ph42 一難去っても終わらない一難
最悪な気分で迎えた放課後。チームタイヨウのメンバーで集まったが、ここで出来る話ではないと、シロガネくんの案内のもと、五金財閥が私的に所有している自警団組織“アイギス”の総本部に訪れていた。
着いて早々、私達が来ることを予期していたのか、流れるような動作で応接室に通された。私は高級感溢れるふかふかのソファーに座りながら、憂鬱な気分を少しでも晴らそうと、執事っぽい人に出された紅茶を一口飲んだ。
チームタイヨウのメンバーでの話と聞いていたのに、当然のように隣にいるクロガネ先輩にはツッコんだ方がいいのだろうか? というか誰かツッコんでくれないか? 距離が異様に近いし、さっきからずっと凝視してきて怖いんだが。
何か言いたい事があるなら、態度ではなく言葉で示してくれ。無言で見つめるとか恐怖以外の何者でもないのだが。せっかく美味しそうな紅茶なのに、味が全く分からない。誰か助けてくれ。
もしや精霊狩り関連で私が怪我したからヤンデレが加速しているのだろうか? 昨夜は珍しく電話をしてきたし、内容からうっすらとピンク色の空気を感じ取ってしまった。
まさか、先輩の心境に変化でもあったのか? クロガネ先輩が私に依存しているのは明らかであるが、あくまでも友人としての感情の筈だ。友情であんだけ重いのに、それが恋愛に発展したらどうなるんだよ。恐ろしいことこの上ない。
ヤンデレのクソデカ感情なんぞ、面倒すぎるだろう。どうやって振ればいいんだ。受け入れるなんぞ言語道断。精神年齢が大人な分、中学生に対してそういう感情は抱けないんだよ。本当に勘弁してくれ。
そう頭を抱えながら、チラリとシロガネくんの方に視線を向けてみると。
「タイヨウくん、慌てなくてもお菓子はなくならないよ。気に入ったのならお土産用に幾つか包もうか?」
「本当か!? ありがとな! シロガネ!」
「ふふふ、どういたしまして」
あ、大丈夫だわ。これはまだ五金家的友情範囲内だわ。
お菓子をたくさん頬張るタイヨウくんを、隣で幸せそうにずっと眺めているシロガネくんを見て安堵する。
変な勘違いをするところだった。そうだよ。先輩の言動はもともとおかしかったし、これぐらいの行動ならば変な心配はしなくてもよさそうだ。今度からシロガネくんを基準に考えよう。
そう結論付けた私は、クロガネ先輩の視線を気にしないように、机に置いてある焼き菓子に手を伸ばそうとした所で、ガチャリと応接室の扉が開いた。
応接室に入って来たのは2人の男性だった。1人はSSC会場の医務室にいたケイ先生。もう1人は物凄く貫禄のある男性だった。彼から放たれる只者ではないオーラに、張り詰めた空気が漂う。
その貫禄のある男性の顔は、どことなくクロガネ先輩に似ている気がする。まさかとは思うが、この人が先輩の父親だったりするのだろうか?
「ひとまず、始めましてと言っておこうか。……私は五金コガネ。五金財閥の当主であり、サモナー犯罪対策特別自警団体アイギスの総帥を勤めている」
やはり、思った通り先輩の父親で当っていたようだ。五金コガネは、財閥当主の名に恥じない威厳のある動作で、応接室の上座に座る。そして、その後ろに控えるようにケイ先生が立っていた。
ところで、先ほどから気にしないようにしていたが、ケイ先生は何故この場にいるのだろうか?
「お、俺の名前は晴の」
「結構。貴公等の名は既に知っている。本題に入ろうか」
五金コガネは、自己紹介をしようとしたタイヨウくんの言葉を遮りながら、足を組み、両手を膝の上に置いた。
「此度、貴公等を呼んだのはマナ使いと精霊狩り。以上の2点について検討したい事があったからだ……刺刀」
「は、はい!」
ケイ先生は、五金コガネに名前を呼ばれ、緊張した様子で返事をすると、腕に抱えていたバインダーを手に持ち直しながら口を開いた。
「まずは、僕がこの場にいることに疑問を持っているだろう君達に、僕の事について説明させてもらうね。実は僕、アイギスの一員で、五金総帥の命令でSSCの役員として潜入していんだ」
ケイ先生は、眼鏡のズレを直しながら続ける。
「僕たちアイギスが追っている精霊狩りとSSCの一部の役員が密接な関係があるという情報を掴んでね。それを知るために潜入していたんだけど……」
ケイ先生は私の方をチラリと見ながら、困ったように眉を下げる。
「思ったよりも捜査が難航していた時に、サチコちゃん。君が精霊狩りに襲われた事で事態が進展したんだ……ネオ東京にある精霊狩りの拠点が発覚し、攫われた一部の精霊の保護ができて喜ばしい事ではあるんだけど……」
ケイ先生はそう言うと、誠意のこもった綺麗なお辞儀をした。
「本当に申し訳ない事をしたと思っている。僕達大人が不甲斐ないばかりに、君たち子供を危険な目に合わせてしまった」
ケイ先生の謝罪に、タイヨウくんは慌てたように立ち上がる。
「か、顔を上げてくれよ先生! 別に謝られる事じゃねぇよ! それに、自分から首を突っ込んだようなもんだし、気にしないで欲しいというか……なんというか」
「ありがとう、そう言って貰えて嬉しいよ。……でも、謝罪はさせて欲しい。本当にすまなかった」
「先生……」
誠意なら言葉じゃなく金が欲しいと邪な考えが浮かんだが、空気を呼んで言わなかった。
「それで、本題なんだけど、タイヨウくん達はマナ使いがどんなものか知っているかい?」
「それは……シロガネが何度か言ってたのは聞いていたけど、それが何かは分かんねぇ……です」
タイヨウくんの言葉に、ケイ先生は確認するように五金コガネの方を見ると、五金コガネは目を伏せた。それが了承だったのか、ケイ先生はこちらに視線を戻して説明を始めた。
「まずマナとは、人の体の中に流れている神秘的な力の源の事なんだ。そしてマナ使いというのは、そのマナを操る事が出来る者のこと。簡単に言うとカードの力を実現する事ができる者の事をそう呼ぶんだ。こんな風にね」
ケイ先生は、お手本を見せるように実際にカードの力を実現させて見せた。
「加護持ちと言われるサモナーは、マナを無意識に操り、精霊の宿るカードから精霊を実体化させる能力を持つ者の事をいうんだ。だから、マナ使いと加護持ちの違いは、マナのコントロールを意図的に行っているか、無意識に行っているかだけの違いなんだ」
「え? それじゃあ」
「そう、タイヨウくんもヒョウガくんもサチコちゃんも、訓練すればマナ使いになる事ができる」
なるほど、つまりシロガネくんの謎指パッチン移動は、マナを使ってたから出来た芸当だったのか。
……いきなりファンタジー要素をぶっ混んで来たな。理解はしたが納得はしたくない。私はそんな世界は望んでいない。誰か普通のカードゲームの世界に戻してくれ。
「マナと、それを扱えるマナ使いはこの世界にとって脅威的な存在だ。その存在が知れ渡ってしまえば、悪い意味で世界に波紋を呼んでしまうだろう。そう懸念した三大財閥は、マナとマナ使いの存在を公にせず、極秘事項として代々その秘密を守ってきたんだ。だからこの事は他言無用で頼むよ」
「ちょっと待って下さい」
三大財閥における極秘事項? 何故そんなものを私達に教える? 精霊狩りについて知りたいのなら、ただ話を聞き出せばいい話だ。そもそも、この話し合いにおいて五金コガネは、聞きたい事があるのではなく、検討したい事があると言っていた。つまり、マナ使いについてわざわざ説明したと言うことは、何か意図があるのだろうか?
私は嫌な予感をヒシヒシと感じながら、おずおずと手を上げた。
「貴方方は、私達が精霊狩りと対峙して得た情報を知りたいから呼んだのでしょう? ならば、わざわざ極秘事項について話さなくともよかったのでは?」
「……そうだね。君の言う通りだ。でもそうは言ってられない状況になっていてね」
ケイ先生の真剣な表情に、私の嫌な予感センサーがアラームを鳴らし始める。
「サモンマッチの新たな可能性……レベルアップ。あの力は危険だ」
れ、レベルアップ? なんの話だ? 私はそんなものは知らんし、聞いてもいないぞ?
「ケイ先生!? レベルアップについて何か知ってんのか!?」
「報告を聞いただけで、詳しくは分からない。ただ、1つだけ分かっている事はある」
おい、話を勝手に進めるな。なんで私以外の全員が知ったような雰囲気で聞いてんだよ。あ、やっぱ知らなくていいです。これ以上関わりたくないので余計な説明は不要です。帰らせて下さい。切実に。
「精霊がレベルアップを行う時、空間に歪みが生じてしまうほどの、並々ならぬマナが発生するんだ。だから、精霊狩りが精霊を攫っていたのは、レベルアップの可能性がある精霊を選定する為ではないのかと。そして、そのレベルアップの力を使って何かを企んでいるのではないのかとね……それで、サチコちゃん」
何で急に私に話をふる!? やめてくれよ。これ以上危険な目に合うのはごめん被るのだが!?
「嘆きの刻印を刻まれたサモナーは、体の中のマナをかき乱され、コントロールが出来ない状態になってしまうんだ。そうして精霊狩りは加護持ちのコントロールを奪い、その意思に関係なく精霊を実体化させて奪っていたんだ。……だから君が嘆きの刻印を刻まれたと知った時は驚いたよ。刻印が刻まれた状態でも精霊をカード化させていたし、薬を処方していたとはいえ、マナも正常にコントロールできていた……どうやら君は、マナ使いとしての才能があるようだ」
え? なにその才能? 今さら転生特典とやらが発覚した感じか? 本気でいらないんで、その才能クーリングオフできたりしない?
「それに、タイヨウくんは精霊狩りに狙われていた。つまり、君はレベルアップの出来る精霊の加護持ちの可能性がある。それに、ヒョウガくんは精霊狩りの精霊について詳しいようだし、実際にレベルアップした冥府川シリーズの精霊の加護持ちでもある……君達はマナ使いとして育てても問題ない人材だ」
待て待て待て待て。まさかとは思うがこの流れ……もしかするともしかするのか?
「拠点が発覚したお陰で、精霊狩りの本拠地はダビデル島にあることが分かった。だけどダビデル島は、別の三大財閥が管理している島で、明らかな証拠がない限り、僕らアイギスでも乗り込む事が難しい……入港できるのはSSCを優勝し、ダビデル島で行われるサモナーソウルサバイバー杯通称──SSSCに参加できる権利を持ったチームのみだ」
はいはいはい。分かりましたよ。なるほどね。こういうパターンね。
「君達子供に頼るのは大人として間違っていると思っているし、大人の力で解決しなければならないことも分かっている。たけど、恥を忍んで頼む! 一刻でも早く、精霊狩りを検挙する為に君たちの力を貸してくれ!!」