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会敵

 ―捻挫島中南部―


 この島、島というには広すぎる。最南端の海辺に陣取ってたとは言えけっこうな速さで進んでるのにまだ中部にすら出られていない。このままだと接触出来るのはどの辺りだ……良くて中北部、最悪で中央部と言ったところか。

 出てからというもの会話は無い。イオは話にならんから置いといていんちょが無言のためだ。本人は冷静だと言っているものの目を見るに明らかに殺意に燃えている。当然な感情だが、冷静でない者との作戦遂行は困難を極める。ただでさえイレギュラー人類のイオが居るのだ。

「必ず仇取ってやろうな。だがそれは今じゃない」

「……そうだな。理解はしているさ」

「荒ぶるようなら俺が止めてやる。イオもな。俺ならともかくいんちょのためならイオは動くから」

「お前らに止められるほど弱くないので」

 ふっ、と鼻で笑い返された。まあ、そのくらいがお前らしくていいと思う。頼むぜ相方。


 進んでいると前方から枝を踏みつける音が鼓膜を揺らす。同時に突如前方から圧倒的な気配を感じた。目の前に現れたそいつは全てにおいて隙が無く相対するだけで恐怖を感じるほどの圧を放っている。

「おやおや、これは。軍師自らがおいでになるとは思ってもおりませんでしたよ」

 年齢は俺と同じか少し上かくらいの肌のツヤのくせに中年ジェントルマンみたいな話し方しやがって。剣を抜いた臨戦態勢の俺等とは対照的に背後の木の幹に寄りかかりながらサングラスの位置を整えている。

「門番、お前たちが亜脱臼村を潰したのか?」

「果て? こちらの地理は若干違うのでまだきちんと把握は出来ていないのですよ。申し訳ございません。もしや過去に存在した村の亜脱臼ですかな? 確か六時間くらい昔には地図に残ってた村がそんな名前でしたかね」

 感情のコントロールは人並み以上に出来ていると自負していた。しかし日常生活のアンガーマネジメントなど所詮日常生活用。ここまでの非日常にまでは対応できないようだ。出来るだけ冷静に。だが当然怒りは波のように押し寄せる。

「何故、潰す必要があったのか教えろ」

「それはあなたが考えることでしょう。教える義理はございません。なんといっても法令に違反はしておりませんから」

 手の内を見せるとは思ってはいなかったがこいつと話をすればするほど感情が怒り一色に染まってしまう。

「来ないのですか? 稽古をつけて差し上げますよ」

 言われるまでもない。既に抜いてある双剣を強く握りしめ駆け、間合いを詰める。相変わらず武器も抜かずに直立しているがそこに隙は全く無い。右に握った剣を袈裟に振ろうと予備動作を取るも、最小限の所作で門番の右脚が左腰に向かって飛んでくるのを確認する。急ぎもう一方の双剣を地面に突き刺して減速し停止、空振りを誘う。

「ほう!」

 完全に舐めている。突き刺した剣を反動に用いて再度接近、軸足に向かって右手の剣を横一文字に薙ぐ。が、いとも容易く左手に握られた剣で止められていた。いつの間に抜いたか見えてすらいない。ここしかないという場所ピンポイント狙い打ちでガードされた。だが門番は空振りの反動で俺に背を向け後ろ手に剣を防いでいる。トリッキーな体制で固定している今は好機となる。

 練習通り右からいんちょが、左からイオが挟み、イオは得意のスラム街で鍛えた鋭い前蹴り、いんちょは得意のクロス斬りで襲いかかる。普通の敵ならこのままならどちらか一方の攻撃が当たるだろうがコイツがそんな簡単に攻撃を食らうはずもない。これが当たるのであれば阿弥阿や無形が倒せている。

 接近する二人を確認すると鍔迫りあっていた剣から手を離し、同時に飛び跳ねる。均衡を保っていた俺の剣は相手がいなくなることで運動を再開、猛烈な勢いで空振りをする。運動を制御しきれずに三回転しイオに激突。俺の顔すぐ上数センチのところを前蹴りが掠めた。当たっていたら顔が削れていたかもしれない。

「リットンざっけんな!」

「すまん!」

 そんな俺とイオを視界から完全に外し、自由になった左手で頭上に生えている人を支えるにはやや心許ない太さの枝を掴み逆上がりの要領で体を持ち上げる。いんちょの切っ先が触れるかどうか、というところで姿が消えた。左右を見回すも門番の姿は無い。上に意識を取られ見上げたタイミングで背後から微かに剣が鞘と擦れる音を拾った。投擲が来る!

「イオ、地面に粘着、壁作れ! 最高粘度!」

 命令をするなと言いつつもイオはスキルを発動し俺たちの背後を塞ぐように壁を作ってくれた。タイミングはギリギリだ。どうやら間に合ったようだがカン、という思いの他軽い接触音を聞いてハッとする。フェイクだ。奴は剣を投げていない。

「イオ、奴はまだ剣を持っている。警戒を緩めるな」

「なるほど。頭は比較的回るようですね。ですが、遅い」

 既に俺たちを追い越し、いんちょのもとへと駆け出している。ぬかった。狙いは端からいんちょだったのか!

 初動の遅れた俺に対してイオはスキルを発動、いんちょの五メートルほど手前の地面を液状化、沈んだところで硬化させ足を奪う。攻撃が叶わず立ち尽くす門番を正面に捉えたいんちょは背後に回り斬りかかる。行動は冷静であったが、剣筋の乱れが著しい。やはり怒りに囚われている。

「必ず殺す。この世で最も惨たらしく殺してやる。お前も、総帥も全員だ」

 怒りに飲まれたいんちょは呪詛のような台詞を叩きつけながら双剣を振るっている。しかし門番は全ての剣筋を見切っていた。背後から斬りかかる剣のその全てを一本の剣のみで防ぐ。門番の剣技も凄いが剣が読めてしまうのが原因だろう。普段のいんちょの剣は人を馬鹿にしたような腹黒い知性を孕んでいるのだが、今の怒りに任せた剣はリットンやイオですら見切れる稚拙な剣であった。二人が到着するより先に門番が硬化した地面から抜け出す。その勢いそのまま高く跳ねた門番は器用に空中で体を反転させると、腹に一発重たい回し蹴りをいれる。怒りで冷静さを失っっているいんちょは攻撃に転じた門番の動きに対応しきれずにガードが間に合わない。正面から攻撃を受けてしまい後方に大きく飛ばされ、最初門番がもたれていた木の幹に激突した。更に追撃を試みる門番は尋常ならざる速度で接近している。

 激突と蹴りのダメージで起き上がることのできないいんちょのもとに辿り着かれたら確実に殺される。動線に割って入るべく駆け出すや否やイオが粘着で俺の走行ルートは足のかかりやすい粘土へ、門番の走行ルートを緩くし再度足を奪う。同時に別ベクトルの操作が出来るとは恐れ入った。

「そこの少年やりますね。センスをお持ちだ。実に素晴らしい」

 そう話すと同時に門番は右手に持つ剣を投擲した。この上なく真っ直ぐと正確にいんちょの額を目指して進む。このままでは間に合わない。


 覚悟をしたものとは異なる甲高い金属音が森に響いた。門番の剣は目標から逸れ、二本隣の木の幹へと突き刺さっている。予定外の助太刀を受けて何とか間に合った俺はいんちょと本店の間に割って入る。これ以上の戦闘は避けたいところだ。やはり戦闘力が離れすぎている。これまでに要した時間は接触まででおよそ十五分、戦闘と会話でおよそ五分。これではまだ足りない、カズ達を逃がし切るにはあと三十分は稼ぎたいところだ。このままだとジリ貧だがイオの戦闘センスのお陰で何とかあと数分は持ちこたえられるか。ここで頭数を減らされるわけにはいかない。

「おや。邪魔が入りましたね。貴方たちは時間稼ぎでしょうか。まあ今はよいでしょう」

 戦闘以外で時間を消費するのはこちらとしては望むところだ。何か話しかけて情報を引き出しつつ時間を稼ぐことが出来るのなら値千金なのだが。

「舐めているな、お前は何故スキルを使わない」

「舐めてなどおりませんよ。私のスキルは戦闘においてそこまでの役に立たないのです」

 本当か? スキルが有用ではないのであれば阿弥阿や無形であれば倒せそうな気がするが。

「信じられるか、といった顔をなさいますね。良いでしょう。私はこれにて引き揚げます。少々楽しませてくださったお礼にスキルのヒントをお教えしましょう。あなた方のうちのどなたかと同じスキルです。決して嘘ではありません」

「何が嘘ではありませんだ。同じスキルを持つ人間は同じ時代には存在しない。義務教育で習う内容だ。もう少しまともな嘘をつけ」

 眉間をポリポリと搔きながら数秒考えこんだ門番は短く笑うと話を続けた。

「存じあげております。それを踏まえたうえで私は同じスキルを持っているとお伝えしました。そして私は嘘をついておりません。強くなるのですよ軍師殿。少しは楽しませてくださいね」

 そう言った門番はこちらに背を向ける。そしてそれではと会釈をして去っていった。最後にこちらを見たときの表情にどこか見覚えのあるような気がする。


 門番が去りどのくらい経過しただろうか。しばらく先ほどの懐かしいような見覚えのある表情の答えを探すことに気を取られていた。戦場後方で待機していたゆゆゆが遠くから叫ぶ声で我に返る。

「大丈夫かー!」

「ひとまず全員無事です!」

 いんちょに肩を貸そうとしたがこいつの身長が高いせいでうまく貸せなかった。イオにお願いして肩を貸してもらい、いんちょと三人でゆゆゆのもとへと下る。先ほど門番の顔に抱いた既視感はもう完全に忘れており、何を目的としてここにやってきたのかを考えていた。俺たちを殺しに来たのならやりようはいくらでもあったはずだ。あのまま戦いを続けていれば確実に被害は出ていた。何か引っかかる。だが、考えるのはあとだ。元の拠点まで戻りよいちょ丸の到達を待とう。

「大丈夫か。浜に戻ってよいちょを待とう」

 二人とも返事はなく、頷き同意を示す。やはり気掛かりなのはいんちょの表情だな。当然だがショックは大きい筈だ。何か励ましの言葉をかけられたら良いのだが俺にはせいぜい大丈夫かと問いかけることしかできなかった。

 ゆゆゆと合流し浜へ向けて歩く。道中門番の攻撃やスキルが戦闘向きでない事について事細かに伝える。何処の誰よりも戦闘経験が豊富なゆゆゆに弱点や有効な対処法が見出だせないか意見を聞きたかったからだ。

 そうこうしているうちに浜まで戻ってきた。いんちょとイオは浜に腰を下ろすや否や眠りについていた。俺も疲れてはいたが見張りがいないのは流石にまずいので起きておくことにする。更に半日経過する頃にようやくよいちょ丸がやってきた。

「リットン殿! お疲れ様でござる!」

「お疲れ様。無事に辿り着けたんだな」

「はいでござる!道中ゴスロリピンクヘア娘がやっては来たが我らが空中浮遊芸人ゆうが撃退したのでござる!」

 なんだと!

「被害はないのか!」

「ないでござる!容姿などからゴマであるとカズ殿が言っておられたが特にこちらに攻撃はしてこなかったでござる!」

 最悪ではあるが被害は無いのはひとまず朗報だろう。今手元にある情報をフル活用してもゴマが何をしに来たのか有効な回答は出せなかった。ただ一つどうしようもない懸念事項は現実的になる。相当に高い確率で内通者が存在するということだ。居るとするのならば避難組の中だろう。カズに不審な動きをしている人間がいなかったか、当時の動きを事細かに聞く必要があるな。

 ミニドラの船は尋常ではない速さで航行したらしく島についてから向かったのでは遅いと判断したカズが中間地点からよいちょをこちらに向かわせたらしい。この時間になっても到着していないことを考えると通常の船で来るのであろう。あと一時間といったところだろうか。

「いつまでも考えていると疲れる。ただでさえ戦闘後なんだ。俺もいるから休んでいいぜ」

 ゆゆゆが肩を叩き休むよう促してくれた。船が来るまで休むとしよう。


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