ph36 サチコの戦い
『ガンマンVSアサシン! 勝利の女神が微笑んだのはガンマンんんんんん!! チームアサシン! 惜しくも敗退ぃいぃぃい』
蟻乃ママヲの実況の声が控え室に響く。どうやら決勝進出するチームが決まったようだ。
私は広げていたデッキを1束に戻し、軽くシャッフルしてからデッキケースの中にしまった。
……ついに出番が来てしまった。
かっこよく決めたのに、後半戦になって恥ずかしいと思ったのは撤回しよう。
いやマジで後半戦で良かったわ!!
サモンマッチは試合展開が早いカードゲームだ。1回のマッチにかける時間はそれほどかからないお手軽なものとなっている。
もしも先にマッチが入ってなかったら、こんなに長い時間、間を持たせることは不可能だっただろう。大会の采配に称賛を送りたい気分だ。
しかし、油断は禁物である。先輩達が精霊狩りを追ってから1時間以上は経過しているが、先輩から戻るという連絡はないし、ハナビちゃんから正円の目が覚めたという報告もない。
既に、彼等がマッチをしているなら、シロガネくんの不思議指パッチンで戻れる事を考慮すれば、時間を稼ぐ事はできるだろう。しかし、まだ敵と相対すらしていなかったら? 持ちこたえる可能性は絶望的だ。
少しでも時間を稼ぐ為には、やりたくないが、考えていたあの方法をやるしかない。死ぬほど嫌だが背に腹は変えられんだろう。
あぁ! でも嫌だ!! 最終手段として考えてはいたが、やっぱりやりたくない!!
最後の悪あがきと言わんばかりに、連絡はないかスマホを確認するが、悲しいくらいに通知が来ない。
くっそ! やっぱするのか? やんなきゃいけないのか?
頭を抱えながら他に代案がないか知恵を絞り出そうとするが、全く思いつかない。諦めて覚悟を決めようとした時、スマホのバイブ音が鳴った。
もしかして先輩か!?
これほど先輩からのSAINEを待ち望んだ事はない。私は期待で目を輝かせながら指紋認証し、スマホの画面を開いた。
先輩、今まで未読スルーしてごめんなさい。今度から心を入れ換えてきちんと返信し──。
“サチコちゃん! 今日はパパの仕事が休みだからテレビを観ながら応援してるよ! ちゃんと録画もしてるから帰ったら一緒に観ようね! サチコちゃんの大好きなパパより”
クソ親父がぁあぁぁああ!!
全力で心の中で叫び、スマホを地面に叩きつけたくなる衝動を必死に抑える。
ぬか喜びさせやがって! こんな時にSAINEなんか送ってくるなよ! 空気の読めない奴め!!
というか録画ってなんだ!? そんなの聞いていないぞ!! 最低な追い討ちをかけやがって!! 最悪がすぎる!! 運がないにも程があるだろう!! もしやこれはいたいけな少年達を危険地帯に送った罰なのか!? そうなのか!? 畜生め! 普段からタイヨウくんぐらい徳を積んどくんだった!!
どんなに後悔してももう遅い。私は覚悟を決めて最終手段を決行することにした。
時間稼ぎにはもってこいの方法。ホビー系のカードゲームアニメっぽい世界だから許される最終手段。
そう…………黒歴史待ったなしのパフォーマンスを披露する事である。
『チームタイヨウの先鋒は! 皆さんお待ちかねの紅一点!! クール系美少女! 影薄サチコ選手の登場だぁ!』
私は観客席に向かってペコリと一礼する。
『対するチームホーリーナイトからはぁ! 正義に忠誠と剣を捧げた男! 騎士の中の騎士!! 三剣ケン選手だぁあぁぁあ!!』
三剣も私と同じように頭を下げるが、ボウ・アンド・スクレープという西洋のお辞儀をしていた。
『両者揃ったところでモンスターを召喚してくれ!!』
三剣はカードゲームに関係ない、コスプレ衣装の一部である剣を引き抜くと、顔の前に剣を立て、その鍔もとにキスをした。
「我が運命をこの剣にかける! コーリング! シグルド! レイベン!」
三剣が剣を私に向けながら召喚を行うと、鎧を着た騎士と鴉が現れた。騎士の格好をした人型のモンスターは、自我を持っているのか、三剣と同じように綺麗なお辞儀をしている。
シグルドと呼ばれた騎士のモンスターが三剣の精霊か。
「コーリング! 影鬼! 影法師!!」
私も三剣に続くようにモンスターを召喚した。すると、蟻乃ママヲが恒例行事のように観客席にコールを呼び掛ける。
「レッツサモン!!」
会場全体で試合開始の合図を叫ぶと、相手の魔方陣が回りだした。
「私の先攻だな。ドロー!」
三剣は、洗練された動作で剣を鞘に納めると、デッキからカードをドローする。
結局しまうんかい!! わざわざ抜く意味!!
……いや、落ち着け。私も今から似たようなパフォーマンスをしなきゃならんのだ。逆に相手がコスプレかっこつけ野郎で良かっただろう。コイツが相手なら私が何をしても目立たない筈だ。ツッコムのはやめよう。全部自分に返ってくるぞ。
「私は手札から装備カード竜殺剣をシグルドに装備する! この剣はダブルアタックできるモンスターのみ装備する事ができ、ダブルアタックできなくなる変わりに、装備したモンスターの攻撃力が倍になる!!」
これでシグルドの攻撃力は4になった。ダブルアタックを捨てて攻撃力を上げたのは何か理由があるのか?
「勝利の栄光は我にあり! バトルだ! シグルド! 影鬼を攻撃!」
真っ先に主戦力を奪いにくるか。でも残念。私には頼りになる相棒がいる。
「私はMP2を消費して影法師のスキル影縫いを発動! 相手モンスター1体の戦闘を不能にする!!」
『高火力で襲いかかったシグルドだが影法師の影縫いが華麗に決まるぅつぅぅう!』
影法師がシグルドの影に忍び込み、影鬼に切っ先が届く寸前で動きを止める。
「……ならば、レイベンで影法師を攻撃してフェイズを終了する」
セキオくんからホーリーナイトは防御特化型のチームとは聞いていたが、その中でも三剣は攻撃よりと言っていた。
それなのに、MPを使用することなくフェイズを終了させるのか……少し不気味だな。
しかし、悩んでいても仕方ない。相手が何を企んでいたとしても、なるようにしかならんのだ。私は私のできる事に専念しよう。
「私のフェイズです。ドロー」
あー、マジでやりたくないなぁ……。カードに触れる手が重い。
大丈夫だ私。皆やってんだからできるだろう? 三剣なんかコスプレして我が剣に~とか、栄光は我にありとか恥ずかしい発言をしているんだ。それに比べりゃ全然大丈夫だ。問題ない。今やらなきゃ次のフェイズはもっとやりづらくなるぞ!! さぁやれ! 言うんだ私!!
「私はMP2を消費して、冥界の松明を装備します」
顔は三剣に向けたまま、1枚のカードを天井に向かって真っ直ぐ投げた。
「ぎ、……祇園精舎の鐘の声」
投げたカードが頂点に達すると、私の身長ぐらいの長さの、三又に分かれた杖のような松明に変化する。
「諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色……」
松明はくるくると回りながら落下する。
「盛者必衰の理をあらはす」
私は頭を動かさないまま、上から落ちてきた松明を手の中でクルリと1回転させて受け止めると、会場にカツンと響かせるように床を突いた。
「どんな偉大な英雄も、最後は皆虚しく、哀れに散ってゆくものです。ならば……」
腕を前に伸ばし、三剣に松明の炎をゆっくりと向ける。
「せめてもの情け……誉れある武人のまま死へと誘ってあげましょう」
死にたい。
気合いで真顔を保っているが、少しでも気を抜いたら羞恥で真っ赤になりそうだ。
今日という日は、これからの人生の汚点になること間違いないだろう。穴があったら入りたい。
「貴方が私をヴァルハラに導くワルキューレだとでも言うのか?」
ノッてくれたぁあぁぁ! 良かった。1人でやるのは辛かったんだ。本当にありがとう! 君のノリのよさに乾杯!!
「ヴァルハラ? ……そんな崇高な場所ではありませんよ」
「私が導くのは冥界の監獄……つまりは地獄です」
何を言っているんだ私は。
いや冷静になるな! 中二っぽい言葉を捻り出せ!! もっと邪気眼を刺激しろ! うずけ私の右手ぇ! 違う! 目だった! うずけ私の右目ぇええぇぇぇ!
「ふっ……やれるものならやってみろ。返り討ちにしてみせよう」
「では、遠慮なく。……私はMP1を消費して獄卒の斧槍を影鬼に装備する! 装備したモンスターの攻撃が全体攻撃になる!!」
影鬼はダブルアタック持ちのモンスターだ。このまま2回斧槍を振り回して影法師でレイベンを攻撃すれば、面倒臭そうな補助モンスターを排除できるだろう。
レベル4と1の組み合わせは、低レベルモンスターは高レベルモンスターの強力なスキルを使わせるための鍵になっていることが多い。レベル4のモンスタースキルをバンバン使われたら、私はすぐに負けしてしまうだろう。それは一番避けたい状況だ。
ならば、さっさと補助モンスターを倒した後にシグルドをチマチマ攻撃して時間を稼ぐのが良策。
「バトルです! 影鬼、相手モンスターを攻撃!!」
影鬼が敵を凪払うように、斧槍を横に振るった。
「私はMP4を消費し、シグルドのスキル屈強な肉体を発動する!」
きたか! スキル名からして防御系のようだが。
「このフェイズ中、自分の攻撃力以下のダメージを完全に軽減する!!」
「は?」
影鬼の斧槍が相手モンスターに直撃するが、弾かれるような空しい音が鳴り、相手モンスターの体力は減った様子がない。
「さらにMP1を消費してレイベンの効果発動! 相手からのダメージを防いだ時、その数値分のMPを回復する!!」
影鬼の攻撃力は2だが、全体攻撃を行ったので、カットされたダメージは合計で4になる。相手のMPは0から4になった。
待ってくれ、シグルドのスキルはこのフェイズ中と言ってなかったか?
シグルドの攻撃力は、竜殺剣のお陰で4になっている。つまり、私は5以上の攻撃力で攻撃しないと相手にダメージを与えることができないという事だ。そして、攻撃する度、回復したMPでレイベンの効果を発動すればMPを使いたい放題という事か。
なるほどな、素晴らしい戦略だ。付け入る隙がないとはこの事か! はっはっは……。
これだから高レベルモンスターは嫌いなんだよ!! なんだそのチートみたいなスキルは! 理不尽すぎるだろう! しかもあと2つもスキル持ってんだろ!? これで防御特化じゃないとかふざけんな!! こんなん勝てるわけないだろが!!
奥の手として取っておきたかったが、あの補助モンスターはまずい。早急に処理しないとこの試合が終わる!
『でたぁあぁ!! 相手の攻撃を寄せ付けない圧倒的な防御力!! これぞホーリーナイトの強みだぁ!! サチコ選手ピィィインチ!!』
「っ、影鬼! 再度攻撃!!」
私の攻撃指示に、三剣は呆れたような視線を向ける。
「効果を聞いてなかったのか? 何度攻撃しても無駄だ。……私はMP1を消費してレイベンの効果を発動する」
よし、これで相手のMPは3だ。私が攻撃するまでは、新たなシグルドのスキルは使えないだろう。
後は、攻撃特化というセキオくんの言葉と、三剣のシグルドのスキルに対する慢心さに期待して、相手の手札に通常攻撃に対する防御カードがないことを祈ろう。
「私は手札から魔法カード血の代償を発動!! このカードはMPの変わりに自分の体力を消費し、消費した体力の数値分の攻撃力を自分のモンスターに加算して攻撃することができる!!」
影鬼の攻撃力は2。レイベンを確実に倒すためには……。
「私は影鬼の体力を7消費して攻撃力を9にする!!」
『な、な、な、なんとぉおぉぉ!! サチコ選手、捨て身の攻撃ぃいぃい!!』
この攻撃が決まったら相手のMPは次のフェイズでMAXの10まで回復してしまうが致し方ない。
「影鬼!! やれ!!」
「ならば私はMAを2消費して、魔法カード聖なる祈りを発動! 相手モンスターが魔法カードで攻撃力を上げた場合、攻撃力を元の数値に戻す!!」
私は魔法カードの効果で感じるフィードバックの痛みに顔をしかめながら、手札のカードを掴む。
私のモンスターを対象とした効果で良かった。防御力を上げるとか、攻撃を避けるカードだったら終わってたな。
「私はMP1を消費して、魔法カード陰影を発動! 選択したモンスターはこのフェイズ中、相手魔法カードの効果を受けない!!」
「何っ!?」
今度こそ影鬼の攻撃が決まった。シグルドの鎧にはヒビが入り、レイベンは光の粒となって消失した。
『シグルドの防御を退け! サチコ選手の勇ましい攻撃が決まったぁあぁあ!! これは熱いぞぉおお!!』
「冥界の松明の効果を発動!! 攻撃によって相手に与えたダメージの半分のMPを回復する!!」
相手に与えたダメージは合計で10。私のMPは7になった。
「さらにMP3を消費して影鬼のスキル血の影供を発動! 相手モンスターへの攻撃が成功した時! 攻撃した半分の数値分の体力を回復する!!」
全回復は無理だったが、5も回復できれば十分だ。相手のMPは9になってしまったが、レイベンを倒せたのはでかい。
次のフェイズをどこまでしのげるか分からないが、相手のMP補充手段の1つを絶てたのだ。このまま泥試合に持ち込んでやる!!