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ph69 宝船アスカ


「けっ」

「とう?」


 私とタイヨウくんは、ポカンと口を開けながら、宝船アスカが言った言葉を繰り返す。


「そうですわ! わたくしと決闘なさい!!」

「ちょっ、ちょっと待てよ!」


 強引に話を進めようとする彼女に対し、タイヨウくんは両手を前に出しながら待ったをかける。


「さっきからにっくき! だとか、決闘! とかなんなんだよお前!!」


 そーだそーだ! 言ったれタイヨウくん。


「貴方方のわたくしのフィアンセに対する態度……わたくし、我慢の限界を越えましてよ!!」

「フィアンセってなんだ?」

「惚けないでくださいまし! 貴方は随分とご自分に正直ですのね!! あの御方のご迷惑を考えず、少々、物言いがはっきりし過ぎていらっしゃるのでは!? 貴女も! 他人のものに惹かれるなど……どのような教育を受けてきたのかお伺いしたいですわね!!」

「だから何の話だよ!!」


 本当にな。マジで身に覚えがないんだが……いや、ちょっと待てよ。


 この宝船アスカって子。金持ちっぽいし、彼女の言うフィアンセって相当な金持ちなんじゃないか? その上、私とタイヨウくんの共通の知り合いで、なおかつ私が横恋慕してると勘違いされる相手なんて、そんなの1人しかいないじゃないか。


「もしかして、そのフィアンセって五金ク──」

「そう! シロガネ様のことですわぁ!!」


 ……そっちかぁ。


 私は宝船アスカの出した名前に、思わずチベットスナキツネのような顔になる。


 シロガネくんと私に誤解が生まれるような要素ってあったか? クロガネ先輩ならまだしも、私とシロガネくんだぞ? 絶対にないだろ。



「わたくしというフィアンセを差し置いてシロガネ様からお姫様抱っこをしてもらえるなんて! なんてうらやま……随分と世渡りにたけていらっしゃるのね!!」


 今ちょっと本音が漏れてたな。


 というか、聞き捨てならない発言があったな。お姫様抱っこ? シロガネくんが? 私を? そんな事ありえるわけが……。


「……あぁ、あの時か」

「は!? あの時!? あの時っていつ!?」


 何かに納得するようにポツリと呟いたヒョウガくんに、私は驚きのまま、反射的に問い詰める。すると、ヒョウガくんは少し後ずさりつつも、隠す気はないようで、素直に教えてくれた。


「え、SSC準決勝の時だ。お前が倒れた時、運んだのは奴だ」


 ヒョウガくんは知らなかったのか? と疑問符を浮かべているが、そんなこと知らんぞ!? 勝手にクロガネ先輩だと思ってたわ!


 先輩も全然教えてくれないし……いや、これは責任転嫁だな。タイヨウくんが頼んだならあり得ない話ではないし、最初から決めつけてた私が悪い。今度からちゃんと確認しよ。決めつけ良くない。


 それに、いくら嫌い合っている仲だとしても、相手に迷惑をかけてお礼を言わないのは人としてダメだろ。シロガネくん助けたらありがとうって言わなきゃな。……まぁ、本人は今さらだとか、君からのお礼なんて気味が悪いとか言いそうだけど。


「シロガネぇ? シロガネがお前のフィアンセって奴なのか?」

「そうですわ! わたくしはシロガネ様の生涯の伴侶! ……となる自信がありますわ! フィアンセと言っても過言ではありませんことよ!」


 いや、過言だよ。つまりただの願望って事じゃねぇか。


「わたくしとシロガネ様の運命の出会いは……そう! 3年前、ネオ東京で行われた、協会主催のパーティーの時でしたわ」


 何か回想が始まっちゃったよ。


「お父様とお母様とはぐれ、道に迷い、泣いていたわたくしに手を差し述べて下さったのがシロガネ様でしたのよ! わたくしに優しく笑いかけ、大丈夫? っておっしゃってくださったの!」


「シロガネ様の微笑みに、あの御方の優しさに……わたくし、とても感銘を受けましたわ! その時からわたくしの心の中はシロガネ様への想いで溢れ……わたくしは、シロガネ様のフィアンセとして恥ずかしくないよう自学研鑽に励み、彼の隣に見合うよう努めてましたのに!!」


 宝船アスカはハンカチを取り出し、キーッと悔しそうに噛み締めた。


「わたくしとシロガネ様を引き裂こうなどと、とんでもないお考えをお持ちなのね! わたくし、絶対に許しませんことよ! お覚悟なさい!」


 宝船アスカは噛んでいたハンカチを放り投げ、勢いよく私達に扇子を向けると、決まったと言わんばかりにどや顔をしていた。そして、彼女の御付きであろう双子の女の子と男の子が、何処からともなく取り出した籠に入っている花を撒き、花吹雪を演出し始めた。


 …………うん。帰っていいかな?


 要約するとアレだろ? シロガネくんに一目惚れして、彼の周りにいる人間が許せないって話だろ?


 完全にとばっちりじゃねぇか。


 タイヨウくんは……シロガネくんに付き纏われているし、そう思われても仕方がないとして、私は関係ないだろ。奴の痴情の縺れに巻き込まれるなんて真っ平ごめんだ。


 そもそも、私は彼に嫌われている。シロガネくんと仲良さげな所なんて、彼女の言う医務室まで運んでもらった時ぐらいしかない。それ以外の関わりなんて、嫌味の応酬ぐらいしかないぞ。



「シロガネ様は貴女のみたいな方が手の届く御方ではありませんことよ! 潔く諦めなさい!」


 おい、やめろ。何で私がシロガネくんに好意を持ってるみたいな事になってんだ。そんな気持ち悪い誤解は今すぐ止めてくれ。頼むから。


「シロガネ様はとても魅力的な御方ですもの……あの御方以上の殿方なんて、何処を探してもいませんものね! 惹かれてしまうのは仕方のないこと……ですが! 貴女には少々不釣り合いでしてよ!!」

「あの」


 さて、彼女からのとんでもない誤解を一刻も速く解きたいところだが、どう弁明したものか……ここは正直にストレート勝負でいってみようか。


「私、別にシロガネくんの事好きじゃないですよ。むしろき……苦手な部類ですね」

「なんですって!? 白々しい嘘はおやめなさい! シロガネ様の何処にご不満がおありになるというの!?」


 面倒臭ぇ! 面倒臭ぇよ恋愛脳!! これ何言っても通じないのでは!?


 ……くっ、この手はあまり使いたくなかったのだが……。


「だって、私……その……」

「何ですの!? 早くおっしゃいなさい!」

「す、好きな人……他に、いるから……」


 そう、私が発言すると辺りはしんと静まり返り、まるで時間が止まったように誰も動かなかった。


「ええええええ!?」

「まぁ! まぁまぁまぁまぁ!!」

「…………」


 そして、タイヨウくんの叫びを皮切りに、各々がリアクションをする。


 私が恥ずかしそうにモジモジしていると、宝船アスカは私の話を完全に信じたのか、最初の敵対心は何処へやら、興味深そうに目を輝かせていた。


 よしよし、いい調子だと私の中での恋する乙女像、ハナビちゃんがタイヨウくんの事を語る姿を思い浮かべながら恥じらう乙女の演技を続ける。


「それに、シロガネくんは優しいから、倒れた私をほっとけなくて仕方なく運んだだけだよ。他意なんてない。私以外の人が倒れても、彼なら絶対に同じ様に対応したと思うし、気にする必要はないよ」

「それは……確かに、そうですわね」

「だから心配しないで。アスカちゃん程シロガネくんを想っている可愛い女の子なんていないよ。私も、シロガネくんのフィアンセはアスカちゃん以外考えられないと思うな」

「! そ、そそそそそんなこととととありますわよおおおお!」


 アスカちゃんは私の発言がよっぽど嬉しかったのか、動揺して扇子を振り回しながら吃りまくっていた。


 ……普通にかわいいなこの子。こんな純粋な子、逆にシロガネくんにはもったいないんじゃないか?


「ふふん! そうですわ! わたくし以外に、シロガネ様の隣に立てる者などおりませんわ! 貴女、分かってらっしゃるのね! 誤解してしまって申し訳ありませんわ!」


 取りあえず、作戦は成功したしよしとするか。その名も、好きな人は他にいるから貴女の敵じゃないよ寧ろ味方だよ作戦!


 この年頃の女の子は、比較的恋愛に興味を持ちやすい。恋してる女の子なら尚更だ。自分の恋しかり、他人の恋しかり首を突っ込みたがるものだ。


 特に、別々の人物が好きだった場合、秘密を共有し、好きな人に対して一喜一憂しちゃう! という同族意識を持ち、お互いに頑張ろうね! みたいな空気になりやすい。


 上手いこと敵意をなくせたし、このままタイヨウくんだけライバル視させる事が出来れば万々歳だな! すまんな! タイヨウくん! 私のために犠牲となってくれ! 骨は拾ってあげるから!


「では、貴女の好きな殿方は誰ですの?」


 そうきたか。


 作戦が成功して内心浮かれていると、とんでもないカウンターパンチを喰らった。


 そうだよね! やっぱそこ気になるよね!


 私はどう切り返すべきかと頭を抱える。


 畜生! んなもんいねぇよ!! 好きな人いますぅなんて嘘に決まってんだろうが! 適当に見繕うにしても、いったい誰の名前を言えば──ハッ!?


 私の頭の中で、天恵と言わんばかりの稲妻が走る。


 そういえば、私がシロガネくんに運ばれるのを見ていたという事は、シロガネくん大好きな彼女は、チームタイヨウの試合を観ていた可能性が高い。ならば、私が好意を持つ相手としてちょうどいい適任者がいるではないか!


「こ、ここで言うのは……その」


 私が言葉を濁しながら、チラリとヒョウガくんを見て、彼の服の裾を掴む。そして、思わず掴んでしまった感を演出するために、直ぐに離して視線をさ迷わせた。


 すると、ヒョウガくんは驚いたように目を見開き、アスカちゃんは、ははーん、わたくし、分かりましたわ! と言わんばかりに、扇子を広げて口元を隠した。とんだ迷探偵の誕生である。


「!?!?!?」

「なるほど、なるほどですわ! そういう事ですのね!」

「だ、だからその……勘違いされたくないので……その……」

「えぇ! えぇ! 分かります! 分かりますわよ! その気持ち!!」


 アスカちゃんの好感触な態度に、上手く騙せたなとほくそ笑む。そのまま私への興味をなくしてくれる事を願い、表情で嘘がバレないように両手で顔を覆い隠した。


「え? 何だ? 結局サチコの好きな人って誰なんだ? 五金先輩か?」


 はっ倒すぞ。


 さっきの流れでどうしてそうなる? 鈍感も大概にしろよ。今だから良かったものの、それ、絶対に先輩がいる時に言うなよ。


 奴の私に対するベクトルは色んな意味でギリギリなんだ。下手に刺激して友情から恋愛に変わったらどうしてくれる。そうなったら一生許さんからな。末代まで祟ってやる。









 とんだ茶番が入ったが、気を取り直して向かい合うタイヨウくんとアスカちゃん。


「さぁ! 晴後タイヨウ! お覚悟なさい!!」


 アスカちゃんはキッとタイヨウくんを睨み、やる気は十分のようだ。


「なんだかなぁ……」


 相対するタイヨウくんは、腑に落ちないといった顔をしつつも、マッチする事に異論はないのか、素直に腕輪を構えた。



「賭けるポイントは15ポイントでよろしくって?」

「あぁ! いいぜ!」


 タイヨウくんが了承すると、頭上に賭けポイントが表示され、バトルフィールドが展開される。


「おーっほっほっほ! おーっほっほっほ! 行きますわよぉ! コーリング! 弁財天! メロネイロ! プリリインタ!」

「楽しいマッチにしようぜ! コーリング! ドライグ! ツァイトウルフ! ノミノノーム!」



「レッツサモン!!」





 タイヨウくん、新しいモンスター使ってるんだ。


 ドライグの両サイドにいるツァイトウルフという鉱石の体を持つ狼と、ノミノノームという小さな小人は訓練の時も使用してなかった。タイヨウくんの事だから、属性は大地で固定していると思うが、どんな能力を持っているのだろうか。


 対するアスカちゃんは、自身の精霊であろう弁財天という七福神の紅一点と、メロネイロというハープをモチーフにした妖精、プリリインタという大きな本を持った小さな女の子を召喚した。


 どうやら先攻はアスカちゃんのようだ。先攻は頂きましたわ! と言いながらカードをドローする。双子の男の子と女の子、セバスと呼ばれたであろう多分、大人の男性と思われる人物は、アスカちゃんを全力で応援する体勢に入っている。


 双子の子達が、お嬢様! 頑張るのです!! と2人で必死に大きな旗を振る様はとても微笑ましい。


 私がその光景を、ほっこりとしながら眺めていると、スッとヒョウガくんが隣に立ってきた。そして、気まずそうに視線をあちこちに反らしている。


 ……ん? どうしたんだこの子は?


「か、影薄……」

「何?」

「あの、だな……」


 ヒョウガくんは言いずらい話なのか、なんとも歯切れが悪い言葉を発している。


「その……俺は……」

「…………」


 これは下手に急かすより、待った方が良さそうだな。そう、ヒョウガくんの出方を見守っていると、ようやく決心がついたのか、私と視線を合わせた。


「俺は! ……恋愛感情というものはよく分からん」


 ……ん?


「それに……今は精霊狩り(ワイルドハント)の事もある……正直、そういった事に割く時間はない」


 ちょっと待て。


「だが、精霊狩り(ワイルドハント)の件が片付い──」

「あのさ」


 これは、とんでもない誤解が生まれている。


 ヒョウガくんの事だから察してくれていると思っていたが、そうではなかったようだ。やはり、決めつけは良くないな。早いこと弁明して誤解を解かなければ。


「あれ、嘘だから気にしないで」

「…………は?」


 ヒョウガくんは、鳩が豆鉄砲でも撃たれたような顔で固まる。


「シロガネくんに対して恋愛感情がないって言っても信じてくれなかったでしょ? だから、適当に別の人が好きって言えば丸く収まると思って」


 SSCでの私達の試合を観てたら、ヒョウガくんを好きって装えば信憑性あると思ってさと、実況に私達のコンビについて言及されていた事を示唆する。


 ヒョウガくんも私の言い分に納得しているのか、無言で私の話を聞いていた。


「そもそも、私の好みのタイプは一回り以上年上の落ち着いた男性だから、ヒョウガくんをそういった意味で好きになることはないよ。存分に精霊狩り(ワイルドハント)に集中してもらって大丈夫だから」


 変に気を遣わせてごめんねと言いながら、右手を軽く上げる。


 これで万事解決したかなと視線をタイヨウくんの元へと戻そうとすると、予想外な事にヒョウガくんはスンッと表情をなくした。


「俺は、お前の合理的な考え方は嫌いではない」


 あれ? この反応……もしかしてヒョウガくん怒ってらっしゃる?


「が、今のはどうかと思う」

「あ、うん……ごめん」


 取りあえず、理由は分からないが、私の行動はヒョウガくんに対してかなり無神経だったようだ。これはよく考えもせず、思い付きで行動した私が悪い。今後は、ちゃんと相手の了承を得て行動しようと深く反省した。


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