ph32 敵地に潜入ーsideヒョウガー
タイヨウ達と離れ、廃墟と化した変電所と思われる会社の内部を黙々と歩く。
「コキュートス」
「ゴ!」
俺が精霊狩りの奴等の場所を探すように指示を出すと、コキュートスは了解したと頷き、ピタリと止まった。
そして、目的のものを見つけたのか、俺を先導するように前へ進み始めた。
俺がちゃんとついて来れているのかと不安なのか、進みながらも時折、俺の姿を確認するように振り向く。
問題ないと軽く手を上げると、コキュートスは張り切るように鳴き、前方を向いた。
コキュートスに導かれるままに進んで行くと、数分もしない内に、かつては倉庫として使われていたであろう部屋にたどり着いた。
「ここなのか?」
「ゴー!」
コキュートスは、大きな体を小回りの利くサイズに変え、迷いなく歩いていくと、既に開いている人が入れそうな大きなフロアハッチが俺の視界に入った。
誰か先に来たのだろうか? それとも敵がいるのか?
フロアハッチの中を除くと、地下への階段が続いていた。俺は周囲を警戒しながらゆっくりと下へ降りて行く。
地下は真っ暗だった。このままでは調べられないと、壁を探りながら歩くと、スイッチのような物に手が触れた。
俺はそのスイッチを迷いなく押すと、蛍光灯の明かりがつき、地下室全体を照らし出した。
廃墟なのに電気が通っているのか……これは当たりだな。
照らし出された地下は思った以上に広かった。窓が一切ない、コンクリートの壁に覆われた通路が、迷路のように続いている。
普通に探していたら日が暮れそうだ。コキュートスがいて良かった。
コキュートスなら、奴等が近くにいれば、奴等の精霊の気配を追跡する事ができる。コイツについて行けば間違いないだろう。
コキュートスと視線を交わし、意志疎通を測ると、俺の考えを読み取ったコキュートスは任せろと鳴いた。
影薄が時間を稼ぐと言っていたが、あまり無理はさせられない。渡守センを倒し、アケローンについての情報を聞き出さなければ。そして、嘆きの刻印を解除させた後に影薄と合流し、SSCで優勝するのだ。
SSC優勝は目的の為の通過点だ。……あの人を……姉さんを助ける為には、SSCを優勝する事で来航許可が貰える人工島。ダビデル島に行かなければならない。
一刻も早く助けなければ、姉さんも母さんと同じように……。
俺は気を引き締めながら一歩踏み出した。すると、大きな物音を立てながら横の扉が開き、その部屋から飛び出して来た黒い影に床に縫い付けるように押さえつけられ、身動きが取れなくなった。
くそっ! 油断していた!
「コキュートス!!」
コキュートスは俺を助けようと攻撃体勢に入るが──。
「待て待て! 俺だ俺!」
慌てたように俺の上から退いたのは、ブラックドッグだった。
「悪いな坊主、俺の早とちりだ。怪我はねぇか?」
ブラックドッグの此方に気を遣う態度に、コイツの主人よりもよっぽど話が通じそうだなと思った。
「チッ……別に仕留めても良かったろ」
「冗談きついぜご主人様。監獄暮らしは勘弁だ」
ブラックドッグが現れた部屋の扉から、不機嫌そうな五金クロガネが出て来た。
「んでてめぇもココにいんだよ」
「……奴等の気配を辿った結果だ」
「てめぇも索敵できんのか」
五金クロガネは、俺がここに居ることが不満だというように眉間に皺を寄せている。
「こっちは俺が探す。てめぇは別の場所にいけ」
「断る。貴様が別の場所に行けばいいだろう」
俺達の間に険悪な空気が流れ、コキュートスは困ったように戸惑い、ブラックドッグは呆れたように肩をすくめた。
「んで俺がてめぇの言うこと聞かなきゃなんねぇんだ! てめえがどっかに行けや!」
「ふん、その言葉そっくりそのまま返す!! 何故俺が譲歩せねばならん!!
文句があるなら貴様が何処かに行けばいいだろう!!」
「二人で同じ場所探してどうすんだ!! 時間の無駄だ!! 俺の方が先に着いたんだ! てめえがどっか行け!!」
「稚児か貴様は!? 遅い早いの問題ではないだろう!! 話にならんな!!」
言い争いが白熱し、お互いが肩で息をしながら睨みあっていると、仲裁するかの如くブラックドッグが割り込んできた。
「はいはい、ご両人落ち着いて。喧嘩するのは結構だが、今はそんな場合じゃないだろ?」
ブラックドッグの言葉に、ハッと息を飲む。
「クロガネぇ、こうしてる間にも嬢ちゃんが苦しんでんだぜ? こんなとこで油売ってていいのかよ」
「うぐっ」
「坊主も、何か目的があってここに来たんだろ? 下らない争いで時間を浪費していいのか?」
「……ふん」
ブラックドッグに図星をつかれた俺達は、気まずそうに視線を反らす。
「別に仲良くしろなんて言わねぇが、上部だけでも協力しとけよ。こんな姿を見たら嬢ちゃんが悲しむぜ?」
「サチコが……」
五金クロガネは、ブラックドッグの言葉に思い当たる節があるのか妙にかしこまった態度で黙した。そして、考えがまとまったのか此方に視線を戻すと、心底嫌そうに口を開いた。
「死にたくなけりゃ、俺の視界に入るな。誤ってぶっ飛ばしちまうかもしんねぇからな」
さっきみたいになと、五金クロガネは嘲笑している。
「……ふん、見分けがつかんなど、貴様の実力もたかが知れるな」
「あ゛?」
「おいおい」
ブラックドッグがうんざりしたように声を上げると同時に、俺達の足元が光だした。
これは!?
「転送魔方陣か……奴等の方から呼んでくれるなんざ好都合だ」
五金クロガネは、落ち着いた様子で腕を組んでいる。
転送魔方陣か……。ならば俺もこのまま身を任せた方が良いだろう。
俺は消えていく自身の体を冷静に見つめながら、敵の出方を待つことにした。
俺達が飛ばされた場所は、不気味な遺跡の中だった。近くには生命を感じない、薄気味悪い雰囲気の川が流れている。そして、足元にはサモンマッチ専用のバトルフィールドが描かれていた。
「よォこそ。俺のバトルフィールドへ、歓迎するぜェ?」
コツコツと足音を鳴らし、俺の前に現れたのは渡守センだった。
「ここがテメェの死にばぐぇ!?」
「!?」
渡守センが何かを言いきる前に、五金クロガネが問答無用で殴り飛ばした。
訪れる静寂。
突然の行動についていけなかった俺は、奴の動きを見ている事しか出来なかった。
「は、はァ!? 何しやがっ……!?」
「歓迎ご苦労」
五金クロガネの存在を認識した渡守センは、瞳をこれでもかというくらい見開く。
「ご自慢の精霊は元気か?」
「っ!」
渡守センは、五金クロガネから距離を取るように下がった。
「ンでテメェがここにいんだよ」
「どうでもいいだろ。そんなこと……」
五金クロガネは、大きな音を立てながら一歩踏み込む。その音は遺跡の中で反響し、俺達に威圧感を与えているようだった。
「サチコの痣を今すぐ消せ。さもなくば……」
ギロリと効果音がつきそうな、鋭利なナイフのような鋭い瞳で渡守センを睨む。
「殺す」
肌を焼き尽くすような殺気がバトルフィールド内に充満した。
くそっ、影薄がいない状況で奴に暴れられるのは不味い。渡守センには聞きたい事がある。ここで再起不能にされるわけにはいかん。
「渡守センは俺がやる!!」
「あ゛?」
「貴様は正円の精霊を探してくれ」
「ふざけてんのか? 何で俺がんな事しなきゃなんねぇんだ」
五金クロガネは吐き捨てるようにいい放つ。
「俺はサチコの痣を消せればそれでいい。それ以外の奴がどうなろうと知ったこっちゃねぇよ」
「俺達の目的は! スキルの解除と精霊の奪還だ! 渡守センを倒しても、精霊を取り返さなければ帰れない!!」
五金クロガネの最優先順位が影薄という事は分かっている。ならば、ブラックドッグのように、影薄を持ち出して上手く説得するしかない。
「俺はこのバトルフィールドから出る術はない! ……が、貴様は違うんだろう!? 影薄の事を思うならば、こいつを2人で相手するよりも、別々に行動した方がいい!! 違うか!?」
「…………」
俺の説得が効いているのか、五金クロガネは殺気を少し緩めた。
「てめぇがこいつを倒せる保証は?」
「愚問だな。こんな所で俺は負けん」
五金クロガネは、俺を見定めるような目で睨むと、舌打ちをしながら完全に殺気を消した。そして、ブラックと自身の精霊の名を呼ぶ。
「……いいのか?」
「あぁ、精霊の場所は検討がついてる。それを確認して戻ってくればいいだけだ」
ブラックドッグに乗ると、五金クロガネは、腕輪から柄の両端に刃が取り付けられた巨大な武器を取り出した。
「てめぇ等の勝敗に興味はねぇが、俺が戻るまでの足止めぐらいの役には立てよ」
「ふん、その頃には終わっている」
五金クロガネは、もう話すことはないという風に此方を一切見ず、ブラックドッグに思い切り跳躍させ、何もない空間で巨大武器を大きく振るった。
すると、その空間に亀裂が入り、五金クロガネとブラックドッグはその隙間から無言で去っていく。
この場に残った俺は、渡守センと対峙するように立つと腕輪を構えた。
「随分と安心しているようだな?」
「あ゛? テメェは分かんねェのか? あのバケモノのおぞましいマナが」
「? ……貴様は何を言っている?」
「あァ、そォか……テメェはマナ使えねェんだったな。そりゃ分かんねェか」
渡守センは、俺の疑問を余所に一人納得している。
「まぁいい、ヤツが消えたのなら好都合だ。俺はテメェとテメェの精霊をあの方に献上できればいいんだからよォ。……つぅわけで、潔く死んでくれよ?」
「ふん、何を勘違いしている」
俺は腕輪を操作して、自身の召喚するモンスターを選択する。
「貴様を倒す相手が変わっただけだ! 目の前の敵を凍てつくせ! コーリング! コキュートス! ジャックフロスト!!」
「その自信がいつまで持つか見ものだなァ!? いい悲鳴で鳴けよォ? コーリング! アケローン! スコトス!!」
「レッツサモン!!」