第五話 選考結果と逆ギレ
「母さん! 俺さ! 友達がいるんだ。赤井っていうやつでさ」
「知ってるわよ。光くんでしょ? 頭が良くてすごいわよねぇ」
「なんで知っているの?」
「え? ……ああ、この前、小学校のPTAの集まりあったでしょ? そこで教えてもらったのよ」
「そっか!」
「光くんはすごいわよねぇ」
「うん! 赤井はすごいんだ。何でも知っているし、頭もすげーきれるんだ!」
「……そんな下品な言葉を使っちゃダメ。『すげー』ではなく『すごく』でしょ?」
「ご、ごめんなさい」
「まぁいいわ。この事は父さんに言わないでおいてあげる。それで? 光くんの頭が、どのように優れていると思うの?」
「え? あの、なんとなく……」
「なんとなくじゃダメ。きちんと自分の意見を持ちなさい。そんなんじゃ、社会で認められないわ。あなたは、常に自分の意見を持つ立派な教師になってもらわないと困るんだから。我が家は代々教師なのよ? しっかりして」
「ごめんなさい……」
「謝るだけじゃなくて、自分のどこが悪かったのか、ちゃんと説明して。理由や根拠がない謝罪は、謝っているとは言わないわ」
「はい……。あの、えっと」
「しっかり言うまで、夕食は出しません。ちゃんと意見にするのよ。父さんも言っているでしょ? 『自分の意見が無い人間は必要とされない』って。母さん、久英がそんな子どもだなんて嫌よ」
パピン!
「……ん」
机でうたた寝をしていたところ、腕に巻いているウィズウォッチからの受信音で目が覚めた。
小学校の頃の夢を見ていたのを覚えている。母さんに怒られる夢だ。
そういえば、ここ最近母さんや父さんは忙しくて、顔もろくに見ていないな、と思い出す。
本当は、しっかりと俺の将来について話し合いたいのだが、そんなことができる気配はないようだ。
今日は自習日なので、登校はしていない。
まだ頭の中にもやがかかっている。
目をこすりながらウィズウォッチの通知画面をタップし、メールの件名を見る。
[【高校生お笑いグランプリ】 書類選考通過のお知らせ]
その文字列が目の中に入った瞬間、体の表面に熱が走るのを感じた。
一週間前、書類選考のためにエントリー情報とネタ台本を二本書いてメールを送信したが、はっきりいって手ごたえがあったわけではない。
Geniusに頼ったネタと、独自に書いたネタのどちらが評価されたのだろう。
すぐにスマートノートをアクティブ状態にさせる。
ウィズウォッチとスマートノートはマイアカウントで連動しているので、通知はウィズウォッチから、通知の詳細はスマートノートから見ることができるのだ。
――[【高校生お笑いグランプリ】 書類選考通過のお知らせ]――
改めて、その文字列を見る。なぜか光輝いているように見えるのは、おそらく窓から差し込んでくる夕日のせいだと思う。
文字列をタップし、メールの文面を確認する。
――[書類選考が通過しましたことをお知らせします。]――
スマートノートのディスプレイを指でなぞり、画面をスクロールさせる。
「あー……。ネタの評価は無しかぁ」
残念ながら、ネタについて評価点を解説している文章はなかった。
しかし、言葉とは裏腹にどこか安堵している自分がいる。
「二次選考はネタ披露……。――再来週の日曜日⁉」
つまり、再来週までに実践で通用するネタを考えなければいけない――?
「やばい、やばいやばい! やばい!」
手から汗がどっと噴き出す。再来週?
マイアカウント内のスケジュールを参照しながら、焦る思考を冷静にしようと巡らした。
十二月二十四日には全国統一試験のプレゼン科目がある。
先生や両親に言ってある大学の受験には、この全国統一試験は必ずパスしなければならない。――どっちを取るべきか?
誰かに話したい。相談したい。でも話せる相手は?――小学校から見慣れた顔を思い出す。
震える手で、クロスコードアプリのアイコンをタップ。眼鏡のアイコンを更にタップ。
コール音、一回目。
「あああ……! 赤井、早く出てくれよ!」
コール音、二回目。――赤井はお笑いに進むことを反対している。既に謝罪済みだが、話していいものか?
一瞬迷いが出る。だが、あいつは俺の将来を真剣に考えてくれた。
今度も、きっと人生へ有益になるアドバイスをしてくれるだろう。
『はい。――やあ、久英。ごめんよ、自己定義を修正していたんだ』
やっと、いつもの顔が映る。血色の悪い顔で、眼鏡をかけた顔。
自己定義云々という言葉は、おそらくGeniusに模擬人格を与えるための質問を考えていた、ということだろう。
「赤井、あの、俺さ。書類選考に通った! あの、お笑いの!」
『ああ、確か一週間前に言っていたやつだね。そうか、よかったねぇ』
穏やかそうな笑顔がディスプレイに映る。
その顔は、馴染み深いものだったが、お笑いの話題が絡む会話では見られない表情だった。
「うん、良かっ、た」
思わず、拍子抜ける。張りつめた精神がゆるんだ。
『そっか。僕もね、あれからお笑いのことちょっと気になってさ。【高校生お笑いグランプリ】だよね? ずっと続いているコンテストみたいで、このコンテストで優勝した著名なお笑い芸人もたくさんいるんだね。』
唐突な言葉が、ゆるんでいた精神に雷を落とした。
今までこいつにはさんざんお笑いのことを話したが、決して『興味を持った』と言ってくれることはなかったからだ。
「うん、そう、うん」
『で、書類選考に通ったっていうことは、次は二次選考、実戦でネタ披露ということだね』
なんだ、この態度の豹変は。
今までこんなことなかった。俺がMeMe動画で少し徹夜したときに怒るくらい、赤井は四角四面な考えを持っている。
悪くいえば良い子ちゃん。
「うん、でも、ほら。だから俺はお前に相談したくて」
『ネタのことだよね?』
「え? ――あの、ほら。面接の日は全国統一試験のプレゼンがあって」
『うん、そうだね。でも、久英はお笑いの道を進むんだろう?』
穏やかな笑みで、赤井は俺の希望進路を肯定した。
――なぜ? どうして?
あれだけさんざんやかましく、お笑いを否定していたじゃないか。なぜ急変したんだ?
『二次選考のネタ、どんなやつを考えているの?』
返事を出せないまま、赤井は聞いてきた。
「ああの、そうだな。えーっと、やっぱり、Geniusに相談しながら……」
止まっている頭をなんとか動かして出た言葉には、聞き慣れて、使い慣れた名詞が出てくる。
Genius。質問次第で、なんでもアイディアを出力してくれる便利なツール。
だが、その名詞が口から出た途端、赤井は顔を下に傾けながら、睨みつけるように見つめてきたのだ。
「え? だ、だから。Geniusとアイディアを練ってさ。決めようかなーって」
『本気なの? 自分の人生をかけているんじゃないの? だから全国統一試験のプレゼンを放って、【高校生お笑いグランプリ】のほうに行くんでしょ? なのに、元データを調べないで、Geniusを利用するだけ? あまりにもコストと見合っていない。もしかして、学業から逃げるためにお笑い志望だなんて言っていたの?』
冷ややかなな声が、首に掛けたボーンコンダクターから聞こえてくる。
まるで心臓をつららで刺されたかのようだ。
「本気、だけどさ。まずはやっぱGeniusに聞いて……」
『じゃあ本気でデータ漁ろうよ。確かにGeniusは便利な生成AIで、世界中のあらゆるデータを集めて、しかも欲しい表現やデータを欲しい形式でくれる。でも、お笑いのネタまでGeniusに頼り切りなのは情けないと思わない? 自分にはアイディアも意見もありません、って言っているようなものだよ?』
赤井の言葉が、霰のように心に降り注ぐ。自己表現できずに怒られている生徒を思い出した。
――『何も言えない。ということは、イコールで存在していないことですよ!』と。
母さんに怒られている夢を思い出した。
「――」
『なんで何も言わないの? まさか、お笑いの元データを調べていないの? 本気で目指しているんじゃないの?』
心臓の鼓動が早くなるのを感じた。
父さんと母さんに責められたときのことを思い出す。まるで拷問みたいな、自己表現の時間。
『ねぇ久英。今は人生の転換期なんだよ? 本気で人生が変わるのがこの時期だっていうことは、ソースをあげることが不必要なほどわかっているはずだよね? それなのに、何の意見も考えもなく、ただお笑いをしたい、と? ねぇ、君の決定を応援しているからこそ、僕はこうして君を注意しているんだ』
注意?
「……なんで、なんで、そんなこと言うんだよ。俺は、ただ」
『うん、世の中を笑顔にしたいんだよね。でも、それにしては君は――』
体のなかで、心臓が爆発した。
「なんでそんな! お、俺は本気だ! 俺は頑張っているんだ! 本気で頑張っている人を責めるなんて! お前、そんなこと!」
唇が震えるのを感じる。
スマートノートをひっつかみ、ベッドに叩きつけた。
ぼふん、と情けない音が聞こえる。
ディスプレイの向こうの表情は変わらない。俺を睨みつけている。
「頑張っている人を責めちゃいけないんだよ――!!」
叫びながら、クロスコードアプリの通話停止ボタンを押した。
心臓がバクバク波打っている。くらくらする。こんな激しい動悸は経験したことがない。
「はぁ、はぁ、はぁ……!」
スマートノートのディスプレイをじっと見下ろす。だんだん、腹が立ってきた。
「――ちくしょう。やってやるよ……!」
スマートノートをひっつかみ、叩きつけるように机に置いた。乱暴に椅子に座る。
「みてろよ、赤井のやつ!」
スマートノートのディスプレイにある、MeMe動画のアイコンをタップする。
――MeMe動画にアップされている、お笑い動画を片っ端から見るつもりだ。
徹底的に元データを漁って分析してやろうじゃないか。
分析して、性質・構造・傾向を調べて、そこに俺のお笑いセンスを投入して。
「俺だけのネタ、作ってやる」
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