ph49 レベルアップ訓練開始
ケイ先生に促され、渋々影法師を召喚しようとカードを取り出す。
これで普通に成功させてしまったら、プライドの高さエレベスト級のシロガネくんが黙っちゃいないだろう。嫌味の1つや2つ言われそうだ。君のような凡人が僕より先にレベルアップできるなんてとネチネチ言ってくる姿が容易に想像できる。
面倒だなとうんざりしながら、嫌味攻撃を避ける為になるべくシロガネくんから離れておこうと辺りを見渡すが、シロガネくんの姿は何処にもなかった。
暇さえあればタイヨウくんにくっついていた筈なのに何処に行ったんだと疑問を抱くが、そういえばと、今さらになって朝食の時もいなかった事に気付いた。
「あの、シロガネくんがいないようですが、始めてしまってよろしいのでしょうか?」
「あぁ、彼には別件で頼んでいる事があるんだ。戻るのは明日になるから構わないよ」
別件? ケイ先生は事も無げに話しているが、彼が素直にタイヨウくんから離れるなんて、余程の用事なのではないだろうか?
これは下手につついたらやぶ蛇になりそうだ。そう判断した私は、深入りするのは止めておこうと、シロガネくんの存在を頭の中から追い出した。
「分かりました。では、始めさせていただきます。影法師」
「はいはーい!」
レベルアップさせる為に影法師を実体化させると、とっしんするように抱き付いてきたので、受け止めながら頭を撫でた。
私は影法師の頭を撫でながら集中するように目を瞑り、影法師の中へマナを注いでいく。昨夜、ヒョウガくんにマナを送っていた時と同じ様に影法師の中にマナを巡らせ、私と影法師を繋ぐように循環させる。
私と影法師のマナが混ざり合い、同化し、どんどん力を増しているのを感じる。
マナが私と影法師の中を巡れば巡るほど力は大きくなり、これ以上膨れ上がれば爆発でも起きそうだというタイミングでレベルアップと叫んだ。
すると、その言葉が合図だったのか、巡っていたマナが解放されたかの如く溢れだした。私が影法師から離れるように後退ると、マナは影法師の姿を隠すように覆い、強い光を放った。
そして、光が終息し、マナが消え去った場所に視線を向けると、すっかり様変わりした影法師が立っていた。
影のお化けのようだった姿から、ボロボロになった修行僧の服を纏った、人に近い姿となっていた。頭には網代笠を被り、顔があろう部分は布面で隠され、影法師の名残なのか、黒いモヤのようなものが溢れていた。服の袖から除いている腕にもボロボロになった包帯が巻かれているが、そこからも同様に黒いモヤが漏れている。
レベルが上がったからだろうか? いつもの天真爛漫な様はなりを潜め、落ち着いたように佇んでいる。身長も伸びており、この姿で話すときは、影法師に座ってもらわないと首が痛くなりそうだ。
「影法師?」
雰囲気がガラリと変わった影法師に不安を覚え、思わず名前を呼んだ。すると、影法師は抜き足かつ優美な動作で近づき、私の目の前で両膝をついたかと思うと、そっと手を握った。
「如何した? 我がマスターよ」
いやお前が如何したんだよ!? 何だ? レベルアップすると性格まで激変するのか!? そういう仕様なのか!?
「す、凄い! 凄いよサチコちゃん!」
私が影法師の唐突なキャラ変に戸惑っていると、ケイ先生が興奮したように叫んだ。
「マナを送るじゃなくて循環させるなんて……普通のマナ使いには出来ない芸当だよ!」
「? 送るのと循環させるのでは違うのですか?」
「全然違うよ!」
ケイ先生は興奮した勢いのまま話す。
「マナを送るのは、簡単に言うなら自分のスマホを扱うようなものだけど、マナを循環させて相手と繋がるのは、相手のスマホをハッキングして遠隔操作するぐらい違うんだ」
それは確かに全然違うな。
「下手すれば相手も自分も危険な目にあってしまう程の外法だ。普通なら試そうなんて思わない」
「え?」
私はピタリと固まる。冷や汗をかきながら、ぎこちない動きでケイ先生を見た。
「あ、あの……ケイ先生」
「なんだい?」
「因みになんですけど、マナ使いじゃない人と循環させたらどうなります?」
「とんでもない!!」
「そんな事したら最悪相手を死に至らしめてしまうよ! 送った側も無事ですむ保証はない!!」
なんだと!? じゃ、じゃああの時、私は知らず知らずの内にDEAD OR ALIVEをさ迷ってたということか!?
私は思わずバッとヒョウガくんを見た。ヒョウガくんも私を凝視している。
多分、お互いに思っている事は同じだと思う。
し、死ななくて良かった。
「でも、どうしてそんな事を聞くんだい? 何か身に覚えでも……」
「あ、あー!! レベルアップの方法はこれで分かりましたよね!? 大会まで時間もないですし早く訓練始めちゃいましょう!! ね!? ね!?」
私は影法師を元の姿に戻し、これ以上聞かれちゃ不味いと誤魔化すようにケイ先生の背中を押した。
1人だけレベルアップに成功した私は、皆が精霊と向き合いながらマナを循環させる訓練に勤しむ姿を眺めている。
何か不備があればその都度、助言をして欲しいそうだ。まさか訓練を受ける側から指導する側にチェンジする羽目になるとは……。これもケイ先生がべた褒めする程のマナコントロールのお陰なのだろうか。
正直、マナを良く分かっていない素人目線の意見を伝えるよりも、ケイ先生がレベルアップの情報を得て、きちんと指導した方が良いのではないかと思う。
まぁ、きつい訓練を受けるよりかは、座って適当に助言するだけでいいのならば私は一向に構わないのだが。
私はデッキからレベルアップした影法師の姿が描かれたカードを取り出して眺める。
カードの名前の欄には破戒僧影法師と記載されていた。このカードは、自身のフィールド上のモンスターが影法師のみ、かつ、そのモンスターの体力が半分以下であった場合、影法師の上に重ねて召喚する事ができる。このモンスターのレベルは4に上がり、体力を5回復する。このカードの体力が0になった時、影法師のカードを取り除くことにより、体力を1残した状態で場に残る事ができるそうだ。
これはレベルアップしたモンスターの共通効果だろうか? 影法師以外のレベルアップしたモンスターのカードを知らないから分からない。
スキルも2つから3つに代わり、その内の1つは影縫いの術といい、相手フィールド上にいるモンスター全ての攻撃を不能にするという、影縫いの上位互換スキルになっていた。
さすがレベル4モンスターだ。残り2つのスキルもめちゃくちゃ強いうえ、攻撃力2のダブルアタック持ちというアタッカーとして申し分ないポテンシャルを持っている。
このカードを使って大会に出るならば、小さな大会じゃ無双出来そうだなと思えるぐらいぶっ壊れているカードだ。しかし、今後のお小遣いに困ることはなさそうだと思う反面、とても気になる事がある。
それは、公式の大会で使えるのか否かという事だ。
このカードは、影法師をレベルアップさせた後、いつの間にかデッキの中に入っていた不審なカードなのだ。
勿論、私はこんなカードを入れた覚えはないし、ケイ先生も五金財閥の情報にない、始めてみるカードだと言っていた。つまり、このカードは世界で私しか持っていない、違法に作られたカードだということになるのだ。
そもそも、レベルアップするモンスターという概念がサモンマッチのルールにはない。ルールにないカードを使ったら即効失格になること間違いないだろう。それなのに、皆モンスターをレベルアップさせる事に集中し、このカードの使用の有無についての議論は全くなかった。
え? 何? このカード使っていいの? 私が勝手に作ったようなもんだぞ。え? カードの創作って違反にならないの?
「大丈夫かい?」
レベルアップについて私が頭を悩ませていると、ケイ先生が隣に座った。
「何か悩み事でもあるのかい?」
「ケイ先生」
私はちょうど良いところにと思いながら顔を上げる。
そうだよ。分からないなら聞けばいい話ではないか。ケイ先生は五金財閥の関係者だし、レベルアップという新ルールについてどう対処するつもりか詳しく聞けるだろう。
「あの、私……」
「大丈夫。分かってるよ」
ケイ先生は全てを見透かしたように微笑む。
何だ。ケイ先生も分かっていたのか。まぁ、普通に考えて勝手に作ったカードで大会に出れるわけがない。五金財閥の方からサモンマッチ協会に話を通してくれているなら安心して使えそうだ。
「ヒョウガくんの事だよね」
「は?」
突然、全く予想していなかった名前が出てきて、思わず目が点になった。
ヒョウガくん? 何故今ヒョウガくんの名前が出てくるのだ?
「サチコちゃんでしょ? ヒョウガくんのマナの流れを良くしたの」
そっちかよ!! いやまぁそれも気にしてたけれども!
「加護持ちからマナ使いになるには、マナを循環させるのが1番手っ取り早い方法であることは確かだ。だけど、その分失敗した時のリスクは高い。そんな危険な事をさせないために、精神統一の訓練をさせていたのに……本当は怒らなきゃいけない事だけど、でも、僕はヒョウガくんの訓練を見ていたからね。彼がどれだけ追い詰められていたのかを知っているよ……断れなかったんでしょ?」
ケイ先生は困ったように眉を下げている。
「……そうですね」
私はケイ先生から視線を反らし、相談してきたヒョウガくんの姿を思い出す。
私の部屋に訪れた時の、助言を求められた時の、マナを循環を止めようとした時の懇願する表情を思い出した。
私は彼の詳しい事情は知らないが、助けたい人がいる事は知っている。けれど、その人がどんな人なのか、ヒョウガくんにとってどんな存在であるかは知らない。ただ、とても大切な存在であることは間違いないだろう。
「言い訳にしかなりませんが、彼の必死な姿を見ていたら、止めることは出来ませんでした。多分、何度繰り返しても私は同じ選択をしたと思います。危険な賭けであった事は理解しましたが、マナを循環させた事に後悔はしていません」
彼をマナ使いにする事は私の安泰な生活の為に必要な事だった。そういった邪な気持ちを持ってマナを循環させ、ヒョウガくんを危険な目に合わせてしまった。それは事実だ。私は聖人じゃないから、他人の為に苦しい思いをしてまで助けたいなんて思いを持つことなんて出来ない。私は私の為にしか動けない利己的な人間なのだ。
でも、少しだけ、ほんの少しだけだけど、純粋に彼の力になりたいと思った部分もあった。
まだ小学生でしかない子供が、あんな表情をして悩んでいたのだ。それを無視できるほど薄情にはなれなかった。自己満足の偽善でしかないが、ヒョウガくんの憂いを少しでも晴らしたいと思った。多少の面倒事を背負い込んでもいいと思えるくらいに、彼の期待に応えたいと思ったのだ。
元大人だったせいか、私は存外、思っていた以上に健気な子供に弱いらしい。
「しかし、危険性を知らずに安易に行った事は反省しています。今後はこのような事がないよう、事前に相談するようにします」
「うん。それが分かってるならいいよ」
ケイ先生は安心したように表情を緩めるが、直ぐに、困ったような笑いに戻った。
「君は達観しすぎている所があるから心配なんだ。広い視野を持って行動している分、自分を蔑ろにする傾向がある」
全然蔑ろにしてませんが? むしろ常に保身に走ってますが?
「責任感も強すぎるんだろうね。何でも1人で背負い込む悪癖がある。けれど、全て自分で解決出来てしまうからそれを助長させてしまうのだろうね…」
そうなのだろうか? 個人的には頼りまくっているつもりなのだが、ケイ先生にとってはそうは見えないと言う事なのだろう。
「君はもっと頼ることを覚えた方がいい。嫌なことも嫌だって言っていいんだ。……まぁ、精霊狩りの件を持ち出した僕が言っても説得力ないけどね」
きっと、ケイ先生はもどかしいのだろう。この訓練が上手くいってしまうと、私達は精霊狩りと戦う事になる。自分より一回りも小さい子供達が戦っている間は、何も出来ないのだ。どんな危険な目にあっていようと眺める事しか出来ない。その時の事を考えて、今のうちに少しでも力になりたいと思っているのだろう。
ここは、ケイ先生の思いを汲んで、子供らしいお願いでもして安心させた方が良さそうだ。
「……分かりました。じゃあこれからはケイ先生をいっぱい頼ります。たくさんワガママを言うので覚悟して下さいね」
「ははっ、それは良かった。何でも言って大丈夫だよ。君のワガママぐらい、いくらでも受け止めてみせるさ」
「では、今日のデザートはふわっふわのスフレパンケーキが食べたいです。トッピングはチョコづくしがいいです」
生チョコやチョコアイスの上にチョコソースをたっぷりお願いしますと言うと、ケイ先生はクスリと笑った。
「それぐらいお安いご用さ」
ケイ先生は穏やかな表情で立ち上がると、コテージの方に向かって歩き出した。きっと私のリクエストをハウスキーパーさんに伝えに言ってくれたのだろう。やったぜ。
ケイ先生の後ろ姿を見送り、今日の夕御飯が楽しみだと上機嫌でタイヨウくん達の方に視線を戻した所でとても重要な事を思い出した。
カードの事聞くの忘れた。