ph38 地下室で見たものーsideクロガネー
「ブラック! もっとスピードを上げろ!」
「おいおい無茶言うなよ、これが全力だぜ?」
くそっ! まだ着かねぇよかよ! こうしてる間にも、サチコが苦しんでるかもしれねぇのに!!
俺は苛立ちが抑えられず、ミシミシと軋むほど、両刃剣の柄を強く握りしめた。
「クロガネ……言っとくが壁を破壊しようなんて考えは……」
「分かってる」
ここが地下であることが忌々しい。そうじゃなけりゃ最短距離で行けたのによ。
俺は悪態をつく代わりに、舌打ちをして誤魔化す。そして、少しの見落としもないように前方を注視していると、精霊が武器を持って徘徊している姿を視界に捕らえた。
「やっとかよ」
まるで何かを守るように配置されている精霊達に、目的の場所が近いのだと確信し、自然と口角が上がる。
「ブラック! 武器を装備している精霊に魔炎牙だ!」
「りょーかい」
俺がブラックの背中から飛び降りると、ブラックは牙に炎を纏わせながら剣を持っている精霊に噛みついた。
武器は破壊され、ブラックの牙が精霊の肉を抉る。しかし、精霊は無反応のまま地面に倒れ、呻き声の一つもあげない。その様は、電池が切れた玩具のように機械的であり、意思を持った精霊であるならば明らかに不自然であった。
……妙だな……普通なら何かしら反応がある筈なんだが。これはまさか……。
自分の意思を持たず、決められた行動しか取らない姿に、コイツ等は精霊じゃなく、マナで具現化されただけのモンスターであると察する。
それなら遠慮はいらねぇなと、持っていた武器を振り回し、近くにいるモンスターを思いっきり切り裂いた。
「そのまま武器持ってる奴らを中心に攻撃を続けろ」
「はいよっ」
ブラックのスキル魔炎牙は、攻撃時にそのモンスターの装備を破壊し、破壊に成功したら再攻撃を可能にするスキルだ。
遠距離攻撃を持つモンスターに狙撃されながらも、ブラックは怯まずに命令を実行する。
そして、ブラックによってこの場にいる全てのモンスターの武器が破壊されるのを見届けると、俺は腕輪から1枚の魔法カードを取り出した。
「ブラック! 拡散する猛火を使用する! 死への誘いだ!」
ブラックが力強く咆哮すると、体から黒い霧が溢れ出し、周囲の敵を覆った。死への誘いは単体攻撃だが、拡散する猛火はスキルによる攻撃を全体攻撃にする魔法カードだ。その効果を利用し、まだ体力が残っていたモンスター達を一掃した。
「いててて、これは俺も重症だわ。病気休暇って貰えんのか?」
「その必要はねぇ」
俺は手に持っている両刃剣──餓狼血牙の効果を発動させ、ブラックが相手に与えたダメージの半分の体力を回復させる。
「良かったな。これで完治だ」
「……お優しいご主人様に巡りあえて俺は幸せだなー」
ブラックの心のこもっていない感謝を無視し、俺は無言で背中に乗った。
「目的地はもうすぐだ。気ぃ抜くなよ」
「はいはい。ホント、精霊使いの荒いご主人様だ」
ブラックに乗ること数分、いかにも何かありますと主張するように、大きなモンスターが守っている扉があった。
「ブラック」
「はいよ」
俺の意図を察したブラックは、スピードを落とさずモンスターに突っ込むと、扉がある方向にぶっ飛ばした。
轟音が鳴り、その精霊の巨体によって無理やり開かれた扉は、見るも無惨な姿になっている。
俺は周囲を警戒しながらブラックから降りると、瓦礫と化した扉の上を歩いた。
扉を守っていたモンスターが光となって消えていく姿を素通りし、部屋の中に入る。すると、自分を出迎えた悲惨な光景に顔をしかめた。
「……随分とまぁ、いいご趣味を持った人間様がいたもんだな」
ブラックが吐き捨てるようにいい放つ。
俺達の目の前には、ガラス張りのケースがズラリと並んでいた。そして、その中には培養液で浸されている精霊の姿があった。精霊は目をつぶったままピクリとも動かないため、生死の判別がつかない。
俺は精霊の安否確認のため、餓狼血牙で小人のような精霊が入っているケースを破壊した。
「おい、生きてるか?」
地面に転がる精霊の目は虚ろだったが、一定のリズムで胸が上下に動いている。呼吸は正常に行えているようだ。
……死んではねぇみたいだな。
精霊の生存を確認し、これからどうするかと思案していると、小人の見た目をした精霊は、朦朧とした意識の中、震えながら俺に手を伸ばしてきた。
「あ、あ……ますたー……ぼく、ますたーに、あいたかっ……」
「……」
どうやらこの精霊は、俺を主人と勘違いしているようだった。俺は少し悩んだ後、気休めにしかならねぇと分かりながらも、精霊の手を掴んだ。
「……遅くなって悪いな。もう大丈夫だ。迎えに来た」
「……これからは……ずっと、いっしょ?」
「あぁ、勿論だ。ずっと一緒にいよう」
「へへ……うれ、しい……」
俺の言葉で安心したのか、精霊は全身の力が抜けたように脱力し、穏やかな表情で意識を失った。
「チッ……胸糞悪ぃ」
「ああ、同感だ」
俺は餓狼血牙を担ぎ上げ、部屋全体を見渡した。
「この数は俺達だけじゃ無理そうだな……」
所狭しと並ぶガラス張りのケースは、ざっと見ても3桁近くはありそうだった。
全てのケースに精霊が入っているわけではなさそうだったが、1人でここにいる実体化した精霊を運ぶのは不可能である。
あまり頼りたくはなかったが、こればかりはやむを得ないと、親父に連絡する事にした。
スマホを取り出し、ここに来た経緯をどうやって誤魔化そうかと考えていると、カツンカツンと俺達以外の足音が聞こえた。
「誰だ!!」
ブラックは威嚇するように唸り、俺は餓狼血牙を構え、何が来ても対応できるように警戒した。
「ふむ、君たちが私のモンスターを倒したのかい?」
俺達の前に現れたのは、水色の髪を腰まで伸ばしている中性的な男だった。
この男が主犯なのか?
「だったらどうする?」
俺は男を煽るように嘲笑する。しかし、男は挑発には乗らず、不躾にジロジロと俺を凝視している。
「おい、てめ──」
「素晴らしい!!」
「!?」
突然、男は両腕を広げ、恍惚とした表情で叫んだ。
「君のその黒いマナ!! それは! あの方が! まさに! 求めていたものだ!!」
「あ? 急に何言ってんだてめぇ」
「あぁ!! そのマナを作る為に我々がどんなに苦労した事か!! 素晴らしい! 素晴らしいよ君!! 君こそが我々が求めていた救世主だ」
男の鼻息が荒い。相当興奮しているようだ。俺は顔をひきつらせながら後ろに下がった。
なんだこいつ、気色悪ぃな。
すると、男は俺の手を取ろうしてきたので、それを全力で振り払い、少し距離を取ってから冷めた目で睨み付けた。
「触んな」
「つれないですね。貴方のお名前をお伺いしても?」
「てめぇに名乗る名はねぇ」
男は残念ですと言いながら肩をすくめる。
「少しぐらいお話を──」
「うるせぇな」
俺は餓狼血牙を男に突きつける。
「てめぇと無駄話する暇なんざねぇんだよ。どうしても話してぇなら監獄で1人で勝手にほざいてろ!! ブラック!!」
コイツがどういった目的でここにいるのかは知らねぇが、どうせ録な理由じゃねぇだろ。それなら、ぶん殴って取っ捕まえても問題ないだろう。後の事は全部親父に投げてしまえばいい。
俺とブラックが同時に襲いかかるが、男は突っ立ったまま動かない。そのままサンドバッグになるなら万々歳だと斬りかかるが──。
「レーテー」
攻撃が当たる寸前、男はボソリと呟いた。すると、男の足元から水を纏った精霊が現れ、その水を使って俺達を弾き飛ばした。
「チィッ!」
男が呟いた言葉は精霊の名前だったらしい。精霊は男を守るように空気中の水をかき集め、いつでも俺達に攻撃できるように準備をしていた。
俺は1回転しながら着地をすると、腕輪からカードを取り出し、精霊の攻撃に備えた。
「ブラック! 死火を──」
「生きづらくないですか?」
脈略のない問いかけに、男の真意を図りきれず攻撃の手を止める。
「どういう意味だ」
「どういう意味もなにも、その力は他人に受け入れられて貰えないでしょう?」
男の言葉に思わず固まってしまった。
「貴方のそのマナは異端です。今まで他人に理解されず、拒絶され、生きてきたのでは?」
「…………」
「おい! どうしたクロガネ!?」
「誰も自分を見てくれない。まるでこの世界で一人きりのようだと孤独な人生を歩んだのではないですか?」
「…………」
「クロガネ! 耳を傾けるな!!」
男の言葉は俺の嫌な記憶を刺激した。その男の言う通りだった。どんなに努力しても、どんだけ頑張っても、誰も俺を見てくれない。存在する価値のないモノとして邪険に扱われていた過去を思い出す。
「我々は違います。貴方をちゃんと理解している。貴方は異端ではない、素晴らしく、才能溢れるお方です。貴方のその力を……貴方自身を必要としているのです」
男は不気味に笑いながら俺に手を差し伸べた。
「共に歩みましょう。歓迎しますよ、クロガネくん」
俺は差し出された手を無言で見つめる。
誰にも必要とされない俺を必要としてくれる。異端ではないと、価値のある人間だと認めてくれる。それは、俺にとって甘い、甘い誘惑の言葉だった。
「クロガネ!!」
ブラックの焦った声が聞こえる。チラリと視線を向けると、いつもの飄々とした表情は崩れ、俺を心配そうに見ていた。
そうだな、確かに俺はずっと1人だった。唯一の味方だったアオガネ兄さんは俺のせいで死んだ。俺が殺したようなものだった。
そんな俺を受け入れてくれる人なんているわけもなく、周囲からも、肉親からも疎まれていた。それを俺は当たり前だと思っていた。
マッチは弱い癖に、こんな力を持って生まれた俺は捨てられて当然だと、これから俺はずっとずっと1人で生きていかなきゃなんねぇと思っていた……けど。
「クロガネ! しっかりしろ!!」
「ハッ……くだらねぇな」
「……クロガネ?」
目を閉じれば、サチコの姿が鮮明に思い浮んだ。
初めて大会で会ってマッチした時のこと。再戦後の保健室でのこと。尾行した俺を許してくれた時のこと。俺の力をどうでもいいと、そんな事よりマッチをしようと言ってくれた時のこと。一緒に飯食ったり、デッキ組んだり、笑いあったり。そんな、何気ない日常の出来事が次から次へと浮かんでは消える。
「余計なお世話なんだよロン毛野郎」
本当に、サチコと出会えて良かった。サチコと出会えた事が、俺の人生において最大の幸福だと思えるくらい、サチコの存在が俺を支えてくれている。
「共に歩もうだって? 寝言は寝て言えや」
サチコが隣にいる。視線を交わして会話をする。それだけで胸が暖まる。
「俺の隣は売却済みだ」
サチコを抱き締めた時、幸せ過ぎて一生離したくないと思った。心が満たされて、このまま時間が止まればいいと本気で思った。
「てめぇが入る隙間はねぇんだよ」
サチコがいなかったら、俺はこいつの誘いにのってたかもしんねぇ。けど、それは所詮、たらればの話だ。今の俺には関係ねぇ!
「ブラック! 死火を発動だ!!」
「それでこそ俺のご主人様だ!!」
ブラックが安心したように笑う。
俺もつられるように表情が緩んだ。
「本当に残念ですよ」
男はいつの間にか実体化させていた薙刀で俺達の攻撃を防ぐと、くるりと一回転させて、俺達の武器の起動を反らした。
「今は私も時間がないので、引かせてもらいます」
男はそう言いながら後退し、転送魔方陣の上に乗った。
「次お会いしたときは、良い返事を期待してますよ」
「待ちやがれ!!」
俺は男に向かって餓狼血牙を投げるが、奴に当たる前に、姿が消えてしまった。
「くそっ! 逃げられたか……」
「クロガネ」
俺が奴が消えた場所を睨んでいると、ブラックが神妙な顔で近づいてきた。
「大丈夫か?」
「あ? ……あー、問題ねぇよ」
「本当か?」
「んだよ、しつけぇな」
俺は腰に手を当てながら、頭をガシガシと掻く。
「確かに思うとこはあったが、どうってことねぇ」
そうだ。そもそも俺は一人じゃなかった。
「……お前が、いただろ」
一瞬の静寂。ブラックは俺の言葉に目を丸くしていた。俺は何だかどんどん恥ずかしくなって、思わず顔を反らした。
「この話しはやめだやめ! さっさと親父に連絡して……」
「へぇ? クロガネくんはぁ、そぉんなに俺の事が大好きだったのかなぁ?」
「うるせぇ!! 黙ってろクソ犬!!」
ニヤニヤと笑うブラックに殴りかかるが、ヒラリとかわされる。一発でも殴ろうと奮闘するが、全てかわされ、攻撃しても無駄だと悟った俺は、これ以上時間を無駄にできねぇと深いため息をついて諦めた。
「それに、今はサチコがいる……サチコが側にいてくれるなら、俺は何もいらねぇんだよ」
俺がそう言うと、ブラックは穏やかな顔でそうだなと頷いた。