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ph47 ヒョウガの相談


 ヒョウガくんを部屋で待たせ、私は飲み物を取りに1階のキッチンに向かった。


 キッチンには冷蔵庫が2台あり、その内の1台にはぎっしりとペットボトルや缶、パックジュースが大量に入っている。


 ケイ先生から、この冷蔵庫に入っている飲み物は自由に飲んで良いと言われているので、沢山ある飲み物からお茶の缶を手に取った。


 自分の分だけ持っていくのは何だったので、ヒョウガくんの分もと2本持って部屋に戻った。


「お待たせしました。ヒョウガくんもお茶で良かったですか?」

「あぁ、気を遣わせてすまない」


 ヒョウガくんにお茶の缶を手渡し、ちゃんと受け取ったのを確認してから手を離す。そして、自分の缶のプルタブを開け、少し飲んでから椅子に座った。


「それで? 話とは」

「あぁ、こんな時間に押し掛けるのは悪いと思ったのだが、お前しか相談できる相手がいなくてな」

「別に構わないですよ。何か気がかりな事でも?」


 まぁ、相談内容については、十中八九、見当は着いているのだが。


「…………マナのコントロールの件についてだ」


 あー、やっぱりかぁ。というか、それしかないよな。


 ヒョウガくんは、精霊狩り(ワイルドハント)と因縁があるようだし、私達の中でもSSSCに対する意気込みが一番強かった。


 しかし、その思いとは裏腹に、マナ使いとしての訓練は中々進まず、時間だけが過ぎているのだ。プライドの高い彼が、誰かに相談してしまうくらい追い込まれていても仕方のない事だと言える。


 相談相手に私を選んだのも、彼の性格的に、ライバル認定しているタイヨウくんに素直に相談をする事が出来なかったのだろう。勿論、五金兄弟は論外である。


 ケイ先生は普段から付きっきりで訓練を見て貰っているようだし、貰える助言も底をついてしまったのではないのだろうか? と、なればだ。消去法で相談相手が私しかいないと言うのも頷けた。


「影薄は、俺と同じ闇属性のマナを保有しているのだろう? 闇属性のマナはどんなものだ? お前はどのようにそれを扱っているのだ?」


 ヒョウガくんの問いにふむ、と考え込む。


 ヒョウガくんがマナ使いとして成長してくれるのならば、私としては願ってもないことだ。少しでも力になるのであれば、手助けしたいのは山々だが、いかんせん。説明しろと言われても、どんな風に話せば良いのか分からないのだ。


 私の感覚を伝えるならば、マナを巡らせる時は血液が体を循環するようなイメージで、カードにマナを注ぎ込む時は、それを輸血するイメージでやっているのだが、こんな月並みな例えなんぞ既にケイ先生が教えているだろうし、どうしたものか。


「どんな些細なものでもいい……教えてくれ」


 懇願するように聞いてくるヒョウガくんに、これは相当参っているなと感じた。


「因みに、参考までに聞きたいのですが、ヒョウガくんはどんなイメージを持って精神統一をしているのですか?」

「俺は酸素が体を巡るイメージを持ってしている」

「なるほど」


 イメージ的には私と大差ないな。じゃあ問題は別にあるという事だろうか?


 うんうんと頭を悩ませ、どう伝えたものかと考えてると、ふと名案が浮かんだ。


「あの、確認なんですけど、ヒョウガくんの属性は闇属性が入っているのは間違いないんですよね?」

「あぁ」

「成功する保証はありませんが、それでも良いのならば、1つ提案があります」

「何でもいい! 話してくれ!」


 失敗しても文句は言わないで下さいねと念押しして続ける。


「私、カードの力を実現させる時は、輸血するイメージでマナを注いでいるんですけど、これを人に応用できないかと」

「それはつまり……」

「そうです。私がヒョウガくんにマナを注ぎ込んで、直接感覚を教える事が可能ではないかと思いまして……闇属性ならヒョウガくんも持ってますし、より掴みやすいかと」

「一理あるな」


 ケイ先生が何故この方法を試さなかったのか少し引っ掛かるが、試す価値はありそうだ。


「どうします? この方法が安全かどうかは分かりませんし、無理にとは言いませんが」

「いや」


 切羽詰まっているのだろう。ヒョウガくんは考える素振りも見せず、即決した。


「時間がない。負担になるかもしれないがやってくれ」

「……分かりました。じゃあ、やるだけやってみましょう」


 失礼しますと言いながら、ヒョウガくんの隣に椅子を持って行き、お互いの両手を握り合うように掴んだ。


「いきますよ? 本当にいいんですね? 何があっても知りませんよ」

「あぁ、遠慮はいらん。一思いにやってくれ」


 ヒョウガくんに言われ、集中するように目を瞑りながら、自身の体の中のマナを操作する。私の血をヒョウガくんに輸血するイメージで、少しずつマナを送った。


「どうですか? 体に異変はありませんか?」

「問題ない、続けてくれ」


 ヒョウガくんに言われるままマナを送り込んでいると、途中でマナを塞き止めるような何かにぶつかった。例えるのなら、血栓のように、マナの流れを阻害するような塊みたいなのがあったのだ。


 これは何だろうか? 無理やりマナを流し続けても良いのだろうか?


 目を開けてチラリとヒョウガくんの様子を見てみるが、本人は平気そうである。


 これなら大丈夫そうだと思い、塊を押しやり、抉じ開けるようにマナを送り込んだ瞬間──。


「ぐ、があぁ!」

「ヒョウガくん!?」


 ヒョウガくんがうめき声を上げながら前屈みになった。


 よほど苦しいのか、私の両手を強く握りしめ、汗を流している。


「すみません!? 辛いのならすぐにやめ」

「大丈夫だ!!」


 ヒョウガくんは被せるように大声を出す。それは悲痛の叫びのようにも聞こえた。絶対に止めるなと訴えかけているようだった。


「で、ですが……」

「確かに、多少痛みはあったが問題ない」


 多少? こんなに辛そうなのに多少な訳がない。


「……見え透いた嘘は止めてください。手伝うのは構いませんが、ヒョウガくんが傷付くのであれば話は別です。やはり、もっと別の方法を」

「何かが巡っている感覚があるんだ」


 ヒョウガくんは肩で息をしながら、手に込めていた力を抜く。


「多分、これがマナなのだろうな。今も右手だけだが、今までにない手応えを感じている。この方法なら直ぐにマナを扱えるかもしれない」


 そして、私の肩にコツンと額を当てると、縋るように呟いた。


「頼む影薄……続けてくれ……」


 ヒョウガくんの必死なお願いに、心が揺れる。


 本当に良いのだろうか? このまま続けたら大変な事になるのではないか?


 一応、マナの感覚を掴むのには成功しているようだが、ケイ先生がこの方法を教えなかったのも何かしらの理由がある筈だ。やはり止めた方が良いのでは?


「影薄」

「…………分かり、ました」


 目は口ほどに物を言うとあるが、本当のようだ。


 顔を上げたヒョウガくんの瞳から強い意思を感じる。多分、ここで私が何を言っても聞かないだろう。むしろ、止めたら止めたで、焦るあまり1人で変な方向に暴走する恐れがある。それは避けたい。


 私は長い長いため息を吐いて、無理だと思ったら直ぐにやめますからねと念を押しつつ、再開する事にした。


 慎重にマナを送っていると、また血栓のようなモノに当たった。今度は無理やりこじ開けないように注意し、塊を溶かし、血液をサラサラにするイメージでゆっくりと馴染ませるようにマナを操る。


 くっっっそ! 何だこのキッツい作業は!?


 厚手のゴム手袋を二重にした状態で、針の穴に糸を通すレベルの無理難題の作業をさせられているようだ!! ちょっとでも気を抜いたらヤバい!


 全身の神経を研ぎ澄ませ、マナを送る事だけに集中する。


 水滴が頬を伝い、地面に落ちる。両手にビリビリとした痛みが走り、一瞬だけ気が反れてしまうが、直ぐに塊に意識を戻した。


「ぐぅっ」

「影薄!? どうした!?」

「…………」

「お前……まさか俺に気を遣って無理してるのか!? やめろ! 俺は別に構わんと言っているだろう! お前はただ普通にマナを流してくれれば──」

「気が散る! 黙って!!」

「!? す、すまん……」


 隣で騒ぐヒョウガくんを一括し、マナを送るのを再開させる。


 私だって適当に流していいなら流してるんだよ!


 でも、あの血栓みたいなのを1つ雑に扱っただけであんなに苦しんでたのに、この数を全てこじ開けたらお前はどうなるんだよ!!


 ヒョウガくんにマナを巡らせるに当たって、塊のようなモノにぶつかったのは1つや2つじゃなかった。いくつもの壁に当たり、その度に神経を使い、もう数を数えるのすら億劫になった。


 これを全て無理やりこじ開けたら、ヒョウガくんは絶対に大変な事になる。下手したら痛みでショック死するかもしれない。


 それだけは絶対にダメだ。私の平穏の為にも、ヒョウガくんは一刻も早くマナ使いになって貰い、五体満足でダビデル島にタイヨウくん達と乗り込み、元気に精霊狩り(ワイルドハント)という物騒な悪の組織を潰して貰わないと困るのだ!


 そもそも、私に人を殺す度胸はない!!


 カードゲームで死ぬ可能性があると知った以上、下手にマナを扱ってしまったら人を殺してしまうかもしれない。殺すまでいかなかったとしても、後遺症のようなものを残してしまう恐れもある。


 ……ヒョウガくんなら気にするなとか言うかもしれんが私が気にするんだよ!! 一般人の感性をなめるな!! 普通に一生引きずるに決まってんだろうが!! 罪悪感を抱きながら送る人生など真っ平だ!!


 そう心の中で自分本意な考えをしつつ、ヒョウガくんにマナを注ぎ込むのに更に集中した。


 もう少し……あとちょっとで終わりそうだ。


 ヒョウガくんのマナの巡りを邪魔するように塞いでいた最後の血栓を溶かし、送っていたマナが私の中に戻ってきた。どうやら私とヒョウガくんのマナを巡回させる事に成功したようである。


「!」

「でき、ました……」


 繋がった両手をそのままに、いつの間にか止めていた息を吐き出しながら、椅子の背もたれに思い切り寄りかかった。


「どうですか? マナの流れを感じますか? 体に異変は──」

「影薄!!」


 私が言いきる前に、ヒョウガくんは珍しくハイテンションになりながら立ち上がった。


「凄い、凄いぞ!! 俺にもマナの巡りがわかる!! これがマナというやつなのだな!」


 ヒョウガくんは本当に嬉しそうだった。無邪気な笑顔を浮かべながら、年相応にはしゃいでいる。


「これで……これでやっと俺も……本当にありがとう! かげっ……」


 私が生暖かい目で見ていたことに気づいたのか、我に返ったヒョウガくんは、頬を染めながら顔を背けた。


「……お前のお陰でマナの使い方を理解する事が出来た。礼を言う」

「私は少し手を貸しただけです。これからマナが使えるかどうかは、ヒョウガくんにかかっていますよ」


 いつもの口調に戻し、必死に取り繕うと頑張っていたので、私も変に弄ることはせず、スルーしてあげる事にした。


「謙遜するな。俺1人ではマナを使えるまでにどれほど時間がかかったか分からない……本当に、お前には何度も助けられてばかりだ」


 ヒョウガくんは真剣な瞳でじっと私を見つめる。


「お前と出会わせてくれたタイヨウに感謝しないとな……」


 ヒョウガくんからの信頼を感じる。彼なりの友好の証なのか、今になって貴様呼びからお前になっている事に気がついた。


「影薄、お前がいてくれて良かった。この借りは必ず返そう」

「では、期待して待ってますので飛びきりなやつをお願いします」

「あぁ、期待して待っててくれ」


 ヒョウガくんは、私の部屋を訪れた時とは違い、とても晴れやかな表情をしていた。


 もう必要ないだろうとずっと繋いでいた手を離しませんか? と言うと、今気づいたという様に、ヒョウガくんは慌てながら両手を離した。


 チラリと時計を見てみると、短い針が数字の2を指そうとしていた。マナを送る作業は思ったよりも時間がかかっていたらしい。これ以上起きていたら明日の訓練に支障が出るだろうと、直ぐにこの場は解散することになった。


「影薄」


 ヒョウガくんは、ドアノブに触れようとしたところで振り返る。


「その……」

「まだ何かありました?」

「それだ」


 ヒョウガくんは私に人差し指を向けた。


「タイヨウにはもっと砕けた口調で話しているだろう」

「え、まぁ、はい」

「俺にも同じ様に話せ」


 ヒョウガくんの提案に、悩むように考え込む。


「嫌なのか?」

「いえ、そういう訳ではないのですが」

「では何が問題なんだ?」


 言ってもいいのだろうか。いや、まぁ別に私個人的には全然構わないのだが、鬱陶しい男が1人いるのだ。


「あー、その……クロガネ先輩が嫌がるかなぁと」

「…………何故その男の名が出てくる?やはりお前の恋人なのか?」

「それは全然違うんですけど、ちょっと……いや、かなり友人に対する独占欲が凄いんですよね。だから、私がヒョウガくんと親しくなるとあまり良い顔をしないというか……多分、ヒョウガくんに対して物凄く当たると思うんですよ。それが申し訳ないなぁと」


 先輩は、何故かヒョウガくんに対してはやたらと敵意向き出しなのだ。タイヨウくんやケイ先生と話してる時は、不満そうに顔をしかめるだけだが、ヒョウガくんと話した後は、殴り込みに行こうとするし、それを無理やり引き留めたら、暫く引っ付いて離れなくなるのだ。


 そして、先輩の気が済むまで1番の親友は先輩ですよと言い続けるという謎の拷問が始まるのだ。最近は、影法師もおれもおれもと引っ付いてきて1番の相棒は影法師だよと言わされるようになった。正直とても面倒臭い。


 因みに、シロガネくんとはそもそも話す事がないので置いておく。


 ここで、ヒョウガくんとタメ口で話すようになったら、先輩は絶対に嫉妬する。今は上手く宥めているが、それが出来るかも分からない。


「俺は別に構わん」


 ヒョウガくんは、私に背を向けながら言葉を続ける。


「奴が突っ掛かって来ようとも気にしない。逆に返り討ちにしてくれる」


 自信満々に言いきるヒョウガくんに、あれ? もしかして、これから先輩を無駄に宥めなくて良くなるのでは? と邪な考えが脳裏を過る。


 ということは、あの新手の拷問に堪える必要もなくなるという事か? 何それ最高かよそれは願ったり叶ったりだ。ヒョウガくんから構わないという言質も取ってるし、別にいいだろう。


「それなら、今度からはもっと砕けた口調で話しますね……いや、話すね」

「あぁ、そうしてくれ」


 ヒョウガくんは扉を開けて、一歩外に出た。


「また明日、と言っても今日か……今日の訓練でお前達と合流出来るように努めよう」

「はい、待ってま……あー、待ってるね」


 言いたいことは全て言い終えたのだろう。ヒョウガくんは満足そうに表情を緩め、静かに扉を閉めた。


 私は、少し汗をかいて気持ち悪かったが、眠気の方が勝っていたので、お風呂は朝にしようと、残りのお茶を飲み干し、歯を磨いて、軽く体を拭いてからベッドに入った。


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