ph66 先輩との通信
「影薄、大丈夫か?」
「あ、はい。もう大丈夫なんで、心配しないで、本当に。居たたまれないんで」
我に返ると恥ずかしいな!? いい年して小学生の前で泣くなんて……穴があったら入りたい!!
「ならいい……だが、何故泣いていたんだ?」
「あー、うん。それは……」
……正直、言いたくない。
なんて説明すればいいんだ? シロガネくんが生きてた事に安心してむせび泣きしましたってか?
そんな事言ったら私がシロガネくんの事を好きみたいじゃないか! そんな不名誉な誤解を受けてたまるか!! 考えるだけでおぞましい。
「別に大したことじゃないし、気にしないで」
「大したことなければ話せるだろう?」
しつけぇ! 何で執拗に聞いてくるんだこの子!! 面倒だな、無理矢理にでも話の方向転換をするか。
「そ、そんな事より! あの魔法陣に心当たりがあるって言ってたけど、あれ、なんなの?」
私はヒョウガくんの追求から逃れるように距離を取り、祭壇の下に描かれた魔法陣の方を指差す。ヒョウガくんは私の行動に納得いかない顔をしながらも、渋々と口を開いた。
「……あれは、サタンを実体化させるための魔法陣だ」
「へぇー、サタンを……って、それヤバいやつじゃん!!」
ヒョウガくんの恐ろしい話に、魔法陣のを方を差した指が呪われるんじゃないかと想像し、慌てて腕を下げた。
「大丈夫なのこれ? いきなり発動してサタンが実体化、なんて事になったりしない?」
「サタンの実体化には冥界川シリーズの加護持ちが必須。そんなことは絶対に有り得ない」
な、なんだ。びっくりさせやがって。
私は冷や汗を拭いながら一息つく。そして、ふと思い付いた名案を口に出した。
「それじゃあ、今ここでこの祭壇と魔法陣壊したら全てが解決したりしない?」
「やめた方がいい。あの魔法陣はサタンを召喚するまで破壊しても勝手に修復する。それに、奴らに俺たちの居場所を教える事になる。昔は原理が分からなかったが、恐らく、マナの力によるものだろう」
ですよねー。そんな簡単に終わる話なら、こんな無防備な状態で放置するわけがないか。
「残念。でも、魔法陣の居場所がわかったのはデカいね」
「そうだな」
「五金総帥だったらなんらかの手段があるかも、報告してもいい?」
「……あぁ。だが、外との連絡手段は絶たれている。どうするつもりだ?」
「あんまり使いたくはなかったけど、一つだけ手段があるよ。とりあえず、安全な場所に移動しよう」
祭壇の場所から離れ、暫く氷山エリアを歩いていると、またこのエリアに入る時に見た魔法陣と似たような模様が描かれている氷壁を見つけた。私とヒョウガくんは視線を合わせ、同時に頷くと、私はその模様に触れた。
また魔法陣が反応してくれる事を期待して身構える。しかし、その期待に反して、魔法陣は全く反応してくれなかった。
「あれ?」
「……奴らの言う通り、誤作動だったのか」
「そうみたいだね」
運がいいのか悪いのか、あの時はたまたま魔法陣の誤作動の瞬間に出くわしただけのようだ。これで魔法陣が作動した原因が分かったが、それはそれで困ったことになった。魔法陣を作動させる以外の脱出手段を、私たちは知らない。
「別の道を探すしかないかぁ」
「影薄」
「何?」
「お前は渡守センだけでなく、火川エンからも何かされたと言っていたな」
「え? まぁ、多分だけど……」
「……」
「ヒョウガくん?」
ヒョウガくんは黙ったまま魔法陣を見つめる。そして、何を思ったのか、ヒョウガくんはその魔法陣に触れた。
「ヒョウガくん何して……!?」
ヒョウガくんが魔法陣に触れると、私の時と同じように魔法陣が輝き、浮かび上がった。
「そういうことか……」
「え? 何? 何がどうしたの?」
ヒョウガくんは1人で納得したように頷いている。私は頭にハテナマークを浮かべながらヒョウガくんに問いかけるが、ヒョウガくんはあしらう様に後で説明すると言い、魔法陣の中に入っていった。私はこんな所に1人残されたらたまったものではないと、その背中を慌てて追いかけた。
魔法陣を抜けた先は同じような洞窟だった。しかし、氷山エリアと違い、洞窟の中は舗装されていて、天井には一定の間隔でランプが設置されていた。周囲に置かれている鶴橋や、道の真ん中に作られている木造のトロッコ用のレールを見るに、ここは鉱山エリアなのだろう。
「あの魔法陣は、鉱山エリアへの移動用だったみたいだね」
「俺の予想通りか……」
「? ……それは、どういう?」
「サタンの復活には冥界川シリーズの加護持ちが必要であることは説明したな?」
「うん」
「薄々感ずいているかもしれないが、ダビデル島はサタンを実体化させる為に作られた人工島だ。そして、5つあるエリアは、それぞれの冥界川シリーズの精霊が担当している」
「……」
「冥界川シリーズの精霊には、刻印の力が備わっている。アケローンが使っていたような刻印の力がな。さっきの魔法陣には、コキュートスの刻印が刻まれていた。だから、コキュートスの担当である鉱山エリアに飛ばされたのだろう」
「えっ? でも、コキュートスのスキルには刻印なんて……」
そう言いかけて、私はハッと息を呑む。
「もしかして、レベルアップ?」
「あぁ、コキュートスがレベルアップしたことで習得したスキル、断罪の刻印。その模様と同じだったのだ」
なるほど。だからあの魔法陣が反応したのか……。
あれ? 待てよ、じゃあなんであの魔法陣は私が触って反応したんだ?
……おいおいおいおい。ちょっと嫌な予感がするんですけど、まさかのまさかだったりしないよね?あれはただの誤作動だよね?
「サタンの実体化には、精霊界とこちらの世界を繋げる門を開ける必要がある。そして、それには刻印の力、冥界川シリーズの加護持ちが必要であるのだが、それだけでは片方の門しか開くことができない。両方の門を開けるには、精霊から刻印を刻まれ、その力を分け与えられたサモナーが必要となるのだ……そう、影薄の様なサモナーがな」
最悪だぁぁぁぁぁ! 予想してた事態よりも最悪なんですけどぉおぉ!?
こんな不幸なことってある!? というか、そんな重要な事を今さら言うなよ!! 情報を小出しにするのやめて貰っていいですか!? いや、無理に言わなくていいみたいな事は言ったよ!? 言いましたよ!? けど、私が関わってるなら話は別なんだよ! なるべく速く教えてください! 心の準備と逃走する為の備えが必要なんで!!
「本来、一つでも刻印を刻まれたサモナーは、立つことすらままならない程衰弱する筈なのだが……どうやら影薄は二つの刻印を刻まれても平気なようだな。なるほど、だから精霊狩りは影薄を狙っていたのか。サタン実体化の供物にするために……」
冗談じゃない! そんな特異な体質いらない!! クーリングオフ! クーリングオフを所望する!!
「魔法陣を作動させてしまった以上、ここも安全ではなくなるだろう。体力回復も兼ねて身を潜めるぞ」
私は肩をガックリと落としながらも、ヒョウガくんの意見に異論はないため、半ば諦めるように素直に従った。
MDで、マッチが行われている場所を避けながら人気のない場所を探すこと数十分。やっと腰を落ち着ける事が出来そうな場所を見つけ、休憩をかねて外と連絡を取ることにした。
「それで、お前の言っていた連絡手段とは?」
「このイヤーカフだよ」
私はクロガネ先輩から貰ったイヤーカフをレッグポーチから取り出し、ヒョウガくんに見せる。
「マナを込めると、対になっている物と連絡が取れるみたい」
「それは何処で手に入れた?」
「ほら、ヘリに乗るときにクロガネ先輩からって渡されたプレゼントだよ」
「…………あぁ、アレか……」
ヒョウガくんは眉をしかめながら嫌そうな顔をする。
先輩も大概だけど、君も先輩の事めちゃくちゃ嫌いだよね。先輩の名前を出しただけで不愉快そうな顔すんなよ。
……いや、タイヨウくん以外は全員仲悪かったな。主人公サイドの人間関係がここまでギスギスしてる事ってある? このチームにおけるタイヨウくんの重要性を身に染みて感じたわ。
「ふん……独占欲の塊みたいなデザインだな」
言うなや。ほんと、それ、分かってるから改めて言われると怖くなるんで言わないで下さい。頼むから。
「……デザインの話は置いといて、機能は立証済みだから通信するね」
私はイヤーカフを握りしめ、大きく深呼吸した。
これ、使うの本当に嫌なんだよなぁ。話してる間はずっと先輩のマナを感じるから、地味な恐怖があるんだよ。
例えるならアレだ、ホラー映画で幽霊が出そうで出ないみたいな、イニシャルGを部屋の中で見つけて退治する前にどっかに逃げられ、いつ出てくるか分からない恐怖みたいな。そんな、地味に怖い感覚に陥るからあんまり通信したくないのが本音だ。
けど、背に腹は変えられないから覚悟を決めてマナを送った。
『サチコか?』
「っ! 先輩、今大丈夫ですか?」
『問題ねぇ。どうした?』
マナを送り、1秒も経たずに聞こえた先輩の声に、ビクリと驚きで肩が揺れる。
通信に出るの速すぎないか? 何? もしかしてスタンバってたの? と、ツッコミたい所だが、話が脱線する可能性を考慮して、そのまま本題に入ることにした。
「あの、五金総帥に伝えて欲しいことがあるんですけど」
『親父に? 何かあったのか?』
「はい、実はダビデル島の氷山エリアでサタン実体化用の魔方陣を見つけたんですけど……」
そう前置きをおいて、私は氷山エリアで見たことをありのまま話す。ついでに、ヒョウガくんから仕入れた復活させるために必要な条件も伝える。
すると、話を聞き終えた先輩は忌々しそうに舌打ちをした。
『チッ……あの情報は間違ってなかったって事かよ』
「え? もしかして、先輩もサタン実体化について何か掴んでたんですか?」
『ローズクロス家に侵入した時にちょっとな』
おい、今サラッととんでもない事言ったぞ。天下の三代財閥に忍び込むなんて、大胆な事してんな。
「というか、ローズクロス家からサタンの情報が出てくるなんて、益々怪しいですね」
『あぁ、ホコリが出すぎてむせそうだ』
元々、私も先輩もローズクロス家をキナ臭いと疑っていたが、これってほぼ確で黒なのでは?
『サタンとローズクロス家に関しては此方でも調べておく。サチコは大会に集中してても問題ねぇよ』
「ありがとうございます。助かります」
『こっちとしてもありがてぇ情報だ。今後も何か分かったら連絡してくれ。お前からの連絡ならいつでも待ってる』
「はい。分かりました。後、もう1つ重要な情報があるんですけど」
『何だ?』
「確かではないのですが、シロガネくんらしき姿を確認しました」
『そ──』
「何だと!?」
『あ゛?』
私の発言に、ヒョウガくんが驚きの声を上げる。その反応を見て、シロガネくんの事を伝え忘れていた事を思い出した私は、彼にも伝えた方がいいだろうと、ヒョウガくんの方へと顔を向けた。
「あ、ごめん。言うの忘れてた。ほら、あの時、仮面で顔を隠してた人がいたでしょ? 多分、あの人がシロガネくんだと思うんだよね」
「何故、奴が五金シロガネだと?」
「え? そりゃ、普通に髪型で……じゃなくて、マナで分かったんだよ。私、強化合宿の時、シロガネくんとマナを巡回させようとしたでしょ? その時と同じマナを感じたからそうかなって」
危ない危ない。うっかり髪型って言いそうになった。そんな根拠の薄そうな理由を言っても信じて貰えなさそうだし、それっぽい理屈が思い付いて良かった。
「実際に顔を確認した訳じゃないから断言できないけどね」
「しかし、影薄がそう感じたのならば五金シロガネである可能性が高いだろう。だとしたら、何故奴は精霊狩りの連中と共に行動を?」
「マナの力で洗脳って線は?」
「……ありえるな。ならば、五金シロガネと敵対する可能性を見越して対策を練らなければな」
「確かに──」
『サチコ』
「あ、はい。何ですか?」
会話を渡るような、先輩の唸るような低い声で名前を呼ばれ、反射的に彼の方へと意識を向けた。
『そこに、青髪野郎もいんのか?』
「げっ」
面倒な事になる予感を察知。もう声の雰囲気で分かる。先輩の独占欲ゲージが上がっている。何とか先輩の機嫌を取らなきゃ、後々厄介な事になりそうだ。
『まさか、2人きりじゃねぇだろうな?熱血野郎はどうした』
「えっと、確かに今はヒョウガくんと2人ですが、直ぐにタイヨウくんと合流する予定で──」
「その通りだ」
「あっ、ちょっ!」
ヒョウガくんは私からイヤーカフを奪い取ると、マナを流しながら先輩と話し始めた。
おい、やめろ馬鹿。なんだか物凄く嫌な予感がするぞ。この2人、水と油だから絶対にヤバい。
「タイヨウとの合流は現状では難しい。暫く俺と影薄の2人で行動するつもりだ」
『はぁ!? ふざけっ』
「安心しろ。精霊狩りが現れても俺が対処する」
『そういう問題じゃねぇんだよ! 俺は──』
「あぁ、そう言えば。影薄を守るのは貴様の役目で、俺の出番はない、だったか?」
「どうやら出番がないのは貴様の方らしいな。大人しく引っ込んでろ、ストーカー野郎」
『あ゛ぁ゛!? 誰がストっ──』
ヒョウガくんはイヤーカフにマナを送るのを止め、強制的に会話を切る。
「……何だこれは? 奴のマナか? ……ふん、奴らしい気味の悪いマナだな」
先輩からの抗議の通信が来てるのだろう。しかし、ヒョウガくんはそれを無視してイヤーカフを自身のポケットに突っ込んだ。
「変に邪魔されたら敵わん。暫くは俺が預かっておく」
「何してくれてんのぉおぉ!?」
私は思わずヒョウガくんに詰め寄るように胸ぐらを掴んだ。
「変に煽らないでよ! 先輩が拗ねたらマジで面倒なんだからね!? どうしてくれんの!?」
どんだけ大会前の事根に持ってたんだよ!? いくらなんでもタイミングが悪すぎる!!
これは帰ったら絶対しつこく付きまとわれる! おはようからおやすみまで先輩に引っ付かれる! うおおおお! そんなのは絶対に嫌だ! 何としてでも避けなければ!! 兎に角先輩には弁明しないと!!
「取りあえず、イヤーカフは返し──」
「奴がお前に付きまとうのは影薄、お前の態度にも問題があると思うぞ」
「え」
「そうやって甘やかすから奴が付け上がるのだ。曖昧な態度が奴の行為を助長させているのに気づかんのか? その気がないなら多少は突き放した方がいい」
ヒョウガくんの目から鱗な発言に、ポカンと口を開ける。
そう、なのか? 私の態度が良くなかったのだろうか? でも、確かにヒョウガくんの言う事も一理あるかもしれない。
「でも、突き放したら突き放したで、余計に拗れたりしない? あのシロガネくんと兄弟なんだよ?」
「…………その時はその時だ」
おい、なんでちょっと自信なくした。せっかく納得しかけたのに、これで更に付きまとわれたりしたら絶対に許さんからな。
いつもの話しかけるなポーズで休憩し始めたヒョウガくんを恨めしげに見ながら、先輩が暴走したらヒョウガくんを盾にして逃げようと心に誓った。