耀星杯(ようせいはい)
この国、ヘルニアでは年に一度、七月七日に武道大会が開かれる。国中の各ギルドが参加し、優勝したギルドはその年のみ有効な法律を作ることが許される。我らがリットン調査団も国を我が物にするべく毎年参加しているが今までの結果は散々であった。だがしかし、今回は自信が少しはある。
「なあ、団長。今年もしも勝ったらどんな法を定めるつもりなんだ?」
こいつは不死鳥ゆう。フザケた名前の為ゆうと呼んでいる。実際に不死鳥なわけでもない、名前だけのハリボテだ。空中浮遊する固有スキルは持っているが今のところ浮いて移動できるだけ。普段使いには持って来いだが、こと戦闘に重点を置くとまあ使えない。
「毎年言っているだろ。今更下らない質問をするな」
「まあ、大体分かるけど念の為にさ」
「リットン調査団が優勝したら制定する法は、高身長税の導入だ。毎回言っているだろ!」
何を下らないことを。当たり前だろう。なぜ身長の高い奴がチヤホヤされるのだ。生物として下等なんだぞ! 虫が小さいのはその方が効率的に子孫繁栄、種族を護れるからなんだ。それなのに人間は身長の高い奴が持て囃される。やれカッコいいだのやれスタイルがいいだのと。高身長税を導入すれば身長に対する価値観はガラッと変わる。俺は低身長の民の希望となるという大義名分を背負っている。負けるわけにはいかないのだ。
「相変わらずですね…。でも素晴らしいと思います! 自分も小さいからなんですけど……」
その通りである。我々はどのギルドよりも崇高な意志のもとに戦っているのだ。ちなみにこいつはぬこ。見た目は完全な三毛猫なのだが猫とは一線を画した生物、ぬこなのだと本人は頑なに言う。
リットン調査団の崇高な理念を確認しているうちに会場に到着した。此処がかの有名な座布団である。この国の土地や建物の名前は絶妙に気持ちが悪い。どこにこんなものを建設する資金があるのか甚だ疑問な程に荘厳な建物は寺院のような形をしている。それでいて全体を金で下品に覆っており所々に見たこともない大きさの宝石が嵌め込まれているのだ。非常に悪趣味だな、という印象を抱く。国の中央にこんなものを建てるのであれば国会などより有用なものにするべきだと思う。それはさて置いとかせて頂こう。受付を済ませ出場者待合室へと向かう。
待合室へと向かう道中に見知った雰囲気の女を発見する。常に目深にフードを被っているため素顔を見たことはない。こちらを向いたかと思うと再会を喜ぶように、あるいは弄り倒す新たな玩具を手に入れた子供のようにも感じる跳ねた調子の声色で話しかけてきた。
「くっくっく、リッケンベルク=トーマス=ン団長殿ではないか」
「おお、人外の無形か。相変わらずとんでもない戦闘力してるなお前」
「酷いのう、くっくっく」
優勝候補の一角、[動物愛護団体]という思想強めのギルドのエース。固有スキルのことも武器も何も教えてくれやしない文字通り謎に身を包んでいる曲者。魔法を得意とするようだがそれが固有スキルなのかどうかははっきりとしていない。なんなら動物愛護団体の中にも無形を完ぺきに理解している人間など居はしない。というか俺のフルネームをなんで知っている。俺ですら忘れかけていたのに。
「団長殿はトーナメント表を既にご覧になったのであるか?」
「まだだよ。その薄気味悪い笑い方も相変わらずだな」
「む、酷いのう」
どれどれ、これか。第一試合は動物愛護団体とドット卍会。聞いたことのないギルドだから新設なのだろう。このまま行けば普通に決勝まで上がるな。俺達は……。
「くっくっく」
「……うっせぇ! 勝ってやんよ!」
さて、リットン調査団だが初戦の相手は[お願い社長]であることが判明した。お願い社長は五年前から連続優勝している圧倒的な強豪である。
「リットン調査団よろしくー」
「……、阿弥阿さんかわいーよろしく」
人の絶望を知りもせずに意気揚々と話しかけてきたこのかわいい顔した女は阿弥阿。この国一番の戦闘力を持つが、アホだ。抜刀術を得意としており、固有スキルの瞬神で間合いを瞬間的に詰め斬り伏せるが、アホだ。ただでさえ戦闘力がずば抜けている人間が手にして良いスキルではない。間違っているだろうこんなの。
「リットン! 正々堂々よろしくな!」
元気よく話しかけてきたのは筋骨隆々イケてるオヤジ。オヤジなのに金髪ロン毛の似合うわけのわからないイケオジ。妻をこよなく愛している。極悪人でないと帳尻の合わない善人だ。ムゲと呼ばれているこの男は見た目通りのパワーゴリ押しの戦闘スタイルで太刀を使う。妻に愛を阿弥阿に忠誠を誓っており近寄る脅威の全てを捻じ伏せる脳筋。だが、気持ちの良い奴なので俺はコイツが好きではある。
「まあ、や、や、やれるだけやってやるさ……」
「声が震えてるぞ? 武者震いかな? そうだよな、リットンが慄いて震えるわけ無いもんな」
この煽り人はいんちょ。コイツは何かにつけて俺を煽ってくる。傍から見ていると小気味よいやりとりに見えるようだが当の本人は穏やかな心ではない。
お願い社長のメンバーはあと琥珀とクロム、セリカ。琥珀とクロムは夫婦らしく戦闘中もイチャつきながら戦っている。それだけで胸糞が悪いのだが、強いからさらに腹が立つ。セリカは中年女。若い女を集中的に狙う恐ろしき年増モンスターだ。姿が見えないがあらかた前者はイチャついて、後者は若者にガンを飛ばしているとかだろう。
冒頭、優勝ギルドは法を定められると言ったがここ最近の法(五年間)は以下になる。
・阿弥阿を見たらカワイイと言わないと罰金
・阿弥阿を見たらカワイイと言わないと罰金
・阿弥阿を見たらカワイイと言わないと罰金
・阿弥阿を見たらカワイイと言わないと罰金
・阿弥阿を見たらカワイイと言わないと罰金
俺が阿弥阿にかわいーと言った理由がお分かり頂けるだろう。こんな下らない罰金を納めるなど御免被りたいからだ。何にしてもお願い社長がアホだから助かっている。これが完全な悪者なら低身長税などといった人の道に反した法を定めているのだろう。どうせ今回優勝しても同じ法になるのだろう。
「ところで、団長。あのギルド見たことないな」
「ああ、初めて見たな。頭の悪そうなギルド名だ」
あれが[ドット卍会]、メンバーは、七人か。ここにいるのはそれだけのようだ。双子なのだろうか容姿がそっくりな二名が知能の低そうな会話をしている。それにしても似ているな、まったく見分けもつかない。ピンクヘアのトチ狂った見た目のゴスロリ少女は微動だにせず手鏡を見ている。大丈夫か、まさか見惚れているのではないだろうな。俺から見てもお前は中の下だぞ。価値観を早いところ矯正することをお勧めする。このまま年を取ったら目も当てられない可哀想な人間になってしまうからな。そしてこの中で最も目を惹くのはやはりグラマラスなお姉さんだろう。彼女だけは名前を聞いておきたいところだ。
あとの男三人は何も話さず頭を垂れている。絶望しているんだな、分かるぞその気持ち。初出場でいきなり無形達とだなんて悪夢でしかない。現実から目を背けたくなるのも仕方がないというものだ、かわいそうに。初出場で無形に蹂躙されるなんてトラウマ必至よな。ボロボロに負けて帰ってきたら慰めてやろう。
鼓膜の破れる程の金属音が響く。第一試合開始の合図だ。グラマラスお姉さんに名前を聞けなかったことが悔やまれる。
係員に先導されて動物愛護団体とドット卍会の面々が闘技場へ移っていった。どうせ無形の技は見えない、というよりも目で追うことが出来ない。戦力を考えても秒で決着だろう。動物愛護団体のほかのメンバーは手の内が割れているので特に見る必要もない。我々は第二試合の為準備を始めよう。ゆうを連れだし用を足していると再び鐘が鳴った。二回目の鐘ということは試合終了の合図だ。
ゆうと歴代最速なのではないかなどと会話をしながら、急ぐこともせずに控え室に戻るとぼろぼろの無形が寝ていた。
「……………ん?」
あの無形だぞ。阿弥阿でないと太刀打ちの出来ない無形が一体誰に?
「な、なんで無形が? 何があったんだ」
「無形さん、一瞬でやられてた。他のメンバーも」
阿弥阿がいつものアホっぽさを孕んでいない真剣な調子で続ける。
「多分誰も見えてない。何が起こったのか。無形さんの自演でないならドット卍会、ヤバいかも」
阿弥阿が最強と言っても無形は肉薄するほどの戦闘力とスキルを持っている。その無形が秒なら阿弥阿でどれだけ耐えられるのだろう。ましてや勝つことなど出来るのだろうか。
考える間をくれずに予定通りの時間に第二試合の鐘が鳴る。
「よーし出番だ。リットン調査団、行くぞ。お願い社長をボコボコにしてやろう! 」
「リットンがボコボコにしてくれるって。楽しみだなー。俺にも勝てない奴がどうやって社長をボコボコにするんだろうなー」
いんちょの軽口に付き合ってる暇はない。動揺はしているがまずはこいつらに勝てないと話にならない。阿弥阿に至ってはリットン頑張ってねーなどと手をひらひら振っていた。なめやがって、お前もやるんだよお前も。
試合終了の合図が出されたのは僅か二分後だった。強すぎる。阿弥阿にまで届かなかった。ムゲといんちょのみで殲滅されてしまった。高身長税はひとまずお預けだ。震えて眠れ高身長。来年までせいぜい持て囃されるが良いさ。
「残念だったね♪」
本当に残念だと思っている奴の声の調子ではない。ミニドラめ。次期国王現皇族が何故にギルド〔レベル〕に居るんだ。公人がどこかに肩入れしていいものなのか?
「ま、今回はお預けってとこだな」
「いつまでもいつまでもお預けされてるね〜♪」
コイツっ!皇族でなければデコピンのひとつやふたつかましてやるというのに!
お願い社長とドット卍会は圧倒的な強さでその後の試合も制していった。やはりお願い社長、特に阿弥阿は別格に強い。だが今回に限っては無形の有様を見るにドット卍会も相当だ。無形だけでなく、奴らの対戦相手はルールが有るから死んではいないものの酷い有様だった。ここまでする必要があるのかと疑問に思うほどだ。しかしルールに反しているわけでもない。いやに静かないんちょに嫌味の一つでもお供えしようかと声をかける。
「どうした負けて泣きべそかいてる中途半端団長」
「殺すぞ。勝てるのか?」
「……どうかな。お前ならある程度読めるんじゃないの?」
こいつ、気が付いているのか。不快にさせる激励の言葉を考えているうちに鐘が鳴る。
「じゃあ行ってくるわ。今年も同じ法だろうから安心しとけ」
口では頑張れよと言ったものの勝ち目が殆ど見出だせないことなど言えるはずもなかった。
両陣営が入場し会場は大いに盛り上がっている。遂にドット卍会とお願い社長による決勝が始まった。ドット卍会は敵の能力を見たいのか舐めているのか仕掛けてこない。剣も抜かずに全身包帯まみれの男はうつむいている。その隙を奴が逃すわけもない。
「なめてるよね〜!」
瞬神で間合いを詰め一閃。しかし晴れた砂埃から現れたのは阿弥阿ただ一人だった。敵が見当たらない。直撃して場外へ落ちたのだろうか。結論が出る前に別角度のカメラに切り替わる。阿弥阿の後ろに陣を取っていたメンバーが軒並み地に伏せられている。
えっ、と思わず声が出た。阿弥阿が仕掛ける寸前の映像ではメンバーは武器を構え臨戦態勢を取っていた。阿弥阿が俺の驚きとほぼ同時に時計回りに背後を確認する。刹那、死角となった左前方より黒い影が伸びた。
長刀だ。鞘から抜かれていない長刀。耀星杯にはルールがある。殺した時点で永久追放、耀星杯出場権のはく奪。それ故の行動、決して気遣いなどではないことは一目瞭然だった。配慮のない威力の突きが阿弥阿の顎を捉える。
試合はそこで終了となった。お願い社長の面々は誰ひとりとして意識がない。動物愛護団体でもお願い社長でも歯が立たないギルドがあったなんて想像もしていなかった。見事、並居る強豪を撃破し、初出場のドット卍会はめでたく優勝した。おめでとう。素性は分からないが阿弥阿と無形を倒すなんて凄まじい。しかも一方的だ。これからはドット卍会の時代になるのだろうか。
例年優勝したその瞬間にマイクを持ったアナウンサーが何処からともなく現れ、どのような法を定めるのかを聞くことになっている。例に漏れずそれっぽい女性が出てきた。
「初出場ながら優勝おめでとうございます! 圧倒的でしたね!」
「……」
「で、では今年の法はどんな――」
「殺戮を合法とする」
聞き間違えたかな。物騒なことを言っていた気がするが。さつりくを合法とする?人を殺すことだろうか。他に同音異義語はなかったかと脳内辞書をフル索引するも似合うものは殺戮しか出てこない。
「…………は、はい? あの、どういった」
その瞬間アナウンサーの首が飛んだ。失業の揶揄ではない。物理的に頭と胴が切り離された。数秒前までそこにあったはずの頭は画角から外れどこにあるやも分からない。胴体は首から夥しい程の血飛沫をあげながら家出した頭を探すかのように地べたを蠢いている。
「今この瞬間から殺戮は合法だ。次の耀星杯までに雑魚のギルドを潰して回る。来年も容易に優勝させてもらえるだろうよ。そして、俺たちが来年定める法は――」
俺だけじゃない、この国中の人間が固まっていたはずだ。秩序を重んじる人間が集まり作られた国家、その国家が定めなければならない法。無秩序を規制する為にあるはずの法が無秩序を創造してしまっている。こんな法が許されて良いはずがない……。
「――殺戮を合法とする」