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ph48 レベルアップ


 寝ぼけまなこでお風呂に向かい、軽くシャワーを浴びた。今日も朝からマッチ漬けだと思うと憂鬱になるが、SSSCまで残り19日だ。後2週間と半分で終わると思えば、少し気が楽になった。


 シャワーを終え、脱衣所でいつものパーカーワンピースに着替えていると、リビングへと続く扉の方から焼きたてのパンの香りが漂って来た。その美味しそうな匂いに、思わずヨダレが出そうになる。


 ここのご飯、めちゃくちゃ美味しいんだよなぁ。


 訓練はきついが、ご飯が美味しいお陰で頑張れていると言っても過言ではない。訓練期間中の間は、五金財閥から派遣されたハウスキーパーが家事等を行ってくれているのだが、さすが五金財閥お抱えのハウスキーパーである。完全に胃袋を捕まれてしまった。


 パンの香りがするということは、今日の朝は洋食なのだろうか? じゃあ備え付けのスープは先週も食べた夏野菜たっぷりのミネストローネがいいな。


 野菜の自然な甘さがブイヨンの凝縮された旨味に溶け込み、そこにトマトの酸味が加わる事で味がぎゅっと引き締まり、濃厚なのに後味がさっぱりしていて、夏バテ気味になっていてもいくらでも食べれるぐらい美味しいのだ。


 ヒョウガくんにマナを送ったせいか、妙に疲れている気がするので、体に沁みわたるようなあのまろやかな味を堪能したい。


 そう今日の朝食に思いを馳せながら、リビングの扉を開いた。


 すると、お互いの胸ぐらを掴みながら、睨み合っているヒョウガくんとクロガネ先輩が見えたので、そっと扉を閉じた。


 え? 何事? 何だあの一触即発な空気は。朝っぱらから何やってんだアイツ等は。


 関わりたくはないが、ここのご飯の時間は決まっている。アイツ等が去るのを待っていれば、朝ごはんを食いっぱぐれる可能性があるのだ。これからきつい訓練が待っているのに、朝ごはん抜きになるのは避けたい。


 私は深い深いため息をついて、意を決するように扉を開いた。


 先輩とヒョウガくんは、無言で睨みあったまま動かない。これでは何故ケンカが始まったのか分からない為、気まずそうにご飯を食べているタイヨウくんに話しかける事にした。


 こそこそと気配を消しながら移動し、タイヨウくんの背中を指でちょんちょんとつついた。


「タイヨウくん」

「!? さち」

「シーっ! 静かに!」


 大声を出そうとしたタイヨウくんの口を手で押さえると、タイヨウくんはこくりと頷き、小声で話し始めた。


「サチコ! ちょうどいい所に! あの二人を止めてくれないか?」

「私にとっては全然良くないんだけど、どうしたの?」


 タイヨウくんは、申し訳なさそうな顔で、視線を反らした。


「実はあぁなったのは俺のせいなんだ」


 タイヨウくんのせい? ならば、このケンカは私が関係しているわけではないのか。


 クロガネ先輩が怒っていたので、また私関連でヒョウガくんに言いがかりをつけているのかと思っていたが、違うようだ。


「昨日の夜、ヒョウガがサチコの部屋の前にいるのを見かけたからよ、あの時何してたんだ? って聞いたらあんな事に……」


 前言撤回。やはり私関連だったようだ。というか、部屋に来たぐらいで怒るなよ。友情重すぎんだろ。ヒョウガくんもいちいち構わなければいいのに。


 私はこめかみを押さえながら、二人の方へ視線を向ける。


 まだ二人は睨みあっていたようだ。いつまで続けてんだよ。せめて何か言い争いをしていたら、ケイ先生が来てくれそうなのに、サイレントモードでケンカするなよ。


「先輩、ヒョウガくん」

「サチコ!」

「影薄!」


 私がジト目になりながら声を掛けると、今気づいたと言わんばかりに二人が反応した。


「何をしてるんですか。今日も訓練があるんですよ? 二人の世界を築いてないで、早くご飯を食べて下さい」

「違ぇ!」

「違う!」


 似たようなもんだろ。お互いしか目に入ってないんだから。


「青髪野郎がサチコの部屋に押し掛けたって聞いたからよ。二度とサチコに近づくなって言ってただけだ」

「俺が影薄と関わろうと貴様には関係ないだろう!!」

「大いに関係あんだよ!! サチコの1番は俺だ!! 俺のサチコだ!! サチコの側にいるのは俺だけでいいんだよ!!」

「呆れてものも言えんわ!! そんな勝手な態度を続けるならば影薄に見放されるのも時間の問題だろうな!!」

「はぁ!? 俺のどこにサチコに見放される要素があるってんだ!! 俺以上にサチコを思ってる奴がいるわけねぇだろうが!!」

「だからそういう態度だと言っているだろう!! 影薄に迷惑だと思われている事に気づかんのか!!」


 やめろや。想像以上に内容が下らなすぎて、どう止めればいいか分からんだろうが。


 何だ? 私のために争わないでとでも言えばいいのか? 絶対に嫌だわ。


 こんだけ大声で怒鳴りあっていれば、ケイ先生も来てくれるだろうと、止めるのはやめて、タイヨウくんの隣に座って朝ごはんを頂くことにした。


 おお! 今日はエッグベネディクトにウィンナーにサラダにナポリタンが添えられている。しかもスープは期待していた夏野菜たっぷりのミネストローネだ!!


 これは嬉しいと、机の中心に置いてある、たくさんパンが入っているバスケットからロールパンを3つ取り、私の小皿の上に乗せた。


 ロールパンをちぎってバターを塗り、一口食べる。ロールパンのほのかな甘みとバターの塩味の相性が抜群だ。めちゃくちゃ旨い。このパンをミネストローネに浸して食べたらどれだけ美味しいだろうか。行儀は良くないが、誰も見てないししれっとやってしまおうと、パンをちぎり、スープに浸そうと近づけた。


「ふざけんな! もう我慢ならねぇ! やっぱてめぇはここでぶっ殺す!!」

「なっ!?」


 クロガネ先輩は武器を実現させて、ヒョウガくんに斬りかかる。ヒョウガくんは咄嗟にマナを使って武器を実現させていた。


 おお、カードの力を実現させてるのに成功している。これでヒョウガくんも今日からマナを使ったマッチを行う訓練に参加出来そうだなとのんびり眺めていると、タイヨウくんが立ち上がった。


「お前らやめろよ! さすがにマナは──」

「うるせぇ! 部外者は引っ込んでろ!!」

「うるさい! お前は黙っていろ!!」


 クロガネ先輩とヒョウガくんの武器がぶつかり合い、激しい衝撃波が起こる。その衝撃波は近くにいた私達、主に机の上に乗っていたご飯に影響を及ぼした。


 一瞬、何が起こったのか分からなかった。


 ただ、美味しいご飯が全てひっくり返ってしまっている事。この事実だけは嫌嫌と私の目に焼き付いた。


 パンをスープに浸そうとした姿のまま固まり、テーブルクロスが、楽しみにしていたミネストローネを飲み干している様を、無言で眺める事しかできなかった。


「チッ! ブラック!」

「ふん! コキュートス!!」


 二人の争いは激化していた。お互いの精霊まで呼び出し、周囲の被害など試みず暴れている。


「サチコ? 大丈夫か? ど、どうしたんだ?」


 タイヨウくんは心配そうに声を掛けるが、いつもと違う私の様子に、だんだんと声が小さくなった。


 私は俯き、スッと1枚のカードを引く。


「影法師」


 私は自身の精霊の名を呼ぶ。


 何だかいつもと違う感覚がした。影法師と同化するような。私の力が影法師に流れ込むようなそんな不思議な感覚。


 私の頭の中で、今影法師を召喚したら不味いと警報が鳴っている。でも、そんなのは関係なかった。


 アイツ等はこの訓練での私の楽しみを……唯一の楽しみを奪ったのだ! しかも口の中が完全にミネストローネになっていたのに!! やっと口に出来ると期待した瞬間に目の前で奪ったのだ! 絶対に許さん!!


「二人を止めろ」


 私が低い声で影法師に命令すると、空気を読んだのか、無言で()()()()()()()()動きを止めた。


 先輩達は驚いてこちらを振り返る。


「サチコどうし…!?」

「か、影薄?」

「先輩、ヒョウガくん」


 私は2人にゆっくりと近づきながら顔を上げた。


「食べ物を粗末に扱ってはいけませんと習わなかったのか」


 二人が何か言っていたような気がするが、全く頭に入らなかった。ただ、コイツ等を一発ぶん殴らないと気が収まりそうになかった。


「そんなにケンカがしたいなら……」


 多分、私の瞳孔は開いていたと思う。それぐらい腹が立っていた。食べ物の恨みは万国共通だと思っている。


「一生外でやってろ!!」


 私は魔法カードの力を使って、2人を強制的に窓の外にぶっ飛ばした。







「君達はいったい何をしているんだ!!」


 あの場にいた私達4人は、ケイ先生の前で正座をさせられている。タイヨウくんは何で俺までと言っているか、連帯責任との事だ。


 正直すまんと思っている。


「カードの力をむやみに使ってはいけないだろう!? ケンカに使用するなんてもってのほかだ!!」


 ケイ先生の言うことはごもっともである。ここは素直に反省しようと、先生の話を素直に聞くことにした。


「そもそも! サチコちゃんが好きならケンカなんてせずに自分の魅力で口説き落としなさい!!」


 おい待てそれは聞き捨てならんぞ。


「サチコちゃんもその方がいいよね?」


 その話を私に振るな。返答に困るだろうが。


 でもまぁ、ぶっちゃけこのままだと2人にフラグが立ちそうな雰囲気があることは否めない。今の内に釘を刺しておこうと口を開いた。


「そうですね……お2人が私に好意があるかどうかは知りませんが、私の好みのタイプは一回り以上年上の落ち着いた男性です。何より……」


 私はヒョウガくんと先輩の方を、チラリと見る。


「食べ物を粗末にする人は嫌いです」


 先輩が衝撃を受けたようにこちらを見ているが無視した。ヒョウガくんからも視線を感じるが、気づかないフリをする。


 ケイ先生は一通り私達を見渡すと、部屋に響かせるように手を叩いた。


「よし、じゃあ皆反省したようだし、この話はここまでにしよう。今回は初回ということで見逃すけど、次からはペナルティを与えるからね」


 いや、あと1時間ぐらいしましょう。反省が足りないので、むしろ今日1日反省会でも私は全然構いません!!


「それで、サチコちゃん。君の影法師についてだけど……」


 ぎゃあぁあぁあ!! やっぱりかぁ!! まぁそうだよね!? その話絶対ふるよね!? 知ってましたとも!!


「もう一度レベルアップして貰ってもいいかな?」


 死刑宣告に近いケイ先生の発言に、乾いた笑いが漏れた。



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