ph4 黒髪の少年と再開
「見つけたぜ? 嬢ちゃん」
午前の授業が終わり、学生達の喧騒で賑わう昼休みの時間。私はお気に入りの人通りの少ないベンチでのんびりとお弁当を食べていた。
すると、いきなり耳元でとんでもない色気を含んだ声が聞こえ、ビックリして玉子焼きを落としてしまった。
あぁ、今日の玉子焼きは渾身の出来だったのに……。無惨にもアリの餌になってしまった玉子焼きをもったいないと眺めつつ、お前犬の癖になんでそんな声だせんだよと文句を言いたくなる気持ちを抑え真顔を貫いた私は偉いと思う。
「まさか同じ学校だったとはなぁ?」
「再会が速すぎません?」
「鼻がいいもんでね」
聞き覚えのあるバリトンボイスの正体は予想通りブラックドッグだった。ブラックドッグは私の隣に座り、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべている。
「個人的には二度と会いたくありませんでした」
「そうつれないこと言うなよ。俺は嬢ちゃんに逢いたくて夜な夜な枕を濡らしてたんだぜ?」
「夜な夜なって1日しかたってませんが?」
「嬢ちゃんにとっちゃたった1日かもしれねぇが、俺はそう思えるぐらい嬢ちゃんが恋しかったってことだ」
ああ言えばこう言う。
ブラックドッグののらりくらりとした言動は疲れる。変に執着されて追い回されるよりも、さっさっとマッチして憂いを晴らさせた方がよさそうだ。
クロガネ少年は強い。ちゃんと対抗策を考え、冷静に戦うなら私なんか簡単に倒せるだろう。彼は彼を負かした私に興味を示している。それなら私が全力を出して負けてしまえば構ってくる事もない。
「マスターに近づく精霊はおまえかー!!」
私とブラックドッグが話していると、その間に割って入るように影法師が影から飛び出してきた。
「マスターはおれだけのマスターだ! おまえには渡さないぞ!!」
影法師がブラックドックを威嚇するように影の体を大きくし、ゆらゆらと揺らしている。
「影法師」
「マスターとおれはずーっと前から一緒に過ごしてきたんだ! ポッと出のお前が入る隙間なんてないんだからな!! おれとマスターの絆は……」
「影法師!」
「……ますたー……」
このまま喋らせると話が進まなくなると思い、影法師の言葉を渡るよう強く名前を呼んだ。
すると、私に怒られたと勘違いした影法師は大きくしていた体を萎ませ、悲しそうな顔で私を見つめる。
別に怒った訳ではないので、その誤解を解くように微笑み、優しく頭を撫でた。
「そんなに心配しなくても、今までもこれからも私の精霊は影法師だけだよ」
「! ……マスター!!」
影法師は嬉しそうに私に抱きついた。
影法師とは、私が初等部1年の頃からの付き合いだ。
最初はカードの精霊なんて意味が分からない生物に戸惑ったし、何かにつけて構え構えと煩くて面倒に思うことも多々あったが、流石に5年も一緒にいれば情も湧く。こうしてスキンシップをしてくるのも、懐いてるからだと思えば可愛いものだ。
……まぁ、たまに鬱陶しいと思うこともあるがそれはそれ、これはこれだ。取りあえず、影法師が満足するまで頭を撫でた。
「見せつけてくれるねぇ」
私達のやり取りにブラックドッグは器用に肩をすくませた。
私がまだこの世界に馴染めてないせいだろうか? 精霊だと分かっていても、犬の体で人間味あふれる姿を見るとなんとも言えない気持ちになる。
「じゃ、俺も嬢ちゃんを見つけたことだし、ご主人様の元に帰るとしますよ」
ブラックドッグはベンチから降りるとこちらを振り向く。
「今日の放課後、第2体育館近くのバトルフィールドで待ってるぜ」
ブラックドッグは最後にそう言うと、身体を闇と同化し消えていった。
諸事情で予定の時間よりも遅れてしまったので小走りで移動し、バトルフィールドが設置されている部屋に入る。
すると、フィールドのど真ん中にクロガネ少年が立っていた。
「はっ! 遅かったなぁ! ビビって逃げ出したのかと思ったぜ!」
それは正直すまなかったと思っている。
本当は放課後すぐ向かうつもりだったが、担任の先生に雑用を頼まれてしまい、気づけば一時間程経過していたのだ。
いなかったらどうしようと心配していたが、杞憂だったようだ。
というか、クロガネ少年は偉そうに仁王立ちしているが、彼はずっとあの体制で待っていたのだろうか? そう考えると物凄いシュールだな。
そんな下らない事を考えながら彼の目の前まで行くと、彼のデッキからブラックドッグが現れた。
「じゃ、約束通り嬢ちゃんの名前教えてくれや。俺のご主人様は愛しい嬢ちゃんの名前を知りたくて知りたくてたまらないらしい」
「ブラック! 誤解を招くような言い方をするんじゃねぇ!!」
「ンだよ、本当の事だろ? デッキが完成したとたん嬢ちゃん見つけるまで帰ってくるななんて言いやがって精霊使いがあらいのなんの」
「うるせぇ! 負けたままなんざ俺のプライドが許せねぇんだよ!」
「あー、はいはいでたよ。ご主人様の極度の負けず嫌い」
帰っていいだろうか? 1人と1匹の茶番を白けた目で見ながら影法師を呼び出した。
「てめぇはいつもいつも! てきとうなことばっか──」
「ねぇ」
私が言葉を発すると、彼らの注意がこちらに向いた。
「マッチするの? しないの?」
デッキの情報を腕輪のデータベースに送っていつでもマッチできる準備をしている私に、クロガネ少年は嬉しそうに笑った。
「やるに決まってんだろ?」
その言葉が合図になった。お互いにプレイヤーの定位置に立つと、バトルフィールドが輝き始める。私達は慣れたように腕輪を掲げ試合前の口上を叫んだ。
「コーリング。影法師、影鰐」
「コーリング! ブラックドッグ! ガルム!」
お互いのモンスターが目の前に現れる。
「レッツサモン!!」
戦いの火蓋が切られた。