第四話 親の交換日記と進路
夕方、交換日記を書くために椅子へ座りながら今日の出来事を反芻していた。
交換日記は、小学校から続いている家族交流の方法のひとつだ。
母さんと父さんは教師なので忙しい。俺もレクリエーション塾やら放課後授業には欠かさず行っていたので、ウチはなかなかコミュニケーションを取れる機会が少ない家庭だ。
そんな家族の情報を共有するための方法が、交換日記である。
「あー……」
ぼんやりと、今日あったことを思い出す。
一時限目がディスカッションで、花木がヒートアップして他グループに喧嘩を売ったとき、俺の制御が上手だったので先生から評価点を上げてもらった。
二時限目の数学では空間座標とベクトルの復習をした。
あとの時間割ではいつもの通り市役所で市民税の窓口を担当した。
また、今日時点の評価点も忘れずに書かなければいけない。
市役所との打ち合わせの際に同席してくれた担任の先生の顔を思い出した際、先日の三者面談の笑顔が連鎖して思い起こされた。
面談の際、母さんは、俺がテキトーにでっち上げた志望大学を聞いてニコニコ笑っていた。担任の先生も笑っていた。「久英くんはいつも自分の意見を持っていて、素晴らしいです! 何かない限り、希望大学に進学できるでしょう!」……。
思わず愛想笑いをして、内心を探られないようにと赤井の話をでっちあげてしまった。「小学生からの付き合いのある友人、赤井っていうんですけど、そいつと同じ大学に行きたくて……」と。
しかし、これはすぐに嘘だとバレてしまった。
母さんは、「ひかり……、いや、光くんとそんな話はしていないでしょ?」と、ニコニコ顔で見破った。
驚いたが、どうも俺と赤井の声が大きく、下のリビングにまで響いているらしかった。
今、このときもクロスコードアプリを立ち上げ、赤井をスマートノートのディスプレイに浮かばせながら日記を書いている。
『いつも日記を書いてすごいね。日記の継続率としては間違いなく上位だよ』
「そうか? 普通じゃないか?」
基本的に、日記には自分の考えや意見を漏らさずに書くことがファミリールールだ。
赤井が称賛するようなことは何もない。こいつは、いつも何かしている俺を褒めるのだ。
『すごいよ。継続は力だというけれど、小学校からの日課を今も続けているのはすごいという他ない』
こいつの褒め癖は、小学校の頃からのものだ。
赤井は、いつも俺のやることを自分の意見として支持してくれる。
俺の心の支えで、依存しているのだろうな、と思っている。
日記をひと通り書いて、ドキュメントリンクを父さんと母さん宛てに送信する。
ふと部屋の丸窓に目をやると、既に冬の星座が光っていた。
もう十一月末だ。受験の準備に本腰を入れなけれならない。だが、しみじみと思った。
「俺さぁ、やっぱりお笑いが好きだわ」
『……うーん』
ディスプレイの向こうの赤井が腕を組む。
わかっている。何度も口に出して相談しているから、何を言われるのかもわかっているが、それでも、どうしても口に出てしまう。
『久英がお笑いを好きなのはわかるけど……。せっかく今の開星高校に在籍しているのに、もったいないと思わない? お笑いで成功する確率は、とても低いよ』
「……それは、思う。けど」
『君の高校は進学校で、しかもご両親は教師だ。ご両親が大学進学を望んでいることを知っているだろう? そして、君の評価点は85という高評価だ。また今日はディスカッションで評価点を上げたみたいだし、有名国公立大学の合格も間違いないんだよ?』
「……ありがと。でも、俺は世の中を笑顔にしたいんだ」
『うーん……。優れた教師になるのも、世の中を笑顔にする方法のひとつなんじゃないかな?』
「わかるけど、でも」
だんだん、腹の底がジリジリと熱くなってきた。
『お笑いは、別に専念することじゃないだろう? 正直に言って、いつでもできることだろうに。大学進学は、将来の選択肢を増やすことに繋がるって毎回言っているだろ? だから、君の将来の可能性を潰さないために――』
「わかった! わかったから!」
今にも罵倒が口から出そうになる。両手で顔を覆い、罵倒の代わりに制止する言葉を口にした。
「もう、やめてくれ! 俺の将来じゃんか。俺が決めてなにが悪いんだよ……!」
『ごめんよ、だけど今の痛みはコストとして――』
謝罪の言葉がまだ続くことを知っていながら、スマートノートのディスプレイに浮かんでいるクロスコードアプリのアイコンを、デコピンのように弾いた。
赤井の言うとおり、お笑いは大学に進学して、通いながらでもやっていけるかもしれない。
言う事は、至極もっともである。
だけど、学業は高校卒業で終わりにしたい。
もう学業は精一杯やった。中学受験も、高校受験も自分の限界までやった。
「俺の将来って、俺のものじゃないのか……?」
机に頭をぶつけてみる。ゴン、とスチール製の天板がボーリング球に当たったときのような音がした。
頭を机に寝かせたまま、キーボードに貼ってある付箋を見る。
そこには[【高校生お笑いグランプリ】の書類選考用のネタを考える!]という文章が書いてあった。
本当は、赤井と相談しながらネタを考えたかったが、あいつの考えは変わりそうにない。
深いため息をつく。
仕方なく、頭をあげてスマートノートを手繰り寄せた。
Geniusのアイコンをタップし、簡単な質問、いや質問を書く。
[高校生らしさをコントで表現するとしたら?]
答えがすぐに出力される。
――日常ネタが中心で、テンションの起伏が大きく、設定はゆるい・突飛なネタが多いです。
続けて入力する。
[ひとりで行うコントのネタ台本を予想してください。]
――もちろんです! 高校生がひとりでできるコントとして考えそうなネタ台本を、実際の形式で予想して作りましょう。
Geniusは、いつもこころよい返事と共に人間の要求に応えてくれる。
出力されたネタ台本は、『未来の自分から電話がきた』というものだった。
まぁ悪くない。悪くないが、特に尖った面白さもない。良くも悪くも平均点、というネタ。
もしかして、書類選考ではGeniusの使い方まで審査されるのだろうか。
そうでなければ、わざわざ「※書類選考ではAIが使用されます」なんてただし書きがあるだろうか。
思わず、腕を組んで考え込む。
いったい、どこまで想定しているだろうか? ――いくら考えても、答えが浮かばない。Geniusが答えてくれるはずもない。
「うーん……」
頭を抱える。
本来ならば自分でネタを考えたい。
しかし、書類選考は確実に通りたい。
そして、書類選考ではAIが使用される。ならば、どうすべきか。
「……ふたつ、ネタを書いてみるか」
ひとつは、Geniusが出力したネタ。
もうひとつは、俺が考えたネタ。
ネタの記入欄に、「ネタはひとつだけ記載してください」なんて注意書きは無かった。
なら、ふたつ書いてもいいだろう。
提出期限は明後日である。明日、自分でネタ台本を作ろう。今日はもういい。疲れてしまった。
「赤井に謝らなきゃ……」
あいつは、俺の将来について考えてくれるからあんなことを言うんだ。
ずっとつるんでいたい。赤井も、おそらくそう思っているはずだ。
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