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ph37 ヒョウガVSセンーsideヒョウガー


 マッチの開始とともに、俺の足元の魔方陣が回った。


 どうやら先攻は俺のようだ。


「俺のフェイズだ! ドロー!」


 自分の手札を流し目で見ながら、渡守センのフィールドを確認する。


 アケローンは俺のコキュートスと同じレベル3のモンスターだ。ならば、スコトスという黒いローブを纏った小さな悪魔はレベル2という事になる。


「……戦う前に、貴様に聞きたい事がある」

「あ?」


 五金クロガネがいつ戻ってくるか分からない現状。早めに聞き出しておいた方がいいだろう。


「貴様の精霊、アケローンについてだ……その精霊、誰から譲り受けたものだ?」

「!」


 2年前。奴と初めて会った時、奴はまだ精霊を持っていなかった。ならば、あの時アケローンを使って姉さんを苦しめている奴は他にいる筈だ。


「答えろ! 貴様はいつ! どこで! アケローンを──」

「テメェに教える義理はねぇなァ?」

「なっ!」


 渡守センは俺を見下すように鼻で笑う。


「まァ、どォしても知りてェっつゥなら? 俺に勝てたら教えてやらん事もねェよ」

「ふん、ならば力尽くで聞き出してやる! ……俺はMP1を消費し氷結魔導銃を装備する! バトルだ! コキュートス! ジャックフロスト! アケローンを攻撃だ!」


 コキュートスとジャックフロストが、アケローンに向かって走る。


 まずは小手調べだ。主戦力を攻撃されたら奴はどう動く?


「俺はMP3を消費してアケローンのスキル嘆きの刻印を発動! このフェイズ中! 相手が行動するたびに相手モンスターにダメージ1を与える!!」

「何!?」


 アケローンから黒い光が飛び出し、モンスター達と俺に刻印が刻まれる。


 コキュートスとジャックフロストは俺の指示通りに攻撃を行うが、奴が動く気配はない。


「ぐぅ!」


 アケローンが攻撃を受け、渡守センはフィードバックの痛みでよろける。同時に、俺達に刻まれた刻印が光だした。


「さァ! テメェの叫びを聞かせろや!!」

「っ!? あ゛あ゛ぁ゛あ゛あ゛!!」


 なんだこの痛みは!? 自分の精霊が消滅した以上の激痛に思わず膝をつく。


「おら、テメェの武器の効果を忘れてんぞ」

「!?」


 そうだ。氷結魔導銃はレベル3以上のモンスターが攻撃した時、追撃でダメージを与える装備カードだ。


「しまっ」


 氷結魔導銃を持つ手が、まるで意思を持ったかのように勝手に狙いを定め、アケローンを攻撃する。


「ぐっ」

「ぐあぁあぁああ!!」


 俺の行動で刻印の効果が発動し、コキュートスとジャックフロストもダメージを受けた。


 俺が行動した回数は3回。コキュートスとジャックフロストにそれぞれ3ダメージが入り、コキュートスの体力は12、ジャックフロストは7になった。


 対するアケローンとスコトスの体力は10残っている。


「どォだ? これがマナ使いとのマッチだ。まるで自分が攻撃されてるように痛ェだろ?」


 俺は、痛みに耐えるように刻印が刻まれている首元に手を当てた。


 あいつは……影薄はこんな痛みに耐えていたのか。


 影薄が俺を庇って倒れた時の姿や、ホテルで会話していた時に蹲って痛みに耐える姿。火川エンにやられて荒く呼吸を乱している姿の映像が脳裏を過る。


 それなのに、快く送り出してくれたのか……自分も辛い筈なのに……俺達を思って、影薄は俺達が必ず戻ると信じて背中を押してくれたのだ。


 俺はゆっくりと立ち上がると、渡守センを睨む。


「ふん、こんなもの……どうってことないな」


 直接攻撃を受けた影薄に比べたら、この程度の痛みで立ち止まるわけにはいかん。


「そォかよ。その強がりがいつまで続くか見物だなァ?」


 俺がフェイズを終了させると、刻印が跡形もなく消える。どうやらマッチ中に刻まれた刻印は、効果通り1フェイズでなくなるようだ。


 そして相手のフェイズに移り、渡守センはドローした。


「俺はMP1を消費して、装備カード冥界の槍を装備する!」


 渡守センは装備した槍を担ぐと、ふてぶてしい顔でスコトスに攻撃指示を出す。


 スコトスならば、MPを使って守る必要はないだろう。ここは通してアケローンの攻撃に備えよう。


 コキュートスが攻撃を受け、体力が11になる。フィードバックの痛みで呻き声が漏れた。


 ダメージ1でもこんなに痛むのか……マナ使いとはいったいなんなのだ!


「俺は冥界の槍の効果を発動する! 自分のモンスターの攻撃が成功した時! 俺のMPが1回復する!!」


 渡守センのMPが6になった。何か仕掛けてくるか?


 俺は奴の行動を警戒して身構えた。


「アケローン! コキュートスを攻撃だ!」

「俺はMP2を消費してジャックフロストのスキル、無邪気な悪戯を発動! 相手モンスターの攻撃を無効にし、ダメージ1を与える!!」

「んなら俺はMP2を消費してスコトスのスキル、悪意ある搾取を発動! 相手モンスターがスキルを使用した時! そのモンスターのスキルを無効にし、ダメージ1を与える!!」

「ぐっ! あぁあぁあああ!」


 ジャックフロストのスキルは無効化され、反撃を受ける。そのままアケローンの攻撃を通してしまった。


「俺は冥界の槍の効果でMPを回復してフェイズ終了だ」


 俺は痛みで力の入らない腕を無理やり動かし、デッキからカードをドローする。


「俺は手札から氷龍の宝玉をコキュートスに装備する! 効果により、コキュートスの攻撃力はプラス1される!」

「なら俺はMP3を消費して、アケローンのスキル嘆きの刻印を発動だ! そォら! 無様に足掻いて自滅していけェ!!」

「ぐっ!!」


 モンスターが武器を装備することも行動判定になり、俺のモンスターにダメージが入る。


 攻撃は当然の如く行動判定になる。ならば、俺がこのまま攻撃してしまえば、少なくとも俺の場のモンスターにダメージが3ずつ入り、ジャックフロストの体力は2、コキュートスは4になってしまう。


 この状況はかなり不味い。俺の今の手札ではこのフェイズで巻き返せる手段はない。むしろ、行動してしまえば次のフェイズがどうなるか分からない。


 考えろ……考えるんだ。このマッチは絶対に勝たなければならないんだ。俺のためにも……影薄の為にも絶対に負けられない!!


「ずいぶん悩んでるようだなァ? この状況をひっくり返せる策は浮かんだのかァ?」

「っ、うるさい!! 話しかけるな!!」

「まァ、そォ言うなや。勝てる見込みのないテメェに、優しい俺が、冥土の土産を聞かせてやるよ」


 冥土の土産だと? こいつ、いったい何を言うつもりだ?


「テメェが知りたいのは、アケローンの前の持ち主だったか?」

「!」

「テメェがよォく知ってる人物だぜ? むしろ、テメェが知らなかった事に驚いたっつゥの」

「そ、れは……どういう事だ? 貴様は何を言って──」

「俺にアケローンを渡したのは、あの方だよ」


 俺は衝撃のあまり頭が真っ白になる。


 あの方だと? つまり、それは……。


「そう、テメェのご察しの通り、精霊狩り(ワイルドハント)を作った男……氷川ヒョウケツって言えば分かるだろォ? ……つまり、テメェの親父が! 俺にアケローンを渡した人物って事だよォ!!」

「なん、だと? ……父さんが何故!? ならば姉さんをあんな姿にしたのも……」

「あぁ、そォさ。テメェの親父が! テメェ勝手な理由で身内に手をかけてんだよォ!! とんだ腐った親の元に産まれちまって可哀想になァ!? さすがの俺でも同情するぜェ!!」


 俺は深い絶望感を感じ、全身の力が抜ける。しかし、同時に納得してしまった。


 あぁ、やはりそうかと……今まで目を反らし続けていた事実を、無理やり突きつけられたようだった。


 母さんを失って、心に傷を負った父さんが精霊狩り(ワイルドハント)を設立したのは知っていた。でも、それは……母さんと同じ痣で苦しんでいる姉さんを、助ける為だと思っていた。


 俺も、最初は父さんの指示通り精霊を狩っていた。憎き仇を倒すために、母さんを死に追いやった奴に復讐して、姉さんを助けるために……。


 だから、渡守センを紹介され、暫くして奴の持っている精霊を見たときは驚愕したんだ。


 何故こいつがアケローンを持っているのかと、母さんを殺したのは貴様かと問い詰めようとしたが、父さんに邪魔され、聞くことができなかった。


 アケローンが見つかったのなら、俺は何故精霊を狩らされている? 意味もなく、罪のない人々を傷つけてなんになるのだ? スキルを解除すれば姉さんは助かる筈なのに、何故そうさせない?


 父さんの行動に疑念を抱いた俺は、父さんの事について徹底的に調べた。そして、父さんの恐ろしい計画の全容を知ってしまったのだ。


 あんな計画が実行されてしまえば、この世界はとんでもない事になる。こんな事は間違っていると、父さんを止める為に説得を試みたが失敗し、計画の邪魔だとダビデル島から追い出され、どうすることもできなくなってしまった。


 唯一の救いは、奴の計画にとって必要なコキュートスを奪った事だった。コキュートスがいなければ、奴は何もできない。これで暫くは時間が稼げると安心していた。


 奴の計画には、冥府川シリーズの精霊の加護持ちが必要になる。ならば、ステュクスに選ばれている姉さんは大丈夫な筈だと、肉親ならば奴も酷い扱いはしないだろうと信じていたのに……。


「……っ、貴様は知っているのか!? 奴の計画を!! 奴が何をしようとしているのかを!!」

「あ? ンなの知らねェよ。興味ねェし、俺には関係ねェ事だ」

「ならば何故奴の元にいる!? こんな……目的もなく、何故こんな非道な行いができるのだ!!」

「そりゃ、食うためだよ」


 俺は奴の言葉に眉をしかめた。


「食うためだと?」

「あぁ、そォさ。食って寝て贅沢するために俺はここにいる」

「そんな事の為に!? 精霊を奪って、人を苦しめて……何とも思わないのか!!」

「あ゛? そんな事だと?」


 渡守センは、不愉快そうに表情を歪めた。


「マッチの弱ェ孤児がどんな暮らしを強いられているのか、テメェは知ってんのか? 知りもしねェ癖に、テメェにンな事言われる筋合いはねェんだよ」

「……一定の年齢に達するまで、孤児院で保護されるのではないのか? 衣食住を保証され、成人するまで面倒を見て貰えるのだろう? それに何の問題が──」

「とんだお花畑野郎だな! ンな甘くねェんだよ現実はよォ!!」


 渡守センは、俺に槍を突きつけながら怒りのまま叫ぶ。


「俺の孤児院はクソみてェな場所でなァ! マッチが弱けりゃ飯も食えねェ! 屋根のある場所でも寝れねェ! その日生きるのもやっとな弱肉強食の世界だ!」


「何もせずとも毎日楽に暮らせるテメェ等には分からねェだろうなァ!? 他人を思いやる? ンなの贅沢な人間ができる娯楽なんだよ!! 自分が死にかけてんのに、周りの事なんざ構ってられるか!!」


 渡守センは、怒りで荒ぶる息を整えると、槍を構え直した。


「だから俺は力を欲した。マッチで全てが決まるクソみてェな世界なら、そのルール通り、どんな手段を使っても強くなってやるってな。それで他の奴がどうなろうと知ったこっちゃねェよ」


 俺は奴の言葉に何も返せなかった。ただ、奴も奴なりの事情があることは分かった。


「無駄話は終わりだ。さっさとフェイズを進めろ。それとも、テメェのフェイズは終了か?」


 俺は混乱する脳内を落ち着かせるため、ゆっくりと深呼吸をした。そして、マッチに集中しようと状況を整理する。


 俺の手札とMPは5。コキュートスの攻撃力は装備カードにより4になり、体力は7。ジャックフロストの攻撃力は1で体力は5だ。


 対する渡守センの手札は5。MPは2でアケローンの攻撃力は3、体力は10。スコトスの攻撃力は1で体力は10だ。


 なら、俺にできる今の最善策は……。


「俺はフェイズを終了する。貴様のフェイズだ」

「ハッ、ついに諦めたのかァ!?」


 渡守は馬鹿にしたように笑うが関係ない。


「諦める? 何を勘違いしている」


 そうだ。悩んでいても仕方がない。今どれほど考えても答えなどでないのだ。ならば、俺は俺にできる事をするだけだ。


「貴様は次のフェイズで終わる。これは予言ではない。決定事項だ」

「負け惜しみかァ? この状況をどうやってひっくり返すつもりだよ。強がっても無駄だ」

「負け惜しみかどうか貴様の目で判断すればいい」


 俺は渡守センに銃口を向けながら、延々と言葉を放つ。


「さぁ、デッキからカードを引け。貴様の最後のドローだ」


 このマッチで勝ち、影薄の期待に応える。それが今の俺にできる事だ。



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