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ph40 サチコの時間稼ぎの行方


『試合を開始してから1時間も経過しようとしているぞぉおぉ!! まさに接戦に次ぐ接戦!! 大会史上ここまで長いマッチはあっただろうか!? 勝利の女神が微笑むのはどちらだ!?』


 蟻乃ママヲは、興奮のあまりマイクに唾を飛ばしながら叫んでいた。


 私のフィールドには、残り体力が5になった影鬼が1体のみ。三剣のフィールドには残り体力が13のシグルドがいる。


 しかも、魔法カードの効果により、このフェイズ中の攻撃力は8になっている。攻撃をそのまま通したら最後、私は負けてしまうだろう。


「私はMP2を消費し、魔法カード瞑想を発動! モンスターの攻撃が必中になる! バトルだ! シグルド! 影鬼を攻撃!!」

「私はMP2を消費し、魔法カード冥闇の吸引を発動! 相手から受けるダメージを半減し、半減したダメージ分のMPを回復する!!」

『攻撃力が8なったシグルドの攻撃をサチコ選手なんとか凌いだぁあぁ!! しかし、影鬼の体力は残り1になってしまったぞおおぉ!! これは絶対絶命!! サチコ選手ピィィインチ!!』


 しんどい!!


 私はいつまで耐えればいいんだ! もうパフォーマンスのネタもとっくに尽きたわ!! これ以上どうやって場を持たせればいいんだよ!!


 1フェイズにかけれる時間は決まっている。あからさまな遅延行為は失格の対象になってしまうため、今までバレなかったのが奇跡だと言っていい。


 私はゼーゼーと荒い呼吸をしながら、デッキからカードを1枚ドローする。


 マッチの途中でいきなり痛みだした痣のせいで、真面目にきつい。これ、本当に痣の痛みだよね? もしかして、フィードバックで背骨とか折れてない? いやそっちの方が嫌だな!?


 何故急にこんなに痛み始めたんだ? 誰かが渡守センとマッチ中ということか? それともまだ相対していないせいなのか? 情報が全くないから判断できない。


 とにかく時間を……数分でも数秒でもいい……少しでも長く時間を稼がないと。


 流れ出る汗が頬を伝い、ポタリと足元に落ちた。


「もう諦めたらどうだ?」


 三剣は構えていた剣を下げ、私を憐れむような目で見る。


「貴方は私の守りを破る程の力がないのでは? 最初の勢いは目を見張るものがあったが、その後にシグルドに与えたダメージは微々たるもの……それに、体調も優れないようだ。潔く負けを認めるのならば、これ以上痛め付けるような事はしない」


 それが出来たらとっくの昔にやってんだよ!!


 パフォーマンスは死にたくなるほど恥ずかしいし、これは無理だろと思った局面は何度もあった。もう負けていいんじゃないかって、こんだけ頑張ったら十分ではないかという悪魔の囁きに何度も頷きそうになった。


 でも、その誘惑に負けずにここまで耐えてこれたのは──。


「……余計なお世話ですよ」


 元大人としての意地だった。


 小学生の子供達が頑張ってるのに、いい年した大人の私が弱音なんて吐けるか!!


 精霊狩り(ワイルドハント)は、どういった原理か知らないが、カードの力を実体化させる能力を持っていた。彼等とのマッチは普通のマッチで済むとは思えない。負けたら何かしらのペナルティを受けたり、私と同じ痣がつけられてしまう可能性だってある。


 私の知ってるホビーアニメでは、玩具バトルで負けるとオモチャが取られるだけのパターンと、洗脳されたり、意識不明の重体になるとんでもないパターンがあったのは覚えている。


 私のにわか知識では色々と片寄っていて、当てにならないかもしれないが、あんなビックリ人間みたいな能力を見たんだ。普通のマッチですまない事は確かだろう。


 そんな危険地帯に送ってしまったのだ。ならば、少しは責任を取りたいと思うのが大人というものである。


 え? そもそもいい年した大人が子供を危険な目に合わせるなって?


 うるさい! それはそれ! これはこれだ!!


 どうせタイヨウくん達ならば、何かしらの理由をつけて精霊狩り(ワイルドハント)を追っていったに違いない。悪いがそこまで付き合う気は一切ないのだ。自分から危険な目に合いにいくなど愚の骨頂。一応ユニオンに通報もしているし、問題ないだろう。


 私は安全圏かつ、6割程度の頑張りでやっていくスタンスを崩したくないのだ!!


 ……まぁ、6割程度の頑張りという部分は破錠してしまってるが、今回はやむ無しとしよう。


「影鬼!! シグルドに攻撃!」

「何度やっても無駄だ! 私はMP4を消費し、シグルドのスキル屈強な肉体を発動! これでシグルドの攻撃力以下のダメージは効かない!!」

『あぁっと! サチコ選手の攻撃は無惨にも防がれてしまぅううぅぅ!!』


 影鬼がシグルドに向かって獄卒の槍斧(ふそう)を振り下ろすが、シグルドは涼しい顔をしている。


 やはり意味ないか……でも私の今の手札じゃ、どうする事も出来ない。1つだけ方法がないこともないが、まだ皆が帰ってきていない現状、その手段は使えない。しかし、このフェイズが終われば私の敗北は確実。


 もう万策尽きたかと諦めかけた時、会場を走っている人物の姿が視界の隅みに入り、思わず安堵の表情を浮かべた。


「無駄な悪足掻きだな。もう終わりにしないか?」

「……えぇ、そうですね。もう終わりにしましょう」


 こちらを見下すように見る三剣に対し、もう加減しなくて良いのだと不適に笑った。


「私はMP3を消費して影鬼のスキル凝血暗鬼(ぎょうけつあんき)を発動する! 影鬼の体力が減少している数値分、この攻撃の攻撃力が上がる!!」

「何!?」


 影鬼の攻撃力が16になる。これはスキルを使用した時の攻撃にしか反映されない。しかし、これで十分だった。


「ならば私はMP1を消費して回復気功を発動する! 私は軽減したダメージ分のMPを回復する!!」

『サチコ選手の渾身の一撃が決まるも、ケン選手も只では転ばないぃいい!! MPを回復して次に備えるぅぅうう!』

『ここでの回復は大きいわね。MP0のままなら、サチコちゃんの2回目の攻撃を凌ぐのは難しいかったわねん。回復したMPでどんな策があるのか見物だわん』


 私がシグルドに与えたダメージは、スキルで軽減された分を引けば12。シグルドの体力はまだ1残っている。


「更にMP2を消費して停戦交渉を発動! 相手モンスター1体の攻撃行動を終了させる!!」


 三剣のカードの効果で、もう一度攻撃できた筈の影鬼が攻撃できなくなった。


「これで貴方は攻撃できない! 生半可なスキル攻撃ではシグルドに傷を負わせることもできない! さぁ諦めてフェイズを終了させろ!!」


 三剣の言う通りだ。これで勝つことは出来なくなってしまった。


 しかし、負ける事もない! 相手のMPは残り2、手札はなし。私のMPは4、手札は1枚だ。ならば、この魔法カードを防ぐことはできない!!


「私はMP2を消費して、魔法カード痛み分けを発動! カードの効果を無視して、私のモンスターの攻撃力の数値分のダメージを、フィールドのモンスター全てに与える!!」


 フィールドの真ん中に大きな五寸釘が現れ、お互いのモンスターの心臓に突き刺さる。影鬼の攻撃力は2。そしてシグルドと影鬼の残り体力は1だ。


「ぐああぁっ!」

「うっ!」



 私の魔法カードの効果により、お互いのフィールドに存在していたモンスターは全ていなくなった。


『な、な、な、なんとぉぉおぉぉ!! まさかの引き分けぇえぇえ!? サチコ選手! 満身創痍ながらも、死に際の一撃でケン選手を道連れにしたぞぉおぉぉ!!』


 魔法陣はゆっくりと下降していき、地面へとたどり着く。そして、マッチが完全に終了したことを知らせるように、魔法陣の輝きが消えた。


 私は背中の痛みが限界に達し、フラりと倒れそうになるが、暖かい手に支えられる。


「すまない影薄、遅かったか?」


 ヒョウガくんは、会場の観客席から全力で走って来てくれたのだろう。それを証明するように、額にはうっすらと汗が滲み、息も少し切れている。


「いえ、時間ちょうどです」

「そうか、良かった……」


 私の返答にヒョウガくんは安堵するように息をつく。


「一応負けなかったんで、承知してもらえますか?」


 ふと、予選の時に負けたら承知せんぞと言われた事を思い出した。それで軽口を叩いてみると、ヒョウガくんはフッと穏やかな表情で笑いながら私を見る。


「あぁ、十分すぎる働きだった」


 ヒョウガくんは私をゆっくりと座らせながら、私の後方にチラリと視線を向けた。すると、誰かは分からないが、ヒョウガくん以外の別の人が、私の体を支えるように肩に手を置いた。


 後ろを確認しようにも、意識が朦朧とし始めた私には、振り返る余力はない。


 もしかして先輩なのだろうか? もしくはタイヨウくんかな。シロガネくんはない。100%ありえない。後でどっちか聞いて、お礼を言わなければ。


「影薄、お前がチームメイトで良かった。…………後は任せてくれ」


 そう言いながらヒョウガくんはバトルフィールドに向かって行く。その背中がどんどん離れていく光景を最後に、私の意識はブラックアウトした。



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