ph30 医務室での話し合い
精霊狩りの二人が去った後、正円と私の体調を考え、あの場にいた全員でSSC会場の医務室に訪れていた。
ケイ先生は、応援しているチームタイヨウが医務室に来た事に興奮していたが、私と正円の状態を見ると表情を引き締め、今できる処置を施してもらった。
まぁ、何故か対処法に詳しかったヒョウガくんが殆ど行うことになったのだが……。
正円は気絶したまま起きそうになかったので、今はベッドの上に寝かせ、ケイ先生と一緒にハナビちゃんとセキオくんが看病してくれている。
私は刻印の痛みが引いていたので大丈夫だと言ったのだが、安静にしていた方が良いと空いているベッドを貸してもらった。
ご厚意に甘えてベッドに座ると、チームタイヨウのメンバーが私を囲うように近くに集まった。
「それで、サチコさん。説明してくれますよね? 何故あの二人を知っていたのかを、彼等とはいったいどんな関係なのかを」
シロガネくんは腕を組み、探るような目でこちらを見る。
そんな風に疑われても、本当に何もないのだが。疑うだけ無駄だぞ。
「関係も何も、あの二人とは昨日始めて出会いました。エンちゃんはあの場で説明した通りです。渡守くんに関しては……」
渡守くんの説明をしようとする前に、確認するようにヒョウガくんに視線を向ける。
昨日、渡守くんに襲われた私達の控え室は、その出来事が夢だったのではと錯覚するほど綺麗に修繕されていた。ヒョウガくんがどんな説明をしてあの部屋を直したのかは分からないが、あの出来事を話すのならば、一応彼に確認をとった方がいいだろう。
「ヒョウガくん」
「……あぁ、問題ない。俺から話す」
ヒョウガくんは私の意図を察し、皆の前に一歩出た。
「昨日、控え室で知らない男に襲撃されたと言ったな。……訂正する。知らない男ではない。渡守センという、黒いフードを被った銀髪の男にやられたんだ」
「さっき俺らを襲った中にいた?」
ヒョウガくんは、タイヨウくんに対してコクりと頷くと説明を続けた。
「あぁ。奴らはとある目的の為に強い精霊を集めている」
「とある目的とは?」
「……今はその話しは重要ではない。そこで気絶している奴の腕を見ろ」
ヒョウガくんは、シロガネくんの問いに対する答えを濁すと、正円を顎でさした。
「それが嘆きの刻印だ。襲撃された時に同様のスキルを食らった影薄の背中にもついている」
ヒョウガくんの言う通り、正円の腕には私と同じ中二臭い痣が浮かんでいた。
「その刻印は、対象者に悪夢を見せて弱らせる呪いをかけるモノだが、それだけではない。加護持ちにその刻印を刻むことにより、精霊の力を奪うことができるんだ」
ヒョウガくんは何かを思い出しているのか、辛そうに眉をひそめている。
「精霊の力を奪われると、加護持ちのサモナーにも、精霊の負担がフィードバックする。……最悪の場合、重度な昏睡状態に陥るだろう」
「なっ!? そ、それじゃあオクルは!? サチコは大丈夫なのかよ!?」
タイヨウくんは前のめりになりながら、ヒョウガくんに詰め寄る。
「影薄は、精霊が手元にある限り支障はない。だかソイツは……正直、時間の問題だろうな」
「そんな!? 何か方法はないのか!?」
タイヨウくんは苦り切った顔で固く拳を握っている。
「……方法があるとするなら、奴らから精霊を取り戻すしかないだろうな」
「じゃあ速く取り戻しに行かねぇと!!」
「タイヨウくん、落ち着いて」
慌てて飛び出そうとするタイヨウくんを、シロガネくんは、彼の肩に手を置いて止めた。
「無闇やたらに探すのは危険だ」
「んなこと言われても、じっとなんかしてらんねぇよ!」
「大丈夫、既に手は打ってあるから」
「それって……もしかしてアイツ等の場所が分かるのか!? シロガネ!!」
「えぇ、勿論。そう易々と逃がさないよ……ですよね? 愚兄さん」
「……」
シロガネくんはクロガネ先輩に話を振るが、先輩は何も言わない。
「……愚兄さん、最後に攻撃した時、ブラックドッグに何か指示をしていたでしょう?」
「……」
「貴方が話してくれないと先に進まないのですが?」
「……」
何を言っても反応しない先輩の態度に、シロガネくんの額に青筋が浮かんだ。
「あぁ、もう! サチコさん!! ソイツを引っ付けたままにしてないで君からも何か言いなよ!! 君の言うことなら馬鹿みたいに聞くだろ!?」
やっとツッコんでくれたか。ずっとスルーされてたから正直どうしたらいいのか困っていたんだ。
シロガネくんの言う通り、クロガネ先輩は私の背中にくっついたまま離れない。事の発端は、ヒョウガくんが私の背中を治療した事だ。
ケイ先生よりも嘆きの刻印について詳しかったヒョウガくんは、私の治療を名乗り出てくれたのだが、先輩が絶対にダメだと猛反対したのだ。
私の肌を見るなだの、私に触るなだの喚いていたが、しつこい先輩にキレたヒョウガくんが既に見て触った後だ一度も二度も変わらんと一喝したのだ。
その発言を聞いたクロガネ先輩は、鈍器で殴られたようにふらつくと、ヒョウガくんが私を処置するのを呆然と見守り、ヒョウガくんが離れた途端に私の背中を守るように張り付いたまま動かなくなったのだ。
「ほら、先輩。シロガネくんが惨めなので話してあげて下さい」
「誰が惨めだって!?」
シロガネくんが珍しくシャウトしてるが知らん顔して、腰に回っている先輩の腕をペシペシと叩く。すると、先輩は無言で首を降り、少しの隙間も嫌だと言わんばかりに密着してきた。
私が両腕を上げてお手上げだと伝えると、シロガネくんのいつものポーカーフェイスは崩れ、彼の苛立ちを表すかのように目元がピクピクと動いていた。
「愚兄さん、いい加減にしてくれませんか? これ以上五金家としての品位を下げるのはやめ……」
シロガネくんが小言を言いきる前に、クロガネ先輩は私の肩に埋めていた顔を上げた。
そして、クロガネ先輩の視線を辿ると、その空間に液状の謎の物体が現れ、その謎の物体は形を徐々に変化させていき、最終的にブラックドッグとなった。
「見つけたぜぇ、ご主人様」
「そうか」
ブラックドッグの報告を聞いた先輩はすっ立ち上がり、穏やかな表情で私の頭を撫でた。
「サチコ、待ってろ」
先輩は私に背中を向けてブラックドッグに跨がる。
「ブラック、行くぞ」
「ちょっと待ってください」
「あ゛?」
チームタイヨウの3人を無視して精霊狩りの元へ行こうとする先輩に、シロガネくんが待ったをかける。すると、先輩は不機嫌そうに振り返った。
「何1人で行こうとしてるんですか、僕も行きます」
「来んな、俺1人で十分だ」
「別に貴方が心配で付いていくわけではありませんよ。個人的に気になることがあるだけです」
「俺も子守りは嫌だっつってんだよ。足手まといだ。失せろ」
「実力は僕の方が上です。足手まといはどっちですか?」
「昔の話だ。今やったら俺が勝つ」
「どうだか……試してみますか?」
先輩とシロガネくんの間で火花が散る。
お前ら本当に仲悪いな。
「先輩待ってくれ!」
タイヨウくんは二人の間に割って入る。
「俺も連れてってくれないか!? オクルを助けたいんだ!!」
さすがタイヨウくん。持ち前の主人公ムーヴで殺伐とした空気にも臆することなく立ち向かう姿はあっぱれだな。
「俺も同行する。俺も精霊狩りには個人的に用がある」
タイヨウくんに便乗するようにヒョウガくんが名乗り出ると、先輩は顔をしかめた。
「バカじゃねぇかてめぇら」
「なっ!?」
「貴様!」
「てめぇら3人出ていったら次の試合誰が出場すんだよ」
先輩の指摘に、3人は何も答えられず固まった。
「まさかサチコに無理させるつもりじゃねぇだろうな」
「それは……」
タイヨウくんは、罰が悪そうに私を見る。
「サチコはその青髪野郎を庇ったせいで怪我してんだ。傷口に塩を塗るような真似をさせんのなら俺はてめえらを許さねぇ」
先輩の言う通り、次の試合までに20分は切っている。今ここで彼等に出歩かれたら試合には間に合わないだろう。だが──。
「……行っても問題ありません」
私の言葉に、4人の視線が集まる。
「今はこの通り痛みは引いてますし、試合には影響ありません」
私はベッドから下りて、腕をぐっと伸ばしながら、大丈夫である事を体の動きで表現した。
「時間稼ぎなら任せて下さい。貴方達が帰ってくるまでなら持ちこたえてみせますよ」
ただし、負けても文句は言わないで下さいねと言うと、シロガネくんを覗いた3人が渋った顔をする。
「ここで言い争う方が時間がもったいないです。それなら全員で行ってパパッと終わらせた方が効率が良いでしょう」
「だが!」
「先輩」
先輩の懸念を払拭するように、影鬼のカードを取り出し、見せびらかすように振りながら微笑んだ。
「信じてますよ」
「サチコ……」
先輩は葛藤するように不安げな顔で俯くが、すぐに顔を上げると、真剣な表情で私の瞳を捕らえた。
「……分かった。すぐ戻る」
「えぇ、待っています」
先輩は無言で腕輪がついている方の手を振ると、そこから光のリングが現れ、その光はタイヨウくんとヒョウガくんの腕輪を包み込むように覆い被さり消えていった。
「……一時的に精霊の能力が使用可能になるライセンスだ。俺の目の届く範囲なら自由に能力が使える」
先輩は、ついて来れねぇ奴は問答無用で置いていくと言うとブラックドッグに乗ったまま、医務室を出て言った。
「サチコ! ありがとうな!」
タイヨウくんは慌てながらも私にお礼を言うと、ドライグを呼び出して先輩を追った。
シロガネくんは、先輩の一連の行動をショックを受けたように呆然と眺めていたが、その思いを振り払うように頭を振ると、ミカエルを呼び出してタイヨウくんの後に続いた。
そして、最後に残ったヒョウガくんは、後ろめたい事でもあるように、申し訳なさそうに眉間に皺を寄せている。
「影薄……俺は……」
「私の出番はないんでしたっけ?」
彼の表情から、なんとなくどんなことを言われるか察した私は、ヒョウガくんに発言させないように口を挟む。
「これじゃあヒョウガくんの方が出番なさそうですね。あれだけ大口叩いていたのに期待はずれもいいとこですよ」
「影薄!」
私が軽い口調で冗談を言うと、ヒョウガくんは今はそんな事を言っている場合ではないと咎めるように声を張り上げるが、私は構わず続けた。
「そう思われたくないのならば、一秒でも速く戻って来て下さい」
「!」
「中堅は任せましたからね」
「……あぁ、そうだな。……今度こそお前の期待に応えよう」
私の意図が通じたのか、ヒョウガくんは強張っていた表情筋を緩めた。
最後の一押しと拳を前につき出すと、ヒョウガくんも私の拳にコツンと合わせ、吹っ切れたようにコキュートスを呼び出し、医務室を去っていった。
私は彼等の気配が完全になくなるのを確認した後、ベッドの方を振り返り、渾身のガッツポーズを決めた。
よっしょあぁぁあ!! これは勝ちフラグぅうぅぅ!!
仲間がやられて助ける為に敵の元へ向かうなど、ホビアニでは大団円の流れではないか!!
こういった場合、本人が倒さなくとも、主人公達が倒してくれれば倒れている仲間の呪いが解けるパターンが多い。
つまり! ここでタイヨウくん達が解決してくれれば、私は危険な敵と戦わず安全な場所で呪いから解放され、今後とも悪の組織とも関わる事もないだろう!!
これぞまさに大勝利! 物事が都合良く流れすぎて笑いが止まらんな!!
不謹慎ではあるが、正円には私から最大限の賞賛を送りたい。ありがとう、君のおかげで私は無事に平穏を取り戻せそうだ。その変わりと言ってはなんだが、君は必ず助けるから安心してくれ。勿論、タイヨウくんがな。
とまぁ、そう思いつつも多少の罪悪感はあるので、正円の無事を確認するべく彼のベッドの方へ行く。
すると、私に気づいたハナビちゃんが、正円を看病していた手を止めて、椅子に座ったまま体ごと此方を向いた。
「サチコちゃん! ……サチコちゃんは大丈夫なの?」
「うん、私は全然平気だよ。それより正円くんの様子は?」
「今はちょっと落ち着いたみたい」
正円の顔色は、先ほど見た時よりも幾分かましになっていた。しかし、悪夢を見ているのか、苦しそうに魘されている。
ハナビちゃんは、正円の額を流れる汗をハンドタオルで拭った。
「……タイヨウくんに声かけなくて良かったの?」
正円の汗を拭う手が震えている事に気づいた私は、ハナビちゃんの心情を感じ取ってしまった。
看病している間にも、私達の会話は聞こえていただろう。ならば、きっとハナビちゃんは、正円をこんな目に合わせた奴等の元へ向かっているタイヨウくんの事が心配で堪らないはずだ。
気を遣えなかった事を不甲斐なく思った。
「タイヨウくんなら大丈夫」
私の心配とは余所に、ハナビちゃんは凛とした声で答える。
「信じてるから……タイヨウくんなら絶対に勝つって……必ず無事に私の元に帰って来るって約束してるから大丈夫なの」
そう無理やり笑顔を作り、気丈に振る舞うハナビちゃんの姿が私の琴線に触れた。
や、やめろぉおぉぉぉ! そんな、健気っ!! 健気すぎる!!
ハナビちゃんが良い女すぎて涙腺がヤバい。タイヨウくん、君の女性を見る目は間違いないよ。最高の女性を捕まえて幸せ者だなお前は!!
これ以上その姿を見ていたら、下心満載で向かわせた私の心がジクジクと痛むので、無理やり話題を変える事にした。
「そ、そういえばケイ先生は? セキオくんもいないみたいだけど……」
「ケイ先生は事が事だからってユニオンに通報しに行ったみたい。セキオくんは、現場にいた自分もいた方がいいでしょうってついていったの」
なるほど。確かに普通なら警察に通報するよな。その行動は間違っていない。間違っていないのだが、今は不味いのでは?
「心配しないで、タイヨウくん達の事は伏せてくれるみたいだから。上手く言ってくれるそうだよ」
悪戯っ子みたいに、シーっと人差し指を唇を当てる姿に可愛すぎか?と本気で思った。
そういった気配りも出来るのはヒロインの鑑だよ。一生推します。
「それよりも、サチコちゃんこそ本当に大丈夫なの? オクルくんと同じ痣をつけられてるのに試合なんて……」
ハナビちゃんは本気で心配しているのだろう。不安げに私を見上げている。
「それこそ大丈夫だよ」
正円は辛い思いをして、タイヨウくん達には一番面倒なイベントを押し付けたのだ。せめてこれぐらいの事はやりとげなければ君たちに合わせる顔がない。
「応援するならジュースとお菓子を用意してた方がいいよ。長丁場になるから」
私は余裕を見せるように右手をヒラヒラさせ、試合会場に向かって歩き出した。