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どうやら世界の命運はカードゲームが握っているらしい  作者: てしモシカ
第3章 SSSC前修行編

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ph52 シロガネの葛藤ーsideシロガネー


 気に食わない……気に食わない、気に食わない気に食わない気に食わない!!


 影薄サチコ!! アイツが僕の前に現れてから、気に食わない事ばかりだ!!


 ……初めはあの愚兄(あに)と共にいる、物好きな奴だと思った。


 あんな奴、関わるだけで害しかないのに……僕からのせっかくの忠告を無視した馬鹿な奴。教室での二度目ましてでタイヨウくんに対して太々しい態度をとった失礼な女。


 やはり、碌でも無い奴には似たような奴が集まるんだなと、せめて僕等の邪魔にならなければいいとそう思った。




 でも、SSCで少しは見直した。彼女は僕の期待以上の活躍をしたのだ。


 予選では宣言通り負けなかった。本選でも、試合展開の早いサモンマッチで、加護持ち相手に1時間以上マッチを長引かせたことは評価に値した。タイヨウくんの素晴らしい慧眼は正しかったのだと、気に食わないが、サモナーとして少しは認めてやらん事も無いと思った。


 ……タイヨウくんの頼みとはいえ、気絶したあの女を医務室まで運んでやったのに、お礼を言われないどころか、無駄に愚兄に絡まれる事になったのは物凄く腹立たしかったが、彼女よりも精神的に大人な僕は、大会での功績を踏まえて不問にしてやった。




 タイヨウくん達をマナ使いとして訓練を課すことになり、訓練初日で早くも弱音を吐く彼女に、なんて根性の無い奴だと思った。サモナーとして多少見込みはあるかもしれないが、向上心が見られない。


 彼女の底が知れ、今後に期待できそうにない。最近、愚兄(あに)の実力が確実に上がっている事に、彼女が関わっているのかと思っていたが、とんだ見当違いのようだった。


 まぁ、所詮この程度の女だったという事だ。愚兄(あに)の成長もここで打ち止めだろう。一時的ライセンス付与の権限を与えられていた事に、少し焦りを覚えたが、僕の脅威になることはなさそうだ。


 彼女等と関わるのはこの訓練で最後となるだろう。ならば、その間くらいはタイヨウくんの近くにいることを許してやろうと、一時的だが、寛大な心で受け入れてやる事にした。


 しかし、父上に呼び出され、影薄サチコが精霊をレベルアップさせたと聞いて事態は一変した。


 父上に呼び出された内容は、アイギスとして、精霊狩り(ワイルドハント)の新たに見つかった拠点の調査だった。その拠点を調査すれば、レベルアップについて何かヒントが得られるのではと、僕にお声がかかったのだ。


 愚兄(あに)ではなく、僕に依頼されたということは、父上の信頼は僕に向いている。このままなら、アオガネ兄さんの変わりに五金当主になるのは僕だと確信していたのに……。


 調査の結果、特に進展はなかった。ただ、そこに残されていた転移魔法陣から行き先はダビデル島である事が判明し、精霊狩り(ワイルドハント)の本拠地がダビテル島である信憑性が増したぐらいだった。


 重い足取りでアイギス本部に向かい、父上に報告を行う最中、「影薄サチコについてどう思う」と、耳を疑うような質問をされた。


 まさか、あの父上が、他人に興味を持たない父上があの女に関心を向けているのか!?


 どういうことだと父上の話の続きを待っていると、僕の目から見て、次期当主を支えるに値する人物であるかどうかと問いかけて来たのだ。


 意味が分からなかった。


 影薄サチコを、アイギスに迎え入れるということか? だが、それならば当主を支えるという表現は正しくない。父上は一体何をお考えに……。


「影薄サチコ。彼女が精霊をレベルアップさせたようだ」

「!?」


 精霊をレベルアップ? あの女が? そんな……まさか、ありえない!! あの女は最近マナ使いになったばかりのはず!! だのに、僕がまだできないことを出来る筈がないんだ!!


「あの者のマナ使いとしての素質は目覚ましいものがある。サモナーとしての将来性も悪くない。何より、私に怯まず意見を述べる姿勢が気に入った。次期五金家当主の伴侶として相応しい」

「なっ!?」


 伴侶? 次期当主の嫁と言ったのか? 父上が? そこまであの女を認めているのか!?


「待ってください!! 僕の結婚相手に相応しいのが彼女だということですか!? そんな……いくら父上の命令でもそれは受け入れられません!!」

「何を言っている」


「クロガネが気に入っているだろう」


 頭の中が真っ白になった。父上の言葉の意味を理解したくなかった。


「それは……どう、いう……」

「そのままの意味だ。クロガネはアオガネをも凌ぐ才能を持っている。元々その片鱗はあったが、あのマナのせいか実力の半分も出せていなかった。このままなら捨て置くのも致し方ないかと思ったが、影薄サチコ。彼女はクロガネに良い影響を及ぼしてくれた。このままなら彼奴に当主を譲り渡しても問題ないだろう」

「僕は認められません! あんな奴!! そもそも、アオガネ兄さんを殺したのはアイツなのになんで!?」

「シロガネ」


「あれは不幸な事故だ。クロガネに非はないと何度も説明しただろう」

「そんな筈ない!!」


 そうだ。そんな筈はない。そんな筈があるわけないのだ。


「僕はこの目で見たんだ!! 奴のマナがアオガネ兄さんを飲み込む瞬間を!! アイツの化け物みたいなマナが兄さんを襲ったんだ! アイツが未熟なせいで!! アイツのマナが不幸を呼ぶせいで!! アオガネ兄さんはいつもいつも!!」

「シロガネ!!」


 僕は父上の剣幕に驚いて言葉に詰まらせた。


「……アレはアオガネが招いた結果だ。自身の力を過信し、触れてはならない禁忌に手を出した者の末路だ」


 触れてはならない禁忌? 父上は一体何を言っているんだ? 愚兄(あに)のあの悍ましいマナに僕の知らない秘密が隠されているのか?


「そもそも、アオガネに当主の器はなかった。アオガネはお前が考えているような男ではない」

「父上こそ何を言っているんですか! アオガネ兄さんほど当主に相応しい人はいないでしょう!!」

「奴は小さい男だった。才能はあっても小賢しく、不甲斐ない男だった。だから力を欲し、クロガネの力を得ようとした結果、死んだのだ」

「……え」


 不甲斐ない? 愚兄の力を手に入れようとした? 父上は一体誰の話をしているんだ?


「お前はアオガネに似ている。あのような愚行を繰り返すわけにはいかんとクロガネと離していたが、その必要はなさそうだ」


 ダメだ。これを聞いてはダメな気がする。父上の言葉を止めろと、僕の頭の中で警戒音が鳴った。


「父上! 僕は──」

「今のクロガネはお前を凌駕している。お前が何を企んだとしても問題ないだろう」

「ち、ちうえ?」

「これからはクロガネを次期当主として扱え。お前は弟として、五金の者として恥ずかしくない行動を心掛けろ」


 それから、父上になんと言われたか覚えていない。


 気づいたら訓練場に戻っていた。タイヨウくんが笑顔で出迎えてくれたのに、嬉しくない。何も感じない。ずっと父上の言葉を頭の中でぐるぐると繰り返していた。


 タイヨウくんは、僕の顔を覗き込みながら心配しているが、なんとか笑って誤魔化し、視界に入った影薄サチコの姿を無感情に眺める。


 影薄サチコは気怠そうにヒョウガくんと愚兄の相手をしていた。愚兄が影薄サチコに懐いていたのは知っていたが、いつの間にかヒョウガくんまで手懐けていたとは……。


「サチコって良い奴だよな!」

「……タイヨウくん?」

「ヒョウガがさ、アイツのおかげでマナを使えるようになったって言ってたんだ。俺もさ、マナの扱いが良く分かんなくて困ってたけど、サチコのアドバイスでどんどんコントロールできるようになったんだ」


 やめてくれ。


「それなのに、サチコは全部俺の力だって言うんだぜ? 自分は助言しただけで頑張ったのはタイヨウくんだって……本当にすごい奴だよ。あの気難しい2人が頼りにすんのも分かるよな」


 やめてくれ!


「シロガネもさ、何か悩みがあるならサチコに相談してみたらどうだ? なんかサチコのこと苦手みたいだけどよ、サチコはお前が思っているような嫌な奴じゃないぜ! そりゃ、たまにキッツイ言葉をいう時もあるけどさ、多分、本心じゃないっつぅか、俺たちの事を思っての発言だとおも──」

「やめてくれ!!」



「……シロガネ?」

「あ。ご、ごめん。タイヨウくん」


 何をしているんだ僕は!!


 タイヨウくんは、僕を思って言ってくれたのに……こんな、突き放すような言い方をしてしまうなんて……。


「いや、俺の方こそごめん。押し付けるような言い方しちまったな。シロガネが嫌なら無理にとは言わねぇよ。でも、辛い事とか我慢すんなよ? お前って、言いたいこととか言わなかったりするだろ? だから、心配になっちまうんだよ」

「タイヨウくん……」

「俺でもいいからさ、辛くなったら相談しに来いよ! 友達の相談ならいくらでも乗るし、力だって貸すぜ!」


 タイヨウくんは、名前通りの太陽のような笑みを浮かべる。その笑顔に少し救われた気がした。




 

 精霊をレベルアップさせる訓練は想像以上に困難を極めた。ミカエルとマナを循環させようと何度も挑戦しても全く繋がらない。


 何故だ? マナは送れている筈なのに何が足りない? 影薄サチコはどうやって循環に成功したんだ?


「ヒョウガ! すっげぇ! やったな!!」

「ふん、当然の結果だ」


 タイヨウくんの声に導かれるようにヒョウガくんの方に顔を向けると、そこにはレベルアップしたコキュートスの姿があった。


「なっ!?」

「本当にすっげぇ! 俺、マナは送れんだけど、繋がるってぇのがどんな感覚か分かんねぇのに……なぁなぁどうやったんだ?」


 タイヨウくんから本格的なレベルアップの訓練は今日から始まったと聞いている。ということは、彼は僕と同じ条件で、最初にレベルアップを成功させたのか!? マナ使いとして遅れを取っていた彼が!? この僕よりも!?


「感覚か……1度、影薄と繋がった事が……あ」

「え? サチコ? サチコと繋がったって?」

「はぁあああぁ!? 青髪ぃぃいい!! てっめ!! そりゃどういう事だ!! ぶっ殺すぞ!!」


 影薄サチコの名が出て、愚兄が馬鹿みたいに反応してヒョウガくんに突っかかる。話題の本人は、面倒そうにため息をついていた。


 タイヨウくんは影薄サチコに尊敬の眼差しを送り、自分も循環してくれと詰め寄っている。僕は彼女の才能を目の当たりにし、悪態を吐くことしか出来なかった。





 大会まで残り3日。自力でのレベルアップは困難だと判断したケイさんは、影薄サチコに僕等のマナを循環させるように頼んでいた。


 マナ使いとの循環は危険で、熟練のマナ使いすら成功できるか分からない技術を、彼女は軽々とこなしていく。そして、彼女とマナを循環させた者は次々とレベルアップを習得していった。


 悔しいが、認めなければならない。彼女の力は本物だ。この僕ですら追いつけない才能を持っていると……。


 彼女と向き合い、嫌々ながら両手を掴み合う。


 愚兄が余計な力を得たのは、彼女のせいなのだろうか? この女が余計な事をしたせいで、父上の関心が僕に向かなくなった。


 この女が……この女さえいなければ!!


「あの、ケイ先生」

「どうしたんだい?」

「シロガネくんにマナが送れません」


 彼女の言葉にハッとした。完全に無意識だった。彼女を受け入れるなんて無理で、拒絶してしまった。


 しかし、少しだけ優越感を持てた。影薄サチコは僕にマナを送れないと言っていた。彼女の力では、僕の力を突破する事ができないということだ。嬉しくて口角が上がりそうになる。


 ケイさんが心を開くようにと言ってくるが、僕の力は彼女よりも優れている! 無理に受け入れるよりも、自分の力で習得する方が絶対に早い! 彼女が出来たんだ! 彼女より優れている僕が出来ない筈がないんだ!!


 そう自信満々に宣言し、最後まで彼女と関わるのを避け続けた。僕なら出来る。出来ない筈がないと言い聞かせ、躍起になっていた。



「その結果がこれか……」


 SSSC参加を剥奪され、父上には見限られ、見下している愚兄(あに)に当主の座を奪われた。


「何、やってるんだろうな……僕は……」


 やること成すこと全てが空回り、何もかもが上手くいかない。


 前髪をくしゃりと崩し、自嘲の笑みを浮かべる。


「ここにいましたか」


 あぁ、今一番聞きたくない声が聞こえた。



「探しましたよ、シロガネくん」


 影薄サチコ。君が、君さえいなければと僕の中で醜い感情が暴れだす。


「いい加減、意地はるのはやめませんか? 観念して私と──」


 多分、彼女は僕のマナを循環させに来たのだろう。レベルアップを習得させる為に、SSSC参加資格を取らせる為に……。


 そこにはタイヨウくんの様な思いやりなんてない。彼女は彼女の利益の為に行動している。今までの僕の態度とか、抱いている劣等感とかどうでもいいんだ。彼女にとってそれは気にするに値しないからだ。


 本当に、そういうところが──


「ムカつく」

「は?」


 まるで僕の存在など眼中にないようなその態度がムカつく。弱い癖に、やる気がない癖に軽々と周囲の期待に応える有能さがムカつく。1人、君に対抗意識持っている僕が馬鹿みたいじゃないか。


「影薄サチコ」


 彼女の提案を受け入れれば、僕は楽にレベルアップを習得出来るのだろう。でも、素直にその話を受け入れる事は出来なかった。


「僕とマッチしろ」


 僕のちっぽけなプライドが、それを許す事が出来なかったんだ。


「僕が勝ったら僕のマナを循環させるんだ」


 僕は彼女から施しを受けたのではない。僕が、僕自身の力で手に入れたのだと、そう思えるような何かがなければ、彼女のマナを受け入れる事が出来そうにない。


「いや、別にそんな事しなくても……」

「全力で来い!! レベルアップだろうが小細工だろうが何でも使え!!」


 訓練中、彼女とマッチする事はなかった。彼女は愚兄(あに)とばかりマッチをしていた。


 いや、違う。僕が二人とマッチする事を避けていたのだ。


 訓練期間中、愚兄(あに)の今の実力を目の当たりにした。訓練での愚兄(あに)の戦績は無敗だった。ヒョウガくんも、タイヨウくんすらも奴に1度も勝てなかった。圧倒的な実力差を見せつけ、完膚なきまでに叩きのめしていた。


 唯一、そんな愚兄(あに)と渡り合っていたのは影薄サチコ。彼女だけだった。


 彼女は愚兄(あに)の攻撃を巧妙な立ち回りで翻弄し、勝利する事こそなかったが、希に引き分けまで持ち込んでいた。


 そんな二人に対し、僕は無自覚に恐れを抱いていた。本気を出しても勝てないかもしれないと、立ち向かう事から逃げていたんだ。


 でも、だからこそ、ここで逃げてはいけない気がした。ここで逃げたら、ちっぽけなプライドを守る為に逃げ回るような、そんな情けない男に成り下がってしまう。


 それだけは絶対に嫌だった。



「君がどんな手を使おうとも、僕はその上をいく」


 ここで彼女に勝てなければ、僕は胸を張ってSSSCに出ることは出来ない! 絶対に勝利を掴み取ってやると、彼女を睨み付けた。



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