ph45 マナ使いとしての第一歩
マナ使いになるための訓練を開始してから1週間が経過した。
滝に打たれ過ぎて無心を通り越して虚無感を覚え始めた今日この頃。今の自分について思うことがある。
私、人間やめそうになっていないか?
というか既にビックリ人間の仲間入りをしてしまっている気がする! だっておかしいだろ!? 初日は10分ぐらいで限界だったのに、今は余裕で1時間ぐらい打たれても平気なんて絶対におかしい!!
滝行なんぞ前世でしたことないから基準は分からんが、夏場とはいえ、冷水に1時間以上打たれ続けても平気な人間っているのか? いやいねぇよ! 普通に死ぬわ!!
このまま滝に打たれ続けたら私の精神衛生上よろしくないので、休憩もかねて先輩が用意してくれた焚き火の元へ向かう。
今日は五金兄弟はここにはいない。私達の訓練の様子を見て大丈夫だと判断したのか、レベルアップ解明の為に、ケイ先生が二人を何処かに連れて行ったのだ。
まぁ、離れる時にひと悶着あったのだが、ここでは割愛する事にする。
コテージから持ってきたタオルで髪を拭きながら、丸太の上に座り、ボーッと焚き火を眺める。
「サチコ休憩すんのか?なら俺も!」
ニコニコと笑いながら余裕そうに土の中に埋まっているタイヨウくんを見て、こいつも大概人間やめたなと思った。
タイヨウくんはよっと軽い声を上げながら、地面から腕を出して自力で脱出する。その光景は、洋画に出てくる墓から復活したゾンビのようで、対極のイメージのあるタイヨウくんが行うと、とてもシュールだった。
「なんか掴めたか?」
「いや、全然」
「だよなぁ」
タイヨウくんは、自身についた土を一通り払い、シロガネくんが置いていったスポーツ飲料を飲みながら焚き火から少し離れた場所に座る。
「ケイ先生は自然との対話って言ってたけどよぉ、いまいち分かんねぇんだよなぁ……サチコはどんなこと考えながら滝に打たれてんだ?」
特に何も考えていない。
強いて言うならば、何故こんな事をせねばならんのだ、これに何の意味があるんだ、さっさとSSSCまで時間が飛んでくれたら良いのにといったネガティブな事しか考えていない。
しかし、タイヨウくんにそのまま伝えるのは憚れたので、それっぽい事を言うことにした。
「私は自然と一体になったような気持ちで無心で打たれてるよ」
嘘ではない。虚無感を抱く前は、考える事すら億劫になり、ただ呆然と滝に打たれていたのだ。嘘は言っていない。
「自然と一体になるかぁ」
タイヨウくんはゴロンと地面に寝転びながら、空を見上げる。
「俺達、本当にこれでマナ使いになれんのかなぁ」
タイヨウくんのいつもの眩しい笑顔はかげりをみせ、珍しく弱音を吐いている。
「大会まで時間がないのに……」
一緒に訓練をしている私は、タイヨウくんの気持ちを何となく察する事ができた。
ケイ先生に課せられた訓練メニューをひたすら行ってはいるが、進行状況が全く分からないのだ。時間制限がある以上、先の未来に不安を抱いてしまうのも仕方がない。いくらタイヨウくんでも、訓練に対するモチベーションを持ちつつけるのは困難だろう。
しかし、私の平穏を守る為には、彼には何がなんでもマナ使いになって貰わなければ困るのだ。ここで立ち止まられたら非常に不味い。
こんな時、ハナビちゃんならタイヨウくんに気の聞いた言葉の一つや二つをかけて、元気づける事ができるのだろう。しかし、彼女はここにはいない。今タイヨウくんの側にいるのは私なのだ。適当な事を言って取り繕う事はできるかもしれないが、彼の心に響くような事を言える自信はない。そんなヒロイン力が私にあるわけがないのだ。彼女がここにいない事がとても悔やまれる。
ならば、私なりに彼を励ますにはどうすれば良いのだろうかと考え、マッチという言葉が脳裏を過った。
そうだよ、彼は生粋のサモンマッチバカだ。よくあるホビアニの展開で、主人公を勇気づける為に勝負をするライバルがいるじゃないか。その方法を試してみよう。
「タイヨウくん。マッチしない?」
「え?」
「訓練の気晴らしに一戦だけしようよ」
「そりゃ、マッチできるのなら嬉しいけどよ……勝手にそんなことしていいのかなぁ」
ここでマッチに飛び付かず、ケイ先生の事を気にする辺り、本当に良い子だなと思う。
「うん。だから簡易マッチルールにしよう。召喚コストは3にしてマッチをやろうよ。それなら直ぐに終わるし、問題ないでしょう?」
「う、うーん」
「そう暗い気持ちになってたら訓練にも影響が出るだろうし、休憩の間に一戦するだけならケイ先生も何も言わないよ」
私の最後の一押しに、それもそうだなと頷いたタイヨウくんは、自分の鞄からデッキを取り出した。
「じゃあ俺はドライグでいくけどサチコは?」
「それなら私は影鬼にしようかな」
影法師に、何でおれを出さなかったんだと後で怒られそうだが、私はレベル1のモンスターカードを持ってきてないので仕方がない。今日の夕食のデザートをあげてご機嫌をとらなければと考えながら、鞄からデッキを取り出した。
そして、お互いにプレイマットを持って来ていなかったので、良さげな切り株を探し、その上でマッチをする事にした。
「楽しいマッチにしようぜ! コーリング、ドライグ!」
「コーリング、影鬼」
「レッツサモン!」
マッチ開始の口上を述べ、今からマッチを始めようとした瞬間、私の影鬼のカードが光輝いた。
「は?」
その光景に、私は情けない声を上げた。タイヨウくんはポカンと口を開けている。
私の目の前には実体化した影鬼がいた。しかし、無機質な瞳で前だけを見つめ、感情があるようには思えない。カードに精霊が宿ったわけではなさそうだ。
「さ、サチコ……もしかしてこれって」
「もしかすると、もしかするかもね……」
私が乾いた笑いを浮かべていると、山の中でタイヨウくんの叫びが木霊した。
「サチコちゃんおめでとう! まずはマナ使いとしての第一歩だね!」
ケイ先生に誉められるが全く嬉しくない。
「やはり君はマナ使いとしての才能があるようだ! こんなに速くモンスターを実体化させた事例はないよ! これなら武器や魔法を使えるようになるのも時間の問題だね!」
やめて、持ち上げないで。
私はケイ先生の称賛にうんざりしつつも、顔には出さないように努めた。
「うーん、でもちょっと予想より遅かったかなぁ」
私個人としてはもっと遅くて良かったんだけどね。欲を言うならマナ使いになれなければいいと思っていたがな。
「刻印を刻まれてた時から思ってたんだけど、サチコちゃんのマナコントロールは本当に凄いんだ。まるで、生まれたときからマナの鍛練を積んでたんじゃないかって思えるくらい、綺麗に体を循環している……正直、初日に出来てもおかしくないと思ってたよ」
なんだその転生あるあるの赤ん坊の頃から修行する的なやつは。マナを知ったのは最近だし、そんなもんしてる訳がないだろう。仮に知っていたとしても、そんな面倒な事誰がやるか。
「だけど今は少し乱れてるね……まるで無理やり押さえつけられているようだ。もしかしたらそのせいでマナの扱いが上手くいかなかったのかな?何か心当たりはないかい?」
そうケイ先生に言われて、そういえばと最近は痛まないし、悪夢も見ていないから忘れていたが、嘆きの刻印が刻まれたままである事を思い出した。
確か嘆きの刻印って、体のマナを乱すとか言ってたな。それのせいだろうか?薬も切れてたし、念のため貰っておいた方がいいだろう。
「心当たりと言えば、私の嘆きの刻印まだ消えてないんですよね。それのせいでしょうか? 薬も切れたので、新しいの貰ってもいいですか?」
「え」
「はぁ!?」
ケイ先生は呆然と私を見つめ、クロガネ先輩は大きな声を上げた。タイヨウくん達は驚いたように目を丸くし、固まっている。
「な、嘆きの刻印が消えてなかったのかい!? そんな馬鹿な!? 精霊を返す時にサモナーの身体検査をしたけど、全員消えていたのをちゃんと確認したのに! 何故サチコちゃんだけ!?」
いや知らんよ。私が聞きたいわ。というか私以外の全員消えてたとか何それいじめかよ。他の人と私の刻印に違いなんて──。
「あ」
「ど、どうしたんだい?」
「そういえば私の刻印、エンちゃんが手を加えたとか何とか言ってましたね」
私はエンちゃんに温泉で抱きつかれ時の事を思い出しながら、ケイ先生に詳細を伝えた。
「じ、じゃあ君は刻印が刻まれた状態でカードの力を実現させたのかい!? そんな馬鹿な!!」
いや、だから本当にやめて。そんな転生のテンプレ展開はいらないんだよ。そんな才能くれるぐらいならもっと危機回避能力的なのを与えてくれよ。
「本当に君はマナを知らなかったのかい!? 実は周りにマナ使いがいたとか」
「おい」
ケイ先生が私の肩を掴みながら詰め寄るが、それを阻むようにクロガネ先輩がケイ先生の腕を掴んだ。
「サチコが痛がってんだろ。離せ」
「え!? あぁ!? ごめんね!」
思ったよりもケイ先生の力は強く、地味に痛かったのでその気遣いはありがたかった。お礼を言う為に先輩の方をチラリと見るが、先輩は私とケイ先生を引き剥がすやいなや、私の腕を掴み、階段の方に向かって歩き出した。
「せ、先輩? どうしたんですか?」
無言で歩く先輩に声をかけるが反応はない。腕を掴まれているせいで止まることも出来ず、戸惑いながらも必死に足を動かした。そして、先輩に連れられるまま私の部屋の中へと入る。
「先輩! 本当にどうしたんですか?せめて何か言って」
「……っ、何で」
先輩は勢い良く振り返った。
「何で刻印の事を黙ってたんだよ!!」
先輩の表情は悲しそうに歪み、今にも泣き出しそうだった。
「俺は……本当はサチコにマナ使いになんてなって欲しくねぇんだよ。……でも、サチコがなりてぇならって……応援しようって決めた」
先輩の話を聞いて、私が影鬼を実体化させた事を伝えた時の皆の反応を思い出す。
私がカードの力を実現させたと聞いて、ケイ先生、タイヨウくん、ヒョウガくんの3人は微笑みながら称賛していた。シロガネくんは気にくわなさそうな顔をしていたが、奴は例外なので置いておこう。そして、一番全力で祝ってきそうなクロガネ先輩は、良かったなと誉めてはいたが、どこか浮かない顔をしていたのだ。
理由は分からないが、私にマナ使いになって欲しくないのならば、あの時、何故あんな暗い表情をしていたのかを納得した。
「サチコの邪魔はしねぇ。けど、怪我とかそういうのを隠すのはやめてくれ……」
別に隠していたわけではない。忘れていただけなのだが、それをここで言う程空気が読めないわけではないので、黙って話を聞く。
「頼むから……俺の知らないところで傷付かないでくれ……」
先輩はそう言いながら抱き締めてきた。この人、最近やたらとスキンシップ激しいなと思いつつも、ここで引き剥がす程鬼ではないため、影法師を慰める時と同じ様に先輩の背中をポンポンと叩いた。
「分かりました。今度からは何かあったら先輩に一報します。それでいいですか?」
「本当か? 絶対だからな?」
「はい、約束します」
こんな約束で先輩の不安が取り除かれるならと、小指を差し出す。すると、先輩も小指を出したのでその流れで指切りをした。
名残惜しそうに出ていく先輩の背中を見送り、取りあえず、今日の訓練は終わってすることもないので、影法師を実体化させて一緒にお菓子を食べる事にした。
その後、薬を取りにケイ先生の元に向かうと、タイヨウくんやヒョウガくんに刻印の事を心配されたが、問題ないと伝え、いつものようにご飯を食べ、お風呂に入り、与えられた部屋で影法師と一緒にくつろいでいた。
そして、もう夜も遅いし明日の訓練に備えて寝ようかと影法師をカードに戻し、ベッドに入った所で私の部屋の扉が勢いよく開いた。
「サチコ! 悪夢を見ねぇように一緒に寝ごふぉ!!」
無言で枕を投げて、先輩を追い出した私は悪くないと思う。