ph41 SSC終了
気がつくと、私はSSC会場の医務室にあるベッドの上で横になっていた。右手に温もりを感じ、チラリと視線を向けると、クロガネ先輩が私の手を握りながら、ベッドに突っ伏すように寝むっていた。
カーテンの隙間から太陽の光が差し込んでいるのをみるに、外はまだ明るいようだった。倒れてからそんなに時間が経っていないのだろうか?
「先輩?」
私は、上体をゆっくりと起こしながら先輩を呼んでみる。すると、私の声が届いたのか、先輩の眉毛が痙攣するように動いた後、カッと目を見開いた。
「おはようございます、先輩。起きてそうそう申しわけふばぁ!?」
「サチコぉ!!」
先輩に思い切り抱き締められ、あまりの強さに背骨が悲鳴を上げた。
五金家の奴等は力加減というものを知らんのか!? 一般人の私にとってお前らの馬鹿力は脅威なんだよ!!
「体調はどうだ? 気分が悪くなったりしてねぇか? どっか痛ぇところは?」
現在進行形で全部悪くなってんだよ! お前のせいでな!!
そう文句を言いたいが、抱き締める力が強すぎて声が出ない。必死に肩を押して行動で離れろと伝えてみるが、更に密着してきて余計に力が増した。
どうしてそうなる!?
「昨日から全然目を覚まさねぇから心配で」
「え!?」
昨日? 今先輩は昨日と言ったのか!?
私は先輩の力が緩んだ一瞬の隙をついて、少し距離を取った。そして、先輩と目を合わせながら、恐る恐る口を開いた。
「せ、先輩? つかぬことをお聞きしますが、私はどれぐらい眠って……」
「半日以上は寝ていたな。今は朝の11時だ。もうすぐ表彰式も始まんぞ」
な、何だってぇえぇ!?
『SSCinネオ東京!! 勝利の栄光に輝き! 優勝したのはぁああ!! …………チームタイヨウぅうぅぅうぅ!!』
平日だというのに、SSC会場の観客席は大勢の人で賑わっていた。
先輩の言葉を聞いて直ぐに医務室を飛び出した私は、タイヨウくん達と合流し、表彰台の上に立っている。
蟻乃ママヲのテンションの高い司会のもと、優勝トロフィーが授与され、百万円と描かれた大きなボードも同様に受けとる。
私はずっとこの時を待っていたんだ!!
タイヨウくんの遅刻から始まり、精霊狩りとかいう謎の組織に襲われ、中2臭い痣をつけられ、激痛の中マッチを長引かせるという苦行に耐えたのは全てこの為だったのだ!!
私の取り分は25万だが、もうそれでもいい。正円の痣は消えて精霊も戻ってきたみたいだしな。これで一件落着。大団円だ。
優勝したのに、何故かタイヨウくん達は浮かない表情をしているが、そんな事は知らん。私は今後一切、彼等と関わる気はないのだ。
これから本格的に悪の組織とドンパチしたりするのか? 大いに結構。思う存分やってくれたまえ。ただし、私がいない場所でなぁ!!
無事に表彰式を終えた私は、ホクホク顔で家路に着く。タイヨウくん達が何か話したそうに此方を見てきたが、私は気づかないフリをして秒で逃げてきた。
あれは絶対に面倒事の類いだった。そう私の第六感が告げている。
勿論、クロガネ先輩も置いてきた。体のいい断りの文句で先輩の送る送る攻撃もかわし、1人の時間を満喫中である。
帰る途中で、今日は家でのんびり過ごそうと、気になっていた本とお気に入りの紅茶を購入した。ついでに、この3日間、ほとんど実体化させなくて拗ねているだろう影法師のためのお菓子も買う。マッチで頑張ってくれたし、少し奮発して高めのものを買っておこう。
そして、やっとたどり着いた3日ぶりの我が家に、これで危険な目に合うことはないと感無量になる。
扉を開け、晴れやかな気持ちで玄関に足を踏み入れるが、気色悪い顔で飛び込んできた父親のせいで直ぐに冷めた表情になってしまった。
「サチコちゃあぁあぁん! おっ帰りぃぃ! 会いたかったよ僕の天使!」
私は冷静にそれを避け、人が壁にぶつかる生々しい音をスルーしながら靴を脱いだ。
「あら、サチコ。お帰りなさい。それと大会お疲れ様。すごく活躍してたじゃない? ママとっても誇らしいわ~。今度ご近所で自慢してきていいかしら?」
「ありがとう。でも自慢はやめて」
「そう? 残念ね」
サチコは本当に恥ずかしがりやね。と言いながら母親は台所に戻っていく。
「サチコぉ! 酷いじゃないかぁ! パパとのスキンシップはそんなに嫌なのかぁ!?」
「死ぬほど嫌」
「ママぁ! サチコが! サチコが反抗期にぃ!!」
「娘は遺伝子的に父親を嫌うものよぉ~。一生変わらないから受け入れるしかないわねぇ」
母親の止めの一撃で倒れながら落ち込む父親を尻目に、私はキッチンを覗いた。
キッチンには食欲をそそる美味しそうな匂いが漂っていた。その匂いに胃が刺激され、ぐぅとお腹から情けない音が鳴る。
「ふふふ。頑張ったサチコのために、腕によりをかけて夕飯を作ってるから楽しみにしててね」
「わ、本当? 凄く嬉しい」
「じゃあ待ってる間はパパと一緒に録画した試合をみ──」
父親が持っているDVDを無言で破壊し、さっさと2階の自室へと向かう。父親は後ろで「何で!?」と叫んでいるが無視した。
誰が黒歴史待ったなしのDVDなんぞ見るか!! 録画していると聞いてどう処分しようかと悩んでいたが、手間が省けて良かった。
部屋に着き、荷物を置いて影法師を実体化させる。
「マスター!!」
すると、影法師は嬉しそうにすり寄って来たので、よしよしと頭を撫でた。
「マスターやっと呼んでくれた! ずぅっと待ってたんだからな!!」
「ごめんごめん」
私は影法師の頭を撫でながら、持ってきたお菓子を机の上に置いた。影法師はお菓子に飛び付き、嬉しそうに頬張る。
「今日はお母さんがご馳走を作ってくれてるから食べ過ぎないようにね」
「ぶぁふぁった!」
口いっぱいにお菓子を詰め込んで返事をする影法師に、やれやれと笑いながら部屋着に着替えようとパーカーを脱いだ。
「あれ? マスター……それ……」
「ん? どうしたの? 影ほう……!?」
影法師が私の背中を指差しながら固まったため、嫌な予感がしながら鏡で確認すると。
「う、嘘でしょ!?」
正円の痣は消えたと聞いていたので、自分もそうだと思っていた。もうこれで精霊狩りと関わる必要がないと思っていたのに!!
その期待を裏切るように、私の背中には中2臭い痣がくっきりと残っていた。
「どうしたのあんた、顔色悪いわよ?」
翌日、学校に登校した私は、着いてそうそうアゲハちゃんに声をかけられる。
「だ、大丈夫……ちょっと寝不足なだけで」
「本当に?」
アゲハちゃんは、疑わしいと怪訝そうな顔で私を見てくる。どう誤魔化そうかと頭を悩ませていると。
「サチコさん、ちょっといいかな?」
後ろから聞き覚えのある声がした。ぎこちない動きで後ろを振り向くと、ニッコリと笑っているシロガネくんが立っていた。
「学校が終わったらチームの皆で話すことがあるんだ。勿論、君も来てくれるよね?」
有無を言わさない言い方にデジャブを感じながら、嫌々ながらも観念するようにこくりと頷いた。