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ph29 悪役の逃げ足の速さは異常


「渡守センだと!?」


 ヒョウガくんは、私が呼んだ名前に驚いたように反応する。


 いや、気づいてなかったんかい!! どう考えても渡守センだったろ! 先輩はともかく君は気づけよ!! 知り合いだろ!?


「……チッ、バレたんならしょうがねェ」


 渡守は被っていたフードを外すと、ギラついた目でほくそ笑んだ。


「いいぜ? そのマッチ、受けてやるよ……ただし、テメェが負けたらテメェの精霊をよこせ」

「いいですよ。その変わり、私が勝ったらこの悪趣味な痣を消して下さい。ついでに、正円くんの精霊も返してください」

「影薄!!」


 ヒョウガくんが焦ったように止めに入る。


「まだ本調子じゃないだろ!? 危険だ!! 痣の事なら俺が変わりに……」

「ヒョウガくんが勝ったとして、私の痣が消えるとは限らないでしょう?」


 そうなのだ。本音としては、ヒョウガくんに丸投げできるのならそうしたい。しかし、こういったホビーアニメにおいて、呪いの類いを受けてしまった人が相手を倒さないと意味がない場合が多いのだ。


 ここでヒョウガくんが渡守を倒したとして、それで私の痣は消えずに渡守に逃げられでもしたら面倒な事になる。それだけは絶対に阻止せねば。


「これは私の問題です。自分の蒔いた種は自分で刈り取ります。ですので、先輩も手出し無用ですよ」


 釘を刺すようにクロガネ先輩も注意すると、先輩はショックを受けたように固まる。


「な、何でだ? その白髪野郎は昨日サチコを傷つけた奴だろ? わざわざマッチしなくても俺が野郎を叩きのめせば解決すんじゃねぇのか?」



 先輩は私の顔色を伺うように、オロオロと狼狽えている。


 確かにその通りだなと先輩の言い分に納得しかける。しかし、一応ここはカードバトル系のアニメっぽい世界だ。力業が効くとは考えにくい。先輩の提案は魅力的だが、勢い余ってやりすぎそうな事も考慮すると、却下せざるを得ないだろう。


「ここは俺に任せて──」

「クロガネ先輩」


 私が咎めるように先輩の名前を呼ぶと、彼はしょんぼりと肩を落としながら後ろに下がった。


 何かを訴えるようにチラチラと見てくるが、無視しよう。そして、解セキオくんが物凄い勢いでタブレットに何かを打ち込んでいるが、そのタブレット、後で絶対確認するからな。変な事を書いてたらその眼鏡もかち割るぞ。



「話しは終わったかァ?」


 渡守は私達の会話が一区切りしたところで割り込んできた。


 いつでもあの不思議な力で攻撃できたのに、わざわざ待っていてくれたのだろうか? なんだよコイツ、結構いい奴じゃないか。


「えぇ、お陰さまで」

「ハッ、なら始めようじゃねェか! 精霊をかけたマッチをよォ!!」


 渡守は大袈裟に両腕を広げた後、腕輪を構え直した。


「いい悲鳴(こえ)で鳴けよォ!! コーリング! アケ……」

「あ、ちょっと待って下さい」

「っ! 何なんだよテメェ!!」


 私が渡守の召喚口上に水を差すと、彼はズッコケそうになるのを寸前で踏み留まり、渾身のツッコミをかました。


 あ、やっぱ好きだわこのキャラ。弄りがいがある。


「いや、マッチするのに大事なものがあるでしょう?」

「あ゛ぁ゛!? テメっ、何言って……」


 私は鞄からサモンマッチのプレイマットを取り出すと、辺りを見渡してマットが敷けそうな場所を探す。すると、周囲に人気がない事に気づいた。


 あれ? ここ街中なのに私達以外に人がいないぞ……なんでだ?


 そう違和感を感じるも、どうせ考えても無駄なので、後回しにしてマッチをする場所探しに勤しむと、歩道にいい感じの横長のベンチがあったので、無言で敷いてベンチの端に座った。


「何してるんですか渡守くん。君もこっちに来て座って下さい」


 私がベンチの空いている空間をバシバシと叩くと、渡守は顔を真っ赤にしながら怒鳴った。


「ナメてんのかテメェは!!」

「いや、なめてませんよ。常識的に考えて、バトルフィールドもないのにマッチができるわけないでしょう。だからわざわざプレイマットを敷いたんですよ。文句言わずに座る」

「はァ!? こうやって出せばいいだろ!! ふざけてんのか!?」


 渡守は目の前でアイテムを実体化させて槍を装備した。武器を担ぐ姿は中々様になっている。が、当然のようにカードの力を実現させるな。私ができるわけないだろうが。


「ふざけてるのは貴方でしょう? 一般人がそんなビックリ人間みたいな事できるわけないじゃないですか。貴方のとんでも常識を私に押し付けないで下さい」


 私が渡守がタイヨウくんに言った台詞をもじって返すと、何も言えないのか、ワナワナと肩を震わせていた。


「クソが!!」


 そして諦めたのか、渡守はズカズカと盛大な足音を立てながらこちらまでやって来ると、ドカリとベンチの端に座った。


「これでいんだろ!!」


 デッキをバシンと叩きつけるように置くと、ワイルドに足を組み、右肘を膝に置きながら頬杖をついた。


 この子マジで素直だな。根はいい子そうな臭いがプンプンすんぞ。


 渡守──否、渡守くんはイライラするように歯軋りをし、もう文句はないだろと言わんばかりに目を吊り上げている。


 はい、全く問題ないです。このまま安心安全にルールを守ってサモンマッチをしましょう。


 私はニコニコと上機嫌に渡守くんのデッキをシャッフルする。渡守くんは私のデッキを持つと、同じようにシャッフルした。


 お互いのデッキを戻し、モンスターゾーンに裏返した状態でモンスターカードを置くと、召喚口上を述べる。


「コーリング。影法師、影鰐」

「…………コーリング。アケローン、ス──」

「あっ! センくん見ーっけ!!」

「コぶべらぁ!!」


 やっとマッチができる。そう思っていたのに、突然、渡守くんと同じような黒いフードを被った小さい人物が渡守くんに突進した。

 渡守くんはその勢いを止められずにベンチから落ちる。


「~っ! 何しやがんだクソチビィイィィ!!」


 渡守くんはガバッと起き上がると、小さい黒フードの子にキレた。


「だってぇ~、ワイルドズなんて弱々チームから精霊取ってくるのに遅すぎるから心配したんだも~ん。センくんも弱々だと思ってたけどここまでとは思ってなくてぇ」

「ンだとテメェ! 上等だゴラァ!! ここでハッキリどっちが上か教えてやるよォ!!」

「きゃあ~。本当のこと言われてセンくん怒ったぁ」


 渡守くんが小さい子に殴りかかろうとするが、小さい子は渡守くんをおちょくるように、くるくると回りながら回避する。


 というか、ちょっと待て。この小さい子の声に聞き覚えがあるんだが!? いや、本当に待って下さい。お願いします。どうかこの予感が当たりませんように。


「て、あれぇ? もしかしてサチコちゃん? わーい昨日ぶりぃ。1回戦突破おめでとぉ」


 小さい子──もといエンちゃんはフードを取ると、嬉しそうに私に抱きついた。


 勘弁してくれ。


「なっ!? お前は火川エン!?」

「……サチコさん、彼と知り合いなのかい? どういうことか説明してくれるよね?」


 タイヨウくんはエンちゃんを知っているのか、彼女の登場に目を丸くしながら指を差している。そして、シロガネくんは私を疑うように厳しい視線を向けた。


「シロガネくん、誤解です。彼女とは……」

「僕とサチコちゃんはぁお友達だよぉ。一緒にお風呂に入った仲なんだぁ」


 一瞬の静寂、しかし直ぐに驚きの声が響いた。


「てめっ、ふざっ、てめっ……このピンク野郎!! サチコのはだっ……は……見たのかよ! 許さねぇ!!」


 クロガネ先輩は動揺しているのか、エンちゃんを指差す手が震えている。そしてヒョウガくんは何故かこちらを凝視して全く動いていない。


 タイヨウくんや、ハナビちゃん達を見ても同様に驚いている様子だったので、もしかしたらとんでもない勘違いが起こっているのではと感づいた。


「あの、もしかして皆、エンちゃんが男の子だと思ってます?」


 私がそう尋ねると、皆無言で頷いたので、呆れながらため息をついた。


「彼女、女の子ですよ。昨日ホテルの温泉に入っている時に、たまたま出会って少し話した程度の関係ですよ。皆さんが危惧しているような事はありません」


 そう、二重の意味で危惧する事はないのでシロガネくんも疑いの目を向けるのはやめてくれ。


「お前、女の子だったのか?」

「どっちだと思ぅ?」


 タイヨウくんの問いに、はぐらかすようにエンちゃんは答える。


「タイヨウくん、彼女は女湯に入っているんだよ? 女の子に決まってるでしょ」

「えぇ~? 僕、別にどっちのお風呂にでも入れるよぉ」


 彼女の答えに私は硬直する。


「……つかぬことをお聞きしますが、今おいくつですか?」

「7歳だよぉ」


 その答えを聞いた瞬間、両手を顔で覆い、地面に膝をついた。


 7歳? 7歳だと!? それは法律的に混浴が認められているギリギリの年齢ではないか!!


 いやしかし諦めるな!! その混浴はあくまでも保護者同伴の場合だ!! 曲がり間違っても一人で入っていいわけではない!!


「あの、女の子ですよね?」

「ふふ、な~いしょ」


 チクショウ!! 小学生の、特に低学年の男女の体なんて大差ないから分かんねぇよ!! お風呂で相手の下を見て確認するわけないしそんなん気づくわけないだろ!? 女の子だよな!? 女の子だったよね!? じゃないとアレは色々とアウトだろ!!


 別に小さい子と入っても何の感情も芽生えんが、今の体だとまずい! 小学生同士が異性とお風呂に入るなど、大人にとっては微笑ましい光景かもしれんが、少なくとも小学校内ではあらぬ誤解が爆速する!! 何としてもエンちゃんが女の子であることを証明しなければ!!


 私が混乱して頭を抱えていると、気の毒そうに私を見つめる渡守くんの姿が視界に入った。


 あぁ、君もエンちゃんの被害者なんだね。この状況で私の味方は君だけだよ。


 渡守くんに対して同族意識が芽生えた。


「本当はもっとサチコちゃんとお話したいんだけどぉ。僕らはお仕事があるからこれで失礼するね。プレゲトーン!!」


 エンちゃんは精霊を呼び出すと、渡守くんの襟元を咥えさせて空中に浮かんだ。


「じゃあサチコちゃん。また会おうねぇ」

「おい! クソチビ! 下ろしやがれェ!!」


 渡守くんの抗議を無視して、エンちゃんはニヤニヤしながら指をパチンと鳴らした。すると、何の前触れもなく私の体に激痛が走った。


「っ、あぁあぁああ!!」

「サチコ!?」

「サチコちゃん!!」


 先輩は私の様子に気づくと直ぐに駆け寄り、地面に倒れそうになる私の体を支えた。


 ハナビちゃんは正円を膝枕していて動けないが、心配そうにこちらを見ている。


 私が痛みで息を荒らげていると、先輩は泣きそうな顔で私の名前を何度も呼ぶ。


「貴様!! 影薄に何をした!?」


 ヒョウガくんがエンちゃんに問い詰めるように聞くと、彼女は何て事ないように言葉を紡ぐ。


「センくんがプレゼントした刻印にちょぉっとした悪戯をしただけだよぉ! 大丈夫ぅ! 死にはしないよぉ! ……そう、死には……ね」

「貴様!!」


 しまった。ここはホビーアニメの世界観であることを失念していた。ホビーアニメではどんな小さな子供でも不思議な力を持っていてもおかしくない。いや、小さな子供こそ変な力を持っていると言った方が正しいだろう。


 それなのに、不自然にお風呂に現れたエンちゃんを警戒せずに、油断していた私がバカだった。


 しかし、それは過去の事。自分を責めていてもしょうがない。そんなことより、現状を打破する為の策を考えなければならないのだ。余計なオプションをつけられてしまったこの刻印を消すには、渡守くんとマッチして勝つことが絶対条件。危険な組織と関わらずにここでマッチすることが最善なのだ。


「っ、わた……もり、くん」


 私は逃がすものかと、渡守くんに手を伸ばそうとするが、その手を阻むようにそっと優しく握られて下ろされた。


「サチコ、もういい」


 私の手を止めたのは先輩だった。先輩は私をゆっくりとベンチに座らせ、無表情で渡守くん達の方を向く。


「後は全部俺がやる」


 先輩の内なる怒りを表現するかの如く、体から黒いオーラが溢れだした。そして、そのオーラは渡守くん達の方へと一直線に向かう。


 しかし、エンちゃんはマッチに使用する腕輪を光らせると、燃えている何かを具現化させ、黒いオーラを凪払った。


「危ないなぁ」


 エンちゃんの両腕には、大きな斧が握られていた。どうやらあの斧で先輩のオーラを防いだようだ。


「シロガネぇ!!」

「僕に命令するな!!」


 クロガネ先輩は、何かを合図するようにシロガネくんの名を叫ぶ。シロガネくんは嫌そうにしながらも、ミカエルを召喚し、エンちゃんを攻撃した。


「アケローン!!」


 すると、渡守くんが精霊を呼んでミカエルの攻撃を受け止めさせた。


「センくんナイスぅ!」

「ウルセェ!!とっととズラかんぞ!!」


 渡守くんの宣言通りに、二人の体が足許から消え始めた。


 ヤバい! 逃げられる!


「ブラック!!」

「おおせのままにぃ!」


 ブラックは周囲の建物を利用して飛び上がると、アケローンの身体に一撃を入れた。


「ぐっ!!」


 渡守くんはフィードバックを食らったのか、痛そうに顔を歪めている。


 そして、ブラックドッグが地面に着地すると同時に、二人の姿が消え去った。


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