ph39 ヒョウガVSセンの決着ーsideヒョウガー
「そこまで言うならお手並み拝見といこうじゃねェか! 俺のフェイズだ! ドロー!」
俺は渡守センがドローする様を、緊張した面持ちで眺める。
客観的に見て、俺が渡守センに勝てる見込みは薄いだろう。
このフェイズで終わらせるのではない、このフェイズで終わらせなければならないのだ。俺のフェイズが回って来たら最後、勝ち筋が完全になくなる。ならば、可能性があるこのフェイズに賭け、意地でも勝利を掴み取るしかない!
「俺はMP2を消費して、魔法カード拡散する怨念を発動! 自身のモンスター1体の攻撃を全体攻撃にする事ができる! 対象はアケローンだ!」
渡守センのフィールドに怨霊が蔓延る。それに呼応するようにアケローンは雄叫びを上げた。
「そォらバトルだ! アケローン!! 相手モンスターを攻撃!!」
「俺はMP1を消費して魔法カード氷の貢を発動! MPの変わりにモンスターの体力を消費して、そのモンスターのスキルを発動する事ができる! 俺はコキュートスの体力を3消費し、不義への断罪を発動する!」
アケローンは魔法カードの効果で全体攻撃になった。ならば、不義への断罪で反撃すれば、コキュートスとジャックフロストへの攻撃で2回分のダメージを与えられる。更に、氷結魔導銃の追撃ダメージを合わせれば、合計ダメージは10。アケローンの残り体力と同じ数値だ。
「甘ェんだよ!! 俺はMP2を消費してスコトスのスキル悪意ある搾取を発動! 相手モンスター1体のスキルを無効にし、ダメージ1を与える!! わざわざ体力を減らしてくれてご苦労さん!! テメェはここで終わりだァ!!」
「……ふん、そのスキルを発動させることは分かっていた」
俺は泰然とした態度で、目の前に浮かんでいる手札に触れる。
「俺はMP2を消費して魔法カード氷塵の鎖を発動! このフェイズ中、相手モンスター1体のスキルを使用不可状態にする!」
「何!?」
「俺はスコトスを選択する! さぁアケローン! 攻撃してこい!!」
「チィッ!!」
コキュートスのスキルを発動させる為、アケローンの攻撃をそのまま受ける。3ダメージの全体攻撃だ。フィードバックで激痛が走り、痛さの余り思わず叫んでしまった。……が、まだ耐えられる!!
「う、ぉああぁあああ!! コキュートス!! スキルを発動させろぉおぉお!!」
痛みで叫びながらも、銃口をアケローンに向けた。
「不義への断罪だ!!」
攻撃を受けたコキュートスは、逃さないようにアケローンの腕を強く掴んだ。そして、自身の片足を思い切り地面に振り下ろし、鋭利な氷柱を地面から生やしてアケローンを攻撃する。氷柱はアケローンの胴体を貫き、致命傷を与えた。痛みがフィードバックした渡守センは、腹部に手を当てながら膝をつく。
「テ、メェ……」
「おい」
俺はアケローンに銃口を向けたまま、引き金に指をかけた。
「忘れ物だ。受け取れ」
氷結魔導銃から銃声が鳴り、発射された弾丸がアケローンの体を貫通した。この2発の銃弾が止めとなり、アケローンは光の粒と化しながら消滅した。これで厄介な主力モンスターは消えた。残るはスキルを封印されたスコトスのみ!!
「ぐがぁあぁあああ!!」
自身の精霊を倒された渡守センは、フィードバックの痛みで悶え苦しんでいる。
「…はぁ、…はぁ」
渡守センは冥界の槍で体を支えながら、息も絶え絶えに噛みつくような目で俺を睨み付けた。
「調子に乗るなよ……まだ俺が有利な状況であることは変わってねェんだよ!!」
渡守センは、手札からカードを1枚掴みとると、そのカードを俺に突きつけるように前に出した。
「俺はMP1を消費して魔法カード冒涜的な取引を発動する! 自身のモンスター1体を代償に! 消滅した自身のモンスター1体を復活させる事ができる!! 復活したモンスターは、代償にしたモンスターのその時の半分の体力を得る事ができる!! 甦れ! アケローン!!」
嫌な空気がバトルフィールドに流れる。スコトスの背後に無数の手が出現し、その不気味な手にスコトスは取り込まれていく。そのまま完全に飲み込まれたかと思うと、スコトスと入れ替わるように、アケローンがフィールドに現れた。
「更に俺はァ!! MP1を消費して死霊乱舞を発動! 自身のモンスターを再攻撃させる事ができる!! アケローン!! ウザってェコキュートスの息の根を止めろォおォお!!」
「……」
渡守センの戦略は悪くはなかった。ここでコキュートスが倒されてしまえば、反撃は出来なくなり、冥界の槍の効果でMPを回復した後、再攻撃なり、スキル攻撃なりで俺に止めをさせただろう。だか……。
「俺はMP1を消費して魔法カード氷塊の依り代を発動! 攻撃の対象を、自身の別のモンスターに代える事ができる! 俺はコキュートスへの攻撃をジャックフロストに代える!!」
アケローンの攻撃で体を切り裂かれたジャックフロストは消滅する。俺の体も切り裂かれたように痛んたが、歯を食い縛って耐えた。
「言っただろう? それが貴様の最後のドローだと」
俺はコキュートスのスキルを発動させた。鋭利な氷柱と弾丸がアケローンへと一直線に向かう。相手のMPは0。抵抗も何も出来ないだろう。
俺は氷結魔導銃を下ろしつつ、勝利を確信しながらも、渡守センの出方を伺った。
「…………てねェ」
渡守センは俯き、影で表情は分からないが、何かを呟いているようだった。
何だ? まだ何かあるのか?
俺の手元にあるカードは、攻撃を誘発させるカードのみだ。ここで切り返されたら打つ手はない。
俺は冷や汗を流しながら、渡守センの動き一つ一つに警戒した。
「俺はまだ負けてねェ!! アケローン! レベルアップだ!!」
「何っ!?」
レベルアップだと? 言葉通りならモンスターのレベルを上げると言うことか? しかし、サモンマッチにはそんなルールはなかった筈だ。
「泣いて喜べェ!! テメェに見せてやるよ!! サモンマッチの新たな可能性ってやつをよォ!!」
アケローンの体から禍々しいオーラのようなものが吹き出し、その全身を覆った。
何が起こるのか予想が付かず、俺は氷結魔導銃を構え直しながら、状況把握に努めた。
「これがアケローンの真の姿だァ!!」
渡守センがそう言うと、禍々しいオーラは消え去り、アケローンの面影を残した恐ろしい何かがフィールドに現れた。
「テメェはもう終わったもどうぜ……ぐぅっ!!」
渡守センのは意気揚々と何かを仕掛けようとするが、途中で苦しそうに心臓部分を抑え、蹲りだした。
それと同時に、アケローンの姿は元に戻り、俺からの反撃のダメージを受ける。
「ぐわあぁああああ!!」
再び、体力が0となったアケローンは消滅し、マッチが終了した事を知らせるように、バトルフィールドの輝きが収まった。勝敗は決した。今度こそ俺の勝利で終わった。それなのに、何故か胸に蟠りが残り、腑に落ちない。
「おい!! レベルアップとはいったい……」
「これで、勝ったと思うなよ」
渡守センは覚束ない足取りで立ち上がると、腕輪を掲げた。
「この力をモノにして、次こそはテメェをブッ殺してやる」
「待て!!」
渡守センの腕輪が強烈な光を放つ。その余りの眩しさに目を開けていられなくなる。
しまった! 逃げられる!!
やっと光が収まり、急いで周囲を見渡すが、渡守センの姿は何処にもいなかった。それどころか、景色もガラリと変わり、元の地下室へと戻っていた。
「逃がしたか……」
俺が苦々しい気分で呟いていると、後ろから軽快な足音が聞こえてきた。
「おーい! ヒョウガ!! ここにいたのか!」
足音の正体はタイヨウだった。その後ろには五金シロガネもいる。
「良かった。無事だったんだなぁ」
「フン、当たり前だ」
タイヨウの安心したような顔が、奴らに遅れを取るほど弱いと思われていたのかと感じてしまい、不本意だと素直に心配を受け入れられなかった。
「そんな事より、タイヨウ。お前は精霊狩りの奴らと──」
「あぁ!! そうだった! 悪ぃヒョウガ! 俺、火川エンって奴とマッチしたんだけどよ、勝つには勝ったんだけど逃がしちまって……嘆きの刻印を消すには確か渡守センだっけ? そいつを倒さなきゃいけないのに居場所を聞き出せなくてさ……」
本当に悪いと、タイヨウは申し訳なさそうに肩を落とした。
「それならば問題ない。渡守センなら俺が倒した」
「本当か! さすがヒョウガ!」
「あぁ、ただ逃げられてしまったが……」
「倒したならいいじゃんか! これで刻印も消えるんだろ? なら、後はオクルの精霊だけだな!」
タイヨウの表情は明るくなり、早く探そうぜと走り出そうとする。
目的地も分かってないのに適当に走るなと言おうとするが、地下室の奥の通路からブラックドッグに乗った五金クロガネが現れた事により、その必要はなさそうだと開きかけた口をつぐむ。
五金クロガネは、背中に背負っていたモノを投げ、タイヨウは見事にそれにぶつかった。そのまま地面に仰向けに倒れそうになるが、五金シロガネが慌てて受け止めて事なきを得た。
「いってぇ……」
「タイヨウくん!! 大丈夫かい!?」
「全然大丈夫だから気にすんな! それよりコイツはもしかして……」
タイヨウにもたれ掛かっているモノは、虎の獣人の姿をした精霊だった。体は小さくなっているが、正円オクルの精霊、ブレイブで間違いないだろう。
「おい、これでもう用はねぇだろ」
五金クロガネは、仏頂面で両刃剣を肩に担いだ。
「親父がここに来る。てめぇ等はいねぇ事になってんだ。さっさと会場に戻れ」
いつまでサチコが待たせるつもりだと、吐き捨てるように言う。
「青髪」
そして、五金クロガネはジロリと俺を睨み付けながら、不機嫌そうに口を開いた。
「その様子だと、白髪は逃がしたようだな……今回は時間がねぇから見逃してやる。が、次はねぇ」
五金クロガネは最後にそう言うと、くるりと背中を向けた。
大会参加中の俺達がアイギスに見つかるのは不味い。言い返したい気持ちはあったが、奴の言う通り目的は達成したのだ。ここは我慢して一刻も早く会場に戻った方がいいだろう。
情報交換は後でも出来る。そう判断し、タイヨウにアイコンタクトを送ると、俺の意図が伝わったのか、タイヨウはこくりと頷き、ブレイブの肩に腕を回して支えた。
「シロガネ! 会場まで頼むぜ!」
「…………」
「シロガネ?」
いつもなら、タイヨウの言葉にすぐに反応するはずの五金シロガネは、思い詰めた顔で五金クロガネを見ている。
「どうしたんだシロガネ? どっか悪いのか?」
「えっ、あ……ごめんね。何でもないよ、タイヨウくん」
五金シロガネは、今気づいたと言わんばかりにハッと目を見開くと、タイヨウに笑いかけた。
「ちょっと色々思うことがあってね。少し考え込んでしまったみたいだ。心配かけてごめんね。さ、会場に戻ろう」
五金シロガネはそう言うと、不自然に視線を反らした。まるで、五金クロガネを視界に入れたくないと言わんばかりの動きだった。そして、俺とタイヨウが近くにいるのを確認すると、原理は分からないが、いつものように指を鳴らし会場に向かった。