ちゅうそうたんさく
三階でのアイテム掘りは、効率が良くなった。
確かにモンスターは強くはなっている。しかし、それ以上に俺達パーティは機能していたし、+1グレードの武器防具やヒーリングポーションでの安全マージンも大きかった。
……こうも順調ならば、四階の探索すら選択肢に?
そんな油断まみれの夢想を抑えつつ、いつものように斥候役を務めていたら――
湿った土がむき出しなダンジョンの床に、巨大な昆虫の死骸が!
これは蝉……か? 巨大でグロい腹を見せているけれど、蝉の類?
しかし、なぜ死骸が? 死んだモンスターは、床へと溶けて無くなってしまうのに。
呆然としてたのを不審に思ったのか、陽平が先頭へと合流してきた。
「トラブル発生か、直人?」
「蝉が……蝉が死んでんだ」
「昆虫型モンスターと遭遇か? いや死んでおるなら、予習も役に立たぬな」
例によって音を立てぬよう注意しながら、ガシャガシャと健太郎も追いついてきた。
確かに予想していた昆虫型モンスターであり、それでいて想定外だ。まあ特に害がある訳でも――
突然、巨大な蝉の死骸はバネ仕掛けのように跳ね上がり、そのまま俺へ突進してきた!
「危ない、直人! 避けて!」
翼に言われるまでもない! 何とか仰け反って躱すも――
危なかった! 『レンジャー』でなければ、そして何度も『強さ』を得ていなければ、避けきれなかっただろう!
……とか自画自賛してたら、なんか体液を掛けられてるし! まさか毒とかじゃねぇだろうな!?
そして巨大な蝉の奴は、石造りの壁へ張り付いくと背中の羽根を擦らせ――
耳を劈くような大騒音を!
なんなんだよ、一体、こいつは!? 嫌がらせに特化でもしてるのか!?
「直人、向こうの角を! 敵が呼び寄せられてしまいました!」
悟の指し示す方を見やれば、そこには何体かの人影が。
……べつに顔見知りではないけれど、なにかは知っている。あれは動く死体だ。
「健太郎、陽平! あっちの団体さんを頼む! こっちは俺が!
――翼! 二人のフォローを!」
視界の端では、激しく前後が入れ替わるパーティの最後尾へと、悟が移動していた。
……よし。パニックは起きてない。なら――
ただ巨大な蝉へ意識を集中させる。
おそらく手足はもちろん、頭部ですら急所とはならない。昆虫の弱点は、羽が生えている胴体の部分だ。
そここそが共通な中枢であり、一撃での戦闘不能や即死すら狙える。……少なくとも日本の――地球の虫は、そうらしい。
身体を捻りながら巨大な蝉は再び、突撃してきた。
色褪せてグレーになっていく視界の中、身を投げ出すように深く踏み込む。
俺に陽平や健太郎のようなパワーはない。だから体重を乗せ、素早く、正確に急所を――
刺し貫く!
遅れて顔を目掛けて伸ばされた口吻に――蝉の攻撃に首をひねる。
頬が裂けた。
が、痛みに呻くよりも先に、剣を捩じる。……馴染み始めてしまった空気が入っていく手応え。
遅れて力無く口吻が、まるでゼンマイ細工のように巻き戻っていく。
「こっちは終わった! いま行くぞ! どうなってる!?」
「何体かの足を縛ったよ! 手前のやつから相手して!」
前進の遅れているゾンビ達には、地面から生えた黒い手が足元へと絡みついていた。『足絡み』の魔法だろう。
「健太郎、他に新手は?」
「そいつらだけです!」
応じながらも悟は、広げた両手から『何か』を放つ。何体かのゾンビが崩れ落ちていったから、『死の呪いを解いた』のだろう。
……なんとか立て直せたか? なら、あとは、残りのゾンビを対処するだけ!
自ら雄叫びで鼓舞しながら、俺も前線へと斬り込んでいく!
「なんというか……蝉でしたね」
「……ああ、蝉だったな」
「ボクは一年の頃を思い出しちゃった。ほら、去年の秋頃、赤い洗面器を頭に乗せた教頭先生が――」
「後にしろ、後に! それより直人? どうすんだ?」
そう陽平が促す先には、地図の通りに四階へと降りる階段があった。
「もちろん、降りない。ここまでで時間を使い過ぎたし……けっこうリソースも使わされちまった。もう切り上げて帰るぞ」
「うむ。それで良かろう。べつに我らは、深層が目的でもないしな」
そう健太郎も賛同してくれたし、この判断は間違っていない……はずだ。なのに俺は、この四階への階段を見て軽い高揚感と――
強い誘惑を覚えずにはいられなかった。




