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第1話

カランカラン

「いらっしゃいませ」

 アルスター王国の王都にある一軒の店。小さく、レトロな雰囲気を醸し出している。扉を開けると、並んでいる大きな棚が視界に飛び込む。見た事のあるような物や、一見何に使うのか分からないような物まで陳列してある。眺めていると、奥から一人の女性が出て来た。

「雑貨屋ノックスへようこそ。お客様は何をお求めで?」









「ふぅ~、今日はこれでいっか」

 大釜の中身ををかき回す手を止め、エリスは呟いた。


(後は瓶詰めして…保管庫に移すだけ)

机に置いてあった箱を浮かせ、側に引き寄せる。箱の中にはガラス瓶が入っていた。

(零したらヤバいんだよな~)

 釜の中身は魔法薬。殺傷能力が高い物で、床に零そうものなら無事では済まない。丁寧に瓶詰めを終わらせ、魔法薬の棚に並べる。


「さぁ〜て、ちょっと休憩しますか」

居間に戻り、紅茶の準備を始める。お湯が湧ききったタイミングで、来訪を告げる鐘の音がした。

「いらっしゃいませ~」

 ここはエリスの家であり、彼女が経営する雑貨屋でもある。居間には魔道具や魔法薬が並ぶ棚があり、客の対応をするスペースとなっていた。


「お客様、何かお探しで?」

 キョロキョロと店内を見回す少女にエリスが話しかける。振り向いた少女は、一瞬言葉を失った。

(綺麗な人…)

 紅茶色の髪に菫色の瞳。まるで人形のように整った顔は、優しそうに微笑んでいる。

「お客様?」

「あっ、えっと私…ちょっと気になって、見に来ただけで…」

「そうでしたか。それではごゆっくりと。危険ですので商品にはお手を触れないよう、ご注意下さい」

 エリスは奥に戻って行き、紅茶を淹れる。客がいるにも関わらず、そのまま休憩し始めた。

(えぇ…何なんだろうあの人…)

 

 


 店内を見て回っていると、ある商品に目が止まった。

(告白の成功率を上げる香水…?)

 ピンク色の液体が入った、香水の瓶。一見惚れ薬のようだが、惚れ薬は国に規制されている。何かが違うのだろうか。

「そちらの商品にご興味がお有りで?」

「きゃあ!」

いつの間にか背後にいたエリスに驚くが、エリスは構わずに話を続ける。

「こちらは名前の通り、告白の成功率を上げる香水となっております」

「あ…そ、そうなんですか」

「どなたかに告白のご予定でも?」

胸の内を当てられ、ドキッとする。思いを寄せている彼に告白するかしまいか、最近そればかり悩んでいた。

「ふふ、そのようですね」

「…あのこれ、惚れ薬と何が違うんですか?」

「説明をお求めでしたら、こちらへどうぞ」




 奥のソファに座らされ、目の前のテーブルには先程の香水が置かれる。向かいにはエリスが腰掛け、話し始めた。

「この香水をつけて告白すると、その成功率が上がります。ですがあくまでも上がるだけ。必ず成功する訳ではありません」

(それでも、何もしないよりチャンスはある…)

「感情に作用する惚れ薬とは違い、これは運勢に作用する物です。同じ相手に使用できるのは一回のみ。その後は何度使用しても、成功率が上がる事はありません」

「副作用とかって…」

「有りませんよ」

 つけるだけで付き合える可能性が上がる。失敗してもリスクは無い。値段は普通の香水より少し高い程度。喉から手が出る程欲しい代物だ。

「いかが…なさいますか?」









「よ~し、売れた売れた〜」

 大切そうに商品を抱える少女の背を見送り、エリスは満足気に呟いた。


 息子の教育方針で夫と大喧嘩し、別居を始めて十年。暇潰しに作った魔道具やら魔法薬やらが数を増やし、家を圧迫し始めたので雑貨屋を始めた。大盛況という訳ではないが、それなりに売れてはいる。

 

 エリスが経営する店、ノックスは魔道具、魔法薬、魔導書、曰く付きのアクセサリーまで何でもござれの雑貨屋だ。しかも壊れた時の修理付き。店内に置いてある物だけでなく、オーダーメイドも可能という手厚いサービス。にも関わらず客が行列を成す事が無いのは、単純に知名度のせいだ。

 

 しかしエリスはこの生活を楽しんでいた。読書に料理にガーデニング。魔法薬の調合に魔道具の製作。時折店を訪れる客の相手をするだけで、後は好きな事をして過ごせる。まさに誰もが夢見るスローライフ。穏やかに流れる時間を、エリスは気に入っていた。




「さて、買い物でも行きますか」

看板をclosedに変え、外に出る。

(この数百年で大分変わったなぁ…人間界も)

 歩道を歩きながら、忙しなく飛び交う車を眺める。数百年前には鉄の塊がこんな高速で走るなど、一体誰が予想できただろうか。車だけでは無い。電柱、信号、携帯電話に家電。エリスの記憶にある数百年前の人間界とはまるで違う様相を呈していた。

(シャワーとか…私の時代にも欲しかった…)

 当時の湯浴みは水魔法を使用していた。魔法が使えない人間は自力で湯を沸かしていたし、銭湯なども平民の間で流行っていた。

 

 魔法が使えない人間は現代にもいる。と言うか、そちらの方が多い。エリスの時代は魔法を使うのは主に貴族で、平民で魔法を使える者は非常に少なかった。それ故、貴族は特別だと思われていた。時代が進むにつれ貴族制度は無くなったが、魔法を使える人間が優秀だと言う風潮は未だ残っている。



 買い物を済ませて店に戻る途中、数人の学生とすれ違った。仲が良さそうに談笑している。

(王立学園の制服だ。あの子と同じ位の年齢か。元気してるかな~)

 先日王立学園に入学した息子とは、入学式の日以来会っていない。彼は普段夫の下で暮らしている。時折店に顔を出したり、電話で連絡をとったりしていた。

(今度お茶にでも誘おっかな~)

遠く離れている息子に思いを馳せながら、エリスは店の扉を開けるのだった。

 

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