表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/19

内通者

 ―寝違い砦―


「首尾は?」

「上々で〜っすぅ!」

「彼たちまだまだ弱いですね。もう少し待てば幾分楽しめるかと」

「…なんとか」

「頭領。先ほど通信がありました。彼らがここに攻め込むのは三十日後。また、頭領のスキル発動条件を突き止めたとのことです。あちらの軍師、戦闘はイマイチですが頭は回るようですね」

「ほう。手元にある情報で辿り着けるような簡単なものでは無かったように思うが。だが止められやしない。この国の主力は皆かの島へ集結している。数名自分かわいさに亡命しているようだが問題ない」

「人は人を憎み羨むものです。各地で喧嘩や決闘がポツポツと起こり始めていると耳に入ってきています」

「ふん。発動条件を突き止めたということは今回のこちらの動きの理由も理解しているはずだ。無用な動きで裏をかかれるのは不愉快だからな。これ以上は静かにしておけ貴様ら」

「は〜い!」

「は〜い!」

「…承知しました」

「仰せのままに」

「御意」



 ―ミニドラ帝国植民地― 一日目


「ぜんっぜんだめ! 踏み込みが甘い! その態勢だと反撃喰らうでしょ! 何のために剣二本持ってんの!」

「ぐぼぁっ!」

 アホと言われ続けた鬱憤を晴らしているのかというほど厳しい。しかし阿弥阿の指導は実に為になる。実際半日で辿り着けるとは到底思えないほど技量は上がっていた。こちらのスタミナが限界となったところで阿弥阿は無形との修行に切り替える。アホなだけで本当に凄いやつなんだな。休憩中ムゲに、リットンしごかれてていいな、羨ましいと言われ鳥肌がたったのは秘密だ。


「リットン♪」

「おう。ぬこも、どうした?」

「リットンさん、中部の村で殺人未遂事件が起こりました」

「未遂? 警察か何かが止めに入ったのか?」

「んーとね、警察ではないけど誰かが来て止めてくれたみたい♪ 殺せてないから暴行罪で犯人は捕まってる。被害者はケガはしたけど命に別状はないってさ♪」

 やはり箍の外れた奴が現れ始めたか。だが死に至らなくて良かった。ミニドラからの報告を受けて持ち場に戻り修行を再開しようとしたところでよいちょがこちらに向かって全速力で飛んでくるのが目に入った。

「リットン殿〜!」

「今度はよいちょか。どうした? 雪兎は一緒じゃないのか?」

「あの少年は誰でござるか!」

「雪兎だろ? おねしゃの諜報員の。お前とペア組めって言ったじゃないか」

 仕事を与えすぎておかしくなってしまったのであろうか。

「リットン殿、ふざけていないでござる。拙者の知っているおねしゃに諜報員はいないでござる」

「今年入ったんだとよ。阿弥阿に聞いてみろ」

「……そうであったでござる! 御免被り仕り〜!」

 何だったのだろうか。今さら陣営メンバーの顔を忘れるなんてあり得るのか? 真っ直ぐと阿弥阿に向かって飛んでいたが途中で折り返し、また俺のもとへやって来る。


「リットン殿、後ほど少しよろしいか」

「っ、ああ」

 表情が険しい。こいつのこんな顔は滅多に見られるものではない。以前ゆうが勝手にプリンを食べた時以来だ。もしや雪兎に何かあるのか? まさかあいつが内通者なのだろうか。よいちょから話しを聞くまでは考えても仕方がない。修行に戻ろう。かれこれ十五分は休んでいる。無形に断りを入れ阿弥阿を借りる。ブラフを張っているんだ、早く強くならなければ! 仇は必ず、俺とイオで取る!



 日が暮れていることに気がつけなかった。随分と集中していたものだ。身体中が痛い。阿弥阿の攻撃は速くそれでいてとても重く、剣で受け止めてもダメージがでかい。今から肉体改造をするには時間が足りない。普段からここまでの熱意を持って鍛錬していればと後悔する。双剣の扱い、戦い方は阿弥阿に超絶スパルタ指導を受けているおかげである程度形にはなってきていると思う。だが相手は門番。俺同様に双剣を使用する強敵だ。まだまだ足りない。

「リットン、焦ってもしかたないよ。社長が稽古つけてくれているんだから大丈夫」

 汗を拭っていると琥珀に話しかけられた。切羽詰まった表情をしていたのだろうか。いんちょを失い勝率が下がった今、戦えるのは俺とイオしかいない。追い込まれているのは事実だ。

「ありがとう。分かっているよ。阿弥阿の修業は本当にためになる。おねしゃが強い理由がよく分かったよ」

 横で酒をかっ喰らっているクロムと琥珀に就寝前の挨拶をして、カズのところへ向かう。頼まなければならないことが有るからな。


「カズ。ちょっといいか」

「はい。僕もちょうど話さないといけないと思っていたところです」

 場所を変えよう。周りに人がいないところと言えばどこだろうか。風呂か。どちらにしろ風呂には入らなければならない、同時に片付けてやろう。

「今の時間ならだれもいないな。カズ、風呂場でいいか?」

「……リットンさん、何をするつもりですか」 

 違う違う違う違う! 俺はちゃんと異性が好きだ!

 誤解しかけているカズにその気はないことを丁寧に誤解のないよう説明し風呂場へ誘導する。


「気づいていると思うが諜報員三人とミニドラの中に内通者がいると考えて間違いない」

「やはり、その話でしたか。見当はついていますか?」

 ゴマの出現でカズもそこに気が付いたのだろう。

「現時点では何とも言えない。状況を考えるとミニドラが怪しく思えてしまうが確定していない状態で行動を起こすわけにもいかない」

「賢明だと思います。疑心暗鬼に陥ると士気に関わる。最悪亀裂が入り共闘が叶わない可能性だってあるますから」

 やはり協力者にするのであればカズしかいない。こいつは本当に頼りになる。

「お願いがあるのだが、炙り出すのに協力してくれないか」

「もちろんです。このまま内通者がいるとなると厄介ですし。気を悪くしたら申し訳ないのですが諜報員のうち二名はリットン調査団所属です。僕の立場からするとその二人も同様に怪しく思えでしまいます」

「ごもっともだ。だからこそカズ、お前にはぬことよいちょ丸を観てもらいたい」

「……そういうことですか。理解しました。何か怪しい動きを感じたら報告するようにします」

「ああ、頼む。早速だがこれからよいちょ丸と話がある。珍しく険しい表情をしていたから何か掴んだのかもしれない。カズも同席してくれるか?」

「もちろんです」


 カズと共によいちょ丸のいる所へ向かう。いつもは木の上や土に寝転がり爆睡こいているのに今日は人の多い場所で雑談をしていた。

「よいちょ丸、待たせたな。行こう」

「リットン殿〜! どこまでもついて行くでござる!」

 とりあえずは人の居ない所へ……風呂場だな。

「よいちょ丸、風呂場でいいか?」

「リットン殿、どこまでもついて行くとは申したがそういうのはちょっと……」

 違う違う違う違う! デジャヴ!

 数分前と同じやり取りをして風呂場へ向かう。



「それで、何かあったのか?」

「リットン殿、昼間の話でござる」

「雪兎のことだな」

「ござる。雪兎殿が我々と行動を共にしていることは分かっているのでござる。でも拙者は本当にあの少年が誰なのか分からなかったのでござる」

「耀星杯の後団長会議をした時から一緒にいたじゃないか」

「それは拙者も覚えているでござる。だがしかし拙者はお願い社長に諜報員は居なかったと記憶しているのでござる。我々非戦闘員は耀星杯の時待合室ではなく闘技場場外から応援するのでござる。リットン殿、お願い社長と戦った時そこに雪兎殿はいたでござろうか?」

 ……記憶が曖昧だな。いたと思うが自信はない。

「居た、ような気がする」

「リットン殿の強みは記憶力と頭がキレるところと存じておるでござる」

 人並み以上であることは自覚している。世間一般で記憶力の良い方に分類されることは自他ともに認めるところだろう。

「リットン殿は雪兎殿についてどれほどの情報を持っているでござるか?」

「詳しくは知らなかったが今年加入したおねしゃの諜報員らしい。戦闘能力は皆無だが脱兎の如き逃げ足で煙に巻くことが出来る。固有スキルは無し。華奢な青年」

「雪兎殿加入はいつ知ったでござるか」

 半年前の団長会議の時には聞いていない。二か月前に男まみれの飲み会を開催したがその時にも聞いていないのは確かだ。だが耀星杯の後団長会議をした時には知っていた。待合室で阿弥阿から聞いたのだろうか。正確に思い出せない。

「リットン殿は今まで固有スキルのない人に出会った事はあったでござろうか」

 ない。この国、この世界の人には必ず固有スキルは発現する。ぬこの聴力だってよいちょ丸にだってある。

「先程『雪兎殿は固有スキルが無い』と確かにそう言ったでござる」

 嫌な鼓動が胸を打つ。先ほど汗を流したというのに全身から脂汗が噴き出てくるのを感じる。

「そんなわけあろうか?」

 この世界の意志のある生物には必ずスキルはある。何故そこに疑問を持たなかった。今よいちょから話を聞くまで何の疑問も抱かなかった。

「カズはどうだ。スキルを持たない雪兎の事を疑問に思ったか?」

「いえ、全く思っていませんでした」

 青い顔をしているカズはそう答える。俺だけならまだしも大の大人が二人も世界の前提を失念することなどあるだろうか。普段ならともかく耀星杯後の緊張感のある中で誰も疑問に持たないことは明らかに不自然だ。


「拙者は雪兎殿を知らない記憶と知っている状態で過ごした時の記憶が混在しているでござる」

「それはある時を境に雪兎君が誰なのか分からなくなったってことですか!」

 気持ちは分かるが明らかに声がでかい。勘付かれたらどうする。それに要らぬ勘違いをされる可能性もあるんだぞ!

「その境目に何が起こったのか覚えている事はあるか?」

「雪兎殿と認識していた状態で情報収集の為にミニドラ殿の書斎で砦の形状について調べていたでござる」

「なにか怪しいことはあったのか?」

「それが拙者にも分からないのでござるよ……」

 だがよいちょ丸の認識だけが変化したということは明らかな外力が働いている。おそらくスキルだろう。

「カズは今の話どう思う?」

「少なくとも嘘には聞こえなかったです。言われてみれば闘技場の場外にいたか確実な記憶がないですし、加入時期も鮮明に覚えていません」

 解釈は一致している。

「よいちょ丸、雪兎が怖いか?」

「正直怖いでござる。仮に内通者だったとして拙者が気づいていると勘付かれたら殺されるでござろう」

「確信したら自身の身が危なくなる。そうなるとよいちょ丸を殺して自分も逃げる可能性はある。だが内通者も情報を吸い取る為に潜入してきている。ギリギリまで情報が欲しいはずだ」

 俺がよいちょ丸やゆうに情報を得るまで帰るなと言うように扱いとしては同じようなものだろう。

「よいちょ丸、お前は出来るだけ気付いていることを悟られないように今まで通り接するんだ。そして何とか雪兎に『ようせい』と言わせてスキルを把握出来るように努めてほしい。とは言え危険であることは間違いない。内通者だと確定した訳では無いが万が一を考えるとすぐに対応出来る奴の近くにいたほうがいい」

「僕が近くで修行をするようにします。いいかな?」

「ああ。頼もうと思っていたところだ。スキルが判明したらすぐに報告をしてくれ。じゃあ解散」


 あまりにも長く留守にすると勘付かれるだろう。要らぬ勘違いもされるだろうしな。俺とカズに至っては二回目の風呂だし。勘違いされてしまったら済まない、カズ。



 ―ミニドラ帝国植民地― 二日目


「甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い! 貧弱ッ!」

「くっ…そぉおお!」

 戦闘力では耀星杯の時のいんちょを超えているはずなのに全く手応えがない。阿弥阿も強くなっているから差が縮まらないということもあるのだろうが、何かが決定的に足りない気がする。

「阿弥阿、ちょっと、待って!ちょっとだけ話しを――」

「うーわ。休む口実に。だせー」

 違う! が、息があがってるため反論ができない。

「無形さーん! やろー!」

「くっくっく。団長殿の今世紀最大の情けない姿を魂に焼き付けつつ励もうか阿弥阿よ」

「待っ…待って! 本当に違う!」

「はー? なにー?」

 ようやく声が出せるほどに落ち着いた。無形が差し出してくれたホットカフェラテを丁寧に突き返し、ムゲの水筒から許可をもらい水をいただく。この状態の人間にホットカフェラテを提供するとはとんだサイコパスだ。


「済まなかった。阿弥阿、俺の戦闘力はだいぶ上がってきてるよな?」

「前よりはねー。前が酷すぎたんだけどねー」

「俺と手合わせしててさ、俺って戦闘力よりも弱くない?」

「……そうかも。確かにその戦闘力ならも少し攻撃力あってもいいねー」

「なにか思い当たることとかあるか?」

「横からすまぬが団長殿は何か技はないのかの?」

「特にないな。あったほうがいいのかな?」

「元気じゃん。まずは基礎能力あげないと技も何もないねー。だ、か、ら、さいかーい!」

 楽しそうにぶん殴ってくる。全身全霊の回避を決め自己採点百点満点の反撃を放つが余裕で躱される。阿弥阿に一撃でも入れられるようにならないと話にならない。


 日が落ちかけている。阿弥阿の修業は本当に死ぬのではないかと思うほどにキツイ。肺が張り裂けそうだし足は棒のようだ。またも優しい男、ムゲが水をくれた。でもやめてくれ羨ましいとか言うの。寒気するから。

 全体的に修行は上手くいっている。ムゲやカズ、琥珀達も以前の比で無く強くなっている。しかし、ゆうの覚醒は依然として兆候がない。――いや、昨日から片方の眼が充血している。覚醒をすると右眼の瞳の色が変わる。唯一の覚醒者である、ゆゆゆは普段眼帯を右眼に着けているが一度だけ見せてもらった事がある。左眼は普通の黒い瞳だが右眼は真っ白だった。先代団長を失った際に覚醒したと本人からは聞いている。

 これは覚醒の兆候なのかも知れない。本人に言うとつけあがって調子に乗るだろう。セリカにだけ充血してる眼の瞳に気を配ってくれと伝えよう。

「セリカ、ゆうの右眼どうしたのか知っているか?」

「分からないんだよね。覚醒の兆候ならいいな~って思うけど」

「お前の言う通り覚醒の予兆かもしれない。本人には言わずに様子を見ていてくれ」

 ゆうちゃんのことは私が見てるから大丈夫! と惚気全開の笑顔で快諾してくれた。


 俺も覚醒できれば更に勝率アップに貢献できるのだろうか。今のところ兆候も何も無い。ゆうみたいに充血もしてないしな。いや、可能性の低いものに賭けるのはリスクが大きすぎる。堅実に基礎能力アップを目指そう。そもそもスキル覚醒なんて国にゆゆゆしか居ないレベルの希少性なんだ。ポンポン発現出来るわけがない。

 カズとよいちょ丸に目配せをして風呂場へと向かう。雪兎とも目が合ったが自然を装い視線を外した。



「今日は特に何もなかったでごさる」

「近くで見ていてどうだった?」

「見ている限りは特に変化は感じなかったかな。よいちょ丸さんも普段通りにできてたと思います」

「スキルは分からなかったか」

「雪兎殿は拙者のことをよいちょと呼ぶのでござる。妖精さんとは呼んでくださらぬ故に困難でござる」

 なんとかしてスキルを知りたい。だが今日に至るまで妖精と言わないことを考えると徹底して回避しているようにも思える。

「今更だが一度もようせいと発したことはないんだよな?」

「左様でご、……いや、あるでござるか?」

「ええ! いつですか!」

 昨日もそうだが声が大きい。

「……そうでござる、昨日丁度少年が誰なのか分からなかったときでござる!」

 これは、なるほど。

「うん。分かった。でもまだ決定打にかける。しばらくは様子を見よう。余程の変化があればまた集まろう、でないのなら今日以降風呂場会議は無しだ。不審に思われても動きづらくなるだけだからな」

 同意の返答を受け各々風呂を楽しみその日は解散となった。


 懸念事項は殆ど解決したも同然だ。俺の中で内通者は確定している。間違いなく雪兎だ。ドット卍会は雪兎から俺達が二十八日後に攻め入ることを聞いているはずだ。電話なのか手紙、或いは知りもしない通信手段を使っているのか分からないが逆手に取り奇襲を仕掛けたい。そのためには事前にやらなければならない事がある。機動力的にはよいちょ丸に頼みたいが雪兎の側を離れさせるわけにはいかない。二人で居るように指示したのに単独行動させると怪しむだろう。

 髪の毛を乾かし、広場へと向かう。昼間は茹だるような暑さだが夜は比較的涼しい。湿気が無いためだろう、湯上がりにはとても心地良い。焚き火の近くで琥珀とクロムの馴れ初めを聞いて顔を赤らめているぬこを呼ぶ。

「ぬこ、ちょっといいか」

「はい!」

 ぱっと顔をあげて走り寄ってくる。大事な任務だ。ここで見つからなければ勝率は今のまま変わらない。なんとしても見つけてもらわなければならない。頼むぞぬこ。


「…………。はい、承知しました!」

「どのくらいでここに戻れる?」

「分かりません…でも虱潰しにいけば二日くらいだと思います!」

「充分だ。まずは東を当たってくれ、恐らくだが東の村何処かには居るはずだ。帰ったら次は配置を割ってもらう。少し大変だと思うが頼むぞ、ぬこ」

「分かりました、では行ってきます!」

 ミニドラにお願いし本土で二号と落ち合えるよう手筈を整えて貰い船を出す。時間がない。焦りは禁物だが焦らずには居られなかった。



 ―南東部の村―


「どのような理由があるかは知りませんが人を殺すことはいけませんよ」

「うるせぇ! 出せっ!」

 信じられない。法が許しても人の道を外れて良い訳がないのに。警察が来たら引き渡して次は隣を見なくちゃ。


「ありがとうございます!」

「この人があの人を殺そうとしてた。死んではいないから暴行罪よね?」

「あとはコチラで進めます! ご協力感謝します!」

 早くしないと。まだ連絡はないけれど始まってしまうかも知れない。


「すみませんお姉さん! これ、解除願えますか?」

「……ああ、すみません」



 ―北東部の村―


「姉ちゃん、いつもありがとよ! おかげでこの辺りは平和のままだぜ!」

「いえ、私など。このくらいしか出来ず申し訳ありません」

「なーに言ってんだ! 姉ちゃんが来てから混乱してた俺達も落ち着いて生活できてるってもんよ!」

「そう言っていただけると嬉しいです。もうしばらくはここに置いていただけますか?」

「あたりめえよ! あ、ほらこれ今日のオヤツだ!これ好きなんだろ?いっつも持ってるもんな!」

「ええ。これさえあれば私は何も要らないのです。おいしー」



 ―捻挫島―


「いいけどまだまだだな。俺は今制御できてるぜ」

「…っ」

「相手に植え付けるんだ。思うようにさせるな」



 ―ミニドラ帝国植民地― 五日目


 今日も今日とて修行中。阿弥阿の攻撃を受けても反撃する程の余裕が出てきた。まだ当たったことは一度もないけど。技を考えたほうがいいって無形に言われたな。いんちょはクロス斬りが得意だった。俺はなんだろうな。連撃とか回転斬りとか?


「リットンさーん!」

「お帰り、ぬこ! どうだった!」

「言われた通り伝えてきました!」

 流石我が諜報員、しっかり二日で戻って来た。そしてこれで準備はできた。ムゲと修行中のカズがぬこと話す俺を見てこちらに駆け寄ってくる。

「ぬこさんお帰り、お疲れ様。」

「ありがとうございます!」

「動くんですね」

「ああ」

「内通者は雪兎君ですか?」

「間違いない。俺もカズも雪兎は未だにおねしゃの諜報員だと記憶している。おねしゃの奴らは俺らよりも仲間意識が強いはずだ。記憶の中では今年一年仲間だったわけだからな」

「納得させられますかね」

「させるさ。よいちょ丸もいる。ではすぐにでも始めようか。時間が惜しい。ぬこと俺とカズで手分けして皆を広場へ呼ぼう」



 五分程で広場に全員が集まった。詳細を話していない為困惑している様子だ。

「修行中なのに皆済まない。これから少し大事な話しをする。結論から言おう、内通者がこの中にいる」

「団長殿、それは誠なのだろうな」

 無形は存在に気が付いているはずだ。それでも声色には凄みがある。間違いないのだな、という意味が含まれているように感じた。

「ああ。名乗り出ないだろうからこちらから言うが雪兎だ。とりあえずそいつを囲んでくれ」

 皆、いきなりの名指しに目を大きく開いて内通者の事を見る。当の本人は腰を抜かしへたり込み周りの人間をきょろきょろと窺っていた。当然だが動揺している。

「え、え、ぼくですか……?」

「んーないと思うよー」

「グビグビ〜。オレもそう思う〜」

 口々におねしゃメンバーが否定をする。それはそうだ。記憶の中では仲間なのだから。

「説明がないと納得はできないだろう。もちろんこれからする。だからひとまず雪兎を囲んでくれ。逃げられたらこの戦いの勝ち目は潰える」

 納得がいかないという様子だがしぶしぶおねしゃメンバーも雪兎を取り囲む。

「まずは五日前、捻挫島からここに移動してきた日の出来事だ。ゴマが移動経路にいたと言う。それは間違いないな?」

「双眼鏡で確認したが間違いなくゴマだったぜ」

「カズ達の移動経路ドンピシャにゴマが現れたのはどう考えても不自然だ。目的は分かっていないが今は重要ではない。そもそもカズ達は島から出ると決断してから三十分でゴマと相見えた」

「確かに時間は早すぎるわね。移動先を知ってから向かってたんじゃ間に合わない」

「その通りだ。恐らく海上で待機しており目的地を聞いた内通者から連絡を受け座標に移動したものと考えられる」

「んー。それだけで雪兎が内通者っていってるのー? 雪兎は今年入ったばっかりだけどちゃんとずっと仲間だった」

「ああ。俺もそう記憶している。だが、よいちょ丸。お前はこいつが誰なのか知らないんだよな?」

「……そうでござる。少年に妖精さんと呼ばれてから少年が誰なのか分からなくなったでござる」


 皆何を言っているのか訳がわからないといった表情でよいちょ丸を見る。まるでよいちょ丸がイカれたのかと思っているようだ。

「皆に聞く。雪兎の固有スキルを知っている奴はいるか?」

 俺とカズのように固有スキルが無いものとして認識させられているのだから当然誰も知るはずはない。

「この世界で固有スキルを持たない人間に俺は今まで出会ったことがない。ただ一人のイレギュラーという可能性もあったがよいちょ丸の話を聞いて確信した」

 無形以外はよいちょのスキルをレジストできない。おそらく無形は次元操作という三次元で生きている我々が本来理解できるはずのないスキルを使用していることが原因だろう。裏を返せば三次元で暮らす人間が理解の出来るスキルであればよいちょは把握することが出来るのだ。

「なあ、雪兎。妖精さんと言ってくれないか」

「…………」

「言えないか。言ったらバレちゃうものな。なら俺が代わりに答えよう。お前のスキルは記憶の操作だ」

「っ!」

 体をびくっとさせると悪戯がバレて怒られる寸前の子供のような怯えた表情でこちらを見つめてくる。

「俺は今でもお前がおねしゃの諜報員だったと記憶している。皆も同様だろう。だが記憶の操作が甘かったな」

 阿弥阿を始めとする、おねしゃメンバーの表情は怪訝さと悲しさを孕んでいる。自分のギルドから裏切り者が出たと思っているのだから無理もないがこいつに作られた偽物の記憶だ。事実はそうじゃない。

「俺は耀星杯の待合室でドット卍会を初めて見た時に七人いたと記憶をしている。双子とゴスロリピンクとグラマラスお姉さん、そして三人の男だ」

「俺たちは待合室で見ていたが戦っていたのは六人だった。それに俺たちが決勝で戦った時も相手は六人だった。リットンも見ていたはずだ」

「動物愛護団体との試合前の待合室には七人いた。これは間違いない。特徴も何もかもが薄れてしまっているが七人いたことは事実だ。入場した際のメンバーリストでもあれば確実だが手元にはない。念の為あとでミニドラに手配してもらおう」

 雪兎は怯えた小動物のように浅い呼吸を繰り返し全身に汗をかいていた。今日も中々暑い日ではあるが恐らく冷や汗だろう。顔色が良くない。魔女裁判にかけられているのだから当然だが。

「阿弥阿。俺らとの試合で場外では必死によいちょ丸とぬこが俺等のことを応援してくれていたよな。お前達の応援をしてるやつが場外にいたか?」

「非戦闘員は待合室ではなく場外で応援をするのでござる」

「確かにぼくもそこにいました。でも。言われてみると……」

「まあ、いい。きっと記憶はないはずだ。そこは俺もうろ覚えだから決定打にはならない。雪兎が記憶を操作し、内通者として潜り込んでいることを確信したのは先ほどよいちょが話した件だ。よいちょ丸、お前雪兎のスキル知ってるか?」

「拙者は今リットン殿から話を聞いて初めて知ったでござる」

「知らなかったんだな。お前が雪兎のことを認識しなくなった話をした時、確かに言った。『少年に妖精さんと呼ばれてから少年が誰なのか分からなくなった』と」

 皆考え込んでいたがカズが一足早く理解する。手をぽんっと叩きながら雄たけび一歩手前の大きな声を上げた。

「なるほど! 妖精さんと呼ばれていればスキルを知ることができる! 仮に無形みたいに判明しなかったとしてもスキルが分からなかったということを記憶してなければおかしいんだ!」

「雪兎は誤って妖精さんと呼んだことで絶対に知られてはならないスキルをよいちょ丸に知られてしまった。だからお前はよいちょ丸が、お前のスキルを知った記憶を消したんだ」

「……」

「そして恐らく記憶操作の能力はそこまで強度が無いのだろう。二回目の記憶操作を受けたよいちょ丸は最初に操作された『この少年は雪兎でおねしゃの諜報員』という植え付けられた記憶が消えた」

 この少年が内通者を担うというのは未だに解せない。何よりも信じたくない気持ちが大きい。諜報員に任命したときのキラキラした目も演技だったというのだろうか。


「何故ドット卍会の肩を持つんだ。内通者だと判明してからというもの怒りが止まらないんだ。納得の出来る説明があれば落ち着くかもしれない」

「何を言ったって納得しないでしょう、よく言いますよ。それに納得させられるとは思えません」

「そうか。質問に答えろ。答えなければ斬る。まずは右脚だ。ああ、今俺達の記憶を操作しても無駄だぞ。手は打ってある」

 顔を動かさずに阿弥阿が目だけをこちらに向ける。寂しげな表情から一変殺意をこれとなく放出する。

 もちろん切断なんかしたくない、というか俺には出来ない。入れ替え戦の最中というのなら別だが非戦闘員に対して、少しの間だけではあったが本当に仲間だと思っていた奴に対して俺はまだ非情になりきれない。もしかしたらこのあとの質問で非情になりきれる可能性もあるがその時はきっと阿弥阿達が止めてくれる。

「通信機器はなんだ」

「モールス信号です。奥歯に着けてあるものを使用します。ドット卍会のメンバーに送信されます」

「通信頻度は。次の通信はいつだ」

「二日に一度です。時刻は九時から午後の三時の間。次回は明日」

「モールス信号を打つものを取り出せ」

「はい」

「お前は心の底からドット卍会の仲間なのか」

「……分かりません」

 正直なところ今この話を切り出して良いものなのかというのは分からない。だがこれを知らずに俺は戦場には行けない。どうしても答えてもらわなければならないことがあった。

「最後に。亜脱臼村が攻めるに適切だということをドット卍会に流し――」

「いいえ」

 怒りを込めた鋭い目でこちらを睨みつけながら否定する。完全に信じている訳では無いが怒りの感情は徐々に小さくなっている。聞かなければならないことはひとまずはこのくらいか。


 さて、囲まれているから逃げられはしない、からといって自死は勘弁してくれよ。こいつの死で奴らのスキルが発動しても厄介だし何よりやはり死んでほしくはない。

「雪兎。黙って捕まってくれれば手荒な真似はしない。逃げようとするのなら俺がお前の四肢を切断する。逃げられないようにな」

 阿弥阿を除き悲しいといった表情で俯く。阿弥阿だけが鬼の形相で睨みつけてきていた。今にでも殺してやろうかといった殺意を全身で感じるが視線を合わせはしない。

「殺さないのなら傷害罪で捕まるでしょう?」

「内通者だと分かった以上、ここにいる誰もが俺のしたことは見てないことにしてくれると思うんだがな。どうする?」

「そうですね。それに抵抗するつもりはありません」

 ミニドラが連れている護衛兵が拘束、地下の独房に監禁することにした。心にしこりは残るがこれで内通者の件はクリアできただろう。だが何のために圧倒的な強さのドット卍会は内通者を潜り込ませたのだろうか。俺達が歯向かうことを予期していたのか? 相手には頭のキレる奴がいるのか恐ろしく慎重な奴がいると考えたほうがいい。



「済まなかった。早い段階で判明はしていたんだが確たる証拠がないと皆、特に阿弥阿やムゲ達は納得できなかったと思う。少し手荒になってしまったがこれで内通者は居なくなった」

「ねーリットン。逃げようとしてたらホントにやってたー?」

 返答次第では俺を殺そうと、いやボコボコにしてやろうと思っているのだろうな。柄に手が伸びている。

「まさか。そんな事出来るわけない。それにこれから理不尽な法を変えようとしてるやつがそんな事を、して良いはずもない」

 品定めをするかのように表情をじっくりと観察してくる阿弥阿だったがどうやら検定をパスしたのだろう。

「良かった。ならいーや」

 というと一人修行を再開していた。俺達が人の道を外れるのは奴ら六人を倒すときだけでいい。その為に内通者を排除したんだ。


「誰かモールス信号を打てる奴はいるか?」

「うむ。できるぞ」

 何故出来るのかと聞くと学生の頃に試験に出されたそうだ。把握している限りこの国の学術機関のシラバスにはおろか科目すら無い様だがとんでもない教師が居たものだ。この国の教育に不安を覚える。今回はそれで助けられたがこんな事はレアケースだろう。

「明日の正午に『うごきはない』と通信しておいてくれないか」

「うむ、承知した」

「内通者は片付きましたが、攻め込むのは何時にしますか? 僕ととムゲさんも連携は上がってきています。修行に時間をかければかけるほど戦力は上がるでしょうが本当に三十日もかけていたらまた何か事件が起きてしまう気がしてならない」

「ああ、阿弥阿と無形。今の俺たちはどうだ?」

「うぬ。良くはなっているが……というか電卓使ったらよいのでは?」

 確かに。

「雪兎から情報が漏れていることを加味して現時点での勝率は30%ってところだ」

「グビグビ〜。思ってるより低いか〜?」

 こちらの陣営としての数値は目覚ましく上がっている。しかし雪兎から情報が漏れており、対戦カードがバレていることを考えるとどうしても勝率は下がってしまう。

「これから諜報部隊が配置を完全に割る。無形がモールス信号を打てるとは言え個人の癖がある筈だ。そこに違和感を抱かれると敵が動く可能性がある」

 できるだけこちらの能力をあげて挑みたいが悠長にしていると街で死人が出るリスクもある。


「決戦は五日後、出発は四日後だ」



 ―西部国境―


「ここの忍具は本当に最高です。いつもありがとうございます」

「いつもありがとな! ところでよ、兄ちゃんの国今大変だな。戻らねえでここにいたほうが安全なんじゃないかい?」

「そうですね……。でもそういうわけにもいかないんです。あの国の皆が好きなので僕も手伝わないと」

「そうかい。兄ちゃん程の腕なら大丈夫さ! 死ぬなよ、兄ちゃん」

「ええ。ありがとうございます!」


 そろそろ北に進まないと間に合わないかも知れない。村の人達に留守を託してきたけどその間に何があるかも分からない。急がないと。


「お兄さん、お兄さんや」

「はい?すみません、ちょっと急いでまして」

「お一ついかがかな?」

「いや、結構………やっぱり一ついただきます」

「毎度」 


「お疲れ様です。なるほど……ありがとうございます。承知しました。それでは四日後に」



 ―独房―

 どうして僕ばかりがこんな目に遭わなくちゃいけないんだ! なんでなんでなんでなんで! どうして僕なんだ!


「よぉ、雪兎」

「…何しに来たんですか」

「そんな言い方しないでくれよ。心配だったから来たんだよ。ギルメンだからな」

「だからその記憶は偽物だってリットンさんが言ってましたよね」

「おまえはさ。仲間だった記憶を消すことだって出来たんだ。だけどそれをしなかった」

「……」

「仲間で居たかったんじゃないのか? お前は本当にあいつらの仲間なのか?」

「そうですよ」

「そうか。また明日くるよ。気が向いたら話してくれ、おやすみ」

「……もう来ないでください」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ