ph43 五金コガネとのトーキングタイム
「そこまでだ、刺刀。然様な発言を許可した覚えはない」
「え」
ケイ先生は下げていた頭を上げ、五金コガネの方を振り返る。
「マナ使いの情報を開示させたのは、事の重大性を理解させるためだ。中途半端な知識のまま、周囲に吹聴されたら堪まったものではないからな。やむを得ず説明を許可した。しかし、精霊狩りはこやつ等には関係ないことだ。勝手な発言は控えたまえ」
「で、ですが!」
ケイ先生は戸惑いながらも反論しようとするが、五金コガネに威圧的な視線を向けられ、言いかけた言葉を飲み込んだ。
「さて、諸君。これでマナ使いについて共通認識を図れたという事でよろしいかな? 質問がなければ続けよう」
五金コガネは私達を一瞥すると、感情の込もらない延々とした声音で言葉を発する。
「アイギスが言いたいことは、貴公等はマナ使いの素養はあるが、あくまでも一般人だという事だ。SSSCの参加資格を得たとはいえ、精霊狩りが潜伏している島に対抗手段を持ち得ないもの、ましてや我々が介入できない場所へ子供が立ち入る事を許可する事はできない……よって、サモンマッチ協会の権限を持って宣言する。貴公等のSSSC参加は認めない」
「そんな!!」
「ふざけるな!!」
五金コガネに抗議するようにタイヨウくんとヒョウガくんが立ち上がる。
この子達本当に怖いもの知らずだな。相手は財閥のトップだぞ。それに自ら危険な目に遭いに行こうとするとは、私には理解できない考えだ。
SSSCの参加資格の件については初耳だったのだが、別の財閥が管理している島で行われるということは、財閥主催の催しである可能性が高い。その資格の有無について介入するということは、今後の財閥関係に亀裂が生じてもおかしくないだろう。
極秘事項の情報を開示し、更にそのような処置を取ってくれるとは……私達の為を思っての行動なのだろう。自身が不利益を被ってまで守ろうとしてくれるとは、ありがたい話である。
まぁ、普通に考えて子供をそんな危険な場所に行かせる訳がないよな。タイヨウくん達は不満そうではあるが、良識ある大人がいて良かった。
「俺はSSSC参加資格を得るためにここまで来たんだ!! そんな横暴認めるものか!!」
いや、横暴ではないだろ。五金コガネの言うことは最もである。反論の余地がない。
「マナ使いとのマッチは危険が伴う。当然の処置だ」
「俺は既にマッチした経験がある!! 問題はない!!」
「死にたいのか?」
五金コガネの言葉に、部屋の中は水を打ったように静まり返る。
「貴公がマッチしたマナ使いは、フィードバックを受けた時、必要以上に痛みを訴えていなかったか? それならば、マナ使いとして未熟だと言えるだろう」
「なんっ!」
「マナ使いとマッチするにはマナ使いでなければならない。何故ならば、マナ使いは精霊との繋がりが濃くなり、カードが負ったダメージがそのまま自分自身に伝わる。しかし、マナをコントロールする事でその痛みを軽減する事ができるのだが、重要なのはそこではない。相手に負わせるダメージの負荷も調整する事が可能である事が危険なのだ」
五金コガネは延々と話しているが、彼の発言に私の思考が止まる。
ちょっと待ってくれ。
「フィードバックで受けた痛みを、より重く、より如実に再現させ、相手の脳に現実に起こったものと誤認させるのだよ。プラシーボ効果と言えば分かるかね? 実際にフィードバックの痛みで腕を亡くした者、失明した者、最悪死に至った者もいる」
え? 死ぬの?
「フィードバックの痛みを軽減するにはマナを操るしかない。貴公がマッチした相手はまだマナ使いとなって間もないのだろう。運が良かったな」
カードゲームって人が死ぬの?
ヒョウガくんは悔しそうに俯いている。部屋の空気も重苦しくなり、時が止まったかのように誰も動かない。しかし、その状況とは裏腹に、停止していた私の思考回路は闘牛のように暴れだした。
いやいやいや、いやいやいやいや!! 待ってくれ! おかしくないか!? カードゲームで人が死ぬとか聞いてないんだが!?
私の知ってるホビアニでは玩具で精神干渉してくる事はあったが、死ぬことはなかったぞ!? 何だそのベビーな設定は!? ホビアニの世界観にそんな重い設定を持ってくるなよ!! 子供が泣くだろ!!というか私が泣くわ!! そもそも生死が関わる遊びは既に遊びじゃ納まらないんだよ!! これが本当のデスゲームってか!? やかましいわ!!
私はSSSC参加を強制的に止めてくれた五金コガネに感謝した。これでマナ使いとやらとの恐ろしいマッチを回避する事が出来そうだ。
ありがとう、五金さん。貴方のお陰で危険な目に合わずにすみそうです。よっ流石総帥! 世界一! 一生推します。
「……しかしながら、SSSCに参加することが将来的に大きなアドバンテージとなることは事実であり、私とて将来性のある若者の未来を奪うのは本意ではない」
……ん? なんだか雲行きが怪しくなってきたぞ?気のせいか?
「よって、貴公等には選択肢を与えよう。SSSCを諦めるか、SSSCまでにマナ使いとなり私を納得させる実力を得るかの二択だ」
おい五金この野郎!! 何選択肢なんて与えてんだ。ふざけんなよSSSC不参加一択だけでいいだろうが! 無駄なフラグを立てるんじゃない空気読めよお前!! 前言撤回。私は五金コガネを許さない。
「SSSCの開催は約1ヶ月後の8月に行われる。マナ使いとなるならば、我々も全面的に協力しよう。しかし、実力が伴わない場合、即刻諦めてもらう……全ては貴公等しだいだ。経過をみて参加の有無を検討しようではないか」
「そんなの勿論マナ使いに」
「そう急ぐな」
全面協力なんぞいらんから素直に不参加にしてくれ!! なんだそのアニメによくある修行展開は!? そんなの聞いていないぞ!! この流れは不味い、不味すぎる!!
ここで私1人だけが訓練を断ったとしよう。タイヨウくん達は訓練の為に五金財閥の手厚い加護の下、日夜訓練に励むのだ。そして私は、1人日常生活を謳歌する事になるだろう。
ここで問題になるのは、よくあるアニメの展開で、主人公チームと離れ、1人で行動する事になった場合、そのキャラクターはどうなる?
……そう、悪の組織に襲われるフラグが乱立するのだ。痣が刻まれたままの私は、そのフラグ回収率が非常に高いだろう。
それに、認めたくはないが、カードゲームで死ぬ可能性があるのだ。敵に襲われ、そのままポックリ逝く、展開なんて事もありえるだろう。
そんなんタイヨウくん達と訓練する一択しかないではないか!! クロガネ先輩に張り付いて守って貰う選択もなきにしもあらずだが、これは最終手段だ。そんな事をすれば奴の私に対する執着心メーターがガンガンに上がり、別の意味で終わる可能性が浮上するため極力避けたい。
どんな訓練かは分からんが、たまに出るクロガネ先輩の闇深い発言の数々……勝てなければ価値がないとか、存在が許されないとか……そんな事を言わせるスパルタ教育が始まると言うことだろう!?
あぁ、そんなん絶対に受けたくはないぞ!! せめて常識的な範囲内の訓練であることを祈るばかりだ。
「貴公等の意思は分かっている。が、一度持ち帰り、ご両親の許可を得たまえ。話はそれからだ」
よ、良かった! さっすが五金総帥! 世間体を考えてるぅ!! これで少しは時間を稼げる筈だ。返答までの間に他に良い案がないか模索しなければ!!
「話は以上だ……田中」
「はっ」
五金コガネの声に応えるように、いつの間にか部屋に現れた老紳士が綺麗なお辞儀をする。
「客人のお帰りだ。玄関まで見送るように」
「かしこまりました」
「…………あぁ、それと。影薄サチコだったかな? 貴公は残るように」
「はぁ!?」
五金コガネに名指しされると、私より先に声を上げた先輩が庇うように目の前に立った。
「なんでサチコだけ残らなきゃなんねぇんだよ! サチコが残るなら俺も残る!!」
先輩は五金コガネを威嚇するように睨み付けながら、腕輪に手を添えている。多分、何かあったらカードの力で対抗しようとしてくれているのだろう。
「先輩」
クロガネ先輩の気持ちはありがたいが、関係性があまり良くないとはいえ、親子を争わせるのは忍びない。それに、個人的に五金コガネと話したい事があるのだ。彼から切り出されたのは意外だったが、私にとっては好都合だった。
まぁ、私個人の中で重要な案件というだけで、そんなに大した話ではないのだが、皆の前で言う勇気がなかった。というか、あんなシリアスな雰囲気出されたら言えるものも言えんだろう!
「大丈夫です」
「だけど!!」
「私も五金総帥にお話したい事があったのでちょうど良かったです」
先輩は眉間にシワを寄せながら、表情で不満ですと訴えてくる。タイヨウくん達も心配そうに見つめてくるが、首を横に振り、問題ないことを伝える。
「そんなに心配しなくても……終わったら連絡しますんで、それで勘弁してくれませんか?」
「……絶対だからな。直ぐに連絡しろよ」
先輩は渋々ながらも了承し、こちらを何度も振り返りながら田中さんの案内に従い、タイヨウくん達と一緒に出ていった。
私達以外の人がこの部屋から立ち去り、待つこと数分。周囲に人気が完全になくなっただろうタイミングで五金コガネがこちらを向いた。
「……では、貴公の話から伺おう」
「あ、大丈夫です。先にお話しください」
五金コガネは少し考えるように口元に指を当て、それではと切り出した。
「貴公は随分とアレを手懐けているようだ」
言い方に引っ掛かりを覚えたが、いちいち反論していたら切りがないため、黙って次の言葉を待った。
「そう構えるな。別に苦言を呈しようという訳ではない。」
どうだか。クロガネ先輩は余り良い扱いを受けていないようだが、五金財閥当主の実子である事に変わりはない。私のような庶民に彷徨かれたら困るとかそんなん言われそうだな。
「……アレといて不可解な現象が生じた事は?」
「不可解とは?」
「……ふむ」
五金コガネはまた考えるように黙り込む。
なんだこの人は。何を聞きたいのだろうか? 全く話が見えない。不可解な出来事なんて心当たりしかねぇよ。マナ関連の件とか特にな! もしくは、前にシロガネくんが言ってたクロガネ先輩といると不幸になるとか何とかってやつに関係しているのだろうか?
「もしかして、先輩の体質とやらに関するお話しですか?」
「知っているなら話は早い」
どうやら私の推測はあっていたようだ。
「アレのマナは悪意を生み出す。共に歩むのならそれ相応の覚悟がいるだろう」
何言ってんだこの人。先輩のマナが悪意を生み出す? 意味が分からない。ただ、五金コガネの雰囲気から察するに、冗談ではなさそうだ。
「今は上手く制御出来ているようだが、薄氷の上を歩いているようなものだ。アレのマナは人の手に負えるモノではない。いつ暴走してもおかしくはないだろう。病気、災厄、憎悪……人が嫌悪する全てのモノを惹き付け、周囲に影響を及ぼすのも時間の問題と言える。今は監視を兼ねて手元に置いているが、何故あんなモノが産まれたのか……もはやアレをヒトと呼べるのか──」
「つまり、先輩のマナは危険だから気を付けろという事ですね。それで?他に何かあるんですか?」
話の途中だったが、そんなのは関係なかった。ただ、これ以上先輩を悪く言うような言葉を聞きたくなかったのだ。私は知っていたから……先輩が、この人に認められる為に必死に努力をしていたのを知っていたから、この人が先輩を罵倒するような発言は聞くに耐えなかったのだ。
まして父親だろう? マナが危ないだかなんだか知らないが、実の息子に対して何故そんな酷い事を言えると怒りの感情が沸いた。
先輩は口も柄も態度も悪いし、馬鹿力だし、友情とは思えない程の激重感情向けてくるし、この人との付き合いを考え直そうと思った事は何度もある。でも、それでも先輩と一緒にいたのは、先輩が私にとって大事な友人だからだ。
それに、彼は家庭環境のせいでひねくれてはいるが、根は優しい子だ。いつか彼が心から大切だと思える人が出来た時、結婚式の友人代表のスピーチを快く引き受ける程度には情が沸いている。今まで辛い思いをした分、幸せになって欲しいと願っているのだ。
人様の教育方針にあれこれ言うつもりはないが、この発言は許容できない。私にはマナについての知識がないからそう思えるだけで、この人が言っている事は正しいのかもしれない。
だけど、今はそのマナをコントロールしているのだろう? ならその努力くらい認めてやれよ!! なんでそんな事しか言えないんだお前は!!
「…………」
「ないんですね? それなら別の話題に移りましょう」
五金コガネは勘案するように目を閉じるが、直ぐに開くと、私と視線を合わせるように顔を向けた。
「いや、私からの話は以上だ……貴公も話があると言っていたな」
おっと、ここで話を振るか。余計に言いづらい空気になってはないか? でも、心なしか五金コガネの表情が和らいだような気がしなくもない。これが私の願望でないことを祈る。
「マナ使いになる選択した前提の話になるのですが……」
もったいぶるように引き伸ばしてしまったが、本当に聞いて良いのだろうか? いやまぁ、別に変な事を聞くわけじゃないしいいよな? 普通なら気になる事だろうし、大丈夫。いけるいける。
「その訓練期間中は公休扱いになります?」
そのまましれっと、まだ夏休み前なんでと付け加えたが、私はこの時の五金コガネの顔は忘れないだろう。