ph78 宣言されない本選開始の合図
クロガネ先輩からの情報で、精霊狩りがSSSC本選で何かしら事を起こすだろうと予想はしていた。そう、予想していたのだけれども! 初っぱなからくるのは想定外だった!!
私は慌てて後ろに下がり、デッキからカードを1枚ドローする。
手にしたカードは魔法カードだった。こうなったらやってやると、魔法カードにやけくそ気味にマナを込める。
しかし、渡守くんは魔法が発動するより速く私の目の前まで詰め寄り、カードを握っている右手首を掴んだ。
骨が軋むほど強く握られ、思わずカードを落とす。そのまま、流れるように捕まれている手首を背中に回され、右肘を使ってホールドされた。
プレッシャーを与えるように左肩を手前に引かれ、完全に動きを封じられる。それでも、まだ何か手はないかと思考していると、その考えもお見通しだったのか、渡守くんは強く私の手首を捻った。
「~いっ!」
「おっと、無駄な抵抗はやめとけ? これ以上痛ェ思いはしたくねェだろォ?」
「影薄!!」
「サチコ!?」
強かった! 渡守くん思ったよりも強かった!!
ぶっちゃけボコボコにやられてる場面しか見てなかったから、渡守くんなら私でもいけんじゃね? って思ってました! ホビアニによくいる毎度お馴染みに負ける敵キャラっているじゃん? そういうかませ犬ポジションだと思ってたのに!!
只のネタキャラじゃなかったんですね! ちゃんと精霊狩りなのね!? マジ舐めててすいませんでした! 謝るんで一旦仕切り直しさせて貰ってもいいですか!? 切実に!!
そう、心の冷や汗を大量に流しながらマジでどうしようと慌てていると、ヒョウガくんがハンドガン型の銃剣を2丁実体化させている姿が視界に入った。
「貴っつっっ様ぁぁぁ! 影薄を離せぇ!!」
ヒョウガくんの瞳孔は完全に開いていた。怒声を発しながら駆け出す。
タイヨウくんも、今助けるからなと大剣を実体化させていた。
状況は2対1。しかも、精霊狩りは私というサタンの贄を欲している。この場で殺すなんて選択は出来ない筈だ。人質として扱えない私を捕らえ、両手が使えない。
そんな不利な状況である筈なのに、渡守くんは余裕そうに嫌な笑みを浮かべたまま動かない。
「……おいおい、ヒョウガくんよォ……お姫様が囚われて随分とご立腹のようだなァ? そんなに頭に血ィ上らせて大丈夫かァ?」
「頭上注意だ」
渡守くんがそう言うと、タイヨウくんとヒョウガくんの頭上から黒いコートを着た人物が武器を振り下ろしながら落下してきた。2人は咄嗟に反応し、それぞれ持っていた武器で受け止めている。
この場にいる黒いコートの人物は、私を捕らえている渡守くんと、タイヨウくんとヒョウガくんを攻撃している2人。そして、隅の方で此方の様子を伺うように立っている1人の合計4人だ。
全員フードを目深に被っていて、顔は分からない。
渡守くんは真後ろにいたからフードの中が見えて判別できたが、他に分かるのは、身長的にヒョウガくんに襲いかかっているのはエンちゃんだろうか? 後2人は全然分からないな。
1人はシロガネくんだとして、もう1人は誰だ? まだ私の知らない精霊狩りのメンバーがいたのだろうか?
まぁ、積極的に関わろうとしてなかったからいても可笑しくはない。ならば、更に人数が増える事を考慮して動いた方がいいだろう。
先輩もダビデル島に合流してくれると言っていたし、それまで時間を稼ぐ事が出来れば私達の勝ちだ。破戒僧影法師の影縫いの術が出来れば多少楽に稼げるのだが、捕まったままだと実体化させる事が出来ない。
こんな事なら素直にカード化させとかず、私の影の中に潜ませとくんだったと自分の考えの至らなさを悔やんだ。
「なななななんですの!? なんですのぉ!?」
アスカちゃんは現状についてこれないのか、目を回しながら慌てている。
執事の人はアスカちゃんを守るように前に立ち、ナナちゃんとノノくんも震えながらもお嬢様を守るのです! と、アスカちゃんに引っ付いていた。
そうだよね。あの子達はマナを知らない、巻き込まれた一般のサモナーだ。いきなりカードの力を使った戦闘が目の前で始まって、混乱しないわけがない。
「はっ!? まさか……」
私が後でどうフォローしようか悩んでいると、アスカちゃんは驚きつつも、何かを察したように扇子で口許を隠した。
もしかして、アスカちゃんも精霊狩りやカードの力について何か知っていたのだろうか?
そういえば、協会主催のパーティーに呼ばれた事があるんだっけ? それなら御三家に連なる家系である可能性が高いし、マナは知らずとも、何かしらの情報を掴んでいてもおかしくはない。心配は杞憂だったか。
「これが横恋慕というものですのね!!」
違います。
全然違います。
これが愛の三角形! わたくし、書物で読みましたわぁ! と歓喜しているアスカちゃんを、思わず白い目で見てしまっても仕方がないだろう。
ちょっ、今真剣な場なんで、そういうノリは後にして貰えます? 何処をどう見たらそうなる。というか、カードの力とかはスルーなの? 普通、真っ先に気にならない? 私だけ? ……私だけだな、こん畜生。
彼女の的はずれな推測に、恐ろしすぎんだろ恋愛脳と恐怖した。恋する乙女の暴走は私の手に負えない。この子はモエギちゃんと合わせてはいけない。絶対に。とんでもない事故が起こりそうだ。混ぜたら危険とはこの事か。
「何か分からねぇがヤバそうだな。助太刀するじゃん! ラセツ!」
「……」
私が遠い目をしていると、アボウくんが武器を実体化させながら、ラセツくんに目配りをする。ラセツくんはコクりと頷き、同様に武器を実体化させながらエンラくんを守るように構えた。
えっ!? 武器の実体化!? 彼等もマナを操れたのか?という事はマナ使い? それとも、MDの作用でマナが扱えるようになったのだろうか?
それにしては手慣れてんな。やっぱり元々マナ使いだったと仮定しておいた方がいいだろう。
ならば、次に考えるべき事は彼等が私達の味方であるかどうかだ。アボウくんの行動をみるからに、精霊狩り側ではなさそうだが、ローズクロス家という懸念事項がある。
マナ使いは三大財閥の極秘事項だ。チームエンマチョウが元々マナ使いであるならば、三大財閥関係者という事になる。五金家、もしくは天眼家ならばいいのだが、ローズクロス家だと手放しに喜ぶことはできない。
幸い、今すぐ敵になるという事はなさそうだ。ならば、今のうちにこの拘束から逃れないと。このままタイヨウくん達の足を引っ張る訳にはいかない。
精霊狩りにとって私は価値のある人材だ。この場で殺される事はないだろう。渡守くんが拘束するだけに止めているのがその証拠だ。
相手が私を殺すことが出来ないと言うことは、私の方に分がある。上手いことやれれば抜け出せるだろう。
『やれやれ。君たちは本当にせっかちですねぇ……』
私が渡守くんの拘束を解く為に思考していると、アレスの声が会場に響いた。
『これでは私が考えていたプランが台無しじゃあないですか』
「あ゛? マジで本選やるつもりだったんかァ? ンな暇ねェよ」
『私がSSSCを開催する為にどれ程の労力を……』
「うるっせェなァ」
仲良く会話をするな! 建前だけでも取り繕ってくれよ! 頼むから!
堂々と会話をする2人に、SSSCの運営側も精霊狩りとの繋がりを隠すつもりがない事を知る。こういう展開には嫌な予感しかしない。
「ボスの要望だ。やれ」
『はいはい。……全く、君たちとはこれっきりにしたいものですねぇ』
アレスがパチンと指を鳴らす。同時に、起動するMD。そして、膨れ上がる周囲のマナに、渡守くんが言ったボスの要望という言葉。クロガネ先輩から得ていた情報。
そこから導き出される答えは、一つしかなかった。
「アスカちゃん! エンラくん! すぐにMDを外し……」
「きゃあぁぁああ!!」
「うわあぁあああ!!」
あちこちから聞こえる叫び声。そして、倒れていくチームエンマチョウとタカラブネの選手達。
くそっ! 遅かったか!!
エンマチョウのメンバーならマナを扱えたし、もしかしたらレベルアップも習得してるのではと期待したが、違ったようだ。
強制的に精霊とマナを循環させられ、全身が激痛に襲われているのだろう。痛みに耐えられず、過呼吸になっているナナちゃんやノノくんの姿にゾッとした。
ヒョウガくんと始めてマナを循環させた時の光景が甦る。あの血栓のようなものを無理やりこじ開けた時に、苦しんでいたヒョウガくんの表情。
このまま続けたらヒョウガくんは死んでしまうのではないのかと、そう、漠然と感じていた不安と同じモノがドッと押し寄せる。
ダメだ……それ以上はいけない……それ以上は危険だ!!
「や、やめっ……」
「だァから動くなよ。面倒臭ェな」
「っつあ!!」
頭がズキズキと痛みを訴える。無抵抗のまま地面に押し倒され、うつ伏せになるように床に押さえ込まれた。
私がどんなに必死にもがいても拘束は取れない。
くそっ! くそっ!! 何で……何で私は動けないんだ! あんなに小さな子供が苦しんでるのに、ただ見てる事しか出来ない。
体の痛みよりも、ズキズキと胸が痛んだ。自分の非力さをこれ程呪った事はない。
「やめろおおおおおおお!!」
タイヨウくんの悲痛な叫びが木霊する。
いつものタイヨウくんらしくない、憎悪を含んだ声だった。
タイヨウくんは黒いコートの1人を振り払い、ドライグを実体化させながらアレスの元へ全力で駆ける。
……そうだよな。心優しい彼がこんな光景を見て黙っていられる筈がない。
私ですらこんなにキツイんだ。タイヨウくんの心情を考えるならば、どれ程のモノなのだろうか。
優しすぎる彼が、涙目になりながら人に向かって武器を振るおうとしているのだ。痛々しすぎて見ていられない。
「タイヨウ! 加勢する!」
ヒョウガくんも、恐らくエンちゃんと思われる黒いコートの人物を銃弾で牽制しながら、コキュートスを実体化させた。
コキュートスはタイヨウくんの援護に向かわせ、ヒョウガくんは此方に向かって来る。どうやら、アレスの事はタイヨウくんに任せ、私を助けることにしたようだ。
ならばと、私はヒョウガくんに助けられた後の動きについて思考を巡らせる。
この拘束から逃れたらどう動こうか。まず、私は接近戦に向かない。直ぐに影法師を実体化しながらレベルアップをさせ、全員の動きを止めよう。そして後方支援に回らなければ。これ以上足手まといになる訳にはいかない!
「待ってたぜェ? この瞬間をよォ!」
渡守くんの愉快そうな声が聞こえる。まるで、待望していた物が手に入って嬉しいと歓喜しているようだった。
何だ? 彼はいったい何を喜んでいる?
そう疑問を抱いていると、隅の方で此方の様子を伺っていた黒いコートの人物が動いた。高く跳躍し、ヒョウガくんの正面に着地する。
「そこを退けええええ!!」
黒いコートの人物は、ヒョウガくんの怒声にも怯まず、スッと手を前に出す。
瞬間、走る閃光。揺れる地面に、周囲に満ちる禍々しいマナの気配。通常のレベルアップではここまで膨れ上がる事のないマナの力に、アスカちゃん達に相当な付加がかせられてる事を悟る。
暴走ともいえるマナの力が収まり、唯一動く目で周囲を確認すると、チームタイヨウのメンバー以外の精霊が全てレベルアップしていた。そして、地表から溢れ出る黒い不穏なマナ。ピクリともしないアスカちゃん達と、苦しそうに蹲るヒョウガくんとタイヨウくんの姿。
くそっ! レベルアップをさせてしまった!!
幸いな事に、微量だがアスカちゃん達のマナを感じる。最悪な事態は避けれたが、現状が悪くなっている事には変わらない。
そう、唇を噛み締めて自責の念に駆られていると、タイヨウくんを加勢していたコキュートスが消えている事に気づく。まさかと思い、ヒョウガくんの方へと視線を戻す。
黒いコートの人物は、ヒョウガくんの直ぐ側に落ちているコキュートスのカードを拾おうとしていた。どうやら彼等の目的は私の捕縛だけでなく、ヒョウガくんのカードも狙っていたらしい。
そのカードが奪われたら不味いと、何とかしなければと焦っていると、ヒョウガくんも私と同じ考えなのか、必死にコキュートスのカードに手を伸ばす。
しかし、黒いコートの人物はヒョウガくんを無情にも蹴り飛ばし、無言でカードを拾い上げた。
「ハッ……これで用は済んだなァ? ズラかんぞ!」
「もぉ~! さっきから偉そうにするのやめてくれないぃ? センくんの癖にぃ~」
「あ゛あ゛? 俺の癖にってどォいう意味だゴラァ!!」
あぁ……止めれなかった。
何も、出来なかった。
タイヨウくん達が頑張っていた時、私は何をしていた? すんなりに敵に捕まって、抜け出すことも出来ず、馬鹿みたいに地面に這いつくばっていただけじゃないか。
なんだよその体たらくは! 全くもって情けないではないか! 自分自身に腹が立つ!!
「上等だ! 今日こそどっちが上かハッキリさせてやらァ!!」
「あ、レベルアップ終わったんだぁ! じゃあ早くボスのとこに行かないとだねぇ~」
「無視してんじゃねェぞクソガキィィ!!」
私の心の中に、どうせホビアニなんだし何とかなるだろうという軽い気持ちがあった。
タイヨウくん達に任せとけば大丈夫だろうって、主人公だから何とかしてくれるだろうって……まだ子供の彼等に過度な期待を抱いて、無責任に役割を押し付けて……そんな馬鹿みたいな行為を行い続けた結果がこれか。
何やってんだよ、私は。ここはホビアニみたいな世界だが、今の私にとっては現実だろうが。今さらになって、こんな当たり前の事を自覚するなんて。
これは自業自得だと。そう、思わず溢れる自嘲の笑み。そして、消え始める体。恐らく、転移魔法が発動しているのだろう。行き先は悪の親玉ってところか。最悪だな。
「サチコ!!」
「っ!? 影薄!!」
声のする方へ顔を向けると、タイヨウくんとヒョウガくんの瞳に絶望の色が浮かんでいた。
とても酷い顔だった。そんな顔をさせてしまっている原因が私である事にズキズキと罪悪感で心が痛むが、心配されている事に対して、ほんの少しだけ嬉しいという自分勝手な感情が混ざる。
「……っ、ぐぅ!」
「ちくしょう! 動け! 動けよ!!」
動かない体を無理やり動かそうと必死になっている2人にもういいと。それ以上頑張らないでくれという思いが込み上げる。
そして、あぁそうだったのかと。あの時、シロガネくんが精霊狩りに拐われた時に浮かべた表情の意味を知る。
「タイヨウくん、ヒョウガくん」
「待ってろ影薄! 今助け──」
私は大丈夫、大丈夫だから。そんなに自分を責めないで。
これは私の不甲斐なさが原因だから、そんなに傷付いた顔をしないで。君らは何も悪くない。悪くないんだから。
……あぁ、でも。心配だなぁ。私が拐われたって先輩が知ったら絶対暴れるだろうし、それで被害を被るのは2人だ。暴走する先輩を止めるのは至難の技だろう。
私が助かって再開しても、面倒な事になりそうだ。ヤンデレが加速しまくって、四六時中付きまとわれる可能性がある。それは流石に嫌だなぁ。
そうならない為にも、上手い言い訳を考えないと。でも、いい案が思い付かない。
……あぁ、そう言えば目の前にいい人選がいるじゃんと、呑気な考えが浮かぶ。
「先輩への言い訳、考えといて」
ふいに出るいつも通りの、普段通りの日常会話。最後に伝える言葉がこれって……緊張感のない自分が何だかおかしくて、無意識に口角が上がった。
目の前がどんどん眩しくなる。本選会場が光に覆われ、転移魔法が完全に発動した事を悟る。
消える瞬間に、ヒョウガくんが私の名を呼ぶ声が聞こえた気がした。