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第一話 “伝説のメロンパン”とGenius(ジーニアス)

『おばちゃん! “伝説のメロンパン”、ある?』


 Genius(ジーニアス)が読み上げる若い男子生徒の声を模した合成音声が、開星高校の体育館に響く。それに対し、俺は購買のおばちゃんの声真似をして返事をした。


「“伝説のメロンパン”……? ああ、あれね。ただの新商品のメロンパンだよ」


 伝説のメロンパンを探して、というコント。高校生らしい、購買部を舞台にしたネタだ。


『でもあきらめない!絶対に伝説を作る男になる!』


 Genius(ジーニアス)の音声が、劇場部から借りたマイクロスピーカー付きのマネキンから再び発せられる。そして決め台詞。大オチ。Genius(ジーニアス)と声を合わせて。


「伝説は……続く!」


 ここで爆笑が起きるはずだ。

 だが、想定とは違い、観客は微動だにしていない。俺と視線がぶつかった先生は、気まずそうに視線を外した。幼児は退屈そうに体を揺らしている。唯一の笑顔は、一年の花木の性格が悪そうなにやにやとした笑顔だけだ。

 スッ、と背筋に冷たいものが走る。俺はスベったらしい。



 夕方、文化祭から帰るなり部屋に籠った。ベッドにダイブして五分ほど頭を抱えて唸り声を挙げた後、そのまま買い換えたばかりのスマートノートを立ち上げ、ネタ帳のドキュメントを開く。

 無数にあるネタの中から、「伝説のメロンパン」のチェックボックスにバッテンを付け、頭をぐしゃぐしゃと掻きむしる。


 我慢できなくなって、クロスコードアプリを起動させる。

 画面のすみに表示されている評価点(スコア)が今朝よりも点数が上がっていることを確認して、大きくため息をつく。


 そして、もはやお馴染みを超えて日常となった赤井の眼鏡アイコンをタップした。どんな状況でも、一回のコールで呼び出しに応えてくれる。


久英(ひさひで)、文化祭のコント――』


 男にしては少々高音の音声と共に、眼鏡の少し痩せた顔が、最新スマートノートご自慢の超性能ディスプレイに映る。

 しかしそんな赤井の顔を確認することなく、そして音声にかぶせるように、一気に自分の感情を吐いた。


「いや、酷かった! これでもかってほどスベったわ!」


 ディスプレイの右隅には、短髪の年相応の顔立ちをした男子高校生が映っている。

 もちろん、立花久英(たちばなひさひで)である俺だ。


 やるせない感情がこもった言葉を、赤井は眉毛をハの字にして受け止めた。


『そっか、すべったんだね。Genius(ジーニアス)にアイディアを頼ったんじゃ、仕方ないよ』

「くっ……! 何も言えない!」


 ふざけた言葉で誤魔化したが、こいつの言う通りである。

 いくら万能の生成AIGenius(ジーニアス)といえど、できないことはある。

 

 生成AI「Genius(ジーニアス)」は、日本で使用しない者はいないというほど、俺たちの日常に溶け込んでいる。

 お笑いにもGenius(ジーニアス)は取り入れられている。

 コントや漫才で「Genius(ジーニアス)」モノがジャンルとして成立しているくらいだ。

 こうしたコントを作りたいと思って、文化祭で披露するコントを考えた。

 しかし、質問(プロンプト)が下手だったらしい。


『だから、お笑いに向いていないんじゃない? そろそろ諦めたら?』


 赤井は大きなため息をついて小首を傾けながら、何度めなのかわからない台詞を吐いた。

 続く俺の台詞も決まっている。


「やだ。俺がなんでお笑い好きなのか知っているだろ」

『はいはい、高嶺の花だった女子が笑ってくれたからでしょ』

「そうだよ。覚えてるじゃん。俺が小学校でコントをしたとき、あの子の初めての笑顔が忘れられなくて……。ってそれよりも! 親友がスベったんだぞ。慰めるとかできないのかよ」

『はいはい、かわいそうだね』


 そう言うと、赤井は死にかけのひよこを見たときのような憐憫の目をしながら、ディスプレイを撫でた。

 俺もディスプレイに触れると、赤井の手の感触が距離と電子の壁を超えて伝わってきた。


 赤井との付き合いは、小学一年生のときの【遠くの小学生と友達になろう】という授業から始まった。

 二〇XX年、ネット技術がインフラの一部となり、子どもがアニメのサブスクに加入し、ネット上でフレンドやら恋人やら作る時代に、この授業は行われた。

 要は、ネットを使って遠方の小学生と交流しよう、というものである。


 小学生へ支給するにしては高性能なスマートノートを与えられ、俺達は遠方に居る同い年の友達と共に勉強や遊びに切磋琢磨した。

 この授業で、赤井とマッチングしたのだ。


 そんなわけで、こいつとは小学一年生から高校三年生の今まで、ずっと縁切れずに親友のままだ。

 名前は『光』だが、赤井と呼んでいる。単に呼びやすいからだ。


「あー。お前に会えたらなぁ。お前も巻き込んでお笑いに誘うのに」

『だから諦めてって。僕はステージには上がれないよ』

「まぁ、そうだけどさ」


 赤井は車いすに乗っている。体も弱いらしく、外にあまり出れないそうだ。居住地へ遊びに行こうとするたびに、こいつは嫌がった。


「……あー」

『いまさら後悔しているの? でも、自己表現しているという点では評価できるよ。現に、評価点(スコア)も上がったみたいだし』

「なんでわかるんだよ。言ったっけ?」

『いや、なんとなくわかるよ。こういう自己表現のイベント後は、評価点(スコア)が上がるものだから。まぁ、評価点(スコア)が上がったからご両親も喜ぶと思うよ』

「俺の両親の鬼っぷり知ってて言ってるのか? お笑いに染まっているの見たら、どんなお怒りがあるか……。文化祭でコントやるってことも、黙っているくらいだよ!」

『そうだね、でもご両親は久英の将来を思っているからこそ、そういう態度なんじゃない?』

「そうかねぇ。そういうことなのかなぁ!」


 ぼりぼりと頭を掻く。

 俺の両親は、とてもとても厳しい。成績……評価点(スコア)第一主義なので、点数を毎日気にするのだ。

 毎日書く親との交換日記には、その日の評価点(スコア)を報告すること、なぜその数字になったのか『意見』を書くことが求められている。

「まぁでも、得るものはあったぜ」

『何?』

「やっぱり、お笑いはAIに任せたらダメだってこと。自分の意思表現をしたことで評価点(スコア)が上がったこと。あと……」

『うん』

「俺、やっぱりお笑いやりたい。夢は叶えたいんだよね」


 スマートノートの右隅に映った俺の口角は、自覚することなく笑っていた。


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