海上
門番相手に全員無事で済むのだろうか。彼が計算した結果ならと理解はしているがそれでも僕は心配だ。それでも僕は彼からこの隊を任されている。まずは全員無事に避難し相手に情報を漏らさないことがノルマだ。なんとしても海上で敵と遭遇することだけは避けたい。なぜならここでは戦闘の役に立てる人間が限られてしまう。遠距離攻撃部隊は青髪さん、ゆうさんの二人、無形は出来なくはないくらいの射程だから実質遠距離部隊は二人。そしてゆうさんのライフルはとてもとても当たらない。セリカさんとの連携はとても精度が上がってきているとはいえ、修行中なので戦力になれるのは実質青髪さん一人みたいなものだ。仮に遭遇した場合壊滅的被害を受けることは明白だった。ドット卍会のメンバーのほとんどが近接戦闘を得意とするスタイルだったはずだ。来るとしたら魔法攻撃の支店総帥だろうか。そうなると厄介だ……。遭遇しないことを祈ろう。
ミニドラさんと雪兎君がどこの島にするのかを話し合っているのが聞こえる。どうやらここからさらに南下したミニドラさんの持つ島へ移動が決まったらしい。
「カズさん♪ 出発できるよ!」
皆に席に着くよう指示を出す。先ほど会った船長曰くこの船はとても速いらしい。最初の加速で意識を失う人もいると言っていたがこの船はミサイルかなんかなのだろうか。船内アナウンスで口を閉じて顎を引くよう船長から指示が入った。その数秒後、本当に意識が飛ぶかと思うほどの激しい加速に苦しむことになるとは思いもしなかったけれど。
五分程経過し、ある程度島から離れたタイミングで船は常識的な速度へと減速した。ミニドラさんが言うには著しく燃料を消費するみたいでこのまま超速航行を続けると目的地にたどり着けなくなるという。
通常速度に減速したため戦闘員は甲板に出て周囲の確認を行っていた。僕の右側にふわふわと浮いているゆうさんが難しい顔をしている。
「団長、大丈夫かな。俺がいなくて」
「リットンさんとイオ君だけならともかくいんちょさんとゆゆゆ様も居ますから。大丈夫ですよ」
団長の右腕であるゆうさんはやはり心配なんだろう。
「リットンちゃんのことはいんちょに任せれば大丈夫よ! ゆうちゃんは私と一緒に見回りしましょ!」
決して安心させるための嘘ではなく、そう信じているという思いの籠った声であったことは分かるけれど、セリカさんはゆうさんの扱いがすごく上手だな。というよりもゆうさんがセリカさんのこと好きなのだろう。セリカさんと話すときにいつも鼻の下が伸びている。とても美人だから分からなくはないけれど露骨に顔に出るあたりが彼らしいなと思う。
現時点では大きな問題は見当たらず、穏やかに海を進んでいる。このまま目的地に到着できれば良いのだけれど。不安がやはり漏れてしまっているのだろうか。続いてミニドラさんが話しかけに来てくれた。
「カ~ズさん♪ リットンのこと心配なの?」
「心配は心配ですよ。それでも彼らならきっと大丈夫だろうと思っています」
ウンウンととっても大げさに首を縦に振る。そういえば最近ずっと一緒にいるから麻痺してきているけれどこの人皇族なんだよな。
「前から疑問だったのですがミニドラさんは皇族なのにどこかのギルドに所属しても大丈夫なのですか」
「大丈夫だよ~♪ 王様になったらギルドには入れなくなっちゃうから今のうちに楽しもうと思ってるんだ♪」
この人がいなければ拠点も襲撃の察知も何もかもができていないわけだから本当にいてくれて心強い。
「ミニドラさんがいなければこの連合は成り立ちません。本当に感謝しています」
「いいよいいよ〜♪ それに私もこんな法はやっぱり間違ってると思うし」
本当にありがとうございます。
目的地点まで残り半分というところまで来たところで船長の怒号とも取れるアナウンスが響いた。
「距離三千に正体不明の潜水艦を検知!」
不意に船長から連絡がくる。最悪の想定はしていたがまさか。ミニドラさんの島に出ることになったのは半刻ほど前だ。いくら何でも動きが速すぎる。資産を持つミニドラさんだからこの超速船は作れたようなもの。一ギルドに作れるような代物ではない。予めこちらの動きを予測し近海で待機していたとしか考えられない動きだ。余程の軍師がドット卍会に、もしくは内通者がこの中にいる。いや、今は無駄な詮索はやめよう。
「総員警戒態勢!」
ゆうさんとセリカさんに上空から索敵するよう指示を出す。今のところ魚雷等の攻撃は届いていないが何故仕掛けてこない。一体何が目的なんだ。
「九時の方向に浮上する潜水艦を確認!」
上空のゆうさんより情報が入る。一様にそちら確認するもまだ浮上しきっておらず船体は確認できなかったがやがてゆっくりと頭を出したそれは潜水艦というには少し小さい。戦闘の出来るような装備は備わっていないように思える。この船は速さに極振りしているため戦闘設備は整っていない。こちらは朗報だが俄然目的が分からなくなってきた。
「総員警戒を解くな! ゆうさんは空中から状況報告を!」
「団長代理了解!」
浮上から二分程経過する頃ようやくハッチを空け、ある人物が姿を見せた。予想していた支店総帥ではないことに動揺してしまう。遠目に見ても奇抜であると分かる衣装にピンクのツインテールヘアということはゴマであることはまさしく一目瞭然だった。その少女はこちらに攻撃をしてくる様子もなければ話をしに来た様子でもない。ただただこちらを見続けているがこれほどの距離があれば瞳術使いとは言え目は合わないだろう。現にこちらの船員は誰も様子に変化はない。戦闘になることは避けたい。こちらからは仕掛けずに様子を見ていた為膠着状態がしばらく続いていたが突然ゴマが動いた。船体を見続けていたゴマが捻りきれてしまうのでは無いかという勢いで空を仰ぐ。視線の先には双眼鏡を構えたゆうさん達。……なぜ双眼鏡を!
「目は決して見ないで!」
「団長代理、分かってる! 目は合わせてない!」
今のゴマの動きは明らかに攻撃性を孕んだ動作だった。瞳術の射程に入ったのではないかと思うが今のところゆうさんに変化は見られない。発動条件は目が合うこととミニドラさんの調べた資料には書いてあった。いくら双眼鏡を使用していようとゴマから相手の目は見えないはず。
「団長代理! 奴が船内に戻ります!」
「遠距離攻撃部隊照準用意」
ゆうさん、青髪さんがそれぞれ武器を構える。無形は射程から外れているがスキル発動は準備万端。できるだけ戦闘は回避したいがあちらには武器は無いと考えるのが妥当だ。あの規模の潜水艦に積むスペースなどあるわけがない。ここで叩けるのなら叩くのが賢明か。
「団長代理! 舟が反転して離れて行ってる!」
「警戒を解かないで!」
潜水艦が探知機から消えるまで警戒を解かずに待機していたが遂には何をするわけでもなく帰っていった。何が目的だったのだろう。目的は達成し帰ったのか、達成できずに引き上げたのかの区別すらつかない。
「マスター、追わなくて良いのかの?」
「今回の最優先事項は僕たちの動きの秘匿だ。犠牲を払ってまでゴマを追う必要はない」
数分ではあったが随分と時間をとられたように感じてしまう。今回のゴマ出現理由は僕にはわからない。だが出現できた要素として相手の軍師がとても有能か、内通者がいるのだろうということは察しがついていた。後者の場合は厄介だ。僕たちの行く先や作戦も漏れているということになる。ここで考えても仕方がない、リットンさんに報告して一緒に考えよう。
目下最優先事項は島への到達だ。全員に警戒解除、艦内へ戻るように指示を出す。船長にあとどのくらいで到着が出来そうなのかを確認すると五十キロなので十五分で到着ですと言われた。そんな速さで移動できる船って本当にミサイルじゃないか。
「よいちょ丸さんいますか」
「カズ殿! 妖精さんに御用でござるか!」
「はい。敵陣営との接触は想定外です。可能な限り早く伝達をする必要がありますのでここから団長さんのもとへ向かってください。予定と違ってしまいますがよろしいでしょうか」
「合点承知の助でござる!」
答えながらも既に飛び去って行ったよいちょ丸さんの口調は独特だけれどとても頼りになる。リットンさんが一目置くわけだ。うちにも彼のような諜報員が欲しい。
ゴマの出現でイレギュラーは終了だろうと思いたいが万が一また敵がいた場合に戦闘員なしではどうにもならない。島に着いたらミニドラさんと船長に念の為無形を乗せて捻挫島へ向かってもらおう。
「ところでミニドラさん、島の名前はあるんですか?」
「ミニドラ帝国植民地♪」
やっぱりこの国の地理はおかしいと思う。