「最期の言葉があったら、今のうちに言うんだなぁ! っつっても、言う暇なんかやらねぇけどなぁ!!!」

 ベリウスはそう言って尾を振った。巨大な尾は、風を切る轟音を立ててカレハに迫った。もはや逃げ場はない。カレハは覚悟して曲刀を振りかぶった。

 その時、青い光線がベリウスの尾を突き刺した。ベリウスは悲鳴を上げ、尾を九本にバラした。

「ってえなぁ!! オレの邪魔するやつは、一体誰だぁ!?」

「僕ですがなにか」

 アトルはしらじらしく答えた。

「あんた、確か……アトル・アルトか?」

 カレハは歩み寄ってくるアトルを見て聞いた。有名人なので名前くらいは知っているが、こうして間近に見るのは初めてだった。

「そういうあなたは?」

 アトルはカレハを一瞥して聞いた。

「アタシはカレハ・ホーライク。リィトの一人だ」

「なるほど。ま、どうでもいいですけど」

 アトルは言った。

「……見かけによらず、意地悪な性格なんだな」

「気づいてくれない人が多くて、困ってるんです」

 アトルはそう言って少し笑った。

「アタシとおんなじだな。あんたとは気が合いそうだ」

 カレハもそう言ってちょと笑った。

「ま、でも、今はそんな事より、目の前の事に集中しますか」

「だな」

 そう言って二人は、暴走気味のベリウスに向かい直った。



「ふあ……ジークさん、ジークさぁん!」

 スゥはジークを見つけると、ぶわっと沸き上がってくる嬉し涙をぐっと堪えながら、駆け寄って行った。

「スゥ、よかった! 無事だったんだな!」

 ジークの元にたどり着いたことで体の力が抜けたスゥを、ジークは腕で受け止めた。

「ふえぇん、そんなの、あたしの台詞だよぅ。ジークさんが無事で、ホントによかったぁ……」

 スゥはもはや抑え切れず、ジークに縋り付いて、涙をぼろぼろ零しながら言った。

「なあ、城の中で何があったんだ?」

「あんね、ベリウスが、突然、廊下で、襲って来て……」

 スゥは泣きじゃくりながら途切れ途切れに、カレハに助けられた事を話した。

「でも、カレハさんが、負けてるみたいだったから、どうしようかって、迷ってたら、ちょうどアトルさんが、来てくれて、だから、あたし、アトルさんに、ベリウスのいる所を教えたの」

「スゥ、こんな思いさせて、本当に、本当に悪かった。何があっても、お前を一人にするべきじゃなかった」

 ジークはスゥの手の平に血がにじんでいるのを見て済まなそうに言った。スゥのような華奢な少女に、ジークの刀を抱えて走ることはどれだけ大変だっただろう。

「ううん、あたし、ジークさんの為ならなんだってするもん」

 スゥはジークの服をぎゅっと掴んで言った。

「だったら、オレのために二度と、お前がこんな思いをするような事をオレにさせるな。これでいいか?」

 ジークがあまりに真面目な声で言うので、スゥはこんな状況にもかかわらず、ついクスッと笑った。

「もう、ジークさんったら」

 そんなスゥの様子を見て、ジークはほっと安堵のため息をつくのだった。



「……まったく、余の弟共の、なんと役立たずなことよ」


 その時、城全体に、謎の声が響き渡った。

「なんだ、お前は……!?」

 パーティー会場で客の避難を先導していたカーラは、そこに現れた人影に向かって言った。

 それは背中に鳥のような翼を生やした、真っ黒な少年のような姿の悪魔だった。それは見れば分かる。カーラが聞いたのは、そんなことではない。

 問題なのは、その悪魔から、今まで現れたどの悪魔とも桁違いのオーラを纏っていることだった。そのこれ以上ないような凶悪なオーラは、まるで恐怖そのもののようだった。

「ほう、貴様、余に向かって口を聞くとは、哀れなことよ」

 新手の悪魔はそう言うと、翼を大きく広げた。すると、辺り一帯に真っ黒な羽根が撒き散らされた。

「不愉快だ。散れ」

「……!?」

 悪魔が撒き散らした羽根が、ゆっくりと舞い降りて来る。そして次の瞬間、カーラの目の前で恐ろしい現象が起きた。

 カーラの目の前に、逃げ遅れていたパーティーの客がいた。確かにそこにいたのだ。それが、真っ黒な羽根に触れた瞬間、真っ黒な闇の球体に包まれ、そして……消えたのだ。

「逃げろ!! 羽根に触れるな!!」

 カーラは迷う事なく、居残っていた他の何人かの客に向かって叫んだ。が、もはや手遅れだった。部屋一面に撒き散らされた羽根を、すべて避けるなど不可能だ。

 カーラはすぐさま、手に持った真っ黒な鎌・サターナに力を篭めた。すると黒いオーラが鎌を覆う。カーラはそれを高速で回転させ、自分に降り掛かってくる羽根を跳ね退けた。どうやら、羽根は人体に直接触れないかぎり、害はないらしい。それが、せめてもの救いだった。

 だが、まだ会場に残っていた他の数人は、助からなかったらしい。気がついた時には、もうすでに全員が『消えて』いた。

「なるほど、貴様『継承者』か」

 悪魔はカーラの持つ鎌を見て、興味深げに言った。

「だが、今は貴様の相手をしているときではない。クズな弟どもがしくじった計画を、終わらせてやらねばならんからな」

 そう言って悪魔は、その場から霧散して消えた。

 一人残されたカーラは、がっくりと膝をついた。悪魔の圧倒的過ぎる威圧によって、脚がガクガク震えていた。それまで何とか立っていられたのは、神器の一つであるこの魔鎌『サターナ』のお陰だった。

「まさか、こんなことが……いくらなんでも、強さの桁が違いすぎる……」

 カーラは半ば放心して、呟いた。悪魔の目的というのがなんだかは分からないが、一つ分かるのは、その目的はすでに達成されたも同然だと言うことだった。



「何だったんだ? 今の声は……」

 翼の悪魔の声が響いた後、ジークは不思議そうに言った。どうやら新手の悪魔の様だが……

「……ジーク、さん……逃げて……!」

 その時突然、スゥがわなわな震える声で言った。

「スゥ、どうしたん……」

「早く逃げて! あたしの傍にいたらジークさん、殺されちゃうよ!!」

 スゥは鬼気迫る金切り声を上げた。

「だから、早くあたしを置いてここから逃げて!!」

「アホ、お前を置いてくなんてできるか!!」

 ジークはスゥを落ち着かせようと肩を掴んで言った。

「そんなこと言ってる場合じゃ……早くしないと、手遅れになっ……」

「残念だがな、もうなっている」

 その時、近くから声がした。それはさきほど城全体に響いたのと同じ声だった。スゥとジークが振り返ると、そこには真っ黒な少年の姿をした悪魔がいた。その背中からは、蝙蝠のような翼が生えている。

「お前は……あの黒い羽根の持ち主か!」

 ジーク注意深く相手を睨みながら言った。悪魔に襲われた村人が言っていた人相とも一致する。

「その通りだ。尤も、たった今撒き散らしてきたせいで、今は生えていないがな」

 悪魔はそう言って、さっきまで鳥の羽根に覆われていた翼を広げて見せた。

「余の名はフェレス・ペンドルス。名も知らぬ男よ、そこにある余の為の武器を返してもらおうか」

 フェレスはスゥに目をやって言った。

「お前の武器、だと……? ふざけるな! スゥはお前等の武器なんかじゃない!!」

 ジークは突き刺すような鋭い怒気を滲ませた声で言った。

「ところが、そうなのだよ」

 フェレスは余裕の表情で言った。

「うるせえ! スゥの何を知ってそんなこと……」

 ジークはなおも言い返そうとしたが、それを止めたのは、なんとスゥだった。

「逆らっちゃ、だめ……」

 スゥは心の底から辛そうに、しかし決然とした声でジークに囁いた。そしてすっと立ち上がると、ジークの前に出て言った。

「……フェレス、お願いがあるの」

 その眼は、ある決意に鋭く光っていた。

「なんだ、スゥ・ロ・ヤマ? 余は今機嫌がよい。それにこれが、貴様が貴様でいられる最後の時間なのだ。少しくらいの頼みならば聞いてやってもよいぞ」

 フェレスはスゥを眺めて言った。

「スゥがスゥでいられる最後の時間? どういう意味だ、フェレス!!」

 ジークはそう言いつつも、心の奥底では、フェレスの言葉の意味は自覚しているような気がした。

「ジークさんは、黙ってて」

 なのにスゥは、不自然なほどに落ち着いた声で言った。

「フェレス、あたしはあなたの所に、抵抗せずに行く。だから、ジークさんには絶対に、手を出さないで」

「スゥ、何を馬鹿なこと……!」

 ジークはしかし、スゥの表情を見て、続きを話すことができなくなった。スゥには、分かっているのだ。このフェレスという悪魔の力が、他の悪魔とは桁違いであること、たとえジークであっても、その圧倒的な力の前では、虫けらにも等しいことを。だからスゥは、自ら敵に捕まることで、ジークの命を必死で救おうとしているのだ。

 悪魔に捕まること、それがスゥにとってどんな意味を持つのか、ジークにははっきりとではないが分かっていた。当然、スゥも分かっているだろう。それなのに、スゥは自分よりもジークの命を優先したのだ。ジークは、こんな健気な少女一人守れない自分のふがいなさに、拳をにぎりしめた。

「なるほどな。まあ良いだろう。そんなクズの命など、余にとっては殺すほどの意味もない。それだけの条件で貴様が余のもとに来るというなら」

 フェレスはそう言ってクククと不気味に笑った。

「名も知らぬ男よ、良かったな。貴様の命は助かったぞ」

 ジークはゆっくりと顔を上げると、フェレスを鋭く睨んだ。

「スゥ、お前がこんな奴の所に行く必要はない」

「だめ……ジークさん……!」

 ジークはスゥが命懸けで持ってきてくれた、二本の刀の柄をにぎりしめた。たとえ勝ち目がないとしても、ここで黙ってなどいられなかった。

「言ったはずだ、スゥ。オレはいつ何時でも、自分がしたいと望んだことをする」

 すると、ジークの体が白銀に煌めきだした。

「オレがコイツを倒して、全部終わりにしてやる!」

 ジークは地面を蹴った。体が光になり、次の瞬間には目の前にフェレスの姿があった。ジークは右手の刀で、フェレスを切り付けた。

 フェレスの体が宙を舞った。しかし、手応えはなかった。攻撃を受け流されたのだ。

「ほう、ただの人間ではないようだな。少し驚いたぞ。『守護者』の力を持つ人間が、まだこの世にいたとはな」

 フェレスは口ではそう言いながらも、実際には微塵も驚きなど見せていなかった。

「だが、その程度で余を倒すなど、冗談にしても出来が悪いな」

「……うるせえ!!」

 ジークは地面を蹴り、宙に飛び上がった。そして再び、フェレスに切り掛かる。

 それは一瞬にも満たない時間に起こったことだった。気がつけば、ジークの持つ刀は二本とも折れ、ジークの体からは鮮血がほとばしっていた。

「いやあぁぁ!!」

 遠くからスゥの痛々しい悲鳴が聞こえた。すでに意識を失いかけているジークには、それもまるで壁を隔てているかのように聞こえた。


 薄れ行く意識の中で、ただ一つだけ自覚できたのは、自分が敗北した、ただそれだけのことだった。




―オレは、死ぬのか―


 気がつけば、辺りは真っ白になっていて、ジークだけがその無辺世界の中に浮かんでいた。まるで夢の中にいるような感覚だったが、不思議とリアリティのある世界でもあった。


―何が白銀の獅子だ……女一人守れないで、何が救世主だ―


―いや、まだ、終わった訳じゃない―


 心の中の声が言った。ジークが初めて『力』を解放した時に聞いた声だった。


―まだ、彼女は生きている。そして、君もまだ生きつづける。まだ、望みはある―


―例え生き残れたとして、フェレスに勝てないオレに何ができる?―


―あの時、言ったはずだ。僕は君の力を、『少しだけ』目覚めさせることができる、と―


 その声は言った。


―君は近いうちに、ある厳しい試練を課せられることになる。それを克服した時、君の力『守護者』は、初めて完全に目覚める―



―オレは、まだ、戦えるのか―




―ああ、君と彼女の間に、どんな障害にも負けない、強い絆があるかぎり―



白銀の獅子・完








紫苑の聖魔に続く

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ