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ph50 SSSCまで残り3日


 レベルアップの訓練が始まり、どう指導しようかと頭を悩ませていると、ヒョウガくんのマナが膨大に膨れ上がるのを感じた。何事かと確認すると、どうやらコキュートスのレベルアップに成功したようだった。


 訓練初っぱなでレベルアップ習得者がでるとは、最高の滑り出しではないか。


 このまま芋づる式に皆も習得していくなら私のお役目ごめんでは? もっと楽できるなひゃっほーと喜んでいたが、そんなうまい話はなかった。直ぐに習得したヒョウガくんとは違い、タイヨウくん達の訓練の状況は芳しくなく、成功する兆しがみえなかったのだ。


 助言をしながら手本を見せ、毎日精霊とマナを循環させているが、中々繋がることが出来ない。


 何故ヒョウガくんだけがあっさりとレベルアップ出来たのだろうか。ヒョウガくんと皆に違いはない筈なのにと考え込んでいると、1つ、思い当たる節があった。


 ヒョウガくんがお悩み相談で私の部屋に来たとき、マナを感じるためと称して循環させた事を思い出したのだ。


 もしかして、1度私と循環させたから飲み込みが早かったのでは?


 ヒョウガくんもそう思ったのだろう。タイヨウくんにレベルアップのコツを問われ、ポロッと私とマナを循環させた事を言いやがったのだ。


 お陰さまでタイヨウくんからはサチコ凄ぇ俺にもやってくれと頼まれるわ、シロガネくんからは軽率な行動だとネチネチ嫌味を言われるわ、クロガネ先輩は何でそいつばっかりとヤンデレが加速しそうになるわで最悪だった。


 ケイ先生は思わず苦笑い。


 私に詰め寄るタイヨウくん達に向かって、精霊は自分の分身のような者だからさせていたが、マナ使い同士のマナの循環は勝手が違うと、危険だから許可できないと止めてくれた。


 良かった。この流れで全員と循環させるんじゃないかと警戒していたので、ケイ先生の判断に安堵した。これでハイリスクな指導をしなくてすんだと安心していたのに、それはつかの間でしかないことを直ぐに知ることとなった。


 マナの循環は、私が思っている以上に困難な技らしい。SSSC開催まで残り3日となった現在、レベルアップを習得したのは私とヒョウガくんだけだった。


 その現状にやむを得ないと判断したのか、ケイ先生は私のマナコントロールを見込んで、タイヨウくん達とマナを循環させてくれと頼んできたのだ。結局こうなるのかよ。


 そんなのたまったものではないと、またDEAD OR ALIVEをさ迷う羽目になるのは勘弁願いたいと思った。しかし、今後の展開を考えるならば、このままタイヨウくん達がレベルアップを習得できないのは不味いだろう。


 私は色々と悩んだ末、憂鬱な気分でそのお願いを聞き入れる事にした。


 時間がないからと心の準備をする間もなく循環させる事になり、クロガネ先輩は俺が1番だと立候補してきたが、ケイ先生の薦めで実力が同じぐらいの者の方が上手くいきやすいからと、最初はタイヨウくんと行うこととなった。


 渋々引き下がるクロガネ先輩を目の端にとらえながら、タイヨウくんの両手を握る。


 すると、五金兄弟からグサグサと背中に突き刺さるような視線を感じた。その視線にうんざりしながら、気にしたら負けだと振り払い、タイヨウくんとマナを循環させる事に集中した。


 タイヨウくんとのマナの循環は思いの外簡単だった。所々送りづらい箇所はあったが、そこまで煩わしいモノではなく、なんなく繋がる事が出来た。


 暫くマナを巡らせ、コレで大丈夫だろうとマナの循環が終わった事を告げると、タイヨウくんはさっそくレベルアップに挑戦し、物の見事にドライグをレベルアップさせることに成功していた。


 どうやら私達の予想は当たっていたらしい。これで全員SSSCまでにレベルアップ出来そうだなとほくそ笑んでいると、クロガネ先輩が待ちきれないと言わんばかりに後ろからハグしてきた。そのまま私を膝の上に乗せて座ったかと思うと、さぁ頼むと満面の笑みで宣う。


 こいつマジかとドン引いた。


 マナを送る時、相手に触れていた方が送りやすかったので手を握っていたが、ここまでくっつく必要はない。だというのに、周りに見せつけるように密着する先輩の行動に顔がひきつる。


 どうしたものかと頭を抱えていると、ヒョウガくんも思うところがあったのか、先輩を引き離そうと助力してくれた。しかし、この訓練中にヒョウガくんに対する敵対心が膨れ上がっている先輩は威嚇して余計に離れるのを嫌がった。


 私は先輩を離す事を諦め、遠い目をしながらヒョウガくんに大丈夫だと伝え、このままクロガネ先輩とマナを循環させる事にした。


 目を瞑り、輸血するイメージで先輩にマナを送る。細心の注意を払いながら送っていたが、タイヨウくん以上に簡単に私のマナが先輩の中を巡り始めた。寧ろ、私が送っていると言うよりも、先輩に吸収されていると言った表現の方が正しいだろう。それぐらい私のマナが先輩に取り込まれているのだが……。


 何か物凄く力が抜けるんですけど!?


 どんどん奪われていくマナに不安を覚え、このまま続けたらヤバいのではと、一旦止めようと顔を上げると同時に、ドロリと黒いモノが私の体の中に入ってくるのを感じた。


 何だこれは……。このどす黒いモノは何だ?


 恐怖、苦痛、憎悪。そんな負の感情を敷き詰めたような息苦しいモノが私の中を蝕んでいく。


 これは、先輩と繋がったと言うことか? ということは、まさかコレが先輩のマナということか? ならばコレを受け入れ、先輩と繋がったら私はどうなる?


 このまま飲み込まれてしまうような、侵食され、私が私でいられなくなってしまうような。そんな恐怖を感じた。


 怖い。


 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!!



「っ、先輩!!」


 耐えられなくなった私は、思わず先輩を突飛ばしてしまった。


「……サチコ?」


 私は胸を押さえながら、荒くなった息を整えるように深呼吸する。


 もしかして、五金コガネが言っていたのはこの事だったのか? この世の全ての負の感情を押し込められたような、触れるだけで死を連想してしまいそうな、あんなモノ……。あれが先輩のマナだというのか?


「サチコ、どうしたんだ? もしかして具合が悪ぃのか? 俺、お前に無理をさせちまってたか?」


 先輩の手が私に触れようとする。先輩の手が目の前まで迫り、もう少しで触れそうだと認識した瞬間、私は無意識に先輩の手を振り払っていた。


 パシンッと乾いた音が響く。タイヨウくんとヒョウガくんは驚いたように目を丸くしていた。ケイ先生とシロガネくんは何やら察したように私を見ている。


「サチ、コ……?」


 先輩は困惑していたが、やがて何かに勘付いたかの如く瞳を揺らし、顔が青ざめ、絶望した表情で私を見た。


「あ……」


 私は先輩に向かって手を伸ばすが、先輩はその手を避けるように立ち上がった。


「……悪ぃ」


 先輩は小さな声で呟き、私に背を向ける。その悲壮感漂う背中に、私はやってしまったと自分の行動を悔いた。


 あのマナは知識のない私から見ても異常だった。多分、クロガネ先輩が虐げられていたのは、あのマナが関係しているのだろう。五金コガネも、先輩のマナに対して苦言を溢していたからほぼ間違いないだろう。


 なのに、親友だと、初めての友達だと言われた私が、彼の友愛を一身に受けていた私が先輩のマナを拒絶してしまったのだ。それは、彼にとってどれ程の絶望だろうか。


 どんどん離れていく先輩の背中に、このまま放置したら不味い事になると、反射的に背中に抱き付いて引き留めた。


「サチコ!? どうし──」

「先輩!!」


 何も考えずに飛びついてしまったが、ここで引き留めなければ嫌な予感がする。


 これはアレだ。いわゆる闇堕ち一歩手前というやつだ。SSSCまで後3日しかないのに、今先輩に闇堕ちされたら、最悪、先輩が敵側に回ってしまうかもしれない。


 私の知ってるホビアニではそういう展開がよくあったんだよ。


 そんなん誰が許すか!! ここで敵側に寝返られたら敵の戦力がアップすんだろうが!! 絶対に阻止せねば!!


 私にはヒロイン力なんてもんはないから気のきいた言葉なんて出てこないが、とにかく何か喋らなきゃと口を開いた。


「先輩のマナどんだけどす黒いんですか!!」




 な ぐ さ め ヘ タ く そ か !


 私のアドリブのなさがヤバすぎる。何ド直球に言ってしまってんだ。ここは普通、大丈夫とか怖くない的な事を言う場面だろ。


 しかし、言ってしまったものは仕方がない。もうヤケクソ気味に思った事を伝えてしまおうと開き直る事にした。


「先輩もその顔は自分のマナについて自覚があったって事でしょう!? ならもっと考えて送って下さいよ! ビックリするでしょうが!!」

「え? あ……わ、悪い?」


 私の勢いに押され、先輩は戸惑いながらも謝る。


「ほら、先輩。ちょっと怖がられたぐらいで拗ねないで下さいよ。SSSCまで時間がないんですから、さっさとマナを循環させますよ」


 もう押さえる必要がなさそうだと判断した私は先輩から離れ、手を差しのべた。すると、先輩はオロオロと視線をさ迷わせながら私の様子を伺う。


「い、いいのか?」

「良くなかったらこんなこと言いませんよ」

「けどよ……サチコ、怖かったんだろ? お前に無理させるのは嫌なんだよ。それに、これ以上やってお前に嫌われたくねぇ……」


 うじうじし始めた先輩に苛立ち、無理やり手を掴んだ。


「怖がってすみませんねぇ!? 私の感覚は一般人なもんで、怖いものは怖いんですよ! あんなどす黒いマナビビらない筈がないでしょう!」

「ならっ!」

「けど!!」



「先輩だから、大丈夫なんですよ……そりゃ、全く怖くないかって聞かれたら怖いって即答しますけど、先輩だから大丈夫なんです」


 先輩のどす黒いマナはめちゃくちゃ怖いし、さっきの感覚を思い出すだけで手が震えそうだった。だけど、不思議と先輩の事を怖いとは感じなかった。


 多分、それは、今まで先輩と過ごしてきて、彼の人となりを知っているからだろう。


 彼のマナは怖い、けど、先輩は信頼できる。だから、安心して身を任せてもいいと思えた。


 伝われ!! この思い!! と訴えるように先輩の瞳を見つめた。


「サチコ……」

「あ、でも送るときはあんなにドバーッとは止めて下さい。ちょっとずつ、慣らすようにして下さいよ。後、私のマナを吸収するのも止めて下さい。疲れるんで」


 それからと、小さな小言をくどくどと言っていると、先輩が無言で抱き付いてきた。


 私は驚いて肩を押すが、今度はビクともしなかった。痛くはないが、私の体をガッシリとホールドし、身動きが取れそうにない。完全に先輩に捕らわれていた。


「先輩、あの」

「あぁ、お前の言った通りにする。密着してた方が操りやすいからこんままでいいだろ?」


 先輩は私の肩に顔を埋め、離れる気はなさそうだった。


 ……まぁ、先輩の言っている事は一理ある。それに、ここで押し問答するよりも、さっさと終わらせた方がいいだろうとその体制のままマナを循環させた。


 先輩のマナが私の体に流れると、ゾクリと嫌な感覚はしたが、先程よりかは大分マシになっていた。


 今度こそ無事に循環を終らせ、離れるように背中を叩く。しかし、もうちょっとしたいと更に密着してきた。


 いい加減にしろと影法師を使って引き離し、駄々をこねる先輩を尻目に、最後に残っていたシロガネくんと向き合う。


 シロガネくんは不服そうな顔をしていたが、背に腹は代えられなかったのだろう。無言で手を差し出して来たので、私も何も言わずにその手を掴んだ。


 これが最後だと、もうひと踏ん張りだと集中しながらマナを送った。しかし、何故か出だしから壁のようなモノが立ち塞がり、シロガネくんにマナを送れない。


 もっと緩やかに送った方がいいのかと、馴染ませるようにマナを壁のようなモノに込めていくが、全然効果がない。


 何だコレ。どうやったらコレを突破出来るんだ? マナを思いっきり送れば出きるかもしれんが、そんな事したら流石にシロガネくんの体がヤバい事になりそうだ。そもそも、私のマナが足りなくて出来そうにないが。


「…………あの、ケイ先生」

「どうしたんだい?」

「シロガネくんにマナが送れません」

「それは……」


 私はすがるような思いでケイ先生に訪ねると、ケイ先生は考え込むように顎に手を当て、チラリとシロガネくんに視線を向けた。


「シロガネくん」

「何でしょうか」

「君、サチコちゃんを本能的に拒絶してないかい?」

「……」


 シロガネくんは、苦虫を噛み潰したような顔で黙り込んだ。


「……やっぱり」

「ケイ先生、どういうことですか?」

「相手とマナを循環させるのは、ハッキングするようなものだと説明しただろう? 相手とマナが繋がると言うことは、相手に体の主導権を渡してしまうものなんだ。けど、それって危険な事だろう? だから防衛本能が働くんだよ」

「つまり、ファイアーウォールみたいなものですか?」

「そうそう。マナ使いとマナを循環させるには、まずは相手に受け入れてもらわないといけないんだ。それが難しいなら無理やり防衛本能を突破するしかないんだけど、実力が勝ってなければ出来ないからね。いくらサチコちゃんのマナコントロールが上手くても、シロガネくんとはマナ使いとしての歴が違うからね。彼が受け入れるしかないんだけど……」


 シロガネくんは俯いたまま動かない。


「シロガネくん。君がサチコちゃんを拒絶する理由は分からないけど、今はレベルアップする為に少しぐらい心を開くように…」

「もう結構です!」


 シロガネくんは、ケイ先生の言葉を遮るように立ち上がった。


「わざわざ循環させなくとも、レベルアップぐらい習得してみせます」

「だけど時間が……っ!」


 シロガネくんはケイ先生を視線で黙らせる。


「彼女に出来たんだ。僕に出来ない筈がない」


 最後に私をひと睨みすると、シロガネくんは部屋から出ていってしまった。


 部屋の中は静まり返り、嫌な空気が流れる。いや、先輩だけは気にしてなさそうだったが。


 なんか、私がレベルアップを習得してからシロガネくんの当たりが強くなったんだよな。やはり、プライドを傷つけられたとかそんなんで更に嫌われてしまっていたのだろうか?


 まぁ、別にシロガネくんがレベルアップを習得してくれるのならば、嫌われていたとしても構わない。しかし、もし彼だけ習得できないなんて事になってしまったらと考えて、あれ? その展開は不味いのではと血の気が引いた。



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