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ph56 襲撃後

 聖霊狩り(ワイルドハント)の襲撃に合い、アイギス本部は復旧作業に追われていた。そんな最中、私たちはケイ先生の指示を受け、再度五金コガネの執務室に集まっていた。


 シロガネくんの姿はない。


 当たり前だ。私を庇って拐われたのだ。タイヨウくんとヒョウガくんは、暗い表情をしている。酷い顔だった。私も似たような表情をしているのか、先輩は気遣うようにギュッと私の手を握った。


 あぁ、気分が重い。いっそのこと、お前のせいだと責められれば楽になれるのに、誰も何も言わない。ただ、ただ沈黙に支配され、部屋の中は重苦しい雰囲気に包まれていた。


「待たせたね」


 執務室のドアが開く。ケイ先生が五金コガネを連れてきたようだ。


 五金コガネは相変わらずの無表情だった。あえて感情を出さないようにしているのか、本当に何とも思っていないのか、それを判断する術を私は持っていなかった。


「シロガネが捕まったらしいな」


 開口一番に言われた言葉に、私のせいだ。私のせいでシロガネくんが連れかれたんだと、罪悪感がドッと押し寄せる。


「す、すみま──」

「全くもって不甲斐ない」


 ……は?


 一瞬、彼がなんと言ったのか分からなかった。不甲斐ない?何だそれ……。


「奴等の第一の目的と考えうるクロガネ、影薄サチコ。両名とも無事であったが、大きな損害があった。ダビデル島への転移魔法陣が全て破壊されてしまった」


 実の息子が拉致された事は知っている筈なのに、日常報告のように、平然と被害状況を述べている。しかも、その内容にシロガネくんは含まれていない。


「これでは明日の監視チームに支障が」

「何ですかそれ……」


 あぁ、言うな。そんな事言っても仕方がないのに、こんなん私の八つ当たりだ。シロガネくんが捕まったのは私が足手纏いだったからだ。五金コガネは悪くない。悪くないのに。


「それが! 拐われた息子に対する言葉か!!」


 気づいたら五金コガネの胸ぐらを掴んでいた。誰よりも、タイヨウくんよりも先に身を乗り出し、五金コガネに啖呵を切る。


「もっと他に言うことはないのか!? もっと……心配するような……そんな」

「言ってどうなる?」

「っ!」


 五金コガネの、恐ろしい程感情の分からない瞳にゾッとする。


「ここで騒いだとて、状況は変わらんだろう」


 その通りだ。五金コガネの言っている事は正しい。騒ぐくらいなら策を練ったほうがいい事なんて分かっていた。けど、この人のシロガネくんに対する態度が、その無関心さが許せなかった。


「シロガネの判断は正しかった」


 この人はどこまでいっても合理的だ。どんな状況においても冷静に判断を下せる。それは、なんて素晴らしい統率者の鑑なのだろうか。本当に、組織のトップとしては理想的な人だよ。


「が、捕まったのは彼奴の実力不足ゆえにだ。実に嘆かわしいものよ」


 親としては考えものだけどな。


 この人には何も言っても無駄だと諦め、掴んでいた手を離す。


 落ち着け。ここで騒いでも仕方がない。それだけは五金コガネの言う通りなのだ。感情を抑えて冷静にならないと……。


「状況は最悪ではないが、良くもない。魔方陣の修復には時間がかかる。明日に間に合うかどうか……」


 部屋の中には、五金コガネの延々とした声だけが響く。


「そこで、だ。氷川ヒョウガくんだったかな? 貴公に確認しておきたい事がある」


 名指しされたヒョウガくんは、少し反応を見せる。


「此度の襲撃、貴公の手引きによるものか?」

「!」

「どういう事だよ!!」


 今度はタイヨウくんが身を乗り出しながら叫んだ。


「手引きって……ヒョウガは俺たちの仲間だ!! 何でそんな事を……」

「貴公が精霊狩り(ワイルドハント)に所属していた事は知っている」

「デタラメ言うなよ! ヒョウガがあんな奴らの仲間なわけないだろ!! ヒョウガも何か言ってやれよ!!」

「……」

「……ヒョウガ?」


 ヒョウガくんは何も言わない。そんな彼の態度にタイヨウくんは戸惑っているようだが、私はあぁやっぱりかと納得していた。


 この襲撃に関与しているかどうかは知らないが、彼が過去に精霊狩り(ワイルドハント)にいたことは、渡守センとの会話で何となく察していた。


「いつから知っていた?」

「始めからだ。我々の知らない精霊狩り(ワイルドハント)の情報を持ち、奴らと似通った精霊を持っている貴公を疑わない理由がない」

「……そうか」


 ヒョウガくんは数秒ほど沈黙する。そして、何かを確認するように私に視線を向けたかと思うと、すぐに五金コガネに戻した。


「俺が精霊狩り(ワイルドハント)にいた事は事実だが、過去の話だ。襲撃との関与はない」

「証拠は?」

「ない。が、調べはついているのだろう?」

「ふむ」


 そもそも、訓練に参加させていた時点で問題ないと判断していた事は明らかだ。総帥様の事だ。黒だったならば、問答無用で拘束なり何なりしている筈だ。こうして野放しにしている訳がない。


「ならば、我々の情報との照合といこうか」



「貴公の実父は氷川ヒョウケツ……かつて、ローズクロス家で精霊の研究の第一人者を担っていたそうだな」

「あぁ」


 ローズクロス? ローズクロス家って三代財閥の?


 突然出てきた三大財閥の名前に眉を潜める。


 そういえば、ダビデル島も他の三大財閥が関与してるんだっけ? 精霊狩り(ワイルドハント)にヒョウガくんが所属していた理由が実父関連なら、少しキナ臭いな。


「しかし、5年前のあの事件……あれ以降表舞台から姿を消していたな」


 5年前のあの事件。そう言われたヒョウガくんの表情が曇る。


 それがどんな事件なのかは分からないが、ヒョウガくんの様子から、良くない事であることは察した。


「氷川ヒョウケツが消息を立って約1年後……精霊狩り(ワイルドハント)が現れ、精霊を狩り始めた……氷川ヒョウケツしか知りえない精霊を捕獲する技術を用いてな」


 


「担当直入に聞こう。精霊狩り(ワイルドハント)の創立者は氷川ヒョウケツ。貴公の実父で相違ないな?」




「……あぁ」


 ヒョウガくんの答えに、タイヨウくんの方から息を飲む音が聞こえた。


 元々ヒョウガくんが精霊狩り(ワイルドハント)と関わりがあった事は気づいていたが、まさか実父が創立者だったとは予想外であった。


 五金コガネの確信した姿から、彼はその事を知っていたように思える。しかし、解せない。こんな状況でそんな情報を開示するのは余計な混乱を招きかねないのに、何故、わざわざこの場面で伝えたのだろうか?


 タイヨウくんは精霊狩り(ワイルドハント)の行いに対し、許せないと怒りを顕にしていた。彼は善人の塊と言っても過言ではない。過去とはいえ、精霊狩り(ワイルドハント)の行いに荷担していたであろうヒョウガくんに対し、友人として、仲間としての亀裂が入ってしまわないか心配になり、様子を伺う。


「氷川ヒョウケツの目的は? 何故精霊を狩っている?」

「それは……」

「あの事件は関係があるのか? レベルアップの使用目的は?」

「ちょっ、ちょっと待ってくれよ!」


 タイヨウくんは五金コガネの追求を止めるように身を乗り出した。そして、ヒョウガくんを庇うように両腕を広げた。

 

「そんな、責めるように言わなくてもいいだろ!?」


 あぁ、なんだ。心配する必要はなさそうだ。

 

「ヒョウガ、言いたくないなら言わなくてもいいんだ。どんな事情があろうと、俺にとってお前は大事な友達だし仲間だ! だって、ヒョウガはヒョウガだろ?」


 さすがタイヨウくんだなと緊張を緩める。

 

「昔のヒョウガは知らないけど、今のヒョウガなら知ってる。すっげぇ良い奴だって知ってるんだ! 俺は俺の見たヒョウガを信じるぜ! それに、なんであろうと俺達のやる事も変わんねぇしな! ダビデル島に行ってシロガネと精霊狩り(ワイルドハント)に捕まってる精霊を助ける! そんでSSSCで優勝するんだ!! そうだろ?」


 名前通りの太陽の様な笑みで仲間だと言い切る。その姿に、主人公としての器を垣間見たようだった。 


「ただ、これだけは聞かせてくれ……お前も、俺達の事を仲間だと思ってくれてるか?」


「……あぁ。当然だ」

「そっか! ならいいんだ!」


 タイヨウくんは人差し指で鼻の下を掻きながら笑う。ヒョウガくんもそれに感化されたのか、表情は和らぎ、穏やかな笑みを浮かべた。


「タイヨウ……ありがとう」


 ボソリとヒョウガくんは呟く。何かを吹っ切るように気を引き締め、真っ直ぐに五金コガネと対峙した。


「氷川ヒョウケツの詳しい目的は知らない。だが、奴が何をしようとしているのかは知っている」


 どうやら話す決心がついたようだった。ヒョウガくんは迷いのない声音で言葉を続ける。

 

「奴の目的は冥界川に封じられた存在……神の敵対者サタンを現実世界に実体化させる事だ」


「俺は何故氷川ヒョウケツがサタンを実体化させようとしているのかは知らない。だが、サタンが実体化してしまったら世界がどうなるかなんて想像に難くない」


「サタンの実体化の為には冥界川シリーズの加護持ちが必要となる。だから俺はコキュートスを持ってあの組織から逃げ出したんだ。いや、逃げることしかできなかった」


「俺には奴を止める力がなかったのだ……」


 ヒョウガくんは悔しそうに拳を固く握りしめながら俯いた。


 ヒョウガくんの告白した内容を皆が深刻に聞いている間、一瞬、シロガネくんの事が吹き飛ぶくらいに混乱した。


 え? サタンってあれか? よくファンタジーとかでラスボスとかにされている魔王的なやつか? えっ……ちょっと待って……いやいや待って待って待って……え? それを実体化させるとか物凄くヤバイのではないか?


 ヒョウガくんは世界がどうなるのかは想像に難くないって言ってるけど、つまりそういう事なのか?


 私は冷や汗をダラダラと流しながら、何とか聞く体制を維持した。


「やはりか……」


 五金コガネが、ヒョウガくんの話をすんなりと受け入れている姿にさらに不安が募る。


「レベルアップの力、黒く濁ったマナ……極め付けは冥界川。……嫌なもの程よく当たる」




「此度の騒動、用心深い精霊狩り(やつら)にしては軽率な行動であった。正面からアイギス(われわれ)に挑むとは……それほど切迫した状況なのか、それとも隠れる必要がなくなったのか……だが、これでダビデル島に乗り込む大義名分を得た」


 五金コガネが軽く腕を振ると、光の球が現れ、私とタイヨウくんとヒョウガくんのマッチする時に使用している腕輪の中に吸収されていった。



「貴公等にはライセンスを付与した。……一時的ではないモノだ」


 そういえばと、クロガネ先輩が一時的ライセンスを2人に付与する時も同じ様な事があったなと思い出した。


「これは私からの餞別だ。SSSCは何が起こるか分からない。参加するならばそれ相応の覚悟を持て」


 覚悟、か……。私にはそんなモノはない。痛いのも怖いのも嫌だ。SSSCにだって参加するつもりはない。そう、つもりはなかったのに……。


「話は以上だ。明日の準備があるのでこれで失礼する」


 五金コガネは扉に向かってゆっくりと歩き出す。私の横を通りすぎ、そのまま素通りするかと思っていたが、すれ違い様に小さな声で呟かれた言葉に驚き、目を見開く。


 意外すぎる言葉に反応出来ず、固まってしまったが、バタンと扉の閉まる音で我に返った。


 慌てて後ろを振り返るが、当然のように五金コガネは去った後だった。


「影薄、タイヨウ……黙っていてすまなかった」


 五金コガネが去ったのを確認したヒョウガくんは申し訳なさそうに話す。


「影薄には話すと言っていたのだが、こんな形で──」

「あー! もういいって! さっきも言ったろ? どんな過去があってもヒョウガは仲間だって! それに、誰だって話したくない事があるのは当たり前だし、気にすんなよ! なっ? サチコもそうだろ?」


 タイヨウくんに話を振られ、コクリと頷く。


「そうだね。それに、私はヒョウガくんが精霊狩り(ワイルドハント)と関わりがあった事は何となく察してたよ。……まぁ、父親の事は予想外だったけど特に気にしてないかな」

「そうなのか!?」

「うん。まぁ、予選で襲撃された時にちょっとね」


 あからさまに戻ってこいとか言われていたのだ。気づかない訳がない。


「影薄」


 名前を呼ばれ、顔を向けるとすぐ側にヒョウガくんが立っていた。


「その痣は俺が責任持って消す。精霊狩り(ワイルドハント)からも守ろう。だから……と言うわけでもないが、俺を信じてくれると嬉しい」


 ヒョウガくんから握手するように差し出された手。それに応えようと私も手を前に出すが、その前にヒョウガくんの手が叩き落とされた。


 犯人は勿論クロガネ先輩である。


「サチコに触んな」


 お前……空気読めよ!!


「……俺が精霊狩り(ワイルドハント)にいたからか? 確かに疑わしいと思われても──」

「あ? んなの関係ねぇわ。俺のサチコに気安く触んなっつってんだ」


 クロガネ先輩の態度に呆れて物も言えなかった。


「サチコを守るのも俺だ。てめぇの出番なんざねぇ。引っ込んでろ」

「ははっ! 先輩って本当にサチコの事好きな!」

「たりめぇだわ。つぅかてめぇも馴れ馴れしく下の名前で読んでんじゃねぇよ」


 私は思わず頭を抱えた。タイヨウくんは呑気に笑っているが、真面目に勘弁して欲しい。


 目の前では先輩とヒョウガくんが喧嘩している。訓練中に良く見た光景だった。しかし、そこには1人だけ足りない人物がいる。


 元々、SSSCに参加するつもりはなかった。シロガネくんにレベルアップを習得させたら、明日は集合場所に遅れて不参加にしてもらうつもりだった。サタンなんてヤバい存在を知って絶対に関わりたくないと、心の底から逃げ出したいと思っているのに……。


 目を閉じると穏やかな顔のシロガネくんが思い浮かぶ。精霊狩り(ワイルドハント)に拐われる時に見せたあの表情だ。


 明日のデッキ構成について考えながら、損な性分になったものだなと自嘲した。


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